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報告要旨 10/31(土)9:30~12:30

学史・学説


W・E・B・デュボイスの平和活動と社会主義イデオロギー

東海大学 本田 量久

デュボイス(1868~1963年)は、晩年にいたるまでアメリカ国内やアジア・アフリカ・中南米における人種差別や植民地支配の問題を社会学的に分析するとともに、これらの解決を目指して世界中の諸民族との共闘を訴える運動を展開した。  19世紀末から1945年まで、デュボイスは、安価な労働力や天然資源の搾取によって利益を最大化しようとする欧米諸国の資本主義的動機と結びついた人種主義や植民地主義が世界大戦をもたらしたとの認識から、アフリカ系ディアスポラの連帯に加えてアジアとの共闘を視野に入れた汎アフリカ主義運動の指導的役割を果たした。  デュボイスは、第二次世界大戦以降も人種平等の実現と植民地諸国の自己決定を訴え続けた。しかし、核兵器の登場によって、戦争は国境や人種・民族を越えてすべての人々に大きな破壊をもたらしうる世界的リスクとなったことから、資本主義的な世界秩序に批判的であった世界中の著名な大学教授・科学者・文学者・音楽家・宗教指導者・政治家・活動家とのネットワークを拡大しながら平和活動を展開した。  また第二次世界大戦後にデュボイスが国内外で展開した平和活動は、社会主義イデオロギーとの結びつきを深め、福祉国家の充実を重視するようになった。デュボイスは、軍事費の肥大化が社会保障費や教育費の縮小をもたらし、人々の貧困状況を構造化していると認識していた。1949年8月にモスクワで開催された全ロシア平和会議でデュボイスは講演し、奴隷制にさかのぼる人種差別、資本主義的な労働搾取と利益独占、「第三次世界大戦」へと大衆を扇動するヒステリックな政治宣伝に言及しながらアメリカを非難する一方で、「大衆の利益を目的とした、労働者階級によって運営される社会化された国家」の実現を求めた(Du Bois 1952=2018)。この講演は、社会主義的な福祉国家の充実こそが民主主義と世界平和を実現する条件であるというデュボイスの認識を反映しており、アメリカに対するソ連の優位性を含意する内容になっている。  社会主義イデオロギーに基づくこのようなデュボイスの平和活動は、アメリカ国内の労働組合からも広い支持を集めた。確かにかつての労働組合は黒人労働者の加入を認めず、このことからデュボイスはたびたび強い不信感を表明していたが、第二次世界大戦後は、軍事費の削減と福祉国家の充実という利害関心を共有し、人種を超えた階級闘争と平和活動を展開していった。  デュボイスは、人種や国境を越えた世界的なネットワークを拡大しながら、軍事費の削減と福祉国家の充実に基づく新たな世界秩序の構築を訴えた。本報告では、デュボイスが素朴な理想論を訴えるにとどまらず、資本主義的な白人世界の構造と民主的な福祉国家の成立条件に関する社会学的な分析を踏まえつつ、世界的な平和活動を展開することによって、アメリカ政府に対する圧力を生み出したデュボイスの平和活動とその意義について論ずる。
参考文献 Du Bois, W.E.B., 1952, In Battle for Peace, New York: Masses and Mainstream.(=2018, 本田量久 訳『平和のための闘い』ハーベスト社.)


ダナ・ハラウェイ「状況に置かれた知」を読む

日本学術振興会 松村 一志

1 目的  英語圏におけるポストモダニストとしての影響力の強さにもかかわらず、科学史家ダナ・ハラウェイの議論は、日本の社会学においてほとんど言及されて来なかった。その理由の一つは、ハラウェイの議論が主にジェンダー論の文脈においてのみ受容されてきたからだろう。ジェンダー論における構築主義の展開として捉えると、ハラウェイの著作は「生物学的性差」それ自体の社会性を問う点で、ジュディス・バトラーの議論とも親和性が高い。  しかし、ハラウェイが念頭に置いているのは、ジェンダー論の文脈だけではない。ハラウェイはフェミニストであると同時に科学史家であり、特に80〜90年代の理論的考察は、科学知識の社会学や科学人類学に代表される科学論の社会構成主義の動向を前提しているからだ。それはまた、カール・マンハイムの知識社会学やミシェル・フーコーの言説分析の近傍を通ってもいる。  では、ハラウェイの議論は社会学にとっていかなる意味を持つのか? 本報告では、科学論の社会構成主義を補助線として、この問いに一つの答えを与えてみたい。
2 方法  ハラウェイの業績は多岐に渡るが、本報告は特にその認識論に関心を持っている。具体的には、科学的知識の「客観性」をめぐる理論的考察に注目している。科学論の社会構成主義においては、科学的知識の「客観性」を認めるか否かが一つの争点となってきた。この問題に対するハラウェイの回答は『猿と女とサイボーグ』に収められた「状況に置かれた知」において詳しく展開されている(Haraway [1988]1991 = [2000]2017)。本報告は、このテクストを中心対象とし、その社会学的射程を考察する。
3 結果  ハラウェイの一般的なイメージは、過激なポストモダニストというものだろう。そのため、科学的知識を否定する相対主義者と見なされやすい。ところが、「状況に置かれた知」を紐解くと、ハラウェイが科学的実在論と相対主義をともに棄却していることが分かる。では、ハラウェイはこうした些か微妙な立場をいかにして導き出しているのか。また、その立論は成功しているのか。  本報告では、(1)ハラウェイによるフェミニズム科学論の「観点理論」批判、(2)カルロ・ギンズブルグによるハラウェイ批判、の検討を通じて、ハラウェイの議論が「メタ知識社会学」とも呼ぶべき立場に至っていることを示すとともに、そこから開かれる新たな課題を明確にする。
4 結論  社会学においてポストモダニズムの影響は下火になりつつある。だが、それが何を残したのかを検討する作業は今なお必要だろう。フェミニズム・知識社会学・言説分析・科学論が独特な形で混ざり合うハラウェイの著作は、そのための格好の出発点となる。
文献 Haraway, Donna J., 1988, “Situated Knowledges: The Science Question in Feminism and the Privilege of Partial Perspective”, Feminist Studies, 14(3): 575-599. Reprinted in: Donna J. Haraway, 1991, Simians, Cyborgs and Women: The Reinvention of Nature, New York, NY: Routledge, 183-201. (高橋さきの訳, [2000]2017, 「状況に置かれた知:フェミニズムにおける科学という問題と、部分的視角が有する特権」『猿と女とサイボーグ:自然の再発明』青土社, 349-387)


実在論的転回における自然主義批判の社会学ないしは社会学の方法論への影響についての研究

立命館アジア太平洋大学 清家 久美

【研究目的と方法】  本発表の目的は、昨今の実在論的転回における自然主義批判が、社会学ないしは構築主義を中心に社会学の方法論にどのような影響を与えうるのかについて検討することである。  社会学において中心的な立場は、反基礎づけ主義的存在論を前提とする認識論的には解釈主義、すなわち構築主義・社会構築主義である。解釈主義は、カント哲学における私達の認識しうる「現象と実在(物自体)」の構図を継承した「言語論的転回」と呼ばれる人文社会系学問のパラダイム転換に依拠しており、構造言語学のソシュール、言語ゲーム論のヴィトゲンシュタインに端を発すと言われる。ソシュールに見られる私達の世界は認識論的に言語によって構築されているという考え方は、バーガー/ルックマンは『日常世界の構成』において「社会構成主義」や、スペクターとキツセはマートンの逸脱論やハワード・ベッカーのラベリング論を批判した上で「社会問題の構築主義」を展開していく。  だが、今やその土台が揺らぎ始めているとも言える。特に日本では2010年以降、新たな思想的潮流として「実在論的転回」の出現が人社系の言説を転換させつつある。ポスト構造主義以降の「実在」をめぐる新たな思想潮流、思弁的実在論、オブジェクト志向存在論、新実在論、批判的実在論(実在論的転回の中での再検討として)等が顕著である。本発表では中でも新実在論と批判的実在論における自然主義批判を検討し、社会学への影響を検討する。
【考察と結論】  本発表で対象とするのは M.ガブリエルの「新実在論」とR.バスカーの批判的実在論である。前者のガブリエルの主張の中心は、①カントの現象と実在(物自体)の構図を批判し、私達が世界(あるがままの世界)に直接アクセスしうる②存在は認識に依拠するわけではなく、人間が関与するか関与しない事実があるのみ③主観の前提性批判=対象化④①〜③により強い構築主義批判⑤古い実在論の「現象=実在」を批判し「意味の場」の複数性(無数)による新たな存在論の提示⑥⑤により自然主義/科学主義批判 等である。つまり人間の認識によって世界や社会は構築されず、存在は認識によって左右されないという点で、基礎づけ主義である。また自然主義は一つの意味の場として相対化され特権的な位置づけとはならない。そういう意味で、実証主義は批判される。すなわち彼の主張は「存在論的多元主義」と「存在論的実在論」によって特徴づけられる「意味の場の存在論」であり、存在論と認識論の二項対立図式では説明できない。基本的には存在論側に位置づけられ、しかし同時に「意味の場」を検討する際に認識論を含むわけで、それはすでに存在論と認識論の二項対立図式を超克することを考えられる。  また後者の批判的実在論は、同じ存在論的に基礎付け主義である実証主義とは、顕在する事象ではなく、その背後に不可視な構造等こそが重要であると主張する点で異なる。存在論的には実証主義と同様に「基礎付け主義」に属する。すなわち世の中は私達の知識とは独立して存在しており、背後にある不可知な「構造」が重要であるとし、バスカーはそれについて実在と位置づける。 両者の差異を検討しつつも共通性は実証主義批判と基礎付け主義さらに自然主義批判にあり、社会学の中心的方法論としての構築主義の再検討すべき点はそこに表出する。


日本社会論の隘路と可能性

帝京大学 山下 雅之

目的 恥の文化、間人主義、タテ社会、ムラ社会、そしてナンバーワン・・・日本人あるいは日本社会の特徴に関する“理論”は枚挙にいとまがない。しかしそれらには共通のルーツがある。ベネディクトの人類学『菊と刀』である。日本は優れている、日本は劣っている、日本人は変わっている、日本人は特殊だ・・・こうした言説の罠に私たち(あるいはこれらのコンセプトを作った過去の優秀な日本の研究者たち)は捕らわれてきたのである。アメリカは日本の宗主国で、日本が植民地国という関係があったわけではないが、これこそまさにオリエンタリスムの典型例ではないか。「オリエンタリスムとは地政学的知識を美学的、学術的、経済学的、社会学的、歴史的、文学的テキストに配分することである」(サイード、邦訳、40頁)。私たち日本の社会学者はこのテキストで配分された恥と罪という二分法から抜け出すことができなくなってしまった。地政学的にそれは日本と西欧という分割、決して植民地化されたことはないものの、コロニアルなgeo-politiqueである。もうそうした議論も過去のものとなり、若い研究者たちにはどうでもよい言説なのかもしれないが、学生時代の授業が恥の文化で始まり、学部では間人主義のゼミに出ていた身として、何がしかの決着をつけてみたいと考える。これらの言説に真理はあったのか?われわれの行動は恥で、欧米では罪なのか、タテなのかヨコなのか・・・、印象にすぎないものを理論と取り違えていたのか?これらには共通点がある、つまり実証できないことである。
方法 日本社会の特徴を明らかにするためには比較社会論を行わねばならない。これは社会学者にとって最も困難な作業である。その理由は、自らが生きる社会の価値、規範、行動、人間関係などについて第三者的につまり自覚的にとりだすことは一方で最も困難だからだ。そして他方では、比較するため別の社会についてやはりその価値や規範や関係の特質を知らなければならない。しかし自分が生まれ育った以外の社会について深い知識を有することは、移民とならない限りとても困難である。ここでの戦略は、日本とそれ以外の欧米先進国というgeo-politiqueではなく、日本と同じくらいアメリカも、フランスも、イギリスも特殊だという言説である。日本だけが東洋にあって変わっているのではない。欧から見ると米は非常に特殊である。欧といっても仏と英とでは相当異なっている・・・。 これまでの社会学あるいは人類学の文献の中から、比較社会論に成功しているものをいくつか拾い、これらを参考にジャパン的オリエンタリズムの脱却を図りたい。しかし手始めとして、日本と対比されてい西欧社会、欧米について、これらを地政学的に一つにまとめる議論を相対化するため、欧と米は異なるという議論を利用したい。狭い知識と独断による選択だが・・まずはトクヴィルの『アメリカのデモクラシー』である。 結論 ベネディクトが罪の文化とグループ化した欧米だが、トクヴィルによれば米はかなり特殊な世界である。同様に仏と英も異なる社会とされている。つぎに参照したいのはルイ・デュモンの著作『ホモ・イエラルシクス』とHomo Aequalisである。これはインド社会と西洋近代とを比較している。そして彼が指摘するように、西欧の階級社会とカースト制度との比較に着目したのはマックス・ウェーバーやセレスタン・ブグレだった。


「普遍主義」についての一論考

神戸大学大学院 小川 晃生

1.本報告の背景にある目的と方法  本報告は、E・トッドが1980年代に提議した人類学的基底という着想をパターン変数で行為選択のモデルとして書き換える、という研究の一部である。人類学的基底とは、「前近代農村社会における規範の多様性」と「近現代社会の価値・イデオロギーの多様性」とに相関性があると主張する概念である。例えば、ロシアや中国の農村社会には「父が死んだとき息子たちに相続される財産は均等であることが望ましい」という規範がもともと存在していて、このことが近代ロシアや中国での共産主義イデオロギーの興隆と相関しているとトッドは主張している。トッドにとってこうした人類学的基底は社会の深層構造である。前述した例でいえば、「ロシア・中国共産主義」という表層の奥深くに「農村社会での財産の均等相続規範」という深層構造が横たわっている、という捉え方をトッドはする。トッドの議論の内容の是非そのものとは別に、こうした捉え方は人類学的基底という概念の応用を難しくする。人類学的基底という「真理」が奥深くにあると言われてしまえば、その妥当性を検証する以上のことはできない。ところで社会学を含む社会科学は、社会に影響された個々人が主体的にどう振る舞うのかという観点を重視して発展してきた。つまり、トッドのいう人類学的基底を社会科学で応用するためには、人類学的基底に影響された行為者がどう振る舞うのか、という議論が必要である。要するに、トッドの議論を「反転」させることが必要なのである。そこで報告者が注目したのがT・パーソンズのパターン変数という着想である。パターン変数とは、文化に影響されつつも主体的に振る舞う行為者が直面するジレンマを5つの二項対立図式として整理したものである。人類学的基底に影響された行為者の主体的な振る舞いをパターン変数で記述できれば、人類学的基底という画期的アイデアを社会学などで応用できる。
2.本報告の具体的方法と結果、結論  本報告では上述した研究の一環として、「普遍主義」に注目した議論を行う。というのも、この言葉はパーソンズとトッドの両者でその意味するところが異なるのである。パーソンズのパターン変数において、「普遍主義」とは行為者がすべての相手に対して同じ基準に依拠して行為することを指す。これは社会学一般における定義と大きく違わないだろう。ところが、トッドのいう「普遍主義」はその様相が異なる。トッドにおける「普遍主義」とは主に、「農村社会において親の財産が兄弟に均等に相続されること」という上述した規範を指す。これが転じて、人類はみな平等だという先験的確信が生じる、とトッドは言う。しかし、トッドの定義する「普遍主義」はここで終わらない。というのもトッドにおいて、この先験的確信が排除するのはあくまで「人種や民族に基づく差別」に過ぎない。つまり、個々人の好き嫌いなどに基づいて相手によって行為の基準を変えることを、トッドの「普遍主義」は決して排除していない。むしろ、人種主義や民族主義が排除されることによって、相手次第で行為の基準を変えてゆく傾向が強化されるとさえトッドの議論は解釈できる。本報告ではこうした「普遍主義」に関するトッドとパーソンズの錯綜した関係性を議論し、上述した報告者の研究を発展させることに貢献する。


農山漁村(1)


土地所有制度からみた中国における新たな都市・農村越境コミュニティの形成

宇都宮大学 閻 美芳

【1.目的】 1990年代以降の中国では、経済の高度成長が都市の膨張をもたらしている。しかしながら、中国には戸籍制度による都市と農村の二元化構造があるほか、土地所有制度についても都市の国家所有制に対して農村の集団所有制という大きな違いが存在し、このことが中国の都市化に緊張をもたらしていると言われている。例えば、都市で土地の開発権を有するのは政府であり、政府主導の都市開発によって立ち退き、環境破壊などの問題が起きている。また、土地所有制度と戸籍制度は連動しているため、農村戸籍から都市戸籍に変わることは、すなわち土地の所有制度も集団所有から国家所有へと変化することを意味する(天児慧・仁哲 2015:4-8)。こうした制度間の緊張関係があるなか、本報告では、都市と農村に隔てる戸籍制度・土地制度を行き来する北京郊外の農村を事例として、中国における新たな都市・農村越境コミュニティがいかにして形成されたのかについて明らかにしていきたい。
【2.方法】 本報告は、科学研究費補助金・基盤研究C(2019年度~2021年度・課題番号19K12471)「中国における都市化と『都市農村越境コミュニティ』の生成に関する実証的研究」(研究代表者・南裕子)をもとづいて、南裕子・閻美芳が2019年9月に北京都市近郊農村で行った聞き取り調査をもとにしている。
【3.結果】 北京市中心部まで車で1時間半圏内にある農村Aの村民委員会は、1993年から不動産業者と手を結んで団地を建設し、村民のほかに外部にも転売して、800人ほどの村を1万人以上の「都市農村越境コミュニティ」に改造していった。この「都市農村越境コミュニティ」は、既存研究で取り上げられてきた城中村や、都市近郊農村の混住化地域とは異なる新たなコミュニティの類型といえる。すなわち城中村は、いずれ村は消滅して都市と同化することを前提としているが、都市農村越境コミュニティは、村民委員会と居民委員会の2つの看板を持ち、都市・農村の制度的な壁を越境・行き来することで、自分たちの生活に有利になるように諸制度を飼いならしてきたところに特徴がある。さらに都市近郊農村の混住化地域と比較した場合、混住化が進む農村では、土地の集団所有を温存して、地方から出稼ぎにくる農民工や企業に村の農地を貸し出すことで、村の収入を増やし、村民にその利益を還元することが一般的であった。このようなことが可能になるためには、村民はあくまでも農民戸籍のままである必要がある。しかし都市農村越境コミュニティの場合は、村で捻出した基金にもとづいて村びとの戸籍を都市戸籍に変えるとともに、一村二制(村が「村民委員会」と「居民委員会」の2つの看板をもつこと)のもとで、土地の集団所有権を温存することで、都市開発の巨大な利益をも併せて享受し続けることができていた。
【4.結論】 中国では、戸籍制度と土地所有制度によって都市と農村とを区分しているため、都市化に中国固有の緊張があると指摘されてきた。ところがこうした緊張のもとでも、村が主体的に動いた場合、都市と農村のあいだを越境・行き来しながらこの緊張を乗り越え、村びと本位の暮らしを作り出す実践の可能性があることを、この事例は示している。
<参考文献> 天児慧・任哲編,2015,『中国の都市化―拡張、不安定と管理メカニズム』アジア経済研究所出版.


農家民宿経営の両極化とそれを受けとめる地域社会の論理

一橋大学 南 裕子

【1.目的】  中国では、1990年代以降の急速な経済発展と都市化により、農村から都市への人口流出が加速化した。しかし、「農家楽」(農村で休暇を楽しむ)という観光業を展開した中国の都市郊外の山村では、都市・他地域からの流入者が、村民の家屋敷を賃貸して民宿経営者となったことで、人口流出と流入が同時発生している(南裕子・閻美芳編、2019)。  報告者らが継続して調査する農家楽の村の1つでは、近年、従来の農家民宿が、高級民宿と北京観光の団体客向けの廉価な簡易旅館に転換している。観光地のイメージ形成や騒音問題等の点で、両立しがたいものが共存しているのである。  本報告は、①この現象がなぜ出現したのかを分析し、その上で、②このようなある意味混沌とした村の空間形成が意味するものを、地域の共同性の観点から考察することを目的とする。
【2.方法】  本報告は、科学研究費補助金・基盤研究C(2019年度~2021年度・課題番号 19K12471)「中国における都市化と「都市農村越境コミュニティ」の生成に関する実証的研究(研究代表者・南裕子)」により、南裕子・閻美芳が2019年9月に北京郊外の農家楽山村で行った現地調査に基づく。
【3.結果】  この現象は、1990年代中盤に農家楽を始めた地域が共通して直面する問題への対応としてとらえることができた。それは、2つの意味での世代交代の問題で、1つは経営農家の高齢化、もう1つは、農家楽が産業として高級化へのモデルチェンジの時期にあることである。次世代が村外で就業している農家は、民宿のリノベーションへの積極性は乏しい。このため、一部農家は、高級民宿の経営を副業にしたい資金力のある村外の人と手を結び、土地の賃貸収入を得ようとする。一方で、そうした条件や機会のない農家は、調査村では、上述のような簡易旅館に切り替える道を見出した。  そして、高級民宿の経営者や家主の村民と簡易旅館の村民には、それぞれ村のキーパーソンとのつながりが確認できた。
【4.結論】  調査村の現状は、農家楽という観光業の村として、村全体でそのための空間形成が、少なくとも内発的には行われてこなかったという、この村のこれまでの歩みの延長上にあると言える。また、各農家が自身の家や土地でどのような経営をするのかは各家の問題であり、また時にはその領域をはみ出しても自らの生存戦略を貫く個の強さが見えてくる。農家楽振興のために政府が整備した親水公園や駐車場も、結局は私的に利用・占拠されていたのである。  しかし、村内は個がバラバラなまま存在しているだけではない。上述のように、村のキーパーソンが、両極にある各グループの村民や外来者の村内での存立を保障していた。田原史起の枠組みを借りれば、この村は、つながりが存在するが、まとまりを欠く状態である。  さらに、この状態は、従来の中国農村社会論にあるような、個々のエネルギーがダイレクトに地域生活に反映され地域に活力を生み出すダイナミズムと、2000年以降の農政転換以降の「譲らない農民」の出現(田原史起)の両方の論理があいまったものとしてとらえられるのではないかと考えられる。
【参考文献】 南裕子・閻美芳編,2019,『中国の「村」を問い直す―流動化する農村社会に生きる人びとの論理』明石書店。 田原史起,2019,『草の根の中国-村落ガバナンスと資源循環』東京大学出版会。


都市移住者の同郷的つながりの現代的変容

〇滋賀県立大学 丸山 真央
長野大学 相川 陽一
都留文科大学 福島 万紀

【1.目的】  農山漁村から都市への国内移住者が、都市で同郷的ネットワークや集団を形成することについては、社会学、地理学、歴史学、民俗学などで注目されてきた(松本 1994)。社会学では、都市-農村関係の「ゾチアール」な形態(岩崎 1983)として、松本通晴、鯵坂学、湯浅俊郎らによる都市同郷団体の精密な研究蓄積がある。  都市同郷団体は「高度成長期の中頃までは親睦を基礎としつつ、就業や住居の世話、配偶者の紹介そして営業や生活資金の融通をはじめとし、精神的な面までふくめた相互扶助がおこなわれ、地方出身者の都市への適応に大きな役割を果たしてきた」といわれる。同時に「80年代以降は、親睦を中心とした表出的機能が活動の中心となってきているものが多い」とも指摘される(鯵坂 2011:88)。  本報告では、長野県下伊那地方の山間部に位置する天龍村から首都圏に移住した人びとの同郷団体の調査、および同村内の中学校を卒業して村外に居住する青壮年層の調査をもとに、都市移住者たちの同郷的つながりの今日的形態を検討する。「親睦を中心とした表出的機能が活動の中心となっ」たといわれるようになって以降の都市同郷団体の実態、および、デジタル・ネットワーク隆盛のもとでの青壮年層の同郷的ネットワークの実態を明らかにすること、またそれらにみられる都市移住者の同郷的つながりの変化を検討課題とする。
【2.方法】  天龍村から首都圏に移住した人びとがつくる都市同郷団体として「東京天龍会」がある(1975年設立、会員約100名)。我々は、同会の幹部と事務局機能をもつ村役場担当課でインタビュー調査を実施した。同村から都市部への移住者については、天龍村立天龍中学校の卒業生のうち20~50歳の卒業生の一部を対象に郵送法・自記式の構造化質問紙調査を実施した(発送数68、有効回収数40、有効回収率59%)。卒業生調査の回答者の一部には、個別面接・半構造化インタビュー調査も実施したので、そのデータも補足的に使用する。
【3.結果】  ①「東京天龍会」は年1回、総会・交流会や親睦行事を開催するなど、「親睦を中心とした表出的機能が活動の中心」である。近年、会員の高齢化が進行する一方、若い新入会員はほとんどなく、会員数は減少傾向にある。かつて同郷団体研究では「離村第一世代の補充がなお部分的にもつづけば、直ちに同郷団体の消滅にはならないのではないか」(松本 1985:45-6)といわれたが、村の人口再生産が困難になり「離村第一世代」が減少することで、同郷団体は規模縮小を余儀なくされている。  ②その一方で、中学校卒業生調査によると、同郷出身者間でつながりを持つ青壮年層は7割に上り、そうしたつながりは若い世代、高学歴者ほど維持されている。それを支えているのはSNSである。  ③村役場では、こうした同郷出身者たちのデジタル/ソーシャル・ネットワークを活用して、既存の同郷団体とは別に、村外在住の青壮年層の組織化を試みる動きもある。
【4.結論】  天龍村からの都市移住者の同郷的つながりには「同郷団体からSNSへ」という変化の趨勢が認められる。ただ、それが新たな団体形成につながる可能性も否定できない。「組織からネットワークへ」と単純にいえるかは即断できず、今後も推移を見守る必要がある。


過疎山村の自治体職員の定住政策への意識

〇長野大学 相川 陽一
都留文科大学 福島 万紀
滋賀県立大学 丸山 真央

1.目的  人口増加によって地域発展が可能になるとの「人口増加型地域発展モデル」は、総人口が一貫して増加した20世紀に特有の時代拘束的なモデルである、との指摘がなされて久しい(徳野1998:138)。だが、日本国内をみる限り、国レベルで総人口の減少が確認された後も、国、都道府県、市町村の政策や施策において人口増加ありきの発想を転換する動きはあまりみられない。国レベルの総人口が長期にわたって減少局面に入る中では、人口増加を自己目的化した自治体政策を継続することよりも、「人口減少社会に適合した制度やシステムを作り、少ない人口でも生活の質の高い社会」(徳野1998:167)を実現するために必要な行政事業の検討を始める必要があり、このような取り組みが過疎山村の側から開始されるべき時期に来ているのではないだろうか。  以上の問題意識のもと、本報告は、過疎山村に立地する自治体に着目して、定住人口の維持をはじめとした行政事業のあり方を自治体職員がどのように考えているのかという問いを設定し、郵送法の質問紙調査とインタビュー調査を併用して、この問いを明らかにする。
2.方法  本報告では、2013年から共同研究を続けている長野県天龍村での現地調査に基づいて、上記の問いに応答していく。天龍村は長野県内のみならず全国的にみても、人口減少と高齢化が進行する自治体であり、集落維持やUIターン者の獲得は容易ではない。報告者らは2013年から天龍村役場や同村内の集落等への訪問面接調査を継続してきた。このなかで、同村役場地域振興課移住定住推進係の業務に着目し、同係および前身となった村づくり推進係の担当者へのインタビュー調査を行った。2018年には同村出身者で村内外に暮らす人々の現況調査や同村の中学校卒業生への質問紙調査(郵送法・自記式)を実施し、2019年には同村役場の正規職員全員を対象とした質問紙調査(郵送法・自記式。以下、役場職員調査と略記)を実施した。本報告は、行政担当者へのインタビュー調査と役場職員調査に基づいて実施する。
3.結果  役場職員調査では、村の定住政策に関する役場職員の意識を明らかにする際に、ある見解への評価を尋ねる方式を取った。結果概要は以下のとおりである。まず「村外出身者の移住・定住がもっと増えるとよい」との見解には70%が肯定的な回答だった。以下同様に、「人口減少が進行しても、地区や村を支える活動に積極的な住民がいれば、村は存続できる」との見解には59%、「村ではもっと企業誘致に努力するべきだ」との見解には42%、「村外出身者の移住・定住によって、村が活気づいている」という見解には32 %の肯定的評価が示された。より詳細な分析結果およびインタビュー調査結果は報告で示していく。
4.結論  役場職員調査では、村外出身者の移住に期待する回答が多く寄せられたが、来住者による村の活性化には慎重な見解が示され、期待と現状認識の間にずれがあることが示唆された。そして、「人口減少が進行しても、地区や村を支える活動に積極的な住民がいれば、村は存続できる」との見解には、過半数の回答者が肯定的評価を示しており、人口減少を前提にした集落や自治体の維持を考えるうえで、過疎山村の自治体ならではの方策を打ち出していくための主体的な条件が一定程度、同村に存在していることが示唆された。


日本とマレーシアの互助慣行の比較

流通経済大学 恩田 守雄

1.目的  本報告の目的は田植えなどの労力交換のユイ(互酬的行為)、道路補修などの共同作業や共有地(コモンズ)の維持管理のモヤイ(再分配的行為)、冠婚葬祭のテツダイ(支援<援助>的行為)という日本の互助慣行(恩田,2006:2009;Onda,2013)について、マレーシアと比較し相違点と類似点を明らかにすることである。
2.方法  上記の目的を達成するため日本とマレーシアの一般および互助関連の文献を精読し現地調査を行った。2019年8月にマレーシアのムラカ(マラッカ)州の農村漁村で聞き取り(半構造化インタビュー)を実施した。既に韓国(第85回報告)、中国、台湾(第87回報告)を調査し東アジアの互助慣行として発表したが(第88回報告)、本報告はフィリピン(第89回報告)、インドネシア(第90回報告)、タイ(第91回報告)という東南アジア研究の延長上にあり、また互助慣行の移出入という点で日本(南洋庁)が統治した南洋群島(第92回報告)の調査とも関連している。
3.結果  マレーシアの互助慣行は日本同様近代化の過程で衰退しているが、村落ではまだ伝統的な互助行為によるつながりや絆が見られる。ムラカ州の農村ではTanaman Padi Berkelompok(Tanamanは収穫、Padiは米、Berkelompokは組の意味)という日本のユイ組にあたる6人から7人で稲刈りをする組織があったが、今は機械化や後継者不足からないところが多い。しかしまだ現存する農村もある。漁村では二人乗りの船で家族や友人で行うため、またココナッツ農園でもユイ(互酬的行為)のような労力交換の慣行はない。日本のモヤイ(再分配的行為)に当たる共同作業(労力モヤイ)では、漁村でインドネシアと同じゴトンロヨンの精神で漁民が年3回港の掃除などをする。他に河川の清掃関係では州レベルの組織がある。農村では共有地はないが、漁村では海岸や森は州の土地で勝手に木を伐採できない。墓地やモスクなどの清掃はボランティアでするためペナルティ(過怠金)はない。日本の頼母子や無尽に相当する金銭モヤイでは金融互助の言葉として、年配の人が多く使うduit undi(duitは金、undiは選ぶの意味)、若い人が使うduit kutu(kutuはダニ<血を吸う>の意味)があり、原則利息がつかない。支援(援助)的行為としてテツダイでは葬儀で葬式組が活動し、婚儀では料理などの手助けをするルワング(rewang)という行為に基づく互助ネットワークが機能している。
4.結論 農村では共有地が見られず共有意識は希薄で、全体として互助慣行はかつての日本ほど強くないことがわかる。今後近代化でさらに互助ネットワークは変容を余儀なくされるが、自生的な社会秩序として互助慣行の変化を注視していきたい。今回の知見を踏まえ日本と東アジア、東南アジアと比較しそれらに通底する互助慣行の解明が今後の課題である(科学研究費助成事業<学術研究助成基金助成金>:平成27年度~31年度、基盤研究C、研究課題「日本と東南アジアの互助ネットワークの民俗社会学的国際比較研究」、課題番号15K03860、研究代表者<個人研究>恩田守雄)。
<参考文献> 恩田守雄、2006『互助社会論』世界思想社。2019『支え合いの社会システム』ミネルヴァ書房。 Onda, Morio. 2013.‘Mutual help networks and social transformation in Japan,’American Journal of Economics and Sociology,71(3):531-564.


(報告者辞退により削除)


階級・階層・移動(1)


東大社研パネル調査と初期格差のライフコースへのインパクト

東京大学 石田 浩

【1.目的】  本研究は、生まれ育った家庭環境と18歳までの障害・疾患の経験が、その後の人々のライフコース(暮らし向きと健康)にどのような影響を与え、初期の格差が連鎖・蓄積されていくのかを、東京大学社会科学研究所が実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Surveys)を用いて分析する。
【2.方法】  データは「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(JLPS)を用いる。JLPSの第1波調査は、日本全国に居住する20-34歳(若年パネル調査)と35-40歳(壮年パネル調査)の男女を母集団として対象者を性別・年齢により層化して抽出し、2007年1月から4月にかけて郵送配布・訪問回収方法により実施した。若年調査は3367票(回収率34.5%)、壮年調査は1433票(同40.4%)を回収した。その後対象者を毎年ほぼ同時期に追跡している。本分析では、第13波(2019年)までの調査データを用いる。調査時点での暮らし向き(5点尺度)と主観的健康度(主観的な健康状態5点尺度)を従属変数として、15歳時の家庭の状況、18歳までの健康状態、社会・経済的地位、健康行動などを独立変数とする。
【3.結果】  本分析では、15歳時の家庭の経済状況と18歳までの障害・疾病経験が、人々が成人した以降の暮らし向きと健康度の変化に対して継続的な影響を与えていることが明らかになった。家庭環境が不利なグループと有利なグループに分けて、それぞれにグループにおいて、学歴や社会・経済的地位、健康行動の与える影響を比較してみた。その結果、ほぼ同じような要因の効果がみられ、特定のグループに特徴的な要因の効果が顕在するわけではなさそうである。分析ではハイブリッドモデルを用い、個人間の違いと個人内の変化の効果を区別した。例えば、運動をしている人としていない人の間の健康度の違いと運動をしなかった人がするようになる(同一個人内の)健康度の変化を区別し、運動については個人間・個人内の双方について健康度への効果が観察された。
【4.結論】  ライフコースの初期段階で決まる家庭背景や18歳時までの健康状態などの要因は、その後の人々のライフコースに対して継続的に影響を与えていることがわかった。初期段階での有利さ・不利さは、ライフコースの流れの中で拡大することはないが、格差が縮小するわけでもない。初期の格差は、変わることなく継続・連鎖していく傾向があることが明らかになった。
【謝辞】 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・特別推進研究(25000001, 18H05204)、基盤研究(S)(18103003, 22223005)の助成を受けたものである。東京大学社会科学研究所(東大社研)パネル調査の実施にあたっては、社会科学研究所研究資金、株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。パネル調査データの使用にあたっては東大社研パネル調査運営委員会の許可を受けた。


高等教育機関夜間部卒業者の社会的背景と職業への移行

熊本大学 菅澤 貴之

1. 目的  夜間学部の学生数は大学進学率上昇期である1960年代から増加し,1960年代後半から1990年代までは年間10万人を超える学生が在籍し一定数を占めていたが,夜間学部進学者(卒業者)に実態に迫った研究は驚くほど少ない.管見の限りでは,夜間学部に焦点を合わせた実証研究は大島(2018)のみである. そこで,高等教育機関における夜間教育の存在意義を再検討するためにも,本報告では,社会的背景と職業への移行状況に着目し,昼間部卒業者と比較して夜間部卒業者がどのような特徴を有していたのかを量的調査データの分析から明らかにする.
2. 方法  本報告で分析に使用したデータは東京大学社会科学研究所パネル調査プロジェクト(研究代表者:石田浩)が2007年より毎年実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS:Japanese Life Course Panel Survey)」である.本報告では3種類の個票データを合併して用いた.1つ目は追跡継続サンプル調査の第1波(2007年実施)および第2波(2008年実施),2つ目は回答者の脱落を補うために2011年から開始された追加サンプル調査の第1波(2011年実施)および第2波(2012年実施),3つ目は調査対象者の加齢に伴い対象外となった若年層を補う目的に2019年から新たに開始されたリフレッシュサンプル調査の第1波(2019年実施)である.  JLPSでは高校卒業後に通学した学校の情報を詳細に収集しており,課程(昼間・夜間・通信)の識別が可能な唯一の大規模社会調査データである.この課程に関する回答をもとに,高等教育機関昼間部卒業者と夜間部卒業者を構成し,両群の比較を行う.主な検討項目は,親学歴,15歳時の暮らしむき,中学3年時の成績,卒業した高校の大学・短大進学率,初職に関する情報(就業までの間断の有無,非正規雇用率,大企業・官公庁就職率,専門職率)である.
3. 結果  社会的背景について,親学歴および15歳時暮らしむきの比較から,夜間部卒業者は昼間部卒業者に比べて高等教育機関への進学に対して不利な家庭環境の出身者が多い傾向にあることが示され,多変量解析においても統計的に有意な差が認められた.一方,職業への移行状況に関しては,夜間部卒業者と昼間部卒業者の間で,間断の有無,大企業・官公庁就職率に大きな相違は見られなかった.さらに,夜間部卒業者は昼間部卒業者に比べて専門職率が高いことが確認された.
4. 結論  今回の分析結果をもとに,日本社会における高等教育機関夜間部の役割(存在意義)を導出すれば,社会的背景の不利(格差)を縮小・挽回させることに高等教育機関夜間部は貢献してきたと結論づけることができる.
【文献】 大島真夫,2018,「大学夜間部という選択肢—学生生活とキャリア形成の機会」『日本労働研究雑誌』2018年5月号(No.694),pp.62-72.
【謝辞】 本研究は,日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・特別推進研究(25000001,18H05204),基盤研究(S)(18103003, 22223005)の助成を受けたものである.東京大学社会科学研究所(東大社研)パネル調査の実施にあたっては,社会科学研究所研究資金,株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた.パネル調査データの使用にあたっては東大社研パネル運営委員会の許可を受けた.また,本研究は,2018年度日本経済研究センター研究奨励金による成果の一部である.


過去の負の経験がメンタルヘルスに与える影響

東京大学大学院 百瀬 由璃絵

【1.目的】  本研究は、ライフコースの初期段階である幼少・青年期の生活に支障をきたし、その後もトラウマになりうる経験があった人に、重度の抑うつ傾向が回復し、精神的な健康の獲得へと向かうというセカンドチャンスがあるのかを検討する。  幼少・青年時代の疾患や障害経験は、成人期の健康状態に長い影を落とすとされ、障害のあるグループはないグループよりも健康度が一貫して悪化し、向上がみられないとされている。また、学校でいじめ被害を受けている児童・生徒は、いじめ加害・被害を経験していない生徒に比べて抑うつ傾向が強いとされる。本研究では、幼少・青年時代の身体的ないし精神的な疾患や、その疾患につながりうる過去の負の経験が、現在のメンタルヘルスにどのような影響を与え、その抑うつの症状は所得や就業状態、学歴などがよければ回復するのか分析する。
【2.方法】  データは、東京大学社会科学研究所が実施する東大社研パネル「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Surveys)の2007年から2019年までの13年分のパネルデータを用いる。初期の調査では、過去の要因に関する豊富な項目が揃っており、説明変数とする。第1回目の2007年調査では、学校でのいじめ被害や長期療養などの経験が過去にあったかが聞かれている。第2回目の2008年調査では、18歳になるまでの疾患や障害の経験と、2008年時点での慢性疾患や生活への支障について質問されている。被説明変数となるメンタルヘルスの尺度には、Five-item version of the Mental Health Inventory(MHI-5)が用いられており、毎年調査されていることから、抑うつ傾向の変化がとらえられる。
【3.結果】  いじめ被害か、長期療養のみの経験が1つでもあった場合と、いじめ被害・長期療養・幼少期の疾患・成人後の疾患・生活への支障のうち2つ以上の経験した場合に、重度の抑うつ傾向を示していた。さらに、教育年数が短く、既婚でないほど、抑うつになりやすい。等価所得は、中央値の50%を示す貧困ライン以下を貧困層、貧困ライン以上中央値以下を困窮層、中央値以上を非困窮層としたところ、非困窮層よりも貧困層ほど抑うつ傾向が強かった。一方、就業状態では、無職よりも雇用契約に任期のない正社員や経営者ほど抑うつ傾向がみられた。また、過去に負の経験を背負っていても、幼少期の疾患のみと負の経験が複数の場合は、時間の経過とともに抑うつ症状は重度から健康へと回復する兆しがあった。
【4.結論】  ライフコースの初期段階において、いじめ被害か、長期療養のみでも負の経験が1つあると、メンタルヘルスに対する健康格差に影響し、初期の格差がそのまま維持されていた。一方で、過去の負の経験が幼少期の疾患のみであれば回復がみられ、過去の負の経験が複数以上ある場合は健康格差に影響するものの、時間とともに回復へと向かうことが明らかになった。
【謝辞】  本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・特別推進研究(25000001, 18H05204)、基盤研究(S)(18103003, 22223005)の助成を受けたものである。東京大学社会科学研究所(東大社研)パネル調査の実施にあたっては、社会科学研究所研究資金、株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。パネル調査データの使用にあたっては東大社研パネル調査運営委員会の許可を受けた。


無業から再就職までの過程における求職行動

東京大学 石田 賢示

1.目的  本研究では,日本の若年・壮年者のキャリアにおいて一度無業になってから再就職に至る過程における,求職行動の背景と影響を検証する.日本の若年者・壮年者の失業率は1990年代に上昇し,2000年代にはその水準を保ったまま推移してきた.同時に非正規雇用と呼ばれる働き方のシェアも拡大してきた.日本の若年・壮年者のキャリア形成における失業経験あるいはより広い意味を含む無業経験は,より身近なライフイベントになりつつある.無業をめぐる論点の一つには再就職機会がどのような要因の影響を受けるのかというものがあり,本研究では求職行動に注目する.また求職行動がどのような社会的背景のもとで生じるのかも検討する.
2.方法  求職行動の背景ならびに再就職過程への影響を検証するため,東大社研パネル若年・壮年調査(JLPS-Y & M)のWave1(2007年)からWave13(2019年)までのデータを用いる.本研究では(1)求職行動の状況を区別したうえで無業である背景要因の分析,(2)無業からの再就職結果の分析をおこなう.(1)では「有業」「無業で求職活動をしている」「無業で求職活動をしていない」の3カテゴリからなる従属変数を用い,各種の背景変数を独立変数とする多項ロジスティック回帰分析をおこなう.多項ロジスティック回帰分析の結果にもとづき,「求職活動あり」と「求職活動なし」のあいだでの回帰係数の差の検定にもとづき無業者のなかでの求職行動状況の背景を検証する.(2)ではWave2(2008年)以降に新たに無業になったケースが分析対象である.無業状態を開始してからどの雇用形態(「経営・自営」「正規雇用」「非正規雇用」に「脱落」を加えた4カテゴリ)に移行したのかについて,(1)と同様の独立変数を用いた競合リスクモデルによる分析をおこなう.
3.結果  求職行動の背景については男女で差がみられた.男性サンプルでは「有業」に対して「求職活動あり」あるいは「求職活動なし」である独立変数には共通するものが多いが,無業者のなかでの違いを説明するのは主観的な健康評価のみであった(健康状態が良いほど求職活動をしやすい).女性サンプルでも「有業」に比べて残りのカテゴリと関連する独立変数は共通しているが,有配偶であること,子どもがいること,友人不在であることは求職活動から遠ざかり,親との同居は求職活動に近づく結果を示した.求職行動の背景要因と同様のモデルで競合リスクモデルを推定すると,求職行動は正規雇用非正規雇用双方への移行可能性を高める結果となった.
4.結論  無業者のなかでも求職行動は仕事を見つけることに寄与する.しかし特に女性について,求職行動の生じやすさは世帯・家族内での役割やパーソナル・ネットワークなど社会的な環境のありようと関連している.
【謝辞】本研究は,日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・特別推進研究(25000001,18H05204),基盤研究(S) (18103003, 22223005)の助成を受けたものである.東京大学社会科学研究所(東大社研)パネル調査の実施にあたっては,社会科学研究所研究資金,株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた.パネル調査データの使用にあたっては東大社研パネル運営委員会の許可を受けた.


貧困からの脱出におけるジェンダー差

武蔵大学 林 雄亮

【1.目的】  従来から横断的調査データを用いて貧困率の測定や貧困と結びつきやすい社会的属性が明らかにされてきたが,パネル調査データを用いることにより,貧困状態と非貧困状態間の移動や貧困の継続性といった動態が把握できるようになる.これは貧困対策を考えるうえでも大きな利点となる.本報告では,貧困の動態の一側面として貧困状態から抜け出すことに着目し,社会的属性や婚姻状況,世帯の構成員がもつ影響について考察する.
【2.方法】  用いるデータは,東京大学社会科学研究所が2007年から実施している「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(JLPS)の若年・壮年パネル調査である.分析対象は貧困経験のある者であり,貧困はt時点の世帯人数とt+1時点でたずねられている過去1年間の世帯全体の収入の変数から,相対的貧困基準に近似するように貧困ラインを設定した.  貧困からの脱出に関する多変量解析では,貧困からの脱出を繰り返し観察されうるイベントとして定義し,t時点で貧困でない状態からt+1時点で貧困に突入したことでリスク開始とみなすイベントヒストリー分析(離散時間ロジットモデル)を適用した.独立変数はリスク経過年,年齢,従業上の地位,婚姻状態,同じ世帯の同居者の情報である.
【3.結果】  基礎的な分析として,JLPS若年・壮年パネル調査の貧困率は,サンプルが若いため国民生活基礎調査などと比較してやや低いが,各時点で回答者の5%前後が貧困状態にあった.次に,貧困からの脱出確率について分析したところ,男女ともに約半数が1年後(貧困突入後2年目)には貧困から脱出しており,2年後にはその割合は7割前後に達していた.  貧困からの脱出に関する多変量解析では以下のことが明らかになった.第1に,男女ともに実親・義親・恋人との同居,上記の者以外の同居人数は貧困脱出に影響を与えていなかった.第2に,男性の分析結果では,年齢が若いほど貧困から脱出する確率が高く,正規雇用に比べて非正規雇用や無職の場合は貧困から脱出する確率が有意に低かった.第3に,女性の分析結果では年齢の有意な効果はみられないが,従業上の地位と婚姻状態の交互作用効果から,未婚または離別・死別状態にあり,かつ無職であることは,既婚であることや就業していることと比較して貧困からの脱出確率が際立って低いことが明らかになった.
【4.結論】  貧困状態という負の経験から脱却するセカンドチャンスの可能性は,JLPSの対象者である若年・壮年層のなかで一様ではない.男性にとって若い時期の貧困経験は,その抜け出しやすさからそれほど深刻に捉えられないかもしれない.また働き方による貧困脱出確率の違いは,一般的な階層的格差を反映している.一方,女性では特定の婚姻状態と働き方の組み合わせが貧困脱出を妨げる要因となっており,具体的には配偶者(夫)の存在と自身の就業が貧困から抜け出す手段になっている.
【謝辞】  本研究は,日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・特別推進研究(25000001,18H05204),基盤研究(S) (18103003, 22223005)の助成を受けたものである.東京大学社会科学研究所(東大社研)パネル調査の実施にあたっては,社会科学研究所研究資金,株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた.パネル調査データの使用にあたっては東大社研パネル運営委員会の許可を受けた.


社会階層と交際への移行

東京大学 三輪 哲

1.目的 本研究の目的は、成人期に交際を解消した場合に、次なる交際機会がどのような要因と関連するか、実証的に検討することである。とりわけ、社会階層ないし社会的資源に注目し、それらに恵まれない場合に交際への移行が起きにくくなるのか、移行の起きにくさは加齢に伴い増幅するかを焦点とする。 恋愛結婚が主となると階層同類婚が減少するという「ロマンティックラブ仮説」がある(Smits 2003)。その仮説の前提は、自由恋愛に基づく交際は階層的選択をおこなう蓋然性が低いことである。だが日本の実証研究では、交際の階層効果の不在を示す研究もあるが(茂木・石田 2019)、他方で男性に限り収入の効果を実証した研究があるように(中村・佐藤 2010)、見解が割れている。 そのため本研究において、社会階層と交際への移行との関係について、再検討をおこなう。
2.方法 用いるデータは、東大社研パネルプロジェクトによって実施された「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」(Japanese Life Course Panel Surveys)によって得られたデータセットである。同調査は、2007年の調査開始時に20-40歳であった無作為標本に対するパネル調査で、2019年で第13波となる。各回の継続回収率は、概ね8割ほどである。 本研究では、観察期間中に交際を解消した者が、その後交際へと移行するハザード率を被説明変数として、イベントヒストリー分析をおこなう。主要な説明変数は、階層的地位、居住環境、日常生活行動、異性とのかかわりおよび結婚意欲、などである。
3.結果  リスクに曝されるケース数は750(ただし複数回曝されることもあるので人数としては597人)。交際への移行は、424回観察された。うち移行が1年以内に起きたものは47%であった。  離散時間ロジットモデルによる推計から、次の知見が得られた。第1に、交際への移行に対する階層的地位の影響は男女ともにみられなかった。第2に、加齢に伴い階層効果が強くなっていく交互作用効果もまたみられなかった。第3に、男性においては独居や運動習慣の正の効果がみられた。そして第4に、女性では周囲の異性の多さや結婚意欲の正の効果がみられた。
4.結論  ひとたび交際を解消した人たちがその後交際へと移行する機会を検討したところ、社会階層要因との関連はみられなかった。年齢が高くなるにつれて階層の影響が顕在化するようなこともみられなかった。「ロマンティックラブ仮説」が想定するように、自由恋愛の段階においては、交際相手の選択は属性を基準としてなされる傾向は弱く、移行の機会に社会階層的な偏りがある可能性は低い。
【謝辞】 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金・特別推進研究(25000001, 18H05204)、基盤研究(S)(18103003, 22223005)の助成を受けたものである。東京大学社会科学研究所(東大社研)パネル調査の実施にあたっては、社会科学研究所研究資金、株式会社アウトソーシングからの奨学寄付金を受けた。パネル調査データの使用にあたっては東大社研パネル調査運営委員会の許可を受けた。


社会運動(1)


国際移住家事労働者の社会運動の終焉?

京都産業大学 澤井 志保

【目的】香港では、2000年代半ばから約10年間、国際移住家事労働者の社会運動の活性化が見られた。特に、2000年以降から目覚ましく増加したインドネシア人家事労働者(IDW)の組織化はこの時期に隆盛をきわめたが、それから約10年が経過した現在、新たな変化が起こりつつある。本報告では、とある在香港インドネシア人家事労働者の社会運動グループの活動停止の経緯を取り上げて、この現象が何を示唆するのか詳細に検討する。
【方法】報告者は、当該社会運動グループの近年のメンバー(香港在住)と以前のメンバー(インドネシア在住)の両方にオンライン・インタビューを行った。また、香港とインドネシア在住のインドネシア人家事労働者の社会運動グループ関係者にもオンライン・インタビューを行い、得られたデータをもとにグラウンディド・セオリーに基づくキーワード分析を実施し、考察を行った。また、直近10年の香港とインドネシアを取り巻く社会経済的状況についても検討を行った。
【結果】インタビュー・データと社会経済的分析の結果、2010年代には香港IDWに関連して2つの変化が起こったことがこのグループの崩壊の理由として前景化した。第一に、2010年前半から始まったIDW対象の帰国後の起業支援プログラムや各種起業セミナーが、IDWの起業志向を推進したことが、IDW個人の経済的資本の蓄積を促進した。第二に、2010年代後半に加速していった東・東南アジア全域でのICTテクノロジーの高速化と低価格化のおかげで1対Nのコミュニケーションが可能になり、IDWの個人的なネットワーク行動が活性化した。これは、IDWの個人としての自信を強めるとともに、これまでのIDW社会運動に共通して見られた、社会的マイノリティが集約的に行う集団行動の意義をも空洞化させることになった。結果として、当該グループ内で対立が起こり、恒例であったイベントも直前で中止に追い込まれてグループは空中分解した。これは、IDWが起業促進政策によって経済資本を高めたことと、ICTの発達とともに個人的に社会資本を拡張する手段を手に入れた結果、集団行動への参加の意義が空洞化していったと考えられる。
【結論】このような知見からは、国際移住家事労働者の社会運動にまつわる2つのポイントが見て取れる。ひとつは、IDW個人の経済資本と社会資本の蓄積が、社会運動への参加を促進することもあれば、相反的な効果を生むこともありうるということである。そしてさらにこの事例は、起業促進などの移住労働者帰国後支援プログラムが、国際移住家事労働者の社会運動参加を侵食するという皮肉な結果をも示している。


Changing Familialism in Japan’s Second Modernity: The Case of Food Banks and Kodomo Shokudō (Children’s Cafeterias)

Freie Universität VOGEL Nadine Melanie

This presentation clarifies how new civil society organizations (CSO), especially Food Banks and kodomo shokudō (Children`s cafeterias), in Japan emerge in the context of a decline of family ties and traditional community structures as a major social safety net. Food Banks are food assistance initiatives that collect “edible but not sellable” food from manufacturers, distributors, and retailers and distribute it for free to people with low income. Kodomo shokudō offer free or subsidized meals to children in need. Both initiatives gained a strong presence in Japan in recent years and received much of public attention. Originally, in Japan, the conceptualization of social institutions (under historical conditions of late modernization and rapid economic “catch-up” development) focused strongly on “familialism” as its major edge, e.g. the idea that the family should have the greatest welfare responsibility towards its members, both in income distribution and care provision (Ochiai et al. 2014; Esping-Andersen 1997). In this context, the concepts of a compressed– and semi-compressed modernity are often used to describe the transition of East Asian societies into second modernity (Chang 2014; Ochiai 2014; Ochiai et al. 2014). In a compressed– and semi-compressed modernity, economic, political, social and/or cultural changes take place in a short period of time. As a result, some norms and institutions of the first modernity remain intact, such as the “modern family” (male-breadwinner/female housewife nuclear family). However, from the 1990s onwards, economic and demographic shifts, such as the decline in fertility and the rapidly aging of the population (shōshi koreika shakai) as well as growing regional and social disparities (kakusa shakai) brought about new challenges to the Japanese society which has been termed “familialist.” Against this background, this presentation examines in more detail the growing impact of civil society actors on familialism in Japan. Based on a qualitative field study, the presentation focuses in particular on the organizational strategies of “change agents” (Rogers 2003) to promote new civil society activities and discusses governmental responses. The presentation shows how Food Banks and kodomo shokudō spread in many areas of Japan in midst changing public opinion and illustrates how the private and the public realm become more and more intertwined. By analyzing the case studies from a microscale perspective, this presentation hopes to give some clues to people who wish to systematically examine social changes in Japanese society.
References
Esping-Andersen, Gøsta (1997): Hybrid or unique? The Japanese welfare state between Europe and America. Journal of European Society Policy 7 (3): 179–189. Ochiai Emiko (2014): Introduction: Reconstruction of Intimate and Public Spheres in Asian Modernity. In: Emiko Ochiai and Leo Aoi Hosoya (ed.): Transformation of the Intimate and the Public in Asian Modernity. Leiden: Brill. Ochiai Emiko (2014): Leaving the West, rejoining the East? Gender and family in Japan’s semi-compressed modernity. International Sociology 29 (3), S. 209–228. Chang Kyung-Sup (2014): Individualization without Individualism: Compressed Modernity and Obfuscated Family Crisis in East Asia. In: Emiko Ochiai und Leo Aoi Hosoya (ed.): Transformation of the Intimate and the Public in Asian Modernity. Leiden: Brill.


日本における中国系ニューカマー高度労働者の雇用格差およびキャリア意識の男女比較

早稲田大学 張 潔

1. Aim This paper aims to discuss how newcomer Chinese skilled workers breaking the barriers and striving the equality in Japan from the economic, social and cultural aspects under gender comparison. As a significant immigrant group in Japan, Chinese immigrants becoming the important members of labor force, their adaptation and social standing may affect their migration process and willingness to stay in Japan, hence influence the Japanese labor market. With different level of human capital and socioeconomic capital, Chinese immigrant men and women opened up their migration process with different goals and planning after their arrival to Japan. Yet, gender barriers, employment instability even pressure of child raising strictly constrained their life qualities in Japanese labor market.
2. Data & Method For this purpose, a qualitative method is utilized to discuss the gender differences of Chinese skilled newcomers in Japanese labor market. Interviews and participate observations were conducted with 25 men and 28 women. Informants are aged from 25 to 54 who came to Japan the first time between 1996 to 2015, most of them came to Japan as students, while few came as skilled professionals. Considering the generation gap and social environment, informants are limited in first generation.
3. Results We found that among these Chinese immigrant informants, women are more likely to confronting gender discrimination in Japanese enterprises. Like Japanese women, even many immigrant women entered Japanese companies as “skilled professionals”, some of them are still fell into routine duties in the end. Moreover, for those who have children, they also need to face more obstacles such as employment instability and work-life balance. On the other hand, Chinese men are confronting socioeconomic barriers in labor force participation, such as difficulty of promotion and pressure of taking care of parents.
4. Conclusion From these findings, this study explores the quests of gender and migration in transnational social spaces. By draws on life stories, this study reaffirms the significance of gender. Often intersecting with class/status, ethnicity and generation, gender is an enabling tool for comprehending women’s changing social, economic, political and cultural roles in modern Japanese society. Reflecting on skilled immigrants from China, this study explains their engagement in uprooting and redefining their selfhood, culture and responsibilities as they are resettling as migrants in contemporary Japanese society. This study further reflects the similarities in their circumstances highlighting the growing salience of Chinese skilled immigrants in the different sectors their “new” social space.


沖縄における子どもの貧困対策のレトリック

一橋大学大学院/日本学術振興会特別研究員DC 糸数 温子

1. 目的 日本における「子どもの貧困」問題に関する研究や活動がますます活発になって久しい。とりわけ、貧困問題における「沖縄」という地域は戦後一貫して「貧困」と言明せずとも常に脆弱な経済基盤を課題の前提として認識されてきた地域である。沖縄県は、子どもの貧困率29.9%という数値発表を受けて、独自の調査や施策を打ち出し、平成27年(2015年)12月、内閣府は平成28年度「沖縄子供の貧困緊急対策事業」に10億円を計上した。その結果、県内164箇所で「子どもの居場所」が設置され、それ以降の沖縄における子どもの貧困対策事業の解決策の中心として位置づけられるようになった。 本報告では、子どもの貧困対策をめぐる活動を「クレイム申し立て活動(claim-making activity)」と捉え直し、「対策」として提示される政策やそれに呼応する市民活動の用いるレトリックに着目する。それによって、現代の貧困問題をめぐる言論空間の布置を明らかにする。
2. 方法 沖縄における子どもの貧困対策に関わる人々の諸活動を対象にするため、本研究では、内閣府「沖縄子供の貧困緊急対策事業」の成立過程に関する公文書、沖縄県内紙を対象に言説分析を行った。
3. 結果 沖縄における子どもと貧困問題をめぐる時期区分について中河(1993)の有害図書問題の分析を参考に「争点」と「登場するアクター」を基準に区分し変遷を追った結果、2000年代前半までの沖縄における子どもと貧困をめぐる問題は「論争型」の社会問題であった。しかし2000年代後半以降、沖縄における貧困問題は「保護されるべき子ども」の貧困というレトリックを用いて拡張型パターナリズムの構図を持ち込むことで「一人勝ち型」の社会問題となっていく。同時に、「専門家」として登場するアクターも変化し、解決策は分かりやすく、「ひとりひとりができる」物語に変化した。さらに、「子ども」を修飾する「空腹」や「孤立」、そして彼らの安全を脅かす存在としての「みつけやすい敵」の想定は、沖縄社会に流布する言説を取り込み、それらを生み出してきた産業構造の脆弱さを隠蔽していることが分かった。
4. 結論 子どもの貧困対策に関わる人々はそれぞれの考える「貧困」から子どもを守ろうとしている。沖縄における貧困対策事業は、子ども「の」貧困対策への取り組みを強化した一方で、社会構造へのクレイム申し立て活動を、有識者会議やメディアなど公共のアリーナから排除し、「論争」が行われることのないまま「保護されるべき子ども」探しを続けるだけになってしまっているのではないだろうか。
参考文献 赤川学(2012)『社会問題の社会学』弘文堂. 草柳千早(2004)『「曖昧な生きづらさ」と社会 クレイム申し立ての社会学』世界思想社. Spector, Malcom, and John I. Kitsuse 1987 “Preface to the Japanese edition of Constructing Social Problems,”:村上直之・中河伸俊・鮎川潤・森俊太 (訳)(1990)『社会問題の構築 ラベリング理論をこえて』マルジュ社 1990年. 中河伸俊・永井良和編著(1993)『子どもというレトリック 無垢の誘惑』青弓社. 中河伸俊(1999)『社会問題の社会学』世界思想社.


沖縄の「混血児問題」をめぐる琉球政府・米軍・教師・支援団体・母親たち

立命館大学 下地 ローレンス吉孝

【1.目的】 戦後沖縄では、米軍による土地接収と軍用地拡大により、基地周辺に歓楽街も形成されていった。米兵と沖縄の女性は、様々な経緯で出会い、多くの「混血児」たちが生まれた。かれらは、「ヒージャーミー(ヤギの目)」「アメリカー小」「クルー小」「パンパンの子」などと呼ばれ、差別的な経験をした。それは、米国や米軍に対する感情と、母親に対する侮蔑と性差別の意識、そして人種差別とが交差するものであった。 本研究では、戦後の沖縄の「混血児問題」をめぐって、琉球政府(文教局)、米軍、教師、国際社会事業団などの支援団体、そして母親たちがいかなる対応や立場をとっていたのかを資料から明らかにする。
【2.方法】 分析する資料は、当時の情勢を克明に記録している新聞「琉球新報」と「沖縄タイムス」である。沖縄県立公文書館に所蔵された主要新聞二紙のマイクロフィルムデータから、当時の状況について、琉球政府・米軍・教師・支援団体・母親たちの対策や反応等を考察する。
【3.結果】  当時、琉球政府とりわけ文教局は「混血児」に対して「無策至上主義」を貫いていたと言われている。琉球新報の紙面では「現在沖縄がしめる国際的立場から多くの人種が雑居しているので、学校や家庭でも日本のように差別的な偏見もなく、しっくりいっている。いま積極的な対策などをとれば、かえって不自然に子どもたちを刺激し逆効果にならないともかぎらない」と記させ、差別を経験していた「混血児」たちへの具体的な支援施策はとられてこなかった。一方、学校では「皮フの色が違うというのでばかにされ」て、校舎の屋根から飛び降り自殺を図る事件が起き、当時の沖縄教職員会は、「この子たちの養子縁組や親元にひき取る方法などのほか、完全雇用の対策をいまから積極的に打出す時期だと積極的な対策をのぞんでいる」と至急の支援を求めていた(琉球新報1959年6月1日朝刊5面)。また、現役の米兵二人が自主的に発足させた「養子縁組の家」は、かれらのクラブ経営での利益を元に資金を調達し、33組の「混血児」の用紙を斡旋していた。母親たちは、子どもたちへの対策のみならず、沖縄社会内部に潜む偏見への批判を込めた意見が新聞上で語られていた。
【4.結論】 このように、当時の専門家、人権活動家、母親たちの声、米兵による養子縁組斡旋事業など様々な動きを分析し、当時の「混血児問題」をめぐるさまざまなアクターの緊張する力関係や支援の限界、可能性などについて明らかにする。


口頭伝承からデジタル・ストーリーテリングへの転換

関西学院大学大学院 池田 佳代

【1.目的】現代は、近代化による社会環境の変化が伝統の継承を困難にしており、対応可能な情報共有の方法についての模索が続いている。ワスパンの先住民族ミスキートの人々は、気候変動の影響や水源の劣化などによる生存の危機に対応するため、デジタル・ストーリーテリング(DST)という方法を導入したが、その後、人々の行動が変容している。そこにどのようなメカニズムが働いたのか解明するための手がかりを得るため、DSTを導入する以前の共同体の状況を調査する。
【2.方法】共同体の実態に迫るため、上からよりも下からの歴史に目を配り、ミスキートの高齢女性ら「祖母たち」の証言をもとに記述されたテクストを対象に分析を行う。必要に応じて、歴史的文献や地域研究などに現れる記述を頼りに不明な部分を特定し、関連する文献の記述や筆者の参与観察記録に現れた語りを加味する。
【3.結果】明らかになったことは以下の通りである。ミスキートの共同体では、天然資源の存在と保存、生産や採集の種類と方法及び形態、共同体の仕組みや役割などの知識と実践を口頭伝承により親から子へと継承してきた。これまでは、口頭伝承が共同体の維持に重要な役割を果たしてきたものの、現在はそれがうまく機能していない。「祖母たち」は外部者に継承されたあらゆる情報を話したことが、過剰な森林伐採や水質汚染、動物相の減少、そしてミスキートの若者の変化につながったと考えており、それが情報共有を躊躇する側面につながっている。ミスキートは17世紀後半に発生し定着するまで間に、同質的な共同社会を形成し、それが調和を基軸とする安定的な生活世界の実践につながった。20世紀中盤以降は、外部者の侵入、内戦、避難先からの帰還という激しい流動の末に自治を獲得した。これらの流れからは、様々に生じる外的要因を克服するための再帰的近代化の先取りを見ることができた。だからこそ、祖母たちの次の世代は、口頭伝承の不安定性を克服すべきものと自覚し、それ以外の方法による再展開を展望したのではないかと推論する。
【4.結論】テキスト分析を通じて、DSTを導入する以前の共同体の状況が明らかになった。その際、ミスキートの社会過程に特有の再帰性が顕出された。近代化による社会環境の変化が伝統の継承を困難にした現状に対応するため、口頭伝承をDSTに転換するという思考も再帰性の現れであるとの推論に達した。以上により、人々の行動が変容していく際に働くメカニズムを解明するための手がかりが得られた。


災害(1)


大規模災害からの復興の地域的最適解に関する総合的研究 2020 (1)

〇東洋大学 川副 早央里
早稲田大学 浦野 正樹
早稲田大学 野坂 真

本報告は、昨年度から開始された科学研究費(基盤研究A)「大規模災害から復興の地域的最適解に関する総合的研究」(研究代表者 浦野正樹)の中間報告として、本研究プロジェクトの進捗とそこで蓄積してきた議論の内容を紹介し、東日本大震災からの復興に関する社会学的災害研究の動向と研究課題の争点について議論しようとするものである。  本研究プロジェクトの目的は次の3点である。(1)災害復興には地域的最適解があるという仮説命題を実証的な調査研究によって検証し、(2)得られた知見に基づいて、南海トラフ巨大地震、首都直下地震など次に予想される大規模災害からの復興をどのように進めるべきか、どのような制度設計を行うべきかに関して、政策提言を行い、(3)研究の遂行と並行して、研究成果の社会への還元をグローバルな発信を重視して積極的に行うことである。  研究プロジェクト初年度の取り組みとして注力したのは、(1)社会学的災害研究の動向調査とアーカイブ構築、(2)東日本大震災被災地域に関する書誌情報の収集と整理、(3)「復興」概念の精緻化、(4)復興過程を検証するための「地域カテゴリー」の再検討、(5)地域の統計データの収集と解析である。これらの作業を通じて、災害復興には地域的最適解があるという仮説命題の検証のため、東日本大震災に関する社会学的研究アーカイブの研究蓄積と被災地におけるフィールドワークの研究成果をもとに、調査対象地として選定した10箇所程度の自治体それぞれの復興過程、復興手法、復興の到達状況を分析し、分析枠組みの地域カテゴリーの再検証と「復興の地域的最適解」の仮説構築に取り組んだ。  初年度の具体的成果として挙げられるのは、復興を検証する軸として「復興事業の達成度」と「理念的復興の実現度」という尺度を設け、それらを「客観的指標」と「主観的指標」という観点で整理することで、社会学的な復興研究の分析視角を設定したことである。そして、その分析視角から復興を検証した結果、本研究における分析枠組みを構成する空間的範域と時期区分を見直し、ミクロ/マクロの重層的な地域レベルと、短期的/長期的時間軸を設定した「地域的最適解」の検討が重要であることを示した。本研究では、津波被災地域の場合は、暫定的に被災地域の環境条件と被害の実相の違い(リアス式海岸エリア/平地エリア)による軸と地域の都市度と生業形態の違い(市街地型/農漁村型)という軸、原発事故被災地域の場合は、避難元地域と避難先地域の軸で地域カテゴリーを設け、各カテゴリーの中で1~3の自治体を選定している。しかし、生活圏・都市圏としての空間的広がりと、原発事故被災地域では避難指示の設定および解除の時期の違いや住民の帰還状況の違いを踏まえた時間的広がりを踏まえた分析が重要であることが確認された。  今後は、情報・文献収集、現地調査、統計データ解析などを進めながら、住民及び地域リーダー層を対象とした復興達成度調査を企画・実施し、より具体的な「復興の地域的最適解」の評価基準を検討していく予定である。


大規模災害からの復興の地域的最適解に関する総合的研究 2020 (2)

椙山女学園大学 黒田 由彦

本報告は、本研究プロジェクトを主導する「地域的最適解」という概念がどのように発想されたかについて振り返り、本研究プロジェクトの着地点を改めて示すことである。  出発点は、我が国において災害復興が供給サイドの発想に支配されていることに対する批判である。トップダウン型の供給サイド重視に対して、ボトムアップ型の需要サイドの発想を入れ、地域ごとに両者のベストミックスを探るというのが、地域的最適解のベースにある1つ目の発想である。  復興がトップダウン型の供給サイド重視という性格をもつ点で、東日本大震災も例外ではない。発災後、国土交通省都市局は直ちに被害実態を把握し、同時に復興の青写真を描く「直轄調査」を実施した。復興基本法の制定は2011年6月であったものの、復興政策遂行の要となる復興庁の設置は2012年2月と遅れたため、国土交通省の基盤整備中心という方針が事実上復興政策を枠づけるものとなった。それに対応して、復興事業のメニューも防災集団移転、災害公営住宅、区画整理、漁業集落防災機能強化にほぼ限定され、他方で総額25兆円の復興財源と全額国費負担という財政枠組みも決定された。この国レベルの大枠の下で被災市町村は復興に当たることになる。この体制を復興レジームと呼ぼう。  復興計画の策定主体であり、事業実施の主体である市町村は、復興計画に対する住民の合意形成、所有権等の権利調整、事業申請等の業務等に。復興レジームを逸脱しないかぎり、実際にどの事業を選択し、どのような行政手法で事業を実施していくのかは、市町村の裁量であった。その結果、被災市町村において様々な復興プロセスが進行し、様々な問題が露呈することになった。  復興自体は、復興計画策定、インフラ整備、基盤整備、地域経済再建、宅地整備と住宅再建、コミュニティ形成からなる一連の、あるいはいくつかについては同時並行的なプロセスである。復興に普遍的な解はない。しかし地域毎に最適解があるのではないか。では、最適解をどう見つけるのか。  社会学は、被災地の復興について膨大な調査を蓄積してきた。その被災地でどのように復興計画が策定されたのか。復興計画策定が難航したとすれば、それはなぜか。何が復興事業実施の障害になったのか等々。同じような条件をもった地域を比較することを通して最適解を抽出するのは、膨大な個別地域のケーススタディを積み上げてきた社会学だからこそ可能になる研究である。これが地域的最適解のベースにある2つ目の発想である。  復興の地域的最適解の検証をめざす本研究プロジェクトは、東日本大震災の被災地の復興事例から復興の一般理論を構築することを直接には意図していない。地域的最適解の検証が復興レジームに代わる新しい政策パラダイムの構想につながるということ、言い換えれば、次の大規模災害に備えるための政策課題を社会に提案することが、本研究プロジェクトの着地点である。


大規模災害からの復興の地域的最適解に関する総合的研究 2020 (3)

名古屋大学 室井 研二

1. 目的 災害復興、特に中長期的な復興動向を把握する際には、被災地の内部的な要因だけでなく、平時から被災地が組み込まれていたマクロな構造的脈絡との関連に目配りすることが重要である(Mitchell and Devine 1989)。東日本大震災の場合、仙台都市圏として一体性をもった宮城県南部の被災地の復興を分析する際に、そうした視点が特に重要になる。そこで、本報告は東日本大震災後の宮城県南地域の復興状況をリージョナルな都市システムとの関連に着目して分析し、その地域差や規定因を解明することを目的とする。
2. 方法  調査対象地として取り上げるのは、宮城県岩沼市、亘理町東部、山元町における被災地区である。「復興」をどう捉えるかは難しいが、本研究では①震災後の自治体の人口動態、②被災地区の住宅再建のスピード、③生活環境条件の現状評価、の3つを指標とした。これらの指標に準拠し、2018年に宮城県の被災地区(5市5町573地区)を対象に実施した質問紙調査のデータ、各自治体の政策資料や議会議事録、各種の小地域統計、現地でのヒアリングデータ等を用いて、復興の現状と地域差の検証を試みた。なお、当日は3つの自治体のうち特に亘理町東部(荒浜地区と吉田東部地区)に焦点を置いて報告を行う予定である。
3. 結果  3自治体の復興状況を簡約すると、岩沼市は住宅再建期間が最も短く、生活環境評価も良好で、人口もほとんど減っていない、亘理町東部は生活環境の現状評価が顕著に低い、山元町は震災後の人口減少が顕著である。全県的には、高所移転を余儀なくされた三陸リアスの被災地で生活条件が悪化している傾向があるが、現地再建が支配的な亘理町東部で上述のような結果が表れたことは意外であった。 分析の結果明らかになったことは、亘理町の吉田東部地区の場合は、震災による通勤障害(常磐線の運休)と福島第1原発事故が震災後の人口流出に大きな影響を及ぼしたということである。また、転出者は近年になって混住化が進んでいた地区で多かった。荒浜地区の場合は、通勤障害の影響よりも、港湾、市街地、農地が混在する地域特性が住民の合意形成を困難にしたことや、これまでの開発の沿革において公共用地や施設(堤防、漁港等)の管理主体が分化しており、復興事業を遂行する際に省庁間の調整に手間取ったことが人口流出により大きな影響を与えた。そして、震災後のこうした人口流出や、観光による交流人口拡大を重視した復興政策が、居住生活要件に対する政策的対応を阻む方向に作用したと考えることができる。
4. 結論  県南地域の復興の地域差には、各自治体の仙台市からの距離や常磐線の被災状況が密接に関連していた。その意味で、都市システムは震災復興の規定因として大きな重要性をもつことが検証されたが、他方で都市システムの影響は一方向的、直接的なものではなく、被災地の地域特性や歴史的沿革の違いによって屈曲して現れていた。この点で、亘理町における復興過程は大都市近郊地域において農業や漁業がもつ意味に関して興味深い示唆を投げかけるものである。
Mitchell, J. K., Devine, N., Jagger, K., 1989, A Contextual Model of Natural Hazard, Geographical Review 79(4), 391-409.


大規模災害からの復興の地域的最適解に関する総合的研究 2020 (4)

〇早稲田大学 浅川 達人
東洋大学 川副 早央里

【1.目的】本研究の目的は、3種類のマクロ統計データを用いて、東日本大震災被災地の動向を分析することである。人口・世帯、労働状態、世帯収入に関する基本的なデータを、国勢調査、住宅土地統計調査などから入手し、被災前後でどのような変化が生じていたか記述する。
【2.方法】(1)人口・世帯、労働力状態については、データには国勢調査(2010年、2015年)を用い、標準地域メッシュ(3次メッシュ)を表章単位として地図化した。(2)国勢調査の小地域統計(2005年、2010年、2015年)を用いて人口シミュレーションを行い、将来人口数を推計した。(3)世帯収入については、住宅土地統計調査(2008年、2018年)データを用い、市区町村を表章単位として地図化した。
【3.結果】(1)人口数の推移を見ると、津波被災地では被災した場所のすぐ内陸側での人口が増加するとともに、盛岡市、北上市、仙台市などの都市部において人口が増加していた。一方、原発事故被災地では、被災地周辺部の人口が増加していた。(2)津波被災地のひとつである大槌町を対象として、2015年データに対して、震災直前の5年間(2005年から2010年)のコーホート変化率を当てはめることによって2020年人口の推計を行った。その結果、推計値と住民基本台帳人口がほぼ一致した。 (3)世帯収入については、被災前の2008年では200万円未満世帯比率は三陸沿岸部において高く、1000万円以上世帯比率は盛岡市、北上市、仙台市などの大都市部で高かった。被災後の2018年においてもその構造に大きな変化はなかった。しかし、2018年と2008年の差を見ると三陸沿岸部および原発事故被災地周辺部において、世帯収入の平均値が高くなっていた。
【4.結論】本研究では、3種類のマクロ統計データを用いて東日本大震災被災地の動向を分析した。(1)人口数の推移について3次メッシュを表章単位として分析することによって、市区町村単位の分析では見ることができなかった同一市区町村内の複数の変化を捉えることができた。(2)小地域統計は町村合併などがなければ、地域の特性を描き出すことに適しており、コーホート変化率を計算することによって将来人口推計なども行うことができる。大槌町については、土木工事従事者および公務従業者の流入により2020年時点では被災前の人口トレンドが保たれていた。今後、それらの流入者の流出が予想されるため、被災前の人口トレンドを維持することは困難になることが予想される。(3)世帯収入の変化をみると、三陸沿岸部および原発事故被災地周辺部において世帯収入の平均値が上昇しており、土木工事従事者および公務従業者の流入による影響であると推測された。このように、マクロデータの分析を通して、復興を成し遂げるために流入してきた人びとが去った後の地域社会の姿を予想しながら、復興の地域的最適解を考える必要があることが示された。


大規模災害からの復興の地域的最適解に関する総合的研究 2020 (5)

早稲田大学 浅野 幸子

【目的】  災害の被害や被災コミュニティの対応力、復興状況を評価するためには、基盤整備や住宅の確保だけでなく、災害発生以前の日常的な生活の有り様や、人々の暮らしを支える諸条件――仕事、各種のケアサービス、地域への愛着・誇り・居心地など――と、それらの条件に基づく人々の判断・行為との関係について詳しく見ていく必要があるが、その際、ジェンダーの視点は不可欠であると考える。本研究の目的は、➀災害過程の各段階の評価を行う上で、いかにジェンダーの視点が不可欠であるかを明らかにすること、➁復興の地域的最適解の分析に貢献する指標の設定可能性について検討することである。
【方法】  まず、災害とジェンダーのテーマに関連した国内文献について、東日本大震災のみならず、1995年の阪神・淡路大震災やそれ以前にまでさかのぼって網羅的に調べた。主に、性別による被災の影響の違いや、平常時の男女格差と被災~復興との関連性、被災~復興における家族関係・育児・介護の問題について取り上げたものなどを対象としたが、そのうち、研究上特に重要と思われる108本の文献を、以下の18項目に分類した。 ――――― 《A群》領域全体の理解[①総論 ②政策 ③支援活動(草の根の女性グループ含む)④記録・歴史]、 《B群》予防[⑤防災啓発・人材育成]、《C群》発災直後・応急対応[⑦人的被害・避難行動 ⑧避難生活(原発事故による広域避難を含む) ⑨医療・保健・福祉]、《D群》復旧・復興[⑩家庭生活(夫婦・家族関係、子育て・介護など)⑪経済(家計・雇用・労働)⑫住宅]、《E群》その他の重要テーマ[⑭暴力(性暴力・DV・虐待など) ⑮若年女性 ⑯障害者 ⑰LGBT ⑱多文化共生] ―――――  次に、共通の分析枠組みとして設定した<発生直後><仮の生活><復旧期><復興期>の災害過程ごとに、ジェンダー課題がどのように関係しているのかについて具体的に明らかにした。その際、上記の文献調査による論点整理の結果を活かした。また、対象文献のうち40本を活用した(報告者の著作も含む)。最後に、既存の統計データなどを用いる形で、復興の地域的最適解を明らかにする上での指標の設定可能性について検討した。
【結果】  先行研究から、被災の影響による人口動態を見る上で、家族関係や経済問題などを背景とした選択の結果、つまり、個人と家族からなる複雑な生存戦略のあり様を見ることが極めて重要であること、避難行動における地域の人間関係の影響、復旧・復興期における地域での人間関係、賃金・収入、育児・介護ニーズなどに、男女間の差や傾向の違いがあることが明らかになった。既存の統計データを用い、ジェンダー視点を盛り込んで分析することで、被災地の少子化の傾向や雇用・労働、生活の利便性などに関するより詳しい分析が可能であることもわかった。
【結論】  以上から、➀災害過程の各段階の評価を行う上でジェンダーの視点が不可欠であること、➁復興の地域的最適解の検討において、ライフスタイルと少子高齢化の傾向(仕事の有無や育児・介護との両立、高校・大学卒業後の進路やI・Uターンの傾向等)、生活の利便性(通勤・通学、買い物、保育・介護サービス等)、経済状況(賃金格差等)、家族関係(離婚、DV・虐待等)など、ジェンダー視点を盛り込んだ指標の貢献可能性が明らかになった。


東日本大震災の復興の最適解をもとめて

尚絅学院大学 田中 重好

1 目的  本研究報告の目的は、東日本大震災の復興過程を実証的に追跡することから、復興の最適解を導出する方法を探ることである。災害復興の研究は未開拓の分野であり、そのことに連動して、従来、復興政策のあり方も十分検証されてこなかったために、この方法の議論も未着手のままである。 
2. 方法  復興の最適解を導出するやり方には、第一に、復興の「成功した程度」を指標にしながら、復興の地域間比較研究を行い、そこから、「成功の条件・要因」を発見する方法が考えらえれる。しかし、日本の災害復興政策は中央集権的に(特に、復興財源については)組み立てられているため、復興の最適解を導き出すためには、政府の復興政策の基本原理そのものを検討していくことが必要となる。  こうした点を考えると、第一に、日本の復興に関する法制度、行政制度、復興予算を検討し、さらに、過去の大災害における復興過程を検証することを通して、日本の復興政策原理を「復興パラダイム」として取り出すことが必要となる。現実の東日本大災害からの復興過程は、この復興パラダイムの下で進められている。このことを確認した上で、第二に、地域ごとの復興過程を比較検討し、地域における復興の成功指標を基準とした現状評価と、その成功・不成功の要因を探る。
3・ 結果と結論  こうした検討から、まず、日本の復興パラダイムの構造を明らかにした。日本の復興パラダイムは、(1)中央集権的な行政主導の復興手法、(2)行政の立場からのサプライサイドの復興支援、(3)公共資本整備を中心とする復興事業、(4)社会秩序を維持するためにの復興事業、(5)緊急期の発想を復興へと引き延ばす発想法、(6)災害の規模に対応して復興政策を考えるという発想がないこと、とまとめることができる。  第二に、こうした同一の中央集権的な復興パラダイムの下で、被災自治体がそれぞれ、独自の努力と工夫を凝らして復興政策を進めてきたことに注目する。この地域的な復興過程の検討から、地域ごとの成否をわける最大の理由は、この復興パラダイムを各自治体がどう活用できたかにあることが判明する。いわば、政府が用意した、この集権的な復興パラダイムへの、地域の適応能力が成否を左右する最大の原因であった。それは、端的に言えば、政府が用意した復興政策や復興補助制度を、自治体が「うまく活用できたかどうか」にかかっていることになる。その結果、政府の復興政策に「うまく乗れた」ことが、被災者、被災地の「真の復興」にはむすびつかない事例が発生してくるのである。  第三に、復興の地域間比較から明らかになったことは、発災以前の、各地域社会が抱えていた地域社会構造や変動傾向という社会的要因が、成否を分けていることである。


文化・社会意識(1)


「有害図書類」が”生まれる”場所

桃山学院大学 大尾 侑子

1.目的  戦後,婦人会やPTAを主導者として青少年に悪影響を与えうる書物の排斥を謳った「悪書追放運動」が展開された.この一環として,東京オリンピックを目前に控えた1963年,兵庫県尼崎市で登場したのが悪書追放ポストこと「白ポスト」である.これを皮切りとして白ポストは全国各地に波及し,戦後日本の都市景観の一部として埋め込まれていった.当初はサラリーマンによる家庭への「有害図書」の持ち込みを避けるべく,成人向け雑誌やビデオテープの回収を目的としたが,初期段階から生活ゴミの投棄が問題化し1980年前後には全国的に姿を消した.こうした動きに逆行するかたちで1990年代以降も積極的な白ポスト活用を行ってきたのが兵庫県,なかでも県内最大の投函物回収点数を誇る尼崎市である.そこで本研究は尼崎市の「環境浄化活動」のなかでも,「白ポスト」をめぐる人々の実践に注目し,フィールド調査を通じて「有害図書類」が生み出される“場”の析出を試みた.
2.方法  調査期間は2019年5月,8月,2020年1月,3月で,5月の事前電話調査,質問票送付による「非参与型フィールドワーク」,及び「参与型フィールドワーク」(佐藤2006: 34-5)を実施した.阪急武庫之荘駅(2020年3月5日)における投函物の回収作業と保管倉庫への参与観察の結果,以下の知見を得た.
3. 結果  まず白ポストの回収・分類・集計の工程では「先生」と呼ばれる青少年愛護担当職員の男性と地域の女性(=「専業主婦/お母さん」)がともに活動に関与し,「有害」認定の権限を前者が,それ以外のサポート行為を後者が担うというパワーバランスが観察された.回収現場では,いずれも補導委員女性が積極的に分類に助言することはなく「先生」の指示をもとに作業が遂行された.「先生」という呼称のとおり,教育現場で「青少年」の「健全育成」に携わったという経歴がアクターに一層分類の正統性を付与しているとみられる.第二に1963年施行の『青少年保護育成条例施行規則』(昭和38年3月31日兵庫県規則第23号)における「卑わいな姿態等」の文言と実務のあいだの折衝関係である.実務においては条例の「変態性欲」にかんする記載が「わけわからんようなやつ/ややこしいの/性表現が激しいやつ」という日常言語において解釈され,当事者の経験則に照らして分類が遂行されていた.
4.結論  尼崎市における白ポスト回収,分類作業は青少年愛護担当職員のなかでも地域で教歴を持つ者が分類権限を有していた.現場では非明示的に「男/女」の区分にもとづくパワーバランスが観察されただけでなく,条例の文言が生活者としての“生きた言語”において解釈され,雑誌,書籍,DVD,ビデオといった特定のモノのメディア固有性が剥奪され,「有害図書類」へと“再生=再編”されていく様が明らかとなった.ただし保管倉庫の参与観察によって析出されたのは「非有害」なモノが平然と紛れ込み,公的に「有害図書」点数としてカウントされていく分類の“ゆらぎ”である.つまり「有害図書」を社会学的に捉えるには条例への適合性だけでなく,「人」と「モノ」の関係性において生み出される偶有性において把握すべきであり,その点で質的調査は一定の有効性を持つと考えられる.
文献 佐藤郁哉,2006,『フィールドワーク 書を持って街へ出よう 増訂版』新曜社.


新生活運動における「香典返しの廃止」と互酬性

大正大学 大場 あや

1.目的  本報告は、生活改善を掲げた諸運動が冠婚葬祭にどのような影響を与えたのかという関心のもと、群馬県における戦後の新生活運動と「新生活」(香典を減額し、香典返しを辞退する慣習)の展開を明らかにするものである。
2.背景と方法  1955年、鳩山内閣により提唱された新生活運動は、中央機関である新生活運動協会を軸に全国的な拡がりを見せた。なかでも冠婚葬祭は家計の負担になるとして重要視され、香典返しや賄いの廃止を筆頭に繰り返し簡素化・合理化が図られた。しかし、香典返しの廃止等、ツキアイの蓄積を打ち崩すような項目はほとんど浸透しなかったことが報告されている。冠婚葬祭における贈答慣行は、香典帳や慶弔帳といった「文字記録に支えられた根強い互酬性」[山口2011]によって超世代的に維持されてきたため、その連環を断ち切ることは難しいと指摘されてきた。  高度経済成長を経て暮らしが豊かになるとともに運動は全国的に下火となる。一方、群馬県を中心に栃木県など一部地域では、「新生活」という呼称のもと現在も新生活運動が取り組まれている。その内容は主に〈香典の減額による香典返しの辞退〉である。なぜこれらの地域では香典に関する項目の改善が可能となったのか。県新生活運動推進協議会の記録や実践報告集、行政刊行資料、各市町村史、新聞記事等から、群馬県を中心に検討する。
3.結果  分析の結果、本県では、石油危機を背景に新生活運動協会が提唱した「資源を大切にする運動」の一環として、香典の減額とお返しの辞退に特化した改善運動が取り組まれたことが明らかとなった。群馬県新生活運動協議会が設置された1950年当初、結婚の改善を中心に葬儀の改善事項も掲げられていたが、資料からは積極的に実践された様子は確認できない。しかし、1975年、全国では次第に冠婚葬祭の改善の取り組みが見られなくなる中、オイルショックを契機に本県の「冠婚葬祭を考えなおす運動」の推進が決定されたのである。これを受け、前橋市・高崎市・伊勢崎市をはじめ58/70の市町村における新生活運動推進協議会は、「冠婚葬祭簡素化運動に関する要綱および申し合わせ事項」を公表し、「香典1,000円、お返し廃止」と「花輪等供物廃止」の2項目を徹底するよう各町内会に通達した。1997年頃からは、香典額を2~3,000円とし、1,000円程度のお返しも見られるようになる。栃木県ではこうした全県的な動きは見られないが、足利市では群馬県と同年頃より香典辞退運動が取り組まれている。
4.結論  このような「新生活」が一定程度、定着した要因には、①葬儀の改善を具体的な2点(香典減額によるお返し辞退と供物廃止)に特化し全県レベルで一挙に展開したこと、②結果として、従来の互酬関係(ツキアイ)とその範囲の維持が可能となったことが挙げられる。  また、報告者の調査によれば、山形県や新潟県では、香典返しや引き物の廃止は浸透しなかった一方、婚礼衣装や喪服、葬具等の共同購入・共同利用という方向に変化が起こったことが分かっている。冠婚葬祭の変容を論じる研究群との架橋を視野に入れ、他地域との比較検討を進めていくのが今後の課題である。
文献 山口睦2011「冠婚葬祭の簡素化は可能か―山形県南陽市の贈答記録を中心に」田中宣一編『暮らしの革命―戦後農村の生活改善事業と新生活運動』農山漁村文化協会 ほか


平和宣言の計量的分析

関西学院大学大学院 渡壁 晃

【1.目的】  本研究の目的は第2次世界大戦末期に原爆が投下された広島と長崎において、戦後どのような形で平和が主張されてきたのかを明らかにすることである。そのために、広島の平和記念式典と長崎の平和祈念式典で市長らによって発表されてきた平和宣言の計量的分析を行い、平和宣言においてどのようなことば(群)が強調されてきたのかを明らかにする。そして、時代状況との関連で考察を行う。
【2.方法】  本研究の分析対象は、戦後、広島の平和記念式典と長崎の平和祈念式典で行われてきた平和宣言の文字データである。第1回(広島は1947年、長崎は1948年)から最新の2019年までのすべてのデータを用いる。データは広島長崎両市のホームページで公開されているものを使用する。文字数は広島が74783字、長崎が82960字である。文の数の合計値は広島が1345文、長崎が1705文である。平和宣言は主に市長によって発表されてきたが、平和宣言の内容は市長個人の政治的立場のみを反映したものというよりは、被爆者を含めた市民の原爆という出来事に対する認識や、戦争や平和に関する時代状況に対する認識を代表するものであったと位置づけられる。  本研究では、計量テキスト分析の手法を用いる。まず、頻出語等の記述統計から平和宣言に使用されたことばの変化を量的にとらえる。さらに、対応分析によってことばと時代の関連性を明らかにしていく。
【3.結果】  記述統計からつぎのことが明らかになった。広島、長崎それぞれの頻出語上位200語を確認すると、「戦争」「平和」といった戦争に関する語と「核兵器」「実験」といった核に関する語が広島と長崎に共通して含まれていた。そして、広島の平和宣言には「補償」「充実」といった被爆者援護に関する語や「交渉」「軍備」といった国際政治に関する語が含まれていたのに対し、長崎の平和宣言には「愛」「殉難」といったキリスト教に関する語が含まれていた。  対応分析からはつぎのことが明らかになった。まず、戦後時間がたつにつれて、頻出する語が戦争一般に関する語から核問題に関する語へ具体化するという変化が広島と長崎で共通していた(結果①)。そして、広島は時代状況の影響を受けて内容が大きく変化したが、長崎ではあまり変化が見られないという違いがあった(結果②)。この違いは、広島が原水禁運動などの社会運動と密接に関連していたのに対し、長崎はキリスト教と深い関係があったという社会状況の違いに起因すると考えられる。
【4.結論】  結果①にみられた広島と長崎の共通性は「戦後日本における基本的な理念である平和を実現するには核兵器廃絶が必要不可欠である」というナショナルな意識を構築してきたように思われる。そこには、核戦争が目前に迫っていることを人びとに意識させる冷戦構造の影響があった。  一方で「怒りのヒロシマ 祈りのナガサキ」に代表される日本におけるナショナルな広島・長崎イメージが各地域で内面化され、市民の声の代表である平和宣言に反映されていたのではないかと考えられる。それによって、結果②にみられた広島と長崎の違いが生み出されたのだと思われる。


社会学ってどうしてこんなにつまらないの?

三育学院大学 篠原 清夫

【1.目的】  「『社会学ってどうしてこんなにつまらないの?』ときどき、こんな声を聞く。教える方としては頭が痛いところである」は『ジェンダーの社会学』の冒頭の言葉である(江原由美子 1989)。同書表紙はマンガ家柴門ふみによるもので『さくらんぼ爆弾』が扱われており(山田昌弘1989)、マンガを活用した斬新な試みであった。同書使用の社会学教育は、身近な題材で日常生活の経験やその自明なあり方を社会学的まなざしによって反省させるねらいを持っており、当時学生や講義者にとって新鮮だったことが回想されている(長谷川公一2005)。  多くの大学・専門学校で教養科目「社会学」が置かれ、社会学教育は社会学専攻以外の学生に対して行われることが多く、そこでは関心を持ってもらいながらエッセンスを伝えることが期待されている。興味をひくための素材としてマンガ作品を積極的に取り入れた社会学入門書として、教育社会学分野で『マンガが語る教師像』(山田浩之2004)、社会学全般で『社会学ウシジマ君』(難波功士2013)があるが、これまでマンガ活用の状況はあまり紹介されていない。そこで本報告は、社会学教育の一方策としてのマンガ活用状況とその可能性について検討することを目的とする。
【2.方法】  マンガが紹介されている社会学入門書・著作の事例等を取り上げ分析することで、日本学術会議「参照基準 社会学分野」(2014)の内容に沿った社会学教育におけるマンガ活用の可能性について考察する。
【3.結果】  事例を分析した結果、参照基準【① 社会学が蓄積してきた概念と理論枠組みについての基本的知識と理解】で『はじめアルゴリズム』、【②社会現象を経験的に調査し結果を分析する方法についての基本的な知識と理解】で『理系が恋に落ちたので証明してみた。』、【③社会を構成する諸領域についての基本的な知識と理解】の<ア:相互行為と自我や意味の形成>で『おたんこナース』『釣りバカ日誌』、<イ:家族などの親密な関係性>で『いまどきのこども』『ちびまる子ちゃん』、<ウ:ジェンダーとセクシュアリティ>で『ラヴァーズ・キス』『大奥』、<オ:人間の自然環境との関係や科学技術の影響>で『いちえふ』、<カ:医療・福祉・教育>で『健康で文化的な最低限度の生活』『鈴木先生』、<キ:逸脱行動、社会病理あるいは社会問題>で『巨人の星』『聲の形』、<ク:階層・階級・社会的不平等>で『星野、目をつぶって』、<ケ:都市・農村などの地域社会・コミュニティ>で『サザエさん』『神様ドォルズ』、<コ:グローバリゼーションとエスニシティ>で『One Piece』『ゴールデン・カムイ』などのマンガが紹介・活用されていた。『闇金ウシジマ君』に関しては上記イ・ウ・カ・キ・ク・ケやエ(労働・消費)・シ(メディア・情報・コミュニケーション)と広い分野において活用されていた。
【4.結論】  活用事例から<エ:労働・消費などの活動と企業などの集団・組織><セ:国家・政治・権力と政策提言>など社会学と他分野との違いが鮮明にされていない領域(友枝敏雄 2016)や、かつての社会学入門書ではあまり扱われない傾向のあった<オ:人間の自然環境との関係や科学技術の影響><ス:社会運動、NPO・NGOなど社会変革・改革の動き>において適切なマンガ素材を見つけることが困難であることが示唆された。


『社会学評論』は高嶺の花か?

岡山大学 齋藤 圭介

【1 目的】  若手研究者の常勤専任職への就職は,大変厳しい状況にあるといわれる.社会学関連の公募情報をJREC-INでみると,応募資格の条件に,博士号の取得や一定以上の業績は当然のこととして,大学での教育経験(非常勤歴),英語で専門科目を講義する能力,外国語の業績,そして専門社会調査士資格などが求められている.さらに大学や部局ごとのニーズで細かい条件が追加され,応募へのハードルが高くなっている.採用に至るまでの審査基準は個々のポストごとに多様といえるが,いずれのポストに就くにせよ共通している条件の1つは査読論文の業績ではないだろうか.アカデミックポストへの就職活動のさい業績書の提出は必須であろう.査読誌に論文を掲載することを目指して求職中の研究者は論文を執筆している.  『社会学評論』は全国規模の日本社会学会の学会誌である.『社会学評論』は,査読が厳しいというイメージもあるようで,求職中の(とくに若手)研究者にとって登竜門と位置づけられることがある(小内編 2009).しかしながら,1980年から2010年のデータによると,全会員のうち投稿をした会員は,どの年をみてもつねに2%以下である(齋藤 2012). それでは,社会学者であれば一度は投稿を目指すと考えられる『社会学評論』という学会誌に,誰――どの職位や所属大学の研究者(常勤‐非常勤,旧帝大‐非旧帝大など)――の論文が,じっさいに掲載されているのだろうか.そして執筆者の職位や所属大学に偏りがあるとすれば,それは学会誌にとって何を意味するのだろうか.
【2 方法】  日本の社会学界のなかではもっとも歴史が長くある査読誌『社会学評論』を対象に,1号(1950年)から直近の280号(2020年)までの3,000本を超えるすべての掲載原稿を対象に,掲載されている査読論文のタイトルおよび執筆者の職位と所属大学をデータ化し,その特徴を析出する. 執筆者の特徴を通時的に考察するのとあわせて,社会的背景――1980年代の『社会学評論』の査読体制の変化や,1990年代の大学院の拡充の制度改革,そして2000年代以降の就職活動に伴う業績主義のプレッシャーなど――との関連から,学会誌の役割と査読誌の機能について考察を行う.
【3 結果と結論】  短い書評などを除くと,1号から280号までで,論文形式の原稿は約1,770本ある.内訳は,特集論文関連の論文数が約550本弱(「特集によせて」含む),投稿論文等が約1,070本,研究ノートが約150本であった. 査読論文の執筆者は,いわゆる院生やPDなどに代表的な就職前の若手研究者の論文が多いといわれることがあるが,じっさいは常勤職に就いている研究者によるものも多くあった.より詳細な分析結果については,当日報告する.
小内透編,2009,『若手研究者の研究・生活の現状と研究活性化に向けた課題』日本社会学会若手研究者問題検討特別委員会. 齋藤圭介,2012,「データからみる『社会学評論』――投稿動向と査読動向を中心に」『社会学評論』編集委員会報告書.


「私民」の「市民」化

京都大学 竹内 里欧

【1 目的】 佐々木邦(1883-1964)は、昭和初期を中心に都市新中間層の家庭を舞台にした作品を多く執筆し活躍した小説家である。M. トウェインに影響をうけつつユーモア作家を志し、小説をとおして合理主義的な考え方や民主主義の理念の普及にも貢献した。早くには鶴見俊輔([1947]2008)に注目され、また、近年、評伝((小坂井 2001)(松井 2014))もあまれているが本格的検討は少ない。佐々木の作品に多く描かれたのが、大正期より勃興した都市新中間層の家庭の日常生活である。本報告は、佐々木の諸作品を素材に都市新中間層の描写のあり方とその意味について検討することを目的とする。
【2 方法】  都市新中間層については、従来多くの量的・質的研究が行われてきているが、本報告では、佐々木が都市新中間層についてたんに描写するだけではなく、新中間層のあり方のモデルを提供したとみる見方をとり、そのモデルがどういう意味をもったか検討する。①佐々木の来歴、②戦前期の代表的作品、③読者層を分析の材料とする。
【3 結果】 佐々木の多くの作品においては、台頭しつつある都市新中間層家庭の生活、職場の同僚との関係性が題材として描かれる。読者は、それらをとおし、家庭や職場での身の処し方を学び、同時に、人間関係における対等性の強調などの価値も学んでいった。注目すべきは、佐々木の作品が、新中間層の生活についてのたんなる描写にとどまらず、新中間層のハビトゥスを創造的に描写し憧れを喚起することにより、あるべき新中間層のあり方に読者を牽引する役割を果たしたことである。そのような意味で、佐々木の作品は、読者にあるべき新中間層のハビトゥスを伝え、それをとおしてデモクラティックな考え方を涵養し「よき市民」へと導く暗黙の教育装置であった。
【4 考察】 佐々木の描いた都市新中間層文化は「私化」の一形態ともいえる。そこで、【3 結果】について「私化」という観点から再度考察する。「私化」にかんしては、近代日本の個人析出について「自立化」「民主化」「私化」「原子化」と4つの類型を抽出した丸山眞男の研究(丸山[1965]1996)が想起されよう。4類型の一つである「私化」にかんして、野田宣雄は、丸山が「私的領域への執着」を強くもっており、だからこそ積極的に自己を政治化していった逆説を指摘している(野田 1986: 252-5)。これは重要な指摘だが、しかしながら、佐々木は、丸山が振り払うべきとした「私化」の(、)中(、)に(、)こそ(、、)、デモクラシーのあり方について学ぶ可能性の萌芽を見出していた。そのような観点からすると、佐々木の作品は、「私化」の含む多様な可能性のあり方を戦前において既に指し示していたものとして再検討することができるのではないか。
文献: 小坂井澄『評伝 佐々木邦 ユーモア作家の元祖ここにあり』テーミス、2001年。 丸山眞男「個人析出のさまざまなパターン――近代日本をケースとして」『丸山眞男集 第9巻』岩波書店、[1965]1996年、377-424頁。 松井和男『朗らかに笑え ユーモア小説のパイオニア 佐々木邦とその時代』講談社、2014年。 野田宣雄「丸山真男」三谷太一郎編『言論は日本を動かす 第1巻』講談社、1986年、249-77頁。 鶴見俊輔「第14章 佐々木邦――小市民の日常生活」『アメリカ哲学』こぶし文庫、[1947]2008年、276-319頁。


文化・社会意識(4)


COVID-19「自粛」下における施設形態とイベントスペースの危機

〇一橋大学大学院 栗原 真史
一橋大学 Fung Wan Yin Kimberly
公益財団法人日本近代文学館 長島 祐基
慶應義塾大学大学院 杉山 怜美
一橋大学大学院 高橋 絢子
静岡大学情報学部 辰巳 智行
一橋大学大学院 山内 智瑛
一橋大学 町村 敬志

1目的・課題 2020年に拡大した新型コロナウイルスCOVID-19のパンデミックは、都市のセキュリティと秩序の再編成を国際規模で引き起こしている.問題化の中核に新たに浮上したのが、ホール、劇場、ライブハウスなど、不特定多数の「集まり(密集)」を特徴とする「イベントスペース」である.各種イベント開催の「自粛」は、多くのイベントスペースを存続の危機に直面させ、またこれらを基盤とする文化や政治活動にも深刻な影響を与えている。生起しつつある変化をいかに記録するか、またそれらはどのように都市空間や都市生活へと今後影響を及ぼすのか.報告者ら調査グループの基本的な問いはここにある. 本報告では、東京都を事例に、施設形態(ビルディング・タイプ)に焦点をあて、各イベントスペースによる対応との関係性について検討を行う.イベントスペースは、物理的な建物のなかに小規模なテナントとして埋め込まれていることが多い.それゆえ施設の所有から管理、運営に至る多様なアクター間の「共存」をその存立の条件とする.各スペースは、それぞれの性格に応じて、商業地に集積する雑居ビルから2000年代以降の「モール化」(若林編2013)を通じて急増した大型商業複合施設に至るまで、様々な建造環境のなかに自らの居場所を見出してきた(栗原 2017).イベント「自粛」下において、施設やスペースを構成する異なるアクター間の「共存」は、いかなる揺らぎを見せているのか、またそれらの揺らぎはどのように都市空間を変容させるのか.
2方法・対象 報告者ら調査グループは、2016年に作成したデータベース「東京イベントスペース2016」をもちいて、2020年2月以降の各施設の活動状況に関する情報をインターネット上の当事者情報や報道を通じて収集・調査した.これらのデータをもとに、本報告においては、単体施設、商業複合施設、雑居ビルなど施設形態の差異に注目しつつ、各スペースの休業状況・休業時期・「自粛」への対応を分析する.加えて、主要な商業施設やスペースの発信した情報の収集・分析から、「自粛」の影響が建物とスペースの双方においてどのように現れているのかを明らかにする.調査は科研費基盤研究(B)「『高さ』を疑う,『高さ』を背負う: 新しい都市ガバナンスの社会学」(19H01557)の一部である.
3結果・結論 「自粛」期間中でも重い賃料負担を余儀なくされることで、多くのイベントスペースを特徴づける「テナント(借家人)」としてのリスクや脆弱性の側面が露呈した.雑居ビルでの休業が自主的な取り組みを基調とする一方、政府・東京都の休業要請や緊急事態宣言を受け、商業施設自体の閉鎖が増加したことで、一部の施設では賃料減免などのテナント保護の措置も見られる.いまだ先行きは不透明であるが、施設とイベントスペースの対応との関係性を捉えることで、パンデミック以降の都市空間が、多様な文化や価値を創出する基盤としての「雑居」性を保持しうるのか、より一層の「モール化」を志向していくのか、という変容の兆しを読みとることが可能となる.
文献 栗原真史, 2017, 「『複合』する空間,『雑居』する空間――『施設形態』を中心としたイベントスペースの分析」町村敬志編『イベントスペースの現在――「東京イベントスペース 2016」データ分析をもとに』,75-84. 若林幹夫編,2013,『モール化する都市と社会――巨大商業施設論』NTT出版.


COVID-19「自粛」下の社会運動とスペース

〇公益財団法人日本近代文学館 長島 祐基
一橋大学大学院 栗原 真史
一橋大学 Fung Wan Yin Kimberly
慶應義塾大学大学院 杉山 怜美
一橋大学大学院 高橋 絢子
一橋大学大学院 辰巳 智行
一橋大学大学院 山内 智瑛
一橋大学 町村 敬志

【1.目的・課題】  社会運動は動員を通じて多様な価値観が交差する公共空間を切り開く活動としての面を有しているとされる(Melucci 1989=1997: 安藤 2012).戦後日本の社会運動ではデモなどを通じた屋外での活動と並んで,学習会,講演会などの集会が活発に開催されてきた(長島 2017, 2020).集会は多様な意見が交わされ,集合的な意思表明(アピール)が採択される点で運動における重要な言論の場を担ってきた.その際,人々が集うスペースの存在が活動を支える基盤として必要不可欠である.しかし,COVID-19の感染拡大はイベントの「自粛」や各種施設の臨時閉館/閉鎖をもたらすこととなった.一連の動きは各種集会を主催する社会運動団体にとってスペースの確保や,スペースに集まること自体を困難にさせた点で大きな課題となったことが予想される.本報告では従来から東京で平和、労働、環境、消費、ジェンダーといったテーマで各種集会や勉強会を開催してきた社会運動団体が利用してきたスペースがCOVID-19の感染拡大に伴う「自粛」下でどの様な影響を受けているのか、そうした状態に社会運動団体の側はどの様に応答しているのかを明らかにする.
【2.方法・対象】  報告者たちは2016年に都市インフラ研究の一環として「東京イベントスペース2016」と報告書を作成している.本報告ではこれらを作成する際に収集した各種社会運動団体が保有するスペースと各種社会運動団体が用いていたスペースに着目し,スペースの現況やそれに伴う各種社会運動団体の動きを各種団体発行の資料やインターネット上のスペースに関する情報を用いて収集した.分析にあたっては(1)前回報告書で扱った社会運動団体が利用していたスペースの閉鎖/閉館状況,(2)社会運動団体が所有しているスペースの閉鎖/閉館状況,(3)社会運動団体が主催している集会や学習会の実施状況の三点に着目した.調査は科研費基盤研究(B)「『高さ』を疑う,『高さ』を背負う: 新しい都市ガバナンスの社会学」(19H01557)の一部である.
【3.結果・結論】  (1)社会運動団体が利用していた公民館はCOVID-19「自粛」下で閉鎖/閉館となった.民間会議室の場合は企業のテレワーク向けに限定する形での利用となり,集会の場としての利用は出来なくなった.また,大学も構内立ち入り禁止となった.(2)運動団体が所有しているスペースの場合,運動団体の職員の感染予防という観点から利用が停止となったスペースもある.一方で感染対策を実施した上で4月下旬以降,集会や勉強会を開催した団体もある.(3)COVID-19「自粛」下では労働組合の定期大会やメーデーが中止となるなど,運動団体が主催する形での集会開催は困難となった.一方で屋外での集会やデモは実施される場合が多かった.COVID-19「自粛」下では集会が開けるスペースは運動団体が所有するスペースの一部と,屋外へと限定される形になったが,「自粛」下でも人々の意見交換や意思表明の場を守ろうとする取り組みは続けられている.
【文献】 安藤丈将,2012,「社会運動のレパートリーと公共性の複数化の関係――『社会運動社会』の考察を通して」『相関社会科学』22: 3-21.


COVID-19「自粛」下におけるナイトライフの生存戦略

〇一橋大学大学院 山内 智瑛
一橋大学大学院 Fung Wan Yin Kimberly
一橋大学大学院 栗原 真史
公益財団法人日本近代文学館 長島 祐基
慶応義塾大学大学院 杉山 怜美
一橋大学大学院 高橋 絢子
静岡大学 辰巳 智行
一橋大学 町村 敬志

1.目的  本報告の目的は、COVID-19「自粛」下の「ナイトライフ(nightlife)」がいかにして存続を図っているのかを、公的補償を求める運動の展開過程から明らかにすることである。日本では「クラブやライブハウスといった音楽・ダンスの場、およびバー等の酒類を提供する娯楽場」(池田ほか 2017)であるナイトライフは長らく取締りの対象であったが、2015年の風営法改正以降、都市経済成長のための「夜間経済(night-time economy)」へと転換しつつあった(山内 近刊)。しかしCOVID-19流行に伴う営業自粛要請の結果、多くの店舗が休業を余儀なくされ、再び存続の危機を迎えている。この状況を受け、ナイトライフ側は無観客イベント配信の収益化、クラウドファンディング、グッズ販売等個別の活動と並行しながら、政府の公的補償を求める運動「#SaveOurSpace」を2020年3月末から実施している。本報告では上記の対応の中でも後者に着目し、その展開過程から析出されるナイトライフ側の戦略とそれが日本の夜間経済政策にもたらす意味を検討する。
2.方法  報告者ら調査グループは、2016年に作成したデータベース「東京イベントスペース2016」のデータを2020年2月以降、インターネット上の当事者情報および報道を用いて拡充し、各店舗・施設の休業状況や対応策について整理を行った。併せて、「#SaveOurSpace」および関連する運動のTwitter、webサイト、報道記事等を収集し、当該運動の展開過程を分析した。以上の調査は、科研費基盤研究(B)「『高さ』を疑う、『高さ』を背負う――新しい都市ガバナンスの社会学」(19H01557)の一部である。
3.結果・結論  「#SaveOurSpace」の展開過程は、主に(1)ナイトライフの営業自粛をCOVID-19感染拡大防止策の一環と捉えた上で公的補償を求める時期、(2)(1)の対象をナイトライフ以外のあらゆる店舗・施設の事業者やそれに関わるフリーランス等にも拡大し、彼/彼女らへの公的補償を求める時期(「#SaveOurLife」)、(3)クラブ・ライブハウス、ミニシアター、演劇(民間の劇場、鑑賞団体)の三者合同で各々の文化的価値を主張し、文化庁管轄の基金設立を求める時期(「#WeNeedCulture」)という3つに区分された(2020年6月現在)。このことから、ナイトライフ側は公衆衛生に対する貢献から文化芸術の基盤へと自らをアピールする方向をシフトさせていることがわかる。さらに、各時期を通底するキーワードに「生命」が挙げられた。こうした背景には「アーティストは不可欠であるだけでなく、生きる上で重要である」(モニカ・グリュッタース文化相)として、芸術・文化・メディア産業に従事する個人事業主やフリーランス、中小企業に大規模な財政支援を行うドイツの政策への参照がある。ナイトライフを中心とする一連の運動は、インバウンド観光や地方創生のための経済政策として実行されていた日本の夜間経済政策を新たな段階へと向かわせる契機になると考えられる。
文献 池田真利子・卯田卓矢・磯野巧・杉本興運・太田慧・小池拓矢・飯塚遼, 2017, 「東京におけるナイトライフ観光の特性――夜間音楽観光資源としてのクラブ・ライブハウスに着目して」『地理空間』10(3): 149-64. 山内智瑛, 近刊, 「ナイトライフと『安全・安心なまちづくり』政策――大阪・アメリカ村におけるクラブ摘発問題の事例から」『年報社会学論集』33.


現代社会で未解決問題の即興解決法

近畿大学 前田 益尚

【1.目的】  この報告の目的は、実用主義の哲学者、ジョン・デューイ(Reconstruction in philosophy, New York, H. Holt and Company. 1920.)が、既存の知識こそ、問題を解決する際の足かせになると危惧して考え出した、全く新しい解決手段を用いる実験室学校を実践することである。
【2.方法】  報告者は、大学の教室で学生たちと共に、斬新な思考実験を繰り返しては、社会問題の解決法を研究。そして、授業時間内に、正解でなくとも解決策を練り上げる思考回路を各自の脳内に構築した。その例証として、現代社会の3つの論点とその解決策を中心に、可能な限りの具体例を報告する。
【3.結果】 (1)AIの適確な使用法:間違いのないAIの使い方を思考実験。AIでコントロールされた自動運転車が事故を起こしたケース。責任は、個人よりAIのメーカーに負わせる方が、賠償能力も高い。その他、児童相談所が介入しにくい幼児虐待の現場にも、AIで隠し撮りと判定をしてもらえれば、客観的な基準で問題解決に。つまり、AIには、人間個人が背負い切れない責任を担ってもらうのが有意義な使用法である。 (2)依存症の対策:世界保健機構の診断基準(ICD)では、盗撮は「窃視症」、万引きは「窃盗症」(クレプトマニア)という病気のケースが多い。病気なら、懲罰だけでは、刑期を終えても、自分の意志とは関係なく再犯を繰り返して、一般市民に被害者を及ぼす。よって、治療につなげて一人でも回復して再犯を防ぐことが、依存症者より市民のための危機管理で、ハームリダクションになる。市民のためにも、刑罰より治療という具体策は、2016年6月から制度運用された「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」で対応すべきである。 (3)ウイルス被害のマネジメント:国難の危機管理は教育のメソッドに似ている。罰を与えられ続けた子は、罰則がないと何事も実行できなくなる。しかし、褒めて育てられた子は、褒められたくて自ら実行できるように成長する。同様に、新型コロナウイルスによる休業補償のあり方を〈民衆理性〉に訴える思考実験。罰則が嫌で従うと補償があるという体制より、要請を守れば支援してもらえるという体制の方が、市民の動機づけとしては健全で、長続きするはず。飲食店などには休業補償だけでなく、テイクアウトやデリバリーにシフトした自立支援の方が、目的も明確で理想である。
【4.結論】  新型コロナウイルスによる大学教育の物理的な停滞は、斬新な発想のチャンス。1665年、ペストの流行でケンブリッジ大学が休校になったおかげで、暇なアイザック・ニュートンはリンゴの木を傍観していて、落ちたリンゴで万有引力に感づいたという逸話を残している。オンライン授業に適応できない学生も教員も、暇に飽かせて、本報告の結果で例示したような頭脳一つでできる思考実験を繰り返してみるべきである。近畿大学の総務部長、世耕石弘は哲学者デューイが如く、以下のように喝破している。「古くさい固定概念を、ぶっ壊す。不可能を可能にするのが、近大だから。」(『近大革命』産経新聞出版社, 2017. p.35.)


ライブ・エンターテインメントの「楽しさ」と課題

長崎県立大学 吉光 正絵

1. 目的  近年、ライブ・エンターテインメントは、ニッチツーリズムなどの観光研究やクリエイティブ産業論の文脈から、地域の活性化や産業振興のための貴重な資源の一つとして研究されてきた。日本では「遠征女子」と呼ばれるライブに頻繁に通う女性たち向けの商品も開発されてきた。本研究では、ポピュラー音楽のライブコンサートを愛好する女性ファンたちの感じる「楽しさ」と課題について検討することを目的とする。
2. 方法  ポピュラー音楽のライブコンサートを愛好する女性ファンたちに実施した質問紙調査と聞き取り調査、参与観察の結果に基づき、彼女たちが感じる「楽しさ」と課題について分析を行う。
3. 結果  女性ファンたちは、ポピュラー音楽関連のライブコンサートに通うことの「楽しさ」を説明する場合に、「会える」という言葉を最も多く上げる傾向がみられた。ファンの女性たちが「会える」ことを楽しみにしている相手は、主に「推し」と呼ばれるステージ上にいるアーティストやアイドル、パフォーマー等と、同じステージを一緒に見る「友達」の二種類である。また、居住地から離れた場所で開催されるライブコンサートに遠征する「楽しさ」としては、会場に入る回数が増えること自体や、「推し」との距離が縮まることといったライブ体験自体に由来するものと、その土地ならではの食事や観光を「友達」と一緒に廻り思い出を作ることや日常生活を離れる解放感といった旅行体験に関連するものをあげる場合が多かった。加えて、「情報を集めて組み上げ実行する」能力や、「自分や他人の欲望を把握して駆け引きする」等、自身の能力向上を「楽しさ」としてあげる者もあった。一方で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大による公演の中止や延期が続く中で、様々なオンラインライブが行われるようになった。ファンの女性たちは、「推し」や「友達」に対面状況で直接会い、現場の熱気を共有できないことや配信トラブル等にもどかしさを感じながらも、オンラインライブならではの高精細な映像や音響を、スマートフォンを使って「友達とつながったまま」で自室のモニター越しに楽しむ者もあった。自粛期間中は「お金を使う場所がない」ためにオンラインライブチケットの購入に躊躇がなかったといった背景要因を語る場合もあった。
4. 結論  以上から、女性ファンたちがポピュラー音楽のライブコンサートで感じる「楽しさ」には、音楽やパフォーマンスも重要な働きをしているが「推し」や「友達」とのつながりも大きく影響することがわかった。ライブコンサートの聴衆が感じる「楽しさ」については、チクセントミハイが「flow」という概念から分析していた(Csikszentmihalyi 1990)。「flow」は労働や生活で感じるやりがいやゲームをデザインする場合の主要概念としても注目されてきた。そのためライブ・エンターテインメントの「楽しさ」と課題をより深く分析するために、チクセントミハイらの視点も検討し最終的な結論を導出する。
文献 Csikszentmihalyi, Mihaly, 1990, Flow:The Psychology of Optimal Experience, New York : Harper & Row. 付記:本研究はJSPS 科研費(2 0 K 1 2 4 0 5)による助成を受けた研究成果の一部である。


ラッパーのアイデンティティの情報化とリスク化

早稲田大学大学院 北嶋 健治

1 目的  本研究の目的は,文化参与者たちのアイデンティティが情報行動を通じてリスクへと変換されていく過程と場の特徴を明らかにすることにある.対象は,サブカルチャーの実践者によって投稿されたインターネット上の各種の表現である.近年のラップ・ヒップホップ文化の参与者はその文化実践の場をインターネットへと広げているが,一方でSNS等に投稿された一部の文化的なあるいは自己の表現は,時に違法行為を示唆する場合があるなど,取締り側にとっての新たな監視・規制の対象ともなりつつある.本発表では,文化実践者にとってのアイデンティティ形成の要素として生産されたこれらの表現が,社会統制側によって監視・識別され,非行・逸脱リスクと認識されていく状況の分析を行う.これによって,情報行動を通じてアイデンティティの要素がリスクファクター化していくフィールドについての考察可能性を検討する.
2 方法  ラップの内容や表現形式はヒップホップ文化と交錯した様々な社会問題の文脈下に置かれており,各種のラップ実践における反体制的あるいは違法・逸脱行為への言及や表象はラップをする者の文化的アイデンティティを自他に示す手法の一つともなっている.本発表では,国内外に見るこうしたラップの歌詞や映像,SNS投稿に見る逸脱性の要素や人格性の抽出・分類を行う.さらにそれらを近年の非行・犯罪政策や取り締まり,マスメディア報道等の動向と照らし合わせ, とりわけネット利用を媒介とした自己/他者によるアイデンティフィケーションの過程において文化的アイデンティティの要素がリスク化していく状況を検討する.
3 結果  国内外のラップの歌詞や映像の一部からは違法性あるいは逸脱性を示唆する表現が看取できる.これらのラップはそもそも制度的な取締まりそのものと無関係ではなく, 国外ではSNS上へアップロードされた違法性・逸脱性を含んだラップ表現が法廷証拠としての採用や削除命令の対象となりうる場合が確認できる.国内のアーティストの一部もまた各種の表現の場において違法ドラッグや犯罪歴への言及をもって自身たちのラップ表現を差異化させている.我が国の非行・犯罪政策においてはクラブやSNS利用に対し, 犯罪発生の場,動機,交友関係等の観点から薬物問題をめぐる逸脱的なラベリングが行われており,とりわけインターネット上の違法・有害情報の取り締まり強化が進められている.
4 結論 国外のラップ統制の問題はネオリベラリズムや人種問題の観点から論じられる傾向にあるが, 一方でインターネット利用の取り締まりに着目した場合,その様式においてはデジタル・データの収集・解析による新たな監視の様態が確認できる.また国内の政策においてもインターネット上の情報行動を対象とした予防的な非行・犯罪対策の手法が導入されつつあり,ネット利用者の各種の情報は逸脱の危険因子として識別される可能性がある.ラップをする者が自身たちの表現をラッパーとしての人格へと還元すると仮定した場合,これらの統制様式は人格との統合を経ずして逸脱的な統制対象を構成可能にするものであり,今日の自己/他者による相互のアイデンティフィケーションの場において,アイデンティティの要素は人格/リスクファクター間での揺らぎを見せつつあるといえる.この点に関し,本発表ではさらに情報のアイデンティティ(同一性)という観点から考察を行う.


福祉・保健・医療(1)


セラピーの実践における思想と技法

上智大学 栗原 美紀

【1.目的】  本報告の目的は、マレーシアにおけるヨガが指導される様相を事例として、宗教的要素を用いたセラピーにおける思想と技術の関係性について検討することである。20世紀後半以降、近代医療批判(Freidson 1970;Engel 1977など)や社会の心理学化(片桐・樫村2011)を背景に、セラピーとしての宗教的実践が拡大してきている。既に代替医療研究や宗教研究では、社会文化的側面に焦点を当て人々の多様な臨床実践が記述されてきた。一方で、こうした研究は生物学的・技術的側面に重点をおく近代医療・科学との対立構図が前提とされ、主観性が議論の軸となってきたため、全体としてセラピーを捉えたときの文化的実践と技術的実践との関係性については論じられてこなかった。しかしながら、両者を切り離して議論することは、臨床実践や保健医療においてホリスティックアプローチの重要性が説かれている現代的傾向に反して、科学と宗教との境界をより強固なものにし得る。そこでこの報告では、臨床の領域に参入する宗教・スピリチュアリティについて、技法の実践と文化的実践としての思想の受容の関係について考えたい。
【2.方法】  本研究で取り上げる事例は、マレーシアにおけるヨガの指導である。近代ヨガは、反近代的要素を含みこんだ、「スピリチュアルな実践」(伊藤2012)として近代社会の中で人々に受容されてきた一方で、代替医療や広義の「健康」にもかかわる技法でもあり(Strauss 2004; de Michelis 2005)、近年では呼吸器疾患や骨格系疾患に対する直接的な治療法としても活用されている。さらにマレーシアを対象地とするのは、多宗教社会ゆえに近代/非近代という対立を乗り越えた形で実践されるヨガの形態が観察しやすいためである。こうした条件から、ヨガの実践を通して思想と技法の関係性が浮き彫りになるだろう。本報告では、2017年から断続的に行ってきたマレーシアでのヨガの指導現場への参与観察とヨガ指導者へのインタビューから分析したい。
【3.結果・結論】  ヨガの指導において強調されるのは、自分志向の実践を行うことである。これは近代ヨガの思想の中心にも据えられている。すなわち、指導者と実践者との関係において、前者が後者に与える影響は極めて限定的であるという認識をもつ。近代医療では、治療を行うにあたっては医師から患者に対して施術やその効果に関する説明が行われるのが一般的であるのに対して、セラピーとしてのヨガ実践が行われる際の指導者の役割は、実践の方向づけを行った後は実践者が自ら実践を継続できるように見守ることが主である。それは、ヨガセラピーによって現状改善を目指す仕組みとして、①自身の状況を把握し、それに対してとり得る最善の実践を自ら選択する、②身体技法の習得を通して自身の心身に備わっている機能を有効活用する、という2点が重要とされるためである。したがって、ヨガにおいては技法の実践を行うために、ヨガに特徴的な思想をもつことが前提とされ、両者を切り離すことはできない。今回の研究から、ヨガにおいては思想と技術が一体化していることが明らかになったが、今後はこうした結果をふまえ、セラピーの実践において、文化・思想と技術の関係について理論的考察を加えることを課題としたい。


がん体験者の集団精神療法における定式化

〇北星学園大学 水川 喜文
北星学園大学 鴨澤 あかね
北星学園大学 大島 寿美子

【1.目的】 本発表では、エスノメソドロジー/会話分析における「定式化(formulation)」をキーワードにして、集団精神療法(group psychotherapy/集団心理療法)における実践を考察する。サックス(1966/1992)が集団療法(group therapy)のデータから会話分析を練磨したことはよく知られている。現在、Perakyra、Antaki、Lauderらによって心理療法(精神療法)の会話分析は、一つの領域として確立しつつある(Perakyra et al. eds. 2008)。本発表ではその流れをくみながら、心理療法の会話分析でも、Davis(1986)の先進的な試みから始まり、多くの研究がなされた「定式化」を焦点に、研究蓄積の少ない集団精神療法に注目してデータに基づく考察を行いたい。
【2.方法】 本研究では、がん体験者の団体などから研究協力者を募り、グループ・カウンセリングの手法・システムセンタード・セラピー(SCT)の「機能的サブグループ」を用いたグループ体験を実施した。体験に先立ち、7名の研究協力者に、臨床心理士の共同研究者(鴨澤)によるグループ体験と研究に関する説明などを実施し、研究参加の同意取得とグループ体験参加への適合を判断した。グループ体験は、A、Bの2セット、合計4日間、10セッション実施し、参加者は全日程に参加することが求められた(1セッションは45分が基本)。本調査の研究倫理等に関しては北星学園大学倫理審査委員会の承認および関連専門団体への連絡調整を得て実施した。
【3.結果】 SCTのグループ体験は、独特の発話構成をすることが促される。まず、先の発言者と「似ているところ」を見つける。そして、(1)伝え返しをする。例えば、「~ということですね?」と発言。その共感の上で(2)自分が(似ていると)感じたことを言う。(3)グループに「皆さんどうですか?」と問いかける。これが一つの発話順番でなされる。この後、次の発話者も同様の発話構成となっていく。(2)はその場で感じたことであり、体験の解釈であってはいけない。これにより、先の発言と似ているものが探されて繋がり合い、少しずつ異なるものを統合しながら「機能的サブグループ」が構成される。これらは、リーダーである臨床心理士によって制御され、上記の方法以外の発言・構成が発生した場合、軌道修正され、この方法での発言を促されることになる。この独特の発話構成は、会話分析で言えば、(1)は定式化であり、 (3)は質問という隣接対の第一成分、ということになる。このような独自の発話構成を、参加者が連続して行うこと、すなわち、独自の相互行為上の連鎖構造を持つことがこのSCTという集団精神療法の特徴を構成していることがわかる。
【4.結論】 本研究では、集団精神療法における定式化に注目し、その相互行為上の実践を考察した。従来の心理療法の会話分析では、定式化は、(心理)専門家というカテゴリーと結びついた行為で、その種類や構造を分析するという方向性があった(Perakylra 2019)。本研究の集団精神療法においては、参加者/クライエントが相互に定式化しあうということ、しかも連続的に定式化しあうということで、「体験の解釈」ではなく「体験の共感」の連帯というものを「機能的サブグループ」によって高めることとなっている。本研究では、以上のように会話の順番取りや相互的な定式化に注目し、SCTにおけるがん体験者の集団精神療法の諸特性について明らかにした。


重度身体障害者の閉じこもりと社会環境要因の関連

名古屋産業大学 丸岡 稔典

1.目的 本報告では重度身体障害者の閉じこもりや外出行動に社会環境が与える影響を明らかにすることにある. 外出行動については,これまで地域の高齢者を対象に外出頻度が週1回未満を寝たきりに進行する危険性がある「閉じこもり」群とし,その要因の研究が重ねられてきた.しかし,これらの研究は高齢者を対象としたものが多く,身体障害者を対象とした研究は少ない. また,身体・心理・社会的要因などの高齢者個人にかかわる要因との関係を検討しているものが中心を占め,制度やサービスといった社会環境要因との関連についての議論は十分になされていない.重重度身体障害者の心身機能の低下を防ぎ,社会参加を進めるうえで,閉じこもりを解消することは重要な課題といえる.障害者権利条約では,「障害の社会モデル」の視点が取り入れられ、障害は「機能障害のみに起因するものはなく,機能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用により生じるもの」と定義された.したがって,障害者の閉じこもりや外出行動も身体機能だけでなく社会環境との関係から議論することが求められる.
2. 方法 本研究で用いるデータは2020年2月から4月にかけて全国の頸髄損傷者を対象として実施された「頸髄損傷者の自立生活と社会参加に関する実態調査2020」の調査結果の一部である.同調査は,全国頸髄損傷者連絡会会員などへ調査案内と調査票を郵送し,郵送回収またはWeb Site上での回答の形式で実施された.報告者は「頸髄損傷者の自立生活と社会参加に関する実態調査2020」実行委員会の委員として,調査の実施と分析に参加した. 調査票の設計にあたっては,複数の頸髄損傷者による確認を行った.収集・利用した個人情報は全国頸髄損傷者連絡会・個人情報管理規程に従って厳格に管理した.
3.結果 回収されたのは562票であり,このうち在宅者による有効回答541票を対象にした.回答者の属性は,平均年齢54.6歳,男性435名,女性105名,その他1名であり,損傷部位は頸髄が438名,胸髄・腰髄が59名,その他が44名であった.回答者の外出状況は毎日・週に3日から6日が269名,週に1~2日が147名,週に1日未満の閉じこもり群が121名であった.閉じこもりに関連する要因としては,年齢のほか,外出時の介助者の属性としての家族,外出の際の移動手段としての自家用車の運転,鉄道バスの利用などの社会環境が挙げられた.居住地域,障害程度や精神的健康状態などとの間には有意な関連がなかった.
4.結論 調査結果から,外出時の公的介護制度の利用や公共交通機関へのアクセスなどが重度身体障害者の閉じこもりや外出行動に影響を与えていることが推察され,こうした社会環境の整備の必要性が示唆された.


高齢者施設ケア労働の日米比較研究

鹿児島大学 片桐 資津子

1 目的  本研究では日本において地域包括ケアという規範理念が浸透していくことを見通しつつ、それに寄与する高齢者ケア施設で働く管理職とケア職がもつ経営と地域への認識に着目した。その際、米国の高齢者ケア施設経営と日本の特養経営を比較して、その相違点を抽出した。  日米の高齢者ケア施設の経営認識と地域認識について、第1に、それはこういうケアを提供するべきだという規範的で静態的なモデルではなく、実態的なモデルを学術的に示す。第2に、地域のケア拠点としての特養がどのような要因によって成立し得るのかという現実的な問いも明らかにする。  ここでいう実態的な特養経営モデルとはいかなるものか。本報告では、これは特養ケア現場のウチとソトの関係がどうなっているかについて、日米比較の相違点に着目するものとしたい。米国と日本の高齢者施設ケア現場において、施設の職場(=ウチ)が、施設の立地や外部環境(=ソト)から、いかなる影響を受けていると認識されているかを探ろうとするものである。
2 方法  本報告の方法は、日米国際比較による共通点と相違点の抽出とした。日本と米国の高齢者ケア施設のなかでもお手本となるような施設について、基本的にはスノーボールサンプリングにより選定し帰納法による分析を反復した。その反復分析のプロセスにおいて、理論的飽和がおきた場合に「コンティンジェントサンプリング」(スノーボールサンプリングのバイアスを軽減する手段)により、新たな高齢者ケア施設を選定した。両者の比較により、それらの管理職とケア職における地域と経営への認識について、それぞれの相違点をKJ法的に抽出した。
3 結果と結論  米国の施設は多様なケアが受けられるという選択肢の存在に価値を置くため、管理職やケア職者の地域認識は行政的な「地域性を越えたもの」となっていた。他方で日本の施設は、ムラ社会的な歴史と風土に合ったケアに価値を置くため、行政的な自治体という「地域性に限定されたもの」となっていた。米国では管理職の経営により「徹底した専門性」が重視され、これに対し日本はケア職の現場力により「拡大された専門性」が重視されていた。  今後の研究に向けて取り組むべきこともある。たとえば「日本人は場における調和を重んじるのに対し、米国人は専門性や自己決定、選択肢の豊富さを重んじる」というステレオタイプ的な言説を超えていくことである。すなわち、いかにして日本国内に存在する多様性、米国国内にも存在する多様性を明らかにしていくか。
文献 Gawande, Atul, 2014, Being Mortal: Medicine and What Matters in the End, New York: Metropolitan Books.(=2016,原井宏明訳『死すべき定め――死にゆく人に何ができるか』みすず書房.) Katagiri, Shizuko, International Association of Gerontology and Geriatrics,国際会議,2017年07月,San Francisco, the U. S. ,Administrative Functions of Nursing Homes: Comparative Analysis on Model Cases in the U.S. and Japan,ポスター(一般) 片桐資津子,日本社会学会(第89回大会),国内会議,2016年10月,高齢者ケア施設の管理職の日米比較研究──2つの模範的施設の事例分析,口頭(一般)


新型コロナウイルス感染症流行下における感情ダイナミクスの経験サンプリング法に基づく検討

〇東北大学大学院 瀧川 裕貴
東北大学 呂 沢宇
芝浦工業大学 中井 豊
慶應義塾大学 常松 淳
東京大学 阪本 拓人
青山学院大学 大林 真也

【1. 目的】 本報告の目的は、新型コロナウイルス感染症流行下における人々の感情の変遷を、経験的サンプリング法に基づくサーベイ調査によって明らかにすることにある。 新型コロナウイルス感染症流行下において、心理的ストレスや鬱状態を経験する人が増えていると考えられている。また、外出が制限される一方、在宅勤務などで家庭にいる時間が長くなることで、家庭内でのコンフリクトが生じ、そのことが感情に影響することも想定される。 流行の状況は日々変わり、緊急事態宣言が発出・解除される中で、人々の感情も時々刻々と変化していくことが予想される。そのため、本報告では、実際の環境下においてリアルタイムに近い形で経験をサンプリングする調査法である経験サンプリング法を用いてデータを収集した。
【2. 方法】 本報告で用いたデータは、5月上旬にクラウドソーシングサイトで調査への協力を募った128名からなるサンプルである。なお、同居家族のいる回答者と一人暮らしの回答者を別々に募集したが、本報告では統合したデータを用いる。回答者の都道府県は、その時点での特定警戒都道府県のうち、北海道、東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の8都道府県に限定した。回答者は、5月15日から6月14日まで30日間毎日決まった時間(午後9時)に回答を行う。主たる項目は、友人や同居する家族との交流時間やそれに伴う感情、さらに一日の感情全般、外出などである。それとは別に初回と最終回に年齢や性別、職業などの社会経済的属性や新型コロナウイルス感染症についての意見を含む社会的態度について尋ねている。調査期間の最初は、緊急事態宣言が全国に発出されてから、1ヶ月程度たった時点であり、その後、福岡、大阪、兵庫、首都圏、北海道などで順次解除されていった。本報告では、期間内の感情の変化について、とくに緊急事態宣言解除以前/以後の比較の観点から、検討する。
【3. 結果】 調査期間を通じて、先行き不安やストレスなどの感情的負荷が漸進的に軽減しつつある傾向が見てとれた。ただし、緊急事態宣言解除以前/以後で急激な変化は観察されなかった。
【4. 結論】 本報告のデータは、非確率サンプリングに基づくものであるため、結果を安易に一般化することはできないが、新型コロナウイルス感染症の第一波が収束に向かう中で、人々の感情的負荷が一定程度軽減していく傾向が明らかとなった。方法論的には、経験サンプリング法は感情の動的変遷を検討するのに有効な方法であることが確認された。


日本の医療体制整備に関する一考察

防衛医科大学校 金子 雅彦

【1.目的】  近年日本は医療法上の病院と診療所の規模区分はそのままにしつつ(経路依存)、そのなかで病院と診療所の機能分化を推進している。本報告はその対策の最近の展開を確認する。そして、今年生じた新型コロナパンデミックへの対応を検証して、今後の方向性を探る。
【2.方法】  厚生労働省の公表資料や各種メディアの報道資料などを用いる。
【3.結果】  パーソンズの戦略様式の4類型を用いると、日本における病院と診療所の機能分化推進方法は、誘因と説得(積極的サンクション)だった(金子 2016)。この路線を強化する方針をとっている。一例を挙げれば、紹介状なしで大病院を受診する際に患者から特別料金を徴収する仕組みは2016年の診療報酬改定で義務化された。最初は特定機能病院及び一般病床500床以上の病院が対象だったが、2018年には400床以上、そして2020年4月の改定では200床以上と対象範囲を徐々に拡大している。大病院受診のハードルを高くすることによって、最初は診療所や小病院を受診するよう、患者を誘導している。これらの方策によってかかりつけ医制度の普及定着を目指している。  2020年に新型コロナパンデミックが起きた。1月16日に厚生労働省は国内初の新型コロナ感染者を確認したと公表した。その後、新型コロナ対策が始まった。1月28日に新型コロナ感染症を感染症法上の指定感染症(2類相当)にする政令を閣議決定した。自治体による患者の入院措置が可能になった。当初は感染者(PCR検査陽性者)は全員原則入院としていた。しかし、感染者が増えるにつれて、病院がパンクする懸念が生じた。そこで2月25日に厚生労働省対策推進本部の基本方針で、感染者が大幅に増えた場合、病院は重症者の治療に力を向ける一方、無症状者・軽症者は自宅で療養することを認める考え方を示した。4月2日に厚生労働省は軽症者等が自宅や宿泊施設で療養する場合の指針を自治体に通知した。しかし、4月下旬に埼玉県で軽症で自宅待機中だった感染者が死亡する事案が発覚した。すると、自宅療養では症状急変時に必ずしも適切な対応をとることができないとして、23日に無症状者・軽症者はホテルなどの宿泊施設での療養を基本とする方針に厚生労働省は転換した。ただし、その後自治体が宿泊施設を確保しても、自宅療養を選ぶ者が多かった。
【4.結論】  今後新型コロナや他の感染症の拡大が生じた時に軽症者等用の宿泊施設を確保するのは時間やコストがかかるし、また確保したとしても実際に利用されるかどうか不明である。まずは日常的なかかりつけ医制度を推進して、自宅療養であっても症状急変時に適切な対応ができるようにするなどの体制づくりを強化した方が合理的である。
*本報告は科研費19K02064の研究成果の一部である。 【参考文献】  金子雅彦, 2016, 「日本における医療機能の分化・連携策に関する一考察―パーソンズ理論による整理」『防衛医科大学校進学課程研究紀要』39: 39-54.


性・ジェンダー(1)


個人化社会における自己と他者 調査データによる検討①

〇新潟大学 杉原 名穂子
活水女子大学 石川 由香里
福岡教育大学 喜多 加実代
武蔵大学 千田 有紀
武蔵大学 中西 祐子
東洋大学 村尾 祐美子

【1.目的】 「個人化社会」はU.ベックやZ.バウマンが論じ現代社会への重要な視角を提起した。日本社会は,1990年代以降、経済状況の不安定化にともなう雇用の流動化、家族の変容、産業の高度化によるライフスタイルや就労形態の細分化・多様化などから、個人の選択に比重がおかれる個人化社会に移行したと考えられる。  この個人化社会は、雇用の不安定な若者やひとり暮らし世帯が増加するなど、人間関係の絆の弱化に警鐘がならされる動きと重なった。そして、21世紀に入り社会関係資本概念の流行にみられるように、つながりの再構築が社会科学の研究領域で、また政策的にも重視されるようになった。  本報告は、個人化社会における自己と他者との関係に焦点をあて、特にジェンダーの視点からその現状と変容について調査データにもとづいて明らかにする。第一報告では公共圏、第二報告では親密圏を対象とする。 第一報告で検討するのは、自由・平等を追求してきた公共圏が変容し、空洞化がすすんでいるという指摘についてである。バウマンは、人々は社会問題について個人の問題とみなす傾向が高まること、人々は自分と共通の関心をもつものでまとまり、異質な人と関わるのをさけようとすることなどを特徴として指摘する。これを踏まえ、本報告での目的は、まず第一に異質な他者への寛容性の変容についての議論があてはまるのか検討することとする。特に、ジェンダー問題とそれ以外の問題とで違いがあるのか検討することを第二の目的とする。
【2.方法】  用いるデータは2019年10月に実施した「社会生活と市民意識に関する調査」である。調査地点は東京都区部と新潟市の2地点、調査対象者は25-64歳の男女である。選挙人名簿を用い系統抽出法により4059票を抽出し、郵送による配布・回収を行った。有効回収数および有効回収率は974票(24.2%)である。
【3.結果】  寛容性について、違った考えの人が多くいるのがのぞましいか、自分と違う価値観をもった人を寛容に受け入れる必要があるか、という質問への回答ではかったところ、若い年代の方がその意識が強く、寛容性が増大していると言える。特に男性にこの傾向が強い。しかし、社会的に不利な立場にいるものへの態度(共感性)をみると、寛容性の増大との間にずれがある。  貧困問題、障害者問題、女性問題について、若い男性ほど自己責任論が弱まり、バウマンのいう個人化=自己責任社会はあてはまっていない。しかし、社会問題としての積極的な取り組みを求める態度は、貧困問題にはあてはまっているが、女性問題や障害者問題についてはあてはまらない。寛容な若い男性は無関心層の増大として姿をあらわしている。その結果、ジェンダー問題について男女の間で意識の差が大きいことに変わりはない。  他方で、若い女性には個人化の影響があらわれている。女性は社会的弱者への共感を示す割合が男性より高いが、その傾向は若い世代ほど弱まり、自己責任論が増加している。特に、貧困問題について顕著である。
【4.結論】  若い年代の男女とも寛容性が高まっており、情報化社会において異質な他者に接し受容する能力を若い世代が培っていることを反映している。ただし、それは他者への共感を示す態度と直接には結びついていない。寛容な若者は他者へのものわかりの良さと無関心さを示し、それが個人化社会の特徴と言える。


個人化社会における自己と他者 調査データによる検討②

〇活水女子大学 石川 由香里
新潟大学 杉原 名穂子
福岡教育大学 喜多 加実代
東洋大学 村尾 祐美子

1. 目的 社会関係資本(以下SCと略記)は、個人の親密圏をはかる指標の1つといえる。なかでも大きな位置を占めるのが、配偶者・パートナーの存在である。だからこそシングルが増える現状にあって、それを補完するSCをいかに構築するのかは重要な課題だといえる。 ところが先行研究からは、シングルは経済資本にとどまらずSCについても乏しいことが指摘されてきた。家族と外をつなぐSCは女性を中心に構築されがちなことから、シングル男性はとりわけ不利な立場にあることが推察される。またSCの構造には地域差がみられ、結束型は地方において、橋渡し型は都市においてより構築されやすい傾向にある。 こうした知見を踏まえ、いかなるSCがシングルの幸福感ならびに健康感に寄与しているのか、そこに見られるジェンダーと地域による違いを示すことが、本報告の目的である。
2. 方法 分析に使用するデータは、2019年10月に東京と新潟で実施された「社会生活と市民意識に関する調査」である。回収票のうちシングルの占める割合は、東京が女性29.7%(82票)、男性29.7%(52票)、新潟女性26.2%(77票)、新潟男性29.2%(64票)であった。はじめに両都市における男女それぞれのシングルの形態的特徴を示したうえで、SC構造の違いについて比較する。さらに家族類型とSCを含む社会的資源配分の状況とが、幸福感ならびに健康観といかに関連しているのか、多変量解析を用い検討する。
3. 結果 シングルの年齢層・世帯構造には都市により違いがあり、東京では20代と30代の未婚者が多いのに対し、新潟は40代と50代のシングル・ペアレントが占める割合が高かった。 SCの指標には「困ったときに次の相手をどの程度頼りにできるか」という設問への回答を使用した。回答にはジェンダー差・地域差がみられ、性別で比較すると結束型、橋渡し型いずれも女性に多い傾向にあり、地域比較では男女とも東京に橋渡し型が多かった。 幸福感は、いずれの性別・地域でも世帯収入と、また男性では学歴とも関連しているほか、SCとのかかわりは東京で弱く新潟で強い。ただし家族類型を投入しても関連が強く残るのは新潟の女性の橋渡し型であり、結束型は同居家族に回収される形となる。また新潟の男性は、いずれの家族類型であれシングルであることがマイナス方向に働いていた。 身体的健康については新潟の女性についてのみ、結束型、橋渡し型両方との強い関連がみられた一方、新潟の男性は学歴との関連の強さが際立っていた。精神的健康については、東京の女性には結束型が、新潟の女性では橋渡し型が、また新潟は男女とも親同居シングルであることがプラスに関連していた。
4.結論 シングルの幸福感とSCとの関連性は、東京よりも新潟においてより強く見出され、とくに違いが大きかったのが、橋渡し型であった。一方、健康観については結束型とのかかわりが強かった。ただし、新潟の女性の結果からは、橋渡し型が結束型を補完する可能性も示唆される。また男女ともSCの多いケースでは年収は幸福感に関連しないことから、逆にSCの少なさがとくに男性の幸福感に対する経済資本の影響を強めていることが推察される。


性的指向の自認を「決めたくない・決めていない」人はみな性的マイノリティなのか?

〇国立社会保障・人口問題研究所 釜野 さおり
University of Washington 平森 大規

1. 目的  本報告では、社会調査における性的指向の自認の問いへの回答「決めたくない・決めていない」の選択理由を探る。2019年に実施した「大阪市の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」での「決めたくない・決めていない」の割合は5.2%であった。当初は、性的指向を決めている最中、模索中、積極的に「決めたくない」と自認している、といった状態を捉える意図でこの選択肢を設けた。しかし実際の回答傾向をみると、性的指向について考えたことのない人や用語がわからない人も含まれている可能性が考えられた。そこで解釈の参考とするため試験的調査を実施した。設問の検討では「その他の何か」や「わからない」の選択肢が選ばれた背景を探り、一般人口対象の社会調査で性的指向の自認を捉える設問の改善を目指す諸外国の研究を参考にした。
2. 方法  インターネット調査会社の登録モニタ(18-59歳)を対象とし、2020年3月23〜30日に実施した。「ふまじめな回答者」を除外し、分析に必要な「決めたくない・決めていない」の回答数を確保するスクリーニングを行った(調査開始数7263)。本調査では、「次の中で、あなたにもっとも近いと思うものに1つ印をつけてください」とたずね、選択肢を「異性愛者、すなわちゲイ・レズビアン等でない」「ゲイ・レズビアン・同性愛者」「バイセクシュアル・両性愛者」「アセクシュアル・無性愛者」「決めたくない・決めていない」「質問の意味がわからない」とした。次に「前問で「決めたくない・決めていない」を選んだ理由として、もっとも近いものを1つ選んで印をつけてください」とたずねた。
3. 結果  有効回答数は2394、「決めたくない・決めていない」の選択者数は159であった。最も多い理由は「自分に「異性愛者」、「同性愛者」、「両性愛者」、「無性愛者」といったラベルをつけたくない」で51.6% (82人)、次いで「まだ決めていない、今決めようとしている最中、迷っている」と「質問の意味がわからなかった」で各13.8%(22人)であった。「間違って「決めたくない・決めていない」の選択肢を選んでしまった」は7.5%(12人)、うち2度目は「異性愛者」としたのは3.1%(5人)、2度目は「アセクシュアル・無性愛者」とした人と「質問の意味がわからない」とした人は各0.6%(1人)、2度目も「決めたくない・決めていない」を選んだ人は3.1%(5人)であった。「ラベルをつけなくない」82人のうち、自認する性別が出生時性別と異なる人は9人であった。自認する性別が出生時性別と同じで、恋愛感情を抱く・性的魅力を感じる・セックスの相手が「異性のみ」以外を含む人は22人、相手が「異性のみ」は51人であった。
4. 結論  「決めたくない・決めていない」と回答した理由をたずねることで意味のある情報が得られること、またその選択理由は多様であることがわかった。人々の性的指向は厳格に分けられるものではなく、複雑で多面的であることも定量的に示された。ただしこれは、社会調査での性的指向の把握を否定するものではない。むしろ各カテゴリー、各自認の詳細に目を配りながら、便宜的に性的指向による分類を行い、性的指向の自認による様々な比較分析を進めることが望まれる。
※本調査はJSPS科研費16H03709の助成を受け、国立社会保障・人口問題研究所 研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(IPSS-IBRA #19005)。


定まらない性自認を生きる

東京大学大学院 武内 今日子

【1.目的】  性自認が男女の二値のいずれかに当てはまらない者は,「男」「女」「トランスジェンダー」といったカテゴリーを解釈しながら,自己を位置づけている(Darwin 2017; 石井 2018).さらに町田(2018)によれば,このように言語的な自己規定だけではなく,他者からの身体的な次元での受け入れも自己の受容に寄与している.ただし先行研究では,第一に,Xジェンダー者間で「不定性」とされるような,性自認が「男」「女」で揺れ動き,切り替わる経験が十分に描かれていない.第二に,時期によって異なる意味づけや種類をもつ性自認のカテゴリーや,既存の精神医学的診断カテゴリーが,自己物語にどのように織り込まれていくのかが単純化されている.そこで本報告では,性自認に男女の切り替わりを感じる人の自己物語から,人生のなかで選択肢として現れる複数のカテゴリーや,他者との関係において揺れ動く身体的な感覚をどのように解釈し,自己や身体の状態に折り合いをつけていくのかを明らかにする.
【2.方法】  トランスジェンダー者に半構造化インタビューを行い,そのうち性自認の揺らぎや切り替わりを経験している一人のMtX者の語りに着目し,どのように自己や身体の感覚を解釈しているのかを分析した.
【3.結果】  協力者は,子供のときから“女性的”なふるまいを周囲から指摘されていたが,男女に当てはまらない者が「オカマ」と表現されているなかで,負の意味づけを避けて“男性的”であろうと努力していた.それでも時折現れる“女性的”人格は,報道され始めた「性同一性障害」や人格の解離としても,診断されるほどではない軽微な状態としてカウンセラーに位置づけられてしまう.そこで医学的なカテゴリーよりも,同様に切り替わる性自認をもつ他者との出会いや,「Xジェンダー」の「不定性」というカテゴリーを知ること,“女性的”人格に自ら名前をつけることが,性自認の切り替わりを把握し受容することにつながっていた.ただし,“女性的”人格の肯定は容易ではない.協力者において人格の“女性性”は非言語的・感覚的であること,“男性性”は論理や空間把握から位置づけられており,現状では“女性的”人格への切り替わりは,社会に適応するうえで摩擦を生じさせるものとして語られる.
【4.結論】  男女の性自認の切り替わりを,二値的なジェンダー理解を自らも参照しながら解釈していること,性自認の切り替わりが「性同一性障害」といった医学的概念の想定から外れているなかで,自ら様々なカテゴリーを解釈したり人格に名前をつけたりしながら自己物語を再構成していく仕方が読み取れた.当日は他の当事者との自助的な交流や,医学的に“非典型”な「性別違和」の状態に対し,医師が提案する対処についても検討する.
[文献] Darwin, H., 2017, Doing gender beyond the binary: A virtual ethnography, Symbolic Interaction, 40 (3): 317–34. 石井由香理,2018,『トランスジェンダーと現代社会――多様化する性とあいまいな自己像をもつ人たちの生活世界』明石書店. 町田奈緒士,2018,「関係の中で立ち上がる性――トランスジェンダー者の性別違和についての関係論的検討」『人間・環境学』27: 17-33.


性的指向・性自認をめぐる「正統的」知識と偏見の再生産

金沢大学 岩本 健良

1.目的  文化資本論によれば、教科書や辞典は「正統的文化資本」として信頼と権威を持つ(ブルデュー)。しかし「科学的真理」のように装われても、それらは常に「正しい」わけではなく、支配者・権力者、あるいはマジョリティの見方や恣意的裁量が入り込む。性的指向や性自認など性の多様性についても、社会の支配的見方によって差別や偏見・抑圧がもたらされてきた。「科学の制度的な目標は、確証せられた知識を拡大することである」(マートン)が、日本において正統とされる文化資本やテキストには、性的指向・性自認をめぐる世界の科学的共通知の進展が十分に反映されているのであろうか。本報告では事例をもとに考察する。
2.方法  「正当化」され「客体化された形態」である、教科書や事典等における、性的指向・性自認に関する記述について、検討する。本報告では、課題がみられた事例を取り上げることとする。
3.結果  (事例1) 精神医学教科書: 1980年にWHOは同性愛を精神異常から削除したが、いまだ精神異常としている例がある(『精神医学テキスト』2013年12版;初版1980年)。  (事例2) 辞典・事典: 『世界大百科事典』は、1993年に同性愛者の団体から訂正を求められ約束したが担当者の変更時に引き継がれず、別の指摘により2017年にweb版で修正となった。  (事例3) うつ病チェックリスト: 医療専門職の団体や精神科を持つ複数の私立病院のサイトで、「異性への関心がなくなる」という、heteronormativityバイアスのある項目を含む、旧リストが掲載されている。DSM-III(1980)で「性的関心の減退」が、大うつ病性障害の診断基準の1項目としてあったが、DSM-III-R(1987)以降は削除されていることが反映されていない。  (事例4) 中学・高校の教科書: 「私は,常に心と体がばらばらという,『性同一性障がい』であった」と不正確な説明を行い,「自分の障がいのこと」と繰り返して「障がい」を強調する道徳の教科書(文部科学省検定済)がある(中学2年,日本教科書 2019年)。高校世界史のある教科書は,検定をクリアした「見本本」段階で記述に誤り(「ゲイ」が「ゲイセクシュアル」)が見られた(出版社に伝え、正式版(2018年)では修正)。  (事例5) 採用試験適性検査: 地方自治体の教員・公務員・警察官等の採用試験適性検査で、同性愛「同性に強く惹かれる」や性別違和「(男性に対して)女性に生まれたかったか?」などを尋ねる心理検査MMPI(短縮版であるMINI-124を含む)を使用。なお海外では、1990年に第2版が公表され、現在旧版はほぼ使用されていない。日本では使う自治体は減りつつもまだ一部で継続。東京医科大学医学科入試でも2018年まで使用の事実が判明した(翌年以降使用中止)。
4.結論  いずれも複数の専門家が関与・チェックして作成・使用していると想定されるが、それでもさまざまな課題が見いだされた。性的指向・性自認に関し、各事例で関係する専門家とされる人々の学識や専門職倫理に課題があるかもしれない。多くは正当化されて力の弱い側にある生徒・学生・受験生(者)・受診者に課されるため、批判や問題提起が行われにくい構造にある。専門家が知識をアップデートして社会にトリクルダウンしているという図式が十分に機能していない状況がみられる。外部の第三者による目も組み入れた制度にしていくことが必要であろう。


民族・エスニシティ(1)


アイヌ民族のライフヒストリーからみる文化伝承

北海道大学大学院 木戸 調

1. 目的  「民族共生象徴空間」に代表されるように、現在アイヌ民族とその文化伝承に注目が集まっている。この背景には同化という歴史的な問題があり、特に戦前にかんしては様々な研究が蓄積されてきた。その研究を概括すれば、同化が生じた要因のひとつとして、周囲の民族との差異を吸収し、近代化し、発展し続ける主体としての日本人像が存在していたことが挙げられる。その中で、近代化という「進化」から取り残された日本人とみなされた先住民族アイヌも近代化し、日本人と同化する必要があるとされてきた。それゆえ日本人との差異の指標であるアイヌ文化が差別の引き金となり、文化伝承が行われなくなっていった。さらにアイヌ民族がアイデンティティを保ったまま近代化しようとする営みもまた同化と理解された。  一方で、日本の各地でアイヌ文化が豊かに伝承されているのもまた事実である。例えば、今回とりあげる浦河町では、浦河アイヌ文化保存会が存在しており、アイヌ文化伝承のための活動が現在まで行われている。この同化にまつわる一連の研究が明らかにしてきた構造がある中で、なぜアイヌ文化伝承の活動が可能となったのだろうか。
2. 方法 浦河町は、アイヌ文化が伝承されているだけでなく、その伝承者の語りがインタビュー集や自伝という形で豊富に残されている地域でもある。本報告では、そのインタビュー集や自伝から文化伝承の条件を探るための理論を仮説的に構築し、今後の調査の基礎としたい。理論を考えていく上で、同化の最大の要因は差別である点を踏まえる必要があろう。これまで、差別によってスティグマとなってしまったアイヌ性を和人の目から隠す行為を同化ととらえてきたのではないだろうか。そうであるとするならば、差別する側である和人がいない家庭の中などで、さまざまな文化実践が行われてきたのではないだろうか。
3. 結果 アイヌであることがスティグマとなってしまっていた場合において、差別の引き金となるアイヌ文化を隠そうとするという事態は、さまざまな形で語られている。確かにあくまで差別する側である和人の視点からみれば、これはアイヌ文化実践が行われなくなっていくことを示しているため、「同化」ととらえられる。しかし1970年代ごろまでは、直接的に和人と対面しない家庭の中において、まじないや儀式などさまざまなアイヌ文化が実践されていた。ただし、和人と対面する「外」では文化を隠し、そうではない「内」では文化実践が行われるという状況においては、「外」で行われるような、現在と同様な形でのアイヌ文化伝承の活動は行われていなかった。今回とりあげる伝承者の方々は、アイヌ文化の価値に「目覚める」という体験を経て、以上のような状況を乗り越えていったと考えられる。
4. 結論 以上のように、和人の視点からみれば同化であった事態は、あくまで差別に対応するためのものであって、実際上は家庭の中など和人と対面しない「内」の状況においては、文化伝承が続けられてきた。またその状況下であっても、アイヌ文化の価値に「目覚め」た人びとが存在しており、アイヌ文化を「外」へ出すような伝承活動が行われていったのではないだろうか。加えて、この「外」への伝承活動が他の地域の文化伝承を刺激していくようなネットワークの形成に寄与していったと考えられる。


米国移民管理レジーム下でのトランスナショナルな社会空間の再編

一橋大学大学院 飯尾 真貴子

1. 背景・目的  近年、アメリカ合衆国(以下米国)では、ある特定の条件を満たす人々に暫定的な権利を付与し社会に包摂する一方で、入国管理や取締りの厳格化を通じて犯罪性や違法性に結びつけられた人々を強制送還によって排除する移民管理レジームが形成されてきた。移民規制の厳格化による排除に恒常的にさらされるメキシコ出身の移民とその家族は、このような包摂と排除を併せ持つ移民管理レジームをどのように経験しているのだろうか。そして、米国の移民管理レジームにもとづく移民の「犯罪者化」言説は、越境的な村落共同体におけるローカルな道徳的秩序にどのような作用をもたらしているのだろうか。本報告の目的は、以上の問いを検討することで、米国の移民管理レジームが、送出し地域を射程に含めた移民のトランスナショナルな社会空間をどのように再編しているのか、その一端を明らかにすることである。
2. 方法  本報告は、2014年から2019年の間に断続的に実施したメキシコオアハカ州南部エスペランサ村とその主な移住先である米国カリフォルニア州フレズノ郡におけるフィールド調査にもとづく。具体的には、機縁法を用いて実施した半構造化インタビューと参与観察にもとづくデータを用いる。
3. 結果  メキシコ村落部において、強制送還による帰国者は、米国で何らかの法に触れる行為をしたために追放されたのであり、本来であれば米国で蓄積できたはずの経済的資源を持ち帰ることができなかった「落伍者」として見做されていた。強制送還という危機的状況において、凝集性の高い村落共同体が必ずしも包摂的役割を果たすわけではない。むしろ、強制送還による帰国が、米国とメキシコ村落部における「勤労性」を核とする道徳的秩序からの逸脱としてみなされることで、帰国者に対するスティグマ化をもたらすことが明らかになった。そのため、米国において犯罪歴がある人物は、米国のみならずメキシコの村落共同体における道徳的秩序からの逸脱者としてみなされ、米国への再越境を試みようとする際に、周囲からの支援を断たれ、結果的にモビリティを喪失することも明らかになった。ただし、村落共同体のメンバーシップを規定する村の成員としての義務を果たすかどうかが、村における物理的な包摂と排除を規定していた。周囲から否定的な眼差しを受ける強制送還による帰国者であっても、村への義務を果たすことで、再び周囲からの承認を得ることもできる。
4.結論  近年の移民管理レジームに基づく移民の包摂と排除は、米国における法的地位の差異化によって非正規移民のさらなる階層化を引き起こすだけでなく、移民送出し地域においても、強制送還によって周縁化される層を形成し、移動性をめぐる格差の固定化をもたらしている。そして、村落共同体における社会的ネットワークや社会関係資本を用いた移住プロセスそれ自体が、だれが移住に値する者なのか、あらかじめふるいにかけるような、選別性をはらんだものに機能転換していることが明らかになった。また、多くの男性移民が強制送還を含めた様々な帰国を経験し、移動できない主体として村落に留まる一方で、女性たちが米国に残ることで進行する新たな世帯形成のあり方は、トランスナショナルな社会空間の再編の一端を示している。


ベトナムの都市部における所得格差の実態及び認識

佐賀大学大学院 TRAN THI MINH HAO

1.研究の背景・目的 ベトナムは1986年にドイモイ(刷新)を開始し、市場経済の導入と対外開放路線を推進したことにより、大きな経済成長を続けてきたが、他方では経済格差が大きな課題となっている。ベトナム統計総局のデータによると、ベトナム農村部内における格差が拡大しているのに対し、都市部内の格差は縮小傾向にあるとされている。政府が公表するデータには都市部に在住する地方からの移民が調査対象に含まれていないため、実態と乖離していると考えられる。一般的に、地方からの移住者は都市部の住人と比較して所得が少ないと考えられるため、都市部における所得格差の実態は把握できていない。しかしながら、都市部内の格差に関する研究は見当たらない。よって、本研究はベトナムの都市部内の所得格差について論じる。 本研究はベトナム都市部内の所得格差の実態及び都市部住民の所得格差や社会格差に対する認識を明らかにすることを目的とする。
2.研究方法 政府が公表する所得格差に関する統計データと都市部で生活する人々が認識する格差の間の「ずれ」を検証するため、ベトナムの三大都市でアンケート調査を実施した。2019年7月から2019年8月の間にハノイ市、ホーチミン市、ダナン市を訪問し、質問紙調査法を用いて様々な職業の人々を対象に調査協力を依頼して行った。その結果、1362名の回答を得ることができた。
3.結果 統計分析の結果、格差の実態についての項目では、1日1.90ドル未満で生活する人(貧困層)が17.9%も占めており、ベトナム統計総局のデータ7.0%(2016年)と比べ、相当高い比率であることが明らかになった。一方、世界基準によると、年収4,000米ドル~40,000米ドルの所得者層は中流層とされており、ベトナム政府が公表する統計によると中流層の比率(2016年)は13%と統計されているが、本調査の結果によると中流層が占める割合は36%程度となった。上位所得層と下位所得層の所得比率から見ると、ベトナム政府の公式統計データと比べて格差比率が高いことから、ベトナム都市部の所得格差の状況が過小評価されていることが分かる。この分析結果から、都市部内においても所得格差は大きいと言える。 また、ベトナムにおいて「所得格差」は,「不平等,不公平な格付けの差」との意を含んで受け取られている。そのため、三大都市に住む対象者に対して所得状況だけでなく、教育・就職機会・経済面での成功・医療サービス受給機会など様々な項目についての社会格差の認識についての質問をした。その結果、すべての項目において格差を認識している人の割合がそうでない人の割合を上回った。特に、「都市部と農村部」や「就職機会」の格差が大きいと認識している人の割合が高い結果となった。
4.結論(政策提言) 本研究を通して、現在のべトナム社会には様々な課題が存在しており、政府に対する国民の信頼が得られていないことが分かった。特に、最低賃金の問題及び頭脳労働と肉体労働の二極化が格差の主な要因であると考える回答者が多いという結果から、賃金に対する政府の政策が不合理であるとする傾向がみられる。最低賃金の上昇と共に、生産性向上、教育の機会均等・労働者のスキル向上など政府の経済・社会改革への政策が求められる。


多人種主義を再考する

立命館大学 南川 文里

1.目的 アメリカ合衆国の人種統計は、1977年に「白人」「黒人」「アジア系」「先住民」「ヒスパニック」の5つの集団を公式化し、アメリカの多文化主義政策と基本枠組となってきた(南川 2017)。しかし、連邦政府は、1997年に方針変更を行い、複数の集団への帰属を報告できる制度に変更し、複数の人種的出自を持つ人々の存在も注目されるようになった。この制度変更において大きな役割を果たしたとされるのが、多人種主義(multiracialism)と呼ばれる運動であった。多人種主義は、1990年代に人種間カップルや複数の出自を持つ当事者らが、「多人種(multiracial)」としての権利擁護と承認を求める運動として登場した。多人種主義は、連邦政府の人種統計に「多人種」というカテゴリーを新たに追加することを求めたが、連邦政府との折衝の末、新規カテゴリーの追加ではなく、既存のカテゴリーを複数選択することを可能とする制度が導入された。先行研究においては、多人種主義は、1人の人間が1つの集団に帰属するという多文化主義的な前提を疑問視し、人種エスニシティの境界を曖昧化する運動であった点が強調される傾向がある(Hollinger 1995; Sexton 2008)。しかし、多人種主義を「反多文化主義」的な運動と考えてしまうと、かれらが「アイデンティティ」などの多文化主義の語彙を頻繁に用い、集団としての「承認」を求めていたという、多文化主義との複雑な関係を見落としてしまう。本報告では、人種統計改革に関与した多人種主義団体の活動と連邦政府側の対応を通して、多人種主義運動が同時代の多文化主義論争とその政策枠組に与えた複合的な影響を考察する。
2.方法  本報告は、多人種主義を掲げた団体資料と連邦政府文書資料を用い、1990年代の人種統計をめぐる議論のなかで、多人種主義団体の主張が、いかに「多人種」カテゴリーの新設から「複数選択」へと変化したかを論じる。
3.結果と結論  人種統計の改革をめぐる論争は、多文化主義をめぐって複数の政治勢力が錯綜した。連邦政府は、既存の制度的レガシーとの連続性を優先する傾向があった。黒人をはじめとする人種エスニック集団は、多人種主義は既存のマイノリティを分断させるものとして批判的な立場に立った。そして、反多文化主義的な保守政治家らは公民権政策を解体させる契機として多人種主義を支持した。このような複雑な政治状況下に置かれた多人種主義運動は、「一つの人種」の選択を強制する既存の人種統計を拒否しつつも、複雑な政治関係のなかで「複数選択」制度を現実的な妥協策として採用した。本報告は、「複数選択」の現実的な妥協としての側面だけでなく、いくつかの積極的な側面として、多文化主義的な公民権改革への関心と医療情報のための人種統計の重要性という1990年代の同時代的な文脈を指摘し、その「複数選択」の採用が21世紀の多文化主義体制をどのように形作ったのかを議論する。


ホスト社会沖縄と日系人

〇沖縄国際大学 崎濱 佳代
琉球大学 鈴木 規之

1.目的 本研究の目的は、南米系日系人を受け入れるホスト社会としての沖縄社会が南米系日系人の持つ架橋性をどのように位置づけ、どのように受け入れているのかを、文化資本に基づくネットワーキングの視点から精査・分析し、架橋的な社会関係資本が結束的な社会を変えていくプロセスを明らかにすることを目的とする。
2.方法 ホスト社会の側からのコミットメントを、実際にラテン文化に親しんでいる個人へのインタビュー調査を通して、ミクロの面から分析・考察する。本報告では、2019年度に行った、実際にラテン文化(サルサダンス)に親しんでいる個人へのインタビュー調査の成果を報告する。 ①調査の内容 サルサダンスの学習者に、異文化の学習を通じて得られるネットワークと、意識や行動の変化についての質的調査を行ったものである。 ②調査の範囲/対象 調査対象者は、南米系日系人の講師が主宰するサルサダンス教室の生徒を中心とした15人である。 ③主な調査項目 1)回答者本人についての項目、2)ダンスのネットワークについて、3)ラテン文化、南米系日系人、外国人への意識・行動の変化について、4)自分自身の変化について ④データ収集の方法 半構造化インタビューを行った。
3.結果  調査の成果として、異文化学習者は年収や家族構成にかかわらず仕事や家庭以外の空間を多く求めていることが明らかになった。  また、ダンス教室の生徒やバンドのメンバーとして対等で互恵的な関係を結んでいることが明らかになった。ダンス・音楽の「出会い」から協働的活動を経て、高次的な活動へと繋げる信頼関係を築いていると言える。 さらに、「自分自身の変化について」の調査結果から、異文化学習活動を通じて日常的に異文化に触れることで、自身や他者に対して何かしらの変化や効果をもたらしていることが分かった。  対象者を通じて新たにラテン文化に興味を持つ人もいる。ラテン系の趣味を持つ対象者を通じて、興味がなかった人でも比較的足を運びやすいラテン系の料理を食べにいったり、サルサバーに行ったりなど、その周りの人が異文化について知るきっかけにつながっている。
4.結論  2019年度の調査成果からは、ミクロレベルの沖縄社会において、南米系日系人と彼らのもたらすラテン文化がどのように受け止められているかが明らかになった。  対象者は、レッスンやイベント出演で得られる交流や資質を高く評価しており、サルサダンス以外のラテン文化へも関心が広がる様子が見て取れた。また、レッスンの場を共有することで、緩やかな助け合い(情報共有や、軽い相談など)のネットワークを築いており、そのなかで、南米系日系人の講師を自然とサポートしている他、他の外国人住民へも親切に振る舞うようになったとの回答もみられた。また、ダンス以外でのネットワーク(職場、家族、地元の友人など)の中で、ラテン文化や日系人の話題を提供したり、国際交流イベントに誘うなど、沖縄社会と南米系日系人との架け橋として振る舞うことも少なくない。サルサダンスという文化資本がホスト社会と南米系日系人を含む外国人住民との間を架橋する機能を果たしているといえる。
本調査研究は、科研費プロジェクト(18K01998 基盤(C)「ホスト社会沖縄と日系人―ラテン文化資本の架橋性―」)の調査の一環である。


日本人の他国民に対する文化的類似性認知

東京大学 永吉 希久子

【目的】諸外国における排外意識研究では自集団の文化が主流文化としての地位を失うという象徴的脅威が排外意識の主要な源泉となること,そのため相手集団との文化的距離の大きい場合に,排外意識が強まることが指摘されてきた.しかし,日本では中国,韓国という近隣諸国出身者に対して強い排外意識が向けられており,文化的脅威仮説が妥当するのかには議論の余地がある.そこで本報告では2017年に実施された社会意識調査データを用い,日本人が他国民との文化的距離をどのように認識しており,またその認識が何によって規定されるのかを検証する.  他集団との文化的距離の認識は,集団間の境界をどのように認識するかという「象徴的境界」の理論から説明される(Lamount and Molnár 2002).集団間の象徴的境界の引かれ方には,個人がアクセス可能な,制度化された文化的レパートリーが影響する.排外意識を考える上では,その社会に流通する国民の境界の在り方が重要となる.先行研究によれば,移民が少なく,移民統合についてのまとまった議論が行われていない国では,人種や宗教といった境界が用いられやすい.日本がこの特徴に妥当するのであれば,中国人や韓国人がより外集団とみなされやすくなるとはいえない.他方で,日本では発展段階にもとづき,アジア諸国を下に見る世界認知が行われていることも指摘されている(我妻・米山 1967; 小坂井 1996; 田辺 2003).この場合,東アジア出身者との類似性が小さく認知され,こうした国の人たちに対して否定的になる可能性もある.  以上の観点から,国民の境界の引かれ方,すなわち民族的要素を重視しているのか,市民的要素を重視しているのかによって,他国民との類似性認識がどのように変化するのかを検証した.
【方法】分析には2017年に実施された「国際化と市民の政治参加に関する世論調査2017」データを用いた.対象者は全国から層化無作為抽出によって選ばれた,日本国籍をもつ18歳から79歳の男女である.この調査では他国民との類似性認識について,「あなたは,一般的に言って以下の(ア)~(オ)の人たちの国民性は,日本人の国民性と似ていると思いますか.それぞれの国の出身の人たちについて,あなたの考えにもっとも近い番号に〇をつけてください.」という質問で尋ねている.この質問への回答を従属変数としたマルチレベル分析を用いて,国民の定義についての認識の効果を検証した.
【結果】国民性の類似性認識の分布をみると,全体的に類似性の認識の程度は低く,特に中国人や韓国人とは似ていないと思う人が多い.つまり,東アジア諸国の国民に対しては強い排外意識がもたれるだけでなく,文化的な距離も大きいと考えられている.また,国民の定義との関連をマルチレベル分析によって検証した結果,国民の定義として民族的要素や民族文化的要素を重視する人ほど,中国人,韓国人との類似性を高く認識するのに対し,市民的要素を重視する人ほど低く認識していた.
【結論】本報告の分析結果は,市民的要素を重視する寛容な国民観が他方では,そうした「民主的な価値観」に至っていないとみなした国の国民への否定的態度を強めている可能性を示唆している.


歴史・社会史・生活史(1)


長野県小海町親沢人形三番叟における無時間性の継承

〇聖学院大学 横山 寿世理
神奈川大学 牧野 修也

【1.目的】  長野県小海町親沢集落に300年以上伝承される「人形三番叟(さんばそう)」は、毎年4月に親沢諏方神社に奉納される伝統的な芸能である。本報告では、この人形の舞台において変わらず継承されている時間間隔を「無時間性」として明らかにすることを目的とする。ここで言う「無時間性」とは、アルヴァックスが提唱した「集合的記憶」を構成する「時間的枠」を変わらず継承することだと考えている。  またアルヴァックスの「集合的記憶(理)論」における伝統継承の議論に定位しつつ、「親沢人形三番叟」に見られる「無時間性」を通して、この伝統芸能が「集合的記憶」として継承されていることを実証したい。「集合的記憶」は過去の出来事を他者の記憶を頼りにしながら再構成するので、過去がそのまま継承されることには馴染みにくいように思われる。しかし、本報告ではその伝統継承の議論を参照することになる。したがって、本報告は、「親沢人形三番叟」において、「時間的枠」の不変性によって、集合的記憶が継承されている実態を明らかにすることになる。

【2.調査方法と分析】  この「親沢人形三番叟」とは、人形方4名と囃子方8名の合計12名からなる役者たちが、7年に一度親沢集落内に住む別の人びとと交代することよって受け継がれてきた。「弟子」で役者を受け継いだ後7年間は「親方」として指導を行い、さらにその後7年間は「おじっつぁ」として指導にあたる。一度役者になると、計21年間「人形三番叟」に関わることになる。  人形は全部で三体あり、「大神宮(翁)」と村娘「千代」は役者が一人で操るが、村人「丈」は上半身と足を別々の役者が操る。いずれも囃子に合わせて舞う場面もあれば、人形の舞を囃子が追うこともあるが、7年かけて舞は「神の域」へと完成されていく。  そこで、本報告の調査として、役者の世代交代を挟んで前後5年に渡り継続して、この舞台を録画・観察させていただき、世代別の芸能舞台のスピード、時間間隔について映像を比較する方法によって調査を進めた。実際には、親方世代の舞台の完成を意味する7年目(もしくは6年目)と、その弟子世代の舞台3年目(もしくは2年目)の舞台の映像を、特に「大神宮」の場面ごとに切り取って比較することで分析を行った。
【3.結果】  その分析結果として、「親沢人形三番叟」のいくつかの場面において、人形や囃子が生み出す時間間隔の「同時性」を確認することができた。その「同時性」は、親方と弟子との二世代間において継承されていることになる。親方世代は、弟子世代の舞台が「速すぎる」と口にしていたが、当事者たちの実感とは異なり、本番の舞台では前の世代から着実に引き継がれていることを示すことになる。
【4.結論】  アルヴァックス集合的記憶論は、学説・実証研究において深められる一定の傾向があるが、このような調査結果を踏まえて、役者が入れ替わる集団において伝承される「時間的枠」の「無時間性」から、集合的記憶の継承可能性を示したい。言い換えると、報告者らは、このことが伝統芸能における集合的記憶の保存や継承を意味していると考えている。


遊覧バス・参宮バス・観光バス

東京福祉大学 長谷川 司

【1.目的】  本研究は、宮崎市さらには宮崎県内の観光地形成に深い関係を持つ定期観光バスについて考察するものである。本報告では、1931年から1950年代の宮崎における定期観光バスについて記述し分析する。戦前と戦後それぞれを代表する観光地として宮崎地域は位置づけられてきた(白幡1996)。日中戦争期の聖蹟観光地としての宮崎(ルオフ2010)、あるいは戦後の新婚旅行先としての宮崎(森津2015)についての先行研究がある。その一方で、戦前から戦後への変容過程については十分に検討されてこなかった。また、観光史においては地元バス会社、宮崎交通の果たした役割が強調されてきたものの、具体的に考察されてきたとは言い難い。そこで本研究では、先行研究の成果を踏まえつつ、昭和戦前から戦後にかけての宮崎観光とりわけ定期観光バスの歴史に焦点を当てた。
【2.方法】  宮崎交通の定期観光バスは、宮崎バス時代の1931年から現在までつづく。社史(宮崎交通編1997)に若干の記述はあるものの、定期観光バスについては不明な点も多かった。そこで、宮崎県内において資料調査を行ない、創業者岩切章太郎の回想録、宮崎交通社の社報、社史資料、新聞雑誌記事を収集した。さらに、観光パンフレットや絵はがき、SPレコードなどの資料についても総合的な調査を行った。
【3.結果】  1931年11月に宮崎バスが始めた宮崎名所遊覧バスは、宮崎市内大淀駅前から宮崎神宮、天神山公園、生目神社、青島をまわった。とりわけ遊覧バスガールの案内説明ぶりは受け、1933年の祖国日向産業博覧会、1934年の神武天皇御東遷二千六百年記念祭において宮崎の遊覧バスは定評を得た。やがて1937年頃には、宮崎参宮バスに名称を変え戦時期に運行を続けるも1943年には休止した。遊覧バス/参宮バスが「観光バス」として再開されたのは戦後1950年3月のことであった。日中戦争を背景に、建国神話にまつわる聖地は観光地としても脚光を浴びた。宮崎県地域も神武天皇ゆかりの聖蹟観光地としてブームの様相を呈した。遊覧バスは「参宮バス」としてその隆盛を迎える。それまでのコースは、鵜戸神宮にまで延伸された。青島−鵜戸神宮間の海岸沿線では植樹による修景が行われ、遊園地子供の国や小弥太郎サボテン林が整備されていく。こうした聖蹟観光ブーム期の沿道開発が戦後の宮崎観光の基盤となる。そして戦後1950年には、遊覧バス/参宮バスは「観光バス」として再開された。かつての参宮バスコースの青島−鵜戸神宮間は、日南海岸ロードパークの中心を形成していく。
【4.結論】  宮崎の観光史をさかのぼれば、宮崎名所遊覧バスに行き着く。点在した名所旧跡はバスのコースによって結ばれ線となり、この線に沿い宮崎の観光地化は進んだ。戦前から戦後へ、社会状況に合わせ、遊覧バスは、参宮バス、観光バスへと変容を遂げたが、コースの骨格は一貫していた。ここには観光事業者や地方社会のしたたかさだけではなく、少なく限られた資源と選択肢の中で形成されてきた、宮崎観光の基本的な特徴が見られる。
<文献> 白幡洋三郎、1996、『旅行ノススメ』中公新書 ケネス・ルオフ、2010、『紀元二千六百年』木村剛久訳、朝日新聞出版 森津千尋、2012、「メディアに描かれる「南国宮崎」」『日本の地域社会とメディア』関西大学経済・政治研究所、pp.29-46 宮崎交通編、1997、『宮崎交通七十年史』


戦前期における「サラリーマン」とは何者だったのか

慶應義塾大学大学院 谷原 吏

1.目的  本報告の目的は、戦前期における職員層の複眼的な理解を提示することである。既存研究は、戦間期において経済状況に生活を翻弄されるしがない「サラリーマン」を記述してきた。しかし一方で職員層は、知識人の矜持をもって読書をする読書階級であり、ファッションに気を遣う消費者でもあった。本報告では、こうした職員層の三面性がいかにして成立しているのかを探究する。  戦後日本社会においては、「サラリーマン」という主体が成人男性を典型的に表す社会的イメージとなる。彼らは認識され始めた当初、どのような存在であったのか。こうしたことを問うことにより、近代日本社会における大衆社会形成過程のより豊かな理解につながるだろう。
2.方法  戦前の職員層を対象とした現代及び同時代の研究を整理する。加えて、戦前期における職員層を対象とした雑誌『実業之日本』、『新青年』及び『サラリーマン』等を傍証資料として使用する。
3.結果  第一次世界大戦期の物価騰貴、戦後不況、昭和恐慌等の時期において、生計難や失業不安に苦しむ存在として、「サラリーマン」は哀れみを込めてメディア上で語られるようになった(鹿島 2018)。加えてこの時期は、中高等教育卒業者が大幅に増加していったため、職員層の社会的地位や就業環境は一層悪化していった(Kinmonth 1981=1995)。しかし一方で、彼らは中高等教育を受けたエリートであった。彼らは知識人としての矜持を保つために、総合雑誌を読み、円本全集を通して古今東西の名著を読むなど、知的な読書を行っていた(永嶺 2001)。さらに彼らは、その社会的地位を維持し、下の階層との差異化を図るために、西洋的理想像としての「紳士」であろうとし、洋服に気を遣った(神野 2015)。デパートの大衆化に伴い大正後期において花開いていく消費文化の担い手であったのである。
4.結論  職員層は、「知識」及び「消費」が大衆化していく中で、その過程の担い手でありながら、労働者層や農民層との差異化を図ろうとする主体でもあった。こうした双方向のベクトルが交差する点において、一見矛盾する職員層の三面性―「サラリーマン」「知識人」「消費者」―が立ち現れると考えられる。職員層は、中高等教育を受けたという矜持、肉体労働をしていないという矜持を持つがゆえに、それにふさわしい生活をしようとした。大正末期になると、円本という読書装置が古典的教養へのアクセスを容易にし、デパートの大衆化が消費へのアクセスを容易にした。職員層はこれらの大衆化装置を差異化のために活用した。こうした事情が相まって、職員層は「サラリーマン」であるけれども、「知識人」であり、「消費者」たり得たのである。
文献 神野由紀, 2015『百貨店で〈趣味〉を買う―大衆消費文化の近代』吉川弘文館 鹿島あゆこ, 2018「『時事漫画』にみる「サラリーマン」の誕生」『フォーラム現代社会学』(17):78-92 Kinmonth, Earl H. 1981=1995, The Self-made Man in Meiji Japanese Thought: From Samurai to Salary Man,(広田照幸ほか訳『立身出世の社会史―サムライからサラリーマンへ』玉川大学出版部) 永嶺重敏, 2001『モダン都市の読書空間』日本エディタースクール出版部


腕時計とランニングの大衆化の社会学的意義

成城大学 新倉 貴仁

【1.目的】  本報告の目的は、1970年代から1980年代にかけてのランニング文化の歴史社会学的研究を通じて、日本社会における消費社会化、情報社会化を再考することにある。 1964年の東京オリンピック当時、英雄的な競技とみなされていたマラソンは、1970年代以降、市民のスポーツとなっていった。背景にあるのは、消費社会化にともなう生活習慣の悪化がひきおこす健康への意識の増大である。同時に、この変化は、クオーツ式腕時計、デジタル腕時計の登場と共振し、なによりもかつての機械時計をはるかに超える精度をもった時間の社会への導入と並行している。本報告では、時計と時間の精密化に着目し、ランニング文化を消費社会化、情報社会化の重要な現象として、その社会学的意義を考察する。
【2.方法】  近代産業社会がこれまでとは異なる時間によって営まれていることについては、数多くの論者が論じてきた(見田 1981; 角山 1984)。だが、産業資本主義と「均質で空虚な時間」が関連づけられることで、1960年代に生じた時間と時計の変容の意義は十分に論じられていないように思える。他方で、スポーツと計時についての議論も数多くあるが、競技への注目が中心であり、それが大衆化していく局面については十分な関心が払われていない(森 1993; 織田 2013)。  本報告では、1976年に創刊した雑誌『ランナーズ』を資料として、腕時計、健康、情報化、高精度の時間が、どのように当時のランニング文化を構成していったのか追跡していく。  
【3.結果】 以上の歴史研究を通じて明らかになったことは、第一に、1970年代のランニング文化がその草創期から「健康」という主題をもち、心拍や脈拍の計測器具の宣伝をともなっていたことである。第二に、腕時計やストップウォッチなどの器具が発達すると同時に、早い段階から心拍や脈拍の計測の機能が組み込まれていった。第三に、電子計算機とプリンターを通じて大会の運営とランナーの記録を結合するシステム化が進んでいく。そして第四に、高精度の時間は、記録以上にシューズやウェアといった道具の開発において重要な意味をもつことになる。 同時期の広告表現のなかに、経営に関する語彙が頻繁に登場するように、自らのパフォーマンスを記録し、自らの身体を制御する実践がランニング文化の一部をなしていた。
【4.結論】  ストップウォッチを用いて身体のパフォーマンスを測定することは、近代陸上競技のはじまりであると同時に、テイラーの科学的管理法の特徴でもあった。クオーツ式腕時計やデジタル式腕時計を携行しランニングするランナーたちは、自らを規律する主体のように思える。だが、超高精度の時間とネットワーク化を通じて、ランナーたちはむしろ自己の身体の経営を行っている。このような自己を経営する主体の存在は、これまでの消費社会論や情報社会論がとりくむべき主題である。
文献 織田一朗、2013『「世界最速の男」をとらえろ!』草思社 真木悠介、1981『時間の比較社会学』岩波現代文庫 森彰英、1993『スポーツ計時1000分の1秒物語』講談社 角山栄、1984『時計の社会史』中公新書


近代「遷移地帯」から現代「再開発地区」への移行

早稲田大学 武田 尚子

1 目的  本報告の関心は、20世紀前半「都市化」期の「条件不良地区」が、どのような移行プロセスを経て、21世紀「再都市化」期の「再開発地区」に変容していったのか、その変容過程を明らかにする点にある。  近代都市では中心市街地に隣接して、老朽化した「条件不良地区」が併存し、シカゴ学派はこれを「遷移地帯」という概念でとらえた。同心円地帯理論は中心市街地が拡大することによって、「条件不良地区」は変化すると想定した。しかし、実際に「条件不良地区」がどのように変化していったのか、変容プロセスが追跡されているわけではない。また、都市固有の条件によって変化のプロセスは異なったと推測される。  「不良条件」には、地形的・空間的要因なども関わっていたと考えられ、そのような不良条件は時間が推移したからといって解消するわけではない。現代に中心地区の再開発は進んだが、隣接した「条件不良地区」は取り残され、不良条件が累積する場合もある。近代から現代にかけて、不良要因の解消プロセスを分析することは、現代の都市空間構造の特徴について理解を深めることに資すると思われる。
2 方法  本報告は、イギリス中東部の都市ヨークを取り上げ、20世紀初頭のスラム地区がどのように改善され、都市再開発の対象区域になったのか、そのプロセスを明らかにする。具体的に取り上げる地区は、1899~1901年にB.S.ロウントリーがヨークで実施した貧困調査で、スラムとして言及されたハンゲイト地区である。ヨーク市公文書館所蔵資料、ヨーク市衛生局調査資料などのアーカイブ資料に基づき、スラム改善のプロセスを分析・考察する。ハンゲイト地区は現在、高層住宅が建ち並ぶ再開発地区になっている。
3 マクロな住宅政策とミクロな都市貧困地区改善 ヨークにおいて、スラム改善の出発点になったのは1906-08年に実施された「ヨーク市衛生局調査」である。ハンゲイトの全戸対象に衛生調査が実施され、不良住宅が洗い出され、改善計画が策定された。散発的な改善は行われたが、全域におよぶ包括的な改善は実現しないまま、第一次大戦に至った。戦後に「住宅・都市計画法(アディソン法)」が施行されたが、1920年代はミドルクラス向けの住宅供給が主流であった。  転機は第二次マクドナルド労働党政権下の1930年改正の「住宅法(グリーンウッド法)」である。これをうけてヨーク市衛生局は不良住宅調査を実施、改善命令を出した。このような対応のさなか、1933年春に洪水が発生し、対象区域は浸水した。ヨークのスラムは河川沿岸にあり、標高が低く、頻繁に浸水する地区であった。洪水を契機に、市当局はスラムクリアランスの方針を出し、土地収用(買い上げ)の準備を進めた。立ち退き対象者には公営住宅を斡旋した。  スラムクリアランス後、土地は市の公有地になった。中心部の隣接した区域に一定規模の公有地があることは有用で、現代都市開発期に再開発の対象になった。以上のように近代都市スラム地区の改善が実際に進捗するには、マクロレベルの住宅政策が確立することが重要であった。また、地形的要因による頻繁な浸水発生という不良条件を克服するには完全なスラム撤去しか方法がなかったが、これが再開発用の土地の確保につながっていったのである。


貫戦期と女性のライフコースの変容

京都大学 岩井 八郎

1.目的:本報告は、戦時期から戦後にまたがる日本人女性の学歴別の経歴の変化を「貫戦(transwar)」 という観点から検討することを目的としている。日本社会にとって、戦争と敗戦が物的にも人的にも甚大な損失をもたらし、占領と戦後改革が新たな出発となった点は明白だが、戦後社会の源流・原型は1920年代に始まり、戦時体制の中で形成されたとする研究が蓄積されてきた。「貫戦」という概念は1980年代以降、英米圏の日本研究者の間で用いられており、1930年代から1950年代にかけての戦争と復興の時代に生じた政治・経済・文化の変化のプロセスやダイナミズムを継続という面から描く点に特徴がある。 この観点から女性の教育や就業のトレンドをみると、戦時体制下の1940年代前半に生じた大きな変化を確認できる。女性の中等教育在学率は、1930年29.3%、40年40.4%、47年59.2%と大幅に上昇した。高等教育在籍者も、割合としては小さいが、45年に35年の3.8倍になっていた。また全有業人口に占める女性割合は、1930年の36%から40年に39%、44年に42%へと上昇した。とくに産業別の女性就業者数に着目すると、製造業のなかで、機械器具工業は1940年の22万5千人から44年に78万7千人に大幅に増加するが、紡績工業は40年の104万4千人から44年に57万人に激減していた。戦時体制下で女子労働の特性が変貌したことから、女子の労務管理論や現状の調査報告などが相次いで出版されている。ジャーナリストの清沢洌は43年11月23日の日記に「婦人の労働者、男子に代わる。日本婦人への革命だ」と書いていた。しかし女子労働力需要は、同時に出生力や性別役割への影響に対する懸念を高めることになり、家族保護と出生力維持のために扶養家族控除や家族手当などの施策も打ち出されていた。
2.方法:本報告は、1983年に雇用職業総合研究所が実施した「職業経歴と職歴調査(第2回女子調査)」の職業経歴データを出生コーホート別、学歴別に再構成して、戦時期の経歴への影響を検討する。この調査データは、全国の25歳から69歳を対象としており、1913年出生から1957年出生が含まれている。本報告は1913-20年出生(208ケース)、1921-25年出生(203ケース)、1926-30年出生(255ケース)の3つの出生コーホートに焦点を当て、職業経歴データから学歴別に年齢ごとの職業的地位の推移を再構成する。
3.結果:21-25年出生は20歳時点が1940年代前半に対応するため、3つのコーホートの中で戦時体制の影響を最も強く受けていると考えられる。旧中等教育(高等女・実業・師範)卒について、3つの出生コーホートの20歳の正規就業率を比較してみると、13-20年出生では25%であるが、21-25年出生は46%に上昇し、26-30年出生では26%に低下している。さらに年齢に伴う推移を辿ると、21-25年出生の場合、終戦後の25歳までに正規就業率は大きく低下する。
4.結論:高度成長期に20歳前半の女性の就業率が上昇し、それが20歳代後半に低下するという人生パターンが広く定着したことはよく知られている。本報告の分析結果は、その特徴が戦時体制下において1921-25年の中等教育卒の女性にあらわれていた点を示している。


テーマセッション(1)


ANTは「何」として応用されるのか

慶應義塾大学大学院 谷口 祐人

1.目的 ラトゥールの『社会的なものを組み直す』においてもっとも興味深いのは「aアリ/ANTであることの難しさについて」というタイトルのつけられた幕間劇である。この章においてラトゥールはANTを自分の研究をまとめるための理論枠組みで用いたいと相談にきた学生に対してまるでソクラテスのようにのらりくらりとANTを活用したいという学生の熱い想いを相対化していき、最終的にその学生を行き詰まり(アポリア)に追い込んでいく。しかし、この幕間劇にこそ「ANTの可能性と応用」という今回のセッションテーマを考える上で重要なエッセンスが含まれていると考える。そこで、本報告ではこの幕間劇を題材にして「ANTは『何』に応用されるのか」について検討していきたい。
2.方法 以上のテーマを検討するにあたって、もちろん「幕間劇」を議論の舞台の中心に戻しつつも、ラトゥールの「科学-学問観」とそこから導き出される「方法論」に注目する。その際に、アリストテレスの提示する「ヘクシス」やプラグマティズムの科学-学問観やホワイトヘッドの哲学もまた同時に参照すべきものとして提示する。
3.結果 ラトゥールは「従来の社会学」(とくに批判的社会学)について執拗にその学問的方法論的態度を議論の遡上に載せている。簡単に言ってしまえば、批判的社会学は「不在によって現前を説明する」ような態度をとる。例えば、それは「構造」という概念などである。ある「構造」が前提にされた上で、ある行為を説明するために社会学者にしかわからない「構造」を持ち出す。すなわち、「行為という現前は構造という不在」によって説明されるのだ。その「不在」をとらえるために精緻な理論的枠組みが採用され、一般人にはみえない世界が論文というエクリチュールの中に現れてくる。ラトゥールはこのような態度を説明すべきものと説明されるべきものを混同していると非難する。そのため、ラトゥールはANTをある事象を説明するための「理論的枠組み」として用いようと相談にやってきた学生に対して執拗にANTが理論的枠組みとして「使えない」ことを提示し続ける。
4.結論 結論としては、「物事を『説明』するための理論的枠組みとしてはANTは使えない、しかし、世界ないし社会に向き合う際の学問的方法論的『態度』としてはANTは大いに有効である」ということを主張する。ANTは存在論的な次元においてカント的な二世界論を採用せず、あらゆるものが一つの世界においてからまりあう関係論的な世界観を採用している。その世界の中で安定的な振る舞いをみせるものは「構造」ではなく「いい組み合わせ」と呼ばれるものになる。 こうした「科学-学問観」から導かれる方法論もまた徹頭徹尾観察者の内在性が強調される。そして、社会学者がやるべきことはその絡まりあった世界の中で諸事物(人間も非人間も含めた)の絡み合いを辿ることを主張する。そしてそうした実践は現実をある理論枠組みによってクリアにカットできないがために、失敗と隣り合わせである。私たちもまた「素粒子の観察」に失敗し続ける観察を主軸に据える自然科学のように、私たちもまた「思い通りにならい」現実の前でたじろぎながらも、安易に物事を「説明」しようとするのではなく、「事物の連関」をなるべく丁寧におっていくことが求めれているのかもしれない。


アクターネットワーク理論とオブジェクト指向存在論

東京大学大学院 金 信行

1. 目的  本報告の目的は、非人間のエージェンシーをめぐる議論の文脈を念頭に、その古典的地位にあるアクターネットワーク理論(ANT)と近年注目が集まっているオブジェクト指向存在論(OOO)をとりあげ、両者の比較を通じてANTの意義を検討することにある。近年の人文学/社会科学では、科学技術を用いた人類の活動が地球環境に決定的な影響を与える人新世期の到来を背景として、脱人間中心主義的アプローチ(Knapett and Malafourious 2008)、ポストヒューマン論(Braidotti 2013)、遂行性アプローチなど(MacKenzie 2006)、非人間のエージェンシーを主題化した様々なアプローチが提起されている。これらのアプローチに関しては、注目の高まりに起因して概念的整理やレビューが積極的に行われてきたが、事例分析の枠組みとしての理論検討は十分に行われてこなかった(cf. Kim 2019; 金 2020)。本報告は、ANTとOOOの理論内容と事例記述を比較することで、ANTの経験的研究への応用可能性を検討する。
2. 方法  本報告は、ANTとOOOの理論と事例記述に着目し、両者の比較検討を行った。具体的には、ANTに関してはブリュノ・ラトゥールによるノーベル生理学・医学賞受賞者であるロジェ・ギルマンの神経内分泌学ラボのエスノグラフィー(Latour and Woolgar [1979] 1986)やジョン・ローによる英国で1950年代から1960年代にかけて推進され中止に追い込まれた戦闘機開発プロジェクトであるTSR-2計画のエスノグラフィーを(Law 2002)、OOOに関してはグレアム・ハーマンによるオランダ東インド会社の拡大過程に関する事例記述を検討材料とした(Harman 2016)。
3. 結果  検討の中間結果は以下の通りとなる。 • ANTは現象に関係するあらゆる存在者や関係を等しく対称的に扱うが、OOOはこれに関して非対称性を重視し、現象において重要なアクターや関係をそうでないものと弁別する。
4. 結論  以上の分析から、ANTとOOOに関して事例分析の理論枠組みとしての特徴を再解釈することができ、経験的研究への応用可能性の検討が可能となる。
文献 Braidotti, Rosi, 2013, The Posthuman, London: Polity Press. Harman, Graham, 2016, Immaterialism: Objects and Social Theory, London: Polity Press. Knappett, Carl and Lambros Malafourious eds., 2008, Material Agency: Towards a Non-Anthropocentric Approach, London: Springer. Latour, Bruno, and Steve Woolgar, [1979] 1986, Laboratory life: The Construction of Scientific Facts, Princeton, NJ: Princeton University Press. Law, John, 2002, Aircraft Stories: Decentering the Object in Technoscience, Durham: Duke University Press. MacKenzie, D., 2006, An Engine, Not a Camera: How Financial Models Shape Markets, Cambridge, MA: The MIT Press. Kim, Shinhaeng Nobuyuki, 2019, “On “infra-theory” or “infra-language”: A clarification of Actor–Network Theory via Bruno Latour’s case studies,” Journal of Asian Sociology, 48(3): 359-375. 金信行,2020,「遂行性アプローチと価値評価研究——ドナルド・マッケンジーの5概念の展開可能性」『日本情報経営学会誌』,40(1・2): 149-160.


アクターネットワーク理論とエコロジー

早稲田大学 栗原 亘

【目的】  本報告の目的は、アクターネットワーク理論(ANT)が採用する脱人間中心的なアプローチが、「エコロジー」という主題に対しどのような意味・仕方で実践的な貢献を果たしうるのかを、「エコロジー」を論ずる他の脱人間中心的アプローチとの比較検討を通して提示することにある。また、それと同時に、ANT的なアプローチを今後さらに洗練していくうえで補われなければならない論点を明示することも目指す。
【方法】  本報告では、ANT論者のなかでも、特にB. ラトゥールの議論を取り上げる。彼が提起する脱人間中心的なポリティクスのアイディア(「モノたちの議会」「科学の民主化」等)の要点を明示化した上で、彼の言う真の意味での「政治的エコロジー」なるものがいかなる射程と意義を有しているのかについて確認する。そうする際に、本報告では、ラトゥールないしANTに対して投げかけられてきた、他の脱人間中心的アプローチを採用する論者からの諸批判、とくにポリティカル・エコロジー(PE)の潮流に属する論者たちからの諸批判を取り上げる。PE自体、多様な立場を内包する潮流である。なかにはANTの知見を積極的に取り入れている議論もある。しかし他方で、ANTに対して批判的な議論も根強く存在してきた。たとえば一部のPE論者たちは、ANT的な記述はあまりに微細な事象にこだわるがゆえに構造的な問題やグローバルな問題に取り組むことができないと論難する。またある論者は、ラトゥールがANT的な観点から提起している「政治的エコロジー」のヴィジョンは、過度に抽象的であり実効性に欠けるとして批判する。  本報告は、こうした他の脱人間中心的アプローチからの批判を踏まえながら、ANTの脱人間中心的アプローチが、エコロジーという主題において、いかなる射程と実践的意義をもちうるのかを検討する。また、同時に、さらにそれを洗練していくうえでは、何が必要とされるかについて考察する。
【結果】  ラトゥールが提示するヴィジョンは、確かに、構造的な問題やグローバルな問題に対する「即効性」を期待できるものではない。だが、それらの「根治」を目指す上ではむしろ不可欠なものである。ラトゥールが提起する、人間と非人間との関係を一から問い直し、組み直していこうとする気の長い政治的エコロジーのヴィジョンは、相次ぐ「環境問題」を前に「速さ」が追求されがちな時代にあって、むしろその意義を強調されるべきである。それは、昨今「レジリエンス」などの言葉のもとで論じられている、ある種の「強度」をもった「社会」(集合体)を具体的に構想・構成していく上でも必要不可欠な観点である。対処療法的なポリティクスはもちろん必要であるが、それと同時にANT的な方向性も追求されていくべきなのである。
【結論】  エコロジーという主題に取り組むうえで、ANT的な脱人間中心的アプローチは、他のアプローチと同時に追求されることで重要な役割を果たしうる。しかし、このことを踏まえた上で、今後さらにその実効性を高めていくためには、以下の点については補足していく必要がある。①人間の知という主題を脱人間中心的な観点のなかに位置づけなおすという作業、そして②異種混成的なネットワークという微視的な観点を採用しつつも、より時間的・空間的に広い視野を獲得していく作業などである。


統治性研究におけるアクターネットワーク理論の影響

神戸松蔭女子学院大学 西川 純司

【1. 目的】  統治性研究とアクターネットワーク理論(ANT)の近接性については、これまでにも議論が積み重ねられてきた(Kendall and Wickham 2004=2009; Latour 2007; Law 1999)。しかし、ANTを含む人類学や科学技術社会論(STS)の知見を踏まえたうえで、近年、統治性研究がさらに大きな進展をみせていることについては十分に検討されていない。そこで本報告では、こうした統治性研究の議論を整理し、それらに対するANTやSTSの影響を見定めることで、ANTの応用可能性について検討する。
【2. 方法】  フーコー後の統治性研究のテキストを対象にした理論的な検討を行う。
【3. 結果】  フーコー後の統治性研究は、早くからANTを参照しつつ、物質(モノ)に対して理論的射程を広げるとともに非還元的アプローチを構築してきた。たとえばFoucault and Political Reasonにおいて、ニコラス・ローズらは人間の生を条件づける都市の物質的側面(インフラストラクチャーなど)を政治的な分析の対象に取り入れてきた(Barry et al. eds. 1996)。  近年、たとえばトーマス・レムケがフーコーの議論から内在的に「モノの統治」という観点を導き出しているが(Lemke 2015)、統治性研究はこれまで以上に人類学やSTS・ANTの知見を積極的に受容している。クリスティン・アスダルは、ANTによってフーコーの生政治の議論を鍛え直し、動物をはじめとする多様な種の絡まり合いの中から生が生み出される「人間以上の政治」(more-than-human politics)を経験的に把捉しようと試みている(Asdal et al. eds. 2017)。また、フーコーの生権力論が生命と非生命という存在論的区別を前提としていることを批判し、今日の権力がそれらの区別をめぐって作動している様を捉えようとするエリザベス・ポヴィネッリの研究がある(Povinelli 2016)。これらは、人間の生の問題を人工物はもちろん、動物などの他の生命、さらには岩石や気候などの非生命との関係のなかで問い直す方向へと、統治性研究を拡張している。
【4. 結論】  このように、ANT(をはじめとする人類学やSTS)は、統治性研究がもつ理論的含意をより明確にするとともに新しい方向へと進展させていることが明らかになった。こうした影響は、統治性研究が気候変動や感染症などの今日的問題に取り組むうえで大きな意義をもつと考えられる。
【文献】 Asdal, Kristin, Tone Druglitro and Steve Hichliffe eds., 2017, Humans, Animals and Biopolitics: The more-than-human condition, London and New York: Routledge. Povinelli, Elizabeth, 2016, Geontologies: A Requiem to Late Liberalism, Durham and London: Duke University Press. Lemke, Thomas, 2015, “New Materialisms: Foucault and the ‘Government of Things’,” Theory, Culture & Society, 32(4):3-25.


公共空間デザインにおけるヒト・モノ・コト

大妻女子大学 牧野 智和

【1.目的】 コンパクトシティ、サスティナブルシティなど、今日の都市はこうしたさまざまな標語のもと、さらなる開発ないしは再生が目論まれている。ハーヴェイ(Harvey 2012=2013)は「われわれがどんな都市を望むのかという問いは、われわれがどんな人間になりたいのか」を表していると述べていたが、それを踏まえるならばこうした標語は、私たちが今日どのような人間になりたいのか、その希望のありかを示しているといえる。こうした「○○シティ」のほぼいずれにおいても共通する、都市(再)開発における要点がある。広場・街路・公園等を主とする公共空間である。本報告では、今日の公共空間デザインの分析を通して、そうした空間においてどのような人々のあり方が創出されようとしているのかを考察したい。
【2.方法】 公共空間のデザインには、その物理的な設計だけでなく、そこをどう運用するかというソフト・プログラムについての考慮や、設計・プログラムを特定の方向に導き規制する経済的(自治体財源の減少に伴う公共空間の有効利用意識の高まり)、法的(都市計画法の改正や、指定管理者制度の開始)諸条件が関わっている。こうした諸側面をそれぞれ個別に検討するというアプローチも可能だが、本報告では、人間と非人間はともに様態の異なる異種混交的な布置連関の効果としてそのアイデンティティやエージェンシーを得るとするアクターネットワーク理論(ANT)の立場を参照し(Callon and Law 1997=1999など)、いくつかの事例について、そのハイブリッドな絡み合いのなかで「人間」がいかに位置づけられているのかを検討してみたい。事例の析出にあたっては、国立国会図書館サーチおよびオンライン書店データベースにおいて抽出・選定された、「公共空間」「公共施設」「公共建築」「パブリックスペース」「広場」に関する資料281点の分析から、公共空間デザインの動向が端的に表現されていると考えられる数か所の事例のケーススタディを行う。
【3.結果】 ジェイコブズ(Jacobs 1961=2010)が言挙げし、ゲール(Gehl 2006=2011)がその後実装を試み続けた、人々のささやかなアクティビティを喚起する公共空間デザインが、2000年代以降日本国内でも意識的に導入されるようになっている。しかしこうした空間のデザインに留まらず、2000年代以降は公共空間におけるプログラムの考慮が、2010年代においてはこれまで公共空間とはみなされてこなかった空間のコンバージョン、それを担う持続可能なアクターの創出までもがデザインの営みに接続されるようになっており、ANTの枠組により当てはまりがよい状況になっている。
【4.結論】 2000年代以降の公共空間デザインは、これまでにない異種混交的な「集合体」および「主体性」の創出を伴うものだといえるが(ホー 2017)、このような展開は2020年のコロナウイルス禍によって断ち切られてしまったといえる。人々が公共空間で物理的に存在することで発生する各種アクティビティに焦点を定めた公共空間デザインの展開は、これ以降まったく異なる方向へ向かっていくことになるのか、それともこうした従来的な展開を取り戻す方向に向かうのか。今日以降についてはまた新たなアクターネットワークを描く必要があるだろう。


テーマセッション(4)


ポストコロナ(COVID-19)社会における人と伴侶動物(ペット)のニューノーマルな関係性の検討

ヤマザキ動物看護大学 新島 典子

【1.目的】  全世界で多数の罹患者や死者を出している新型コロナウイルス(以下、COVID-19)の感染拡大を受け、ポストコロナ社会における新たな生活様式、ニューノーマルのあり方が議論されている。近年さまざまな社会的背景から人との距離を縮めてきた伴侶動物(以下、ペット)と人との関係性にも、今後新たな社会的影響や変容が生じることだろう。飼育者の健康増進や人脈拡大に寄与しうるペットとの関係性の変容は、今後の飼育者自身の生活様式はもとより、周囲の他者を含めたコミュニティでの人間関係にも影響しうる。また、このようにペットを変数としてとらえる場合においても、ペットとの関係性を社会的構築物としてとらえる場合においても、「他者」としての動物(Irvine, 2014)への着目は、私たち自身が保持したい人間らしさの模索に繋がりうる点で、ニューノーマルの議論には少なからず影響することが考えられる。  そこで本研究では、ポストコロナ社会における人とペットのニューノーマルな関係性の検討に向けた試論として、ペットと人の関係性にCOVID-19禍がもたらしうる現在と今後の影響について意識調査を実施した。  ワクチンも特効薬も開発途上の未知なるウイルスへの感染不安から、無症状の人々も社会生活の自粛を余儀なくされ、幅広く生活や経済、将来への負の影響が予測される中、時を同じくして狂犬病による死者が日本国内で14年ぶりに報告され、人畜共通感染症の脅威が社会で再認識されている。過去には鳥インフルエンザの蔓延時、学校で飼育中の多くの鳥類が殺処分されるなど、動物由来のウイルス禍が生じる都度、人と動物の関係性に少なからぬ社会的影響が生じてきた経緯がある。  COVID-19も人畜共通感染症であり、生鮮市場で売買された動物が感染源とも報じられ、感染拡大への動物の関与が言及されている。さらには家庭で飼育中の犬や猫への感染事例、動物園のネコ科動物他への感染事例も報告されている。このような人畜共通感染症の脅威がペットとの関係性にもたらしうる社会的影響、そして社会不安をもたらしうる側面も分析し、あるべきニューノーマルの検討に繋げてゆきたいと考えている。
【2.方法】  2020年4月~6月、国内の獣医学部や動物看護学部所属の大学生342名を対象に、飼育の有無、飼育方法の変化、飼育時の困難や不安、今後の予測、飼育者の属性、人やペットへのCOVID-19の影響などに関する意識について、オンラインで質問紙調査を行った。特定警戒都道府県所在の2つの大学に所属する大学生を対象に調査目的他を説明し、研究協力に承諾を得られた対象者から回答を得た。
【3.結果】  自粛生活中の飼育者の在宅時間の変化に伴い、ペットとの接触時間が変わり、飼育方法も変化していた。ペットとの外出頻度、外出時の他者や他のペットとの交流頻度も変化していた。
【4.結論】 飼育者とペットとの社会的距離の保持、自粛解除後の再変化の影響、飼育者やペット感染時の対処などが特に不安視されており、対処法の検討や充実、関係性の再定義などが、ニューノーマルにむけて求められていることが示唆された。本研究は、発表者所属機関の研究倫理委員会の審査許諾を得て行われた。


「地域の馬」というコミュニティ・ハブ

麻布大学 齋藤 一樹

1 活動の経緯 麻布大学馬活研究会は、2018年に麻布大学で繋養している馬の世話や地域交流、障がい者乗馬の実施等を行いながら、外部団体で評価される人材を育成するということを目標に掲げ創設された。現在、引退競走馬のリトレーニングや馬を利用した介在活動やセラピーへの関心の高まりがみられる。
2 活動状況 活動状況は毎週土日及び祝祭日に本学で繋養している馬の運動や厩舎作業、障がい者乗馬会の補助行っている。また、運動や障がい者乗馬会等において馬の扱いを学ぶ事を目的として、乗馬クラブへ研修や外部団体が主催する講習会に頻繁に参加し馬に関することや障がい者乗馬の理解、高い水準の技術の取得を目指している。
 技術面だけではなく、地域交流の場として親子講座の実施や地域物産の販売会に参加する等、地域に馬の魅力や存在、障がい者乗馬を浸透させる為の活動を学生自ら立案、企画、実行している。
3 馬の有用性 馬の有用性については、現在では娯楽や愛玩、セラピーといった関わり方へと変遷している。動物介在活動や療育、療法の分野での有用性について大きく取り上げられたからである。
馬の有用性は、馬体に触れ合うことによる身体的機能の回復や向上、言語でコミュニケーションできないことや、ことによって、表情の読み取りや意思疎通のために創意工夫によるコミュニケーション能力の向上がもたらされることである。
4 今後の活動展開について この活動がより発展していくためには、この活動を支える専門家の力や財政面、団体の周知が必要である。そのために特にSNSでの情報の発信が必要である。
本学の敷地内には厩舎や馬場がある。厩舎や馬場には多くの来校者が立ち止まって馬達の様子や練習風景を眺め、写真に収めていく。かれらは馬を見ている観客である。犬の飼い主がペットに関して情報交換をするようなことはない。馬に寄せられてくる人々は純粋な馬に引き寄せられているのである。共通の関心に引き寄せられるということが新たなコミュニティを構築させる契機となっている。この事により、孤立・分断・歪みといった地域コミュニティのマイナス要因を、本活動のイベントを通して軽減することが出来ることが期待できる。
 本報告では、昨年麻布大学馬活研究会が主催した親子講座や老人ホームの入居者が本学の授業見学した際の対応、日常の馬場周辺の風景を中心に事例を報告する。”


〈野良猫〉の誕生

日本大学 木下 征彦

1.目的 本報告の目的は,社会的カテゴリーとしての〈野良猫〉に焦点を当てて地域社会における人と猫をめぐるコンフリクトを分析し,その問題構築過程を明らかにすることである.報告者は,一昨年度の報告において地域社会における人と猫をめぐるコンフリクトとして野良猫問題と地域猫活動を対象化し,そこに〈人と猫の関係性におけるコンフリクト(軋轢)〉と〈人と人の関係性におけるコンフリクト(葛藤)〉という二重の問題構造を見出した.また昨年度は,地域猫活動の理論的な課題を指摘しつつ,「地域のトラブルを減らす活動」として誕生した活動プログラムが「猫を救う活動」と混同されるなど,ゆらぎが生じつつある現状を報告した.以上の経緯をふまえつつ,本報告では〈野良猫〉に焦点を当てつつ,問題の二重構造と地域社会における人と猫の関係性をより動態的に捉え直す.
2.方法 いわゆる野良猫問題が地域社会において社会問題として構築される過程を分析する.手順として,まず(1)報告者が2010年から取り組んできた各地の事例研究で得たデータから,野良猫問題の客観的な特徴を記述・整理し,その発生条件の検討を行う.続いて(2)社会構築主義的アプローチを中心に理論的な分析枠組みを整備し,分析のための中心的な概念として〈野良猫〉を用いる.この概念は野良猫を生体としてではなく,社会的に構築されたカテゴリーとして捉えるものである.さらに,(3)人と動物の関係史などの先行研究および人と猫の関係を記した史資料等の検討を通じて,問題の中核に位置する〈野良猫〉がどのように社会的に認知されてきたか,その過程を分析する.
3.結果 (1)については,複数の野良猫問題の事例研究をつうじて,野良猫の生息頭数や糞尿被害などの客観的事実が必ずしも地域住民の問題認識に直結するものではないことがわかった.(2)このことから社会構築主義的アプローチによる分析が有効であり,中心的な概念である社会的カテゴリーとしての〈野良猫〉を地域コミュニティにおける人間関係から捉える視点を示した.(3)かつて野良猫への餌やり行為は地域のあたりまえの日常風景であり,野良猫は餌やり人の人間関係を介して近隣コミュニティに包摂された存在であった.地域社会の変化によって人と人の関係性が希薄化・断片化する中で人と猫の関係性も分断され,〈野良猫〉は正体不明のアウトサイダーとして認知・カテゴライズされて地域から排除されるようになった.その結果,〈野良猫〉が引き起こす〈人と猫の軋轢〉とそれをめぐる〈人と人の葛藤〉を近隣コミュニティ内部で解消することは困難となった。そうした結果,外部へのクレイム申し立てがなされ,〈野良猫〉をめぐる問題はより広い範囲で公共的な問題として認知・共有され,社会問題として構築されるに至った.
4.結論 コミュニティにおける人と人の関係性の変化や「共」領域の縮小によって,社会的カテゴリーとしての〈野良猫〉は誕生した.社会問題としての人と猫をめぐるコンフリクトは,地域社会の人間関係によって構築された問題であるといえる.したがって,問題解決過程としての地域猫活動の理論構築および理念と方法の再検討のためには,地域社会の人と人の関係性に重点を置きつつ,アウトサイダーとしてコミュニティから排除された〈野良猫〉を今一度,包摂するための方策を考える必要がある.


「猫島」というコミュニティ

学習院大学 遠藤 薫

1.目的  近年、「猫島」と呼ばれる離島に関心が寄せられている。「猫島」とは、人よりも猫の方が多いとさえいわれるような島で、猫たちは飼い猫と地域猫と野猫の境界線上で暮らしており、その様子が「癒し」となると評判になって、国内外から多くの観光客が訪れるようになったような島を指す一般名称である。「猫島」はなぜ「猫島」となったのか、「猫島」であるとはどのようなことなのか。本報告では、このような問いから始まって、現代の「猫島」コミュニティにおける諸問題についても検討する。
2.方法  社会学、民俗学、人類学などの先行文献をふまえつつ、地域史や産業史の視点から、地域間の相互交流ネットワークや空間の意味について考察を行った。また、「猫島」のフィールドワークも行った。また、現代社会思想においては、多様な「動物論」が、人間と社会、環境の問題に新たな光を当てようとしている。本稿ではこれらにもとづいて、分析を行う。
3.結果  「猫島」と呼ばれる島々は、必ずしも近年急に猫の集住によって知られることになったものではなく、歴史の堆積の中で、交通や文化、産業の結節点として機能してきた場所であった。「猫」はそのような空間の象徴であると同時に実利的機能を担い、また人間たちの伴侶としてそこに共棲してきた。その記憶が、今日の「猫島」観光ブームの基層となっている。その事実は、現代から未来に続くペットと人と野生動物の関係に示唆を与えてくれる。
4.結論  猫(あるいはその他の動物たち)と人間は、古い時代から、さまざまなかたちで共棲してきた。「猫島」もまたその一形態であり、今後の「人-動物コミュニティ」のあり方を示唆する。しかし、問題も多い。猫島の観光地化は猫島という地域コミュニティを支援するものとなっているか(過疎化の進行は必ずしも止まっていない)、猫-人の関係は持続可能か(猫の殺害などが問題化している場合もある)、猫と他の動物との関係(野生動物の絶滅危機など)に問題はないか。本報告では、これらの問題についても検討する。
【関連文献】 遠藤薫,2019,「猫神の迷宮」『学習院大学法学会雑誌』55巻1 号 遠藤薫,2020,「〈猫聖地〉の地政学的考察」『学習院大学法学会雑誌』第55巻2号 Francis, Richard C., 2015, DOMESTICATED: Evolution in a Man-Made World. (西尾香苗訳,2019,『家畜化という進化』白楊社) Levi-Strauss, Claude, 1962, LA PENSEE SAUVAGE, Librairie Plon, Paris.(渡辺公三監訳、2019,『われらみな食人種』創元社) Levi-Strauss, Claude, 2013, NOUS SOMMES TOUS DES CANNIBALES, Editions du Seuil.(大橋保夫訳、1976,『野生の思考』みすず書房) Scott, James C., 2017, AGAINST THE GRAIN: A Deep History of the Earliest States, Yale University Press. (立木勝訳,2019,『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』みすず書房 Waal, Frans de, 2016, Are We Smart Enough to Know How Smart Animals Are?. (松沢哲郎監訳,2017,『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』紀伊國屋書店)


災害時の猫との同行避難を現実的な解とするために

龍谷大学 壽崎 かすみ

1.目的 自然災害発生時などで避難するさいに、ペットを飼育している人については、ペットを連れて避難する「同行避難」を環境省が推奨している。しかし、避難所での避難者が連れてきたペット(犬や猫)の扱いについては自治体あるいは地域による差異もあり、全般的にペット(犬や猫)の受け入れ態勢が整えられているとはいいがたい状況があることは、災害発生時のメディアの報道からも明らかである。さらに、避難所がペット(犬や猫)を受け入れるにあたっては、犬や猫のしつけ(トレーニング)も含めた飼育者による事前準備が必要となるが、その内容がペットの飼育者に対して、明確伝えられ、知られているとはいいがたい。
本報告では、ペットの中でもネコに焦点をあて、同行避難を現実的な避難方法とするにあたり、現在ある課題を明らかにする。また、アメリカの状況を調査し、ペットを連れての避難についての選択肢を増やすことの可能性について検討する。
2.対象・方法 日本政府が公的に示している同行避難に関わるガイドラインは、環境省が作成したものがある。この環境省が示す同行避難を実現する上での課題を、大阪府下の現場の取り組み、実際の施設の整備状況などを交えて検討した。また、飼育者の同行避難に対する意識、必要とされる事項を知っているかをインターネット上のアンケート調査により把握した。このアンケート調査では、同行避難をする上で必要となるネコのしつけ、健康管理、その他の事項が十分に実行されているかどうかも合わせて把握した。
以上の調査等の結果にもとづき、災害発生時にネコの飼育者がネコと共に安全に、また無理なく避難することを可能にするために必要な環境整備、必要な知識の伝達方法等の課題の一端を明らかにした。
さらに、アメリカのペットを連れての避難について、情報を収集し、日本への導入可能性を考察する。
3.結果・考察 避難所のペット受け入れ態勢は、十分とはいいがたい状況にあり、受け入れ態勢を整える筋道もつきにくい状況にある。
環境省は飼育者に対して、マイクロチップの装着、不妊去勢手術を行うこと、各種ワクチン接種をすること、人や他の動物を怖がらないように慣らしておくこと、ケージなどの中に入ることを嫌がらないように日頃からならしておくことなどを同行避難に関するガイドラインの中で示している。
これらの項目を実際に行っているかどうかを飼育者にアンケート調査で確認したところ、避妊去勢手術は90%以上の飼育者が行っているが、ワクチン接種は80%台にとどまり、マイクロチップの装着については23%にとどまった。ケージなどに慣らすことについて、行っている飼育者は約20%にすぎない。
マイクロチップの装着率が低いことについては、まちなかで開業する獣医師に関しては、マイクロチップの装着処置を行う獣医師は一部であり、かかりつけの獣医師のもとでマイクロチップの装着ができないケースがあることを確認した。ケージに慣らすトレーニングについては、市販されている「ネコの飼い方」等の書籍などに記載されていない、記載はあるが方法が書かれていないなどのケースが少なくないことが確認できた。
ネコと非難するさいには、ネコに必要な備品としてエサ、トイレ、トイレ砂等々を持参する必要があり、ケージにいれたネコとネコに必要な備品が避難時の荷物に加わる。この荷物を持って徒歩で避難できる範囲に避難所があるかということも現実には大きな課題となる。災害時にネコと一緒に避難するためには、このような課題をひとつひとつ解決する必要がある。
アメリカでは赤十字運営の避難所がペット同伴を不可としているほか、ペット同伴不可の避難所と、ペットも受け入れる避難所があることがわかった。また災害時にペットと泊まれるホテル、ペットは飼育者が避難所にいる間はシェルターに預けるなどの方法もとられることがわかった。”


テーマセッション(7)


時間の社会学をたどり直す

十文字学園女子大学 鳥越 信吾

1 目的  本報告の目的は、通常であれば時間の社会学の既存の学説史には組み入れられることのない諸々の社会学者の仕事を時間という観点から検討することをとおして、時間の社会学の学説史を拡充することにある。
2 内容  昨年度の本テーマセッションでは(鳥越 2019)、E.デュルケームの『宗教生活の基本形態』に始まるとされる時間の社会学(Zeitsoziologie)の学説史を、すでになされている学説史的な研究をたよりにしつつ再検討した(Bergmann 1983; Pronovost 1989; Adam 1990; Šubrt 2001)。 ただし従来の学説史的な研究は、主として時間についてまとまった議論を提示している社会学者――たとえばP・ソローキン&R・K・マートンやW・ムーアなど――を取り上げることで時間の社会学の学説史を描こうとするものであった(Sorokin and Merton 1937; Moore 1963= 1974)。そのため、こうした研究からは、時間についてまとまった議論をしているわけではない社会学者は除外されていたことになる。 これに対して今日では、たとえばM・ウェーバーやK・マンハイムにおいて時間がどのように論じられているかといった研究が出始めている(Segre 2000; Kettler and Loader 2004)。こうした状況をふまえ、本報告では従来時間の社会学の学説史には取り上げられることのなかったいくつかの社会学研究について時間の観点から検討し、時間の社会学の歴史を再考することを目指す。  
Adam, B. 1990, Time and Social Theory, polity. = 1997, 伊藤誓他訳『時間と社会理論』法政大学出版局. Bergmann, W. 1983, “Das Problem der Zeit in der Soziologie: Ein Literatürüberblick zum Stand der ‘zeitsoziologischen’ Theorie und Forschung” Versuch Einer Ontologie Der Persönlichkeit. (35) 3: 462-504. Durkheim, E. 1912, Les formes élémentaires de la vie religieuse: Le système totémique en Australie, Alcan. =2014, 山崎亮訳『宗教生活の基本形態』岩波書店. Kettler, D. and Loader, C. 2004, “Temporizing with Time Wars: Karl Mannheim and Problems of Historical Time,” Time Society, 13: 155-172. Moore, W. 1963, Man, Time, and Society, John Willey & Sons. =1974, 丹下隆一訳『時間の社会学』新泉社. Pronovost, G. 1989, The Sociology of Time, SAGE. Segre, S. 2000, “A Weberian Theory of Time,” Time Society, 9: 147-170. Sorokin, P. and Merton, R. K. 1937, “Social Time: A Methodological and Functional Analysis” American Journal of Sociology, 42(5): 615-629. Šubrt, J. 2001, “The Problem of Time from the Perspective of the Social Sciences” Czech Sociological Review, 9(2): 211–224. 鳥越信吾, 2019, 「時間の社会学を振り返る」第92回日本社会学会報告要旨.(https://jss-sociology.org/research/92/file/086.pdf 2020.6.18閲覧)


デュルケーム時間論の再考

関西大学 金 瑛

1 目的  既存の社会学的な時間論において、デュルケームの名は先駆者として必ずと言ってよいほど言及される。だがその一方で、彼の時間論の内実や展開可能性については、十分な検討が行われてきたとは言えない面がある。そこで本報告では、宗教論と象徴論を中心に、デュルケームの時間論について学史・理論の両面から検討を行い、その意義を確認することにしたい。
2 内容  晩年の『宗教生活の基本形態』(1912)において、デュルケームが時間のカテゴリーについて論じたことは広く知られている。だが、彼がどのような学史的な文脈のもとでそうした議論を展開したのか、『宗教生活の基本形態』に代表される宗教論において時間がどのように論じられているのかについては、学史・理論の両面から十分な検討が行われてきたとは言えない面がある。そこで本報告では、彼が時間論を展開した学史的な文脈を整理するとともに、具体的なテクストの読解によってデュルケーム時間論の輪郭を明確化する。  トマ・イルシュが『社会の時間』(2016)で明らかにしているように、デュルケームは学派のアンリ・ユベールやマルセル・モースらの宗教研究に影響を受けながら、主に宗教社会学の観点から時間について論じている。だが、多くの先行研究においては、社会構造と相関関係にある時間のあり方を論じたという理解にとどまり、彼がその時間論において宗教という象徴原理に着目したことの意味は十分に検討されてこなかった。そこで本報告では、イルシュに代表される先行研究の学史的な整理を踏まえつつ、『宗教生活の基本形態』をはじめとしたデュルケームの宗教論を読解することで、彼が論じる宗教的時間の内実に迫ることにしたい。  また、理論的な観点からの考察としては、ノルベルト・エリアスのようにシンボルという観点から時間を理論化する先行研究の成果も踏まえながら、宗教という象徴原理がなぜ時間において重要になるのかについて検討を行う。そこで提示するのは、共同性を担保する「生きられる時間」が宗教によって成立するという仮説である。この議論の意義は、経済原理の支配する現代社会における時間からの疎外を論じる多くの社会学的な時間論とは別の、時間の社会学を展開する理論的知見を提起する点にあるだろう。
文献(その他の文献は報告時に提示します) Durkheim, Émile, [1912]2008, Les formes élémentaires de la vie religieuse, 6e éd., Paris: PUF.(山﨑亮訳,2014,『宗教生活の基本形態』(上・下)筑摩書房.) Elias, Norbert, 1988, Über die Zeit, Frankfurt am Main: Suhrkamp.(井本晌二・青木誠之訳,1996,『時間について』法政大学出版局.) Hirsh, Thomas, 2016, Le temps des sociétés : D’Émile Durkheim à Marc Bloch, Paris: éditions EHESS.


ジンメルの歴史認識論における時間について

早稲田大学 大窪 彬夫

1 目的  本報告の目的は,ジンメルの歴史認識論を,彼が『生の直観』で提示した時間概念に基づき理解することにある.本報告では,これを歴史認識論での時間概念と生の哲学での時間概念との関係を考察することにより行う.彼の歴史認識論は時間を歴史を基礎づける中心概念として示すが,この時間概念の内実が不明瞭という問題を抱えている.そこで,『生の直観』での時間概念の参照により,歴史認識論は理解可能になる.
2 方法  本報告は2つのアプローチをとる.第一に,歴史認識論における時間概念の役割の解明である.まず『歴史哲学の諸問題』(Simmel [1892]1905)及び「歴史的形成」(Simmel 1917)に基づき歴史認識論の構造を提示し,次にこの構造の中で時間概念が果たす役割を解明する.第二に,ジンメルの時間概念を検討し,時間と歴史の関係を明らかにする.これは『レンブラント』(Simmel 1916),『生の直観』(Simmel 1918)等の生の哲学に関わる著作を参照して行う.
3 結果  『歴史哲学の諸問題』において,ジンメルの歴史認識論は,主体と出来事の関係,出来事と歴史の関係,歴史と主体の関係という構造を持つことが明らかになる.最初の二つが歴史認識の機制に関わるのに対して,第三は歴史認識以前のそして歴史認識を根底的に基礎づけるのである.彼は「歴史的形成」において,この第三を,認識作用に先立つ精神の活動形式である体験作用に着目して解明している.この解明の中心概念の役割を果たすのが流れや持続としての時間概念なのである.彼はこの時間概念を,『レンブラント』『生の直観』等において,「生の時間」と「歴史の時間」という相補的な時間として示している.生の時間がもつ自己超越という性格を歴史の時間は受け継ぐと共に,生の時間では不明瞭であった全体性,過程,広がりを備える.そして,歴史の時間が備える全体性,過程,広がりという性質により,生の時間の自己超越の運動は包括され,一連の経過した出来事の持続的な統一がなされるのである.
4 結論  ジンメルの歴史認識論は,生の時間と歴史の時間という相補的な時間を根底に置くことで理解可能になる.ここに歴史認識論と生の哲学の本質的なつながりが見出される.
文献 Simmel, G., [1892]1905, Die Probleme der Geschichtsphilosophie: Eine erkenntnistheoretische Studie. Aufl. 2, Leipzig: Duncker & Humblot. ――――, 1916, Rembrandt: Ein kunstphilosophischer Versuch. Leipzig: Kurt Wolff. ――――, 1917, „Die historische Formung,“ LOGOS. Internationale Zeitschrift für Philosophie der Kultur, herausgegeben von Richard Kroner und Georg Mehlis, Band 7, 1917/18, Heft 2, S. 113-152, Tübingen: J. C. B. Mohr (Paul Siebeck). ――――, 1918, Lebensanschauung: Vier metaphysische Kapitel. München und Leipzig: Duncker & Humblot.


社会システムの時間

日本大学 梅村 麦生

1 目的  社会や社会の各領域、あるいは地域ごとに異なる固有の時間がある。デュルケーム以来、社会学の時間論の中でその点について一定の了解がある。では社会のさまざまな領域の中で、どのように異なる時間が見出されるのか。本報告では以上について、〈システムの分出とともにそのシステムに固有の時間性が産出される〉や〈時間は観察を行うシステムによる構築物である〉としてシステム相対的な時間論を提起したニクラス・ルーマンの社会システム理論を手がかりに検討する。
2 内容  昨年度の報告(梅村2019)では、〈時間メディア〉と〈時間形式〉の区別に基づく〈コミュニケーション・メディアとしての時間〉の考えを提起した。本報告では、社会システムの構成要素をコミュニケーションとした場合の、そのコミュニケーションの時間的契機についてあらためて考察を行う。 もとより、行為や行為システムをめぐるの中で提起された〈予期〉や〈企図〉、あるいは〈記憶〉、また〈目的/手段〉の区別と結びつけられた行為の時間性の創出は(cf. Schütz 1932=2006; Parsons 1951=1974)、ルーマンの社会システム理論においても社会システムの時間的構造を形成するものと見なされている(cf. Luhmann 1984=2020)。しかし社会システムに固有の時間性について考える場合、それらに加えてコミュニケーションに特有の時間的契機、つまり〈情報/伝達〉の差異の産出にともなう時間性が想定される。本報告ではそうしたコミュニケーションに特有の時間的契機と、さらに社会システムごとに異なるコミュニケーションのあり方にともなう時間性の相違について検討する。
文献 Luhmann, Niklas, 1984, Soziale Systeme: Grundriß einer allgemeinen Theorie, Frankfurt am Main: Suhrkamp.(=2020,馬場靖雄訳『社会システム――或る普遍的理論の要綱』上・下,勁草書房.) Parsons, Talcott, The Social System, Glencoe, Illinois: Free Press.(=1974,佐藤勉訳『社会体系論』青木書店.) Schütz, Alfred, 1932, Der sinnhafte Aufbau der sozialen Welt: Eine Einleitung in die verstehende Soziologie, Wien: J. Springer.(=2006,佐藤嘉一訳『社会的世界の意味構成――理解社会学入門』改訳版,木鐸社.) 梅村麦生,2019,「時間のメディアと形式――ニクラス・ルーマンのコミュニケーション・メディア論から考える社会的時間」第92回日本社会学会大会報告要旨.(2020年6月14日最終閲覧,https://jss-sociology.org/research/92/file/087.pdf)


人新世とドメスティケーションの時間

東京都市大学 大塚 善樹

時間は,他の社会的なものと同様に想像上のものでありつつ,人びとの行動に影響を与えるリアルなものでもある.時間のナラティブは,生物やモノと人間の関係のなかでつくられ,特定の生物やモノと人間の特定の関係は時間のなかで可能になる.この報告では,人新世という時間のナラティブと,ドメスティケーションという関係のナラティブとの相互作用を検討する. 自然科学者たちは地球に対する人間の影響が顕在化する地質年代を人新世(Anthropocene)と呼び,人文社会科学においても様々な議論が行われている.この時間の概念は,人類全体の単線的な進歩のナラティブが環境危機に反転しているものの,人間の主体的な意思決定が引き起こす因果的な説明であることに変わりはない.人新世の開始=原因に関するナラティブでは,5千~1万年前のドメスティケーション,18世紀の産業革命,20世紀後半のグレート・アクセラレーション等が取り上げられ,危機への進行が特定の社会の責任に帰せられ得る点で,政治的な時間でもある. 人新世の概念は同時に,人間と自然との関係についての再考を促す側面がある.最も単線的なドメスティケーションについては,直線的な時間概念の起源とも言われるが,考古学,人類学,生物学の横断的な領域で概念の見直しが進んでいる.それらによると,生物のドメスティケーションは,順化の程度が多様な生物と人間の関係として捉えられ,複数の場所で異なった時間性のもとで起きており,ドメスティケートされた生物の再野生化を含む,方向性のない共進化のプロセスである.このような関係の場を,環境社会学においても半栽培,セミ・ドメスティケーション,あるいは時間と空間の両方を含意する「間(あわい)」と概念化してきた.したがって,ドメスティケーションは新石器時代に起きた1回限りの出来事の記憶ではなく,現在でも多様な形で起きている想起と忘却のプロセスということになる.このような別のナラティブの可能性は,人新世と直線的な時間概念の起源をドメスティケーションに求める仮説の再考を迫るだけでなく,少なくとも生物と人間が関係する場においては,直線的な時間がリアリティをもつとは限らないことを示唆する. しかし,人新世の概念は,人間を主体的な世界改変者とするナラティブを未来に向けて正当化する側面もある.ゲノム科学とゲノム編集技術は,ドメスティケーションの記憶を空間化して制御することを可能にする.ゲノム科学は生物集団の進化の系統樹を推定して,野生種の形質情報を再現する.この情報に基づいてゲノム編集を行うと,作物や家畜から野生種を復元し,ドメスティケーションされていない野生生物を作物化・家畜化することも可能になる.人間についても,ゲノム解読は祖先の集団を推定して帰属意識を再構築し,疾病リスクを可視化することで過去と未来を現在の意思決定に集約する.生物と人間との水平的・共時的な関係は,個々の生物種内における垂直的・通時的な現在への集約化を通して,ハイパー・ドメスティケーションと呼びうる科学技術によって制御可能なものになる.この場合,直線的な時間概念は希薄になるが,生物と人間の相互作用は一方向的なものに変貌すると思われる.このような科学技術による未来と過去の「植民地化」に抗するためには,生物やモノとの関係に応じた時間の多様性を示すナラティブが必要ではないだろうか.


〈進歩〉と〈秩序〉の系譜

東京都立大学大学院 吉田 耕平

【1.目的と方法】  19世紀の社会学思想において、「進歩」と「秩序」が大きな比重を占めたことは社会学の歴史において、よく知られるところである。そして、進歩の観念が社会学的「時間」の議論と切り離せないことも、よく知られる。では、秩序の観念はどのように位置づけられるだろうか。  この点について考えるため、本報告では、進歩観念の歴史を跡付けた文献を探索し、その知見と課題を検討する。これまで、進歩の観念そのものを論じた研究は多く書かれてきた。だが、それらの多くは、進歩観念の歴史を跡付けた文献というよりは、進歩の観念を提示したり批判したりするものだ。これを、本報告では一次文献の中に位置づける。これに対して、そうした一次文献を渉猟して、進歩観念そのものの歴史経過を素描した研究は、二次文献と言える。本研究では、これらの二次文献を取り上げる。具体的には、英文で書かれた研究書をもとに、近代の西欧――英語、仏語、独語で書かれた一次文献――における進歩観念の歴史を論じたい。
【2.結果と結論】  19世紀の後半、進歩観念の歴史を跡付けた研究は、数多く現れる。しかし、これに関する経験的な思想史研究が現れるのは、20世紀の初頭だった。  地中海世界全体にわたる思想史において、いったい、人間社会の時間的発展の考えが、どのような背景の中から、生まれたのか。人間社会の時間的発展でない、別の考え方が、長い間――18世紀まで――広範に見られたことは、「観念史」の研究に先鞭をつけたLovejoyの著作に詳しい(Lovejoy 1936 The Great Chain of Being)。一方、20世紀初頭になってさえ、進歩の純粋な観念が無条件に受容されるようなことはなかった、というのが、進歩観念の歴史について最初に通史を書いたBury の知見である(Bury 1920 The Idea of Progress)。これら二つの著作は、全く異なるテーマ、全く異なるアプローチによって人間社会の時間的発展に関する観念史を描いた。にもかかわらず、ポジとネガのように、一つのことを示唆している。すなわち、〈自動的に、無限に進み続ける進歩〉という観念は、地中海思想においても西洋近代においても、少なくとも20世紀の前半までは決して主流ではなかった、ということだ。  誤解を恐れずに言えば、これは進歩を信じる西洋近代のイメージとはかけ離れたものだ。そこで、私たちは一つの仮説を持たざるをえない。それは、だからこそ、〈人為的に、一つ一つ進んでいく進歩〉という観念を持てたのではないか、ということだ。そして、こうした間隙の中に、〈秩序〉あるいは秩序形成の考えが、入り込む余地があるのでないか。もちろん上述の両名の著作はこのようなことを論じていない。それどころか、両名の著作が対象とした19世紀までの諸思想において、秩序の観念は、人為的な働きかけと別のところにあった場合も多いだろう。しかし、それゆえに――つまり、果たされない進歩の考えを補うために――、人為的な秩序の観念が形成されたのではないだろうか。


創発の時間・出来事の時間

京都大学 木村 純

時間は、過去から未来へ、または未来から過去へと流れるものであると一般的には考えられている。そのあいだに位置する現在は、過去からの影響を強く受け、判断や決定は未来に受け渡されていく。逆に未来が現在に対して影響を与えると見なすなら、未来は現在の目的や理想として振舞うものであるか、あるいは、これまでの経験や事実の積み重ねで予測される未来として先んじて現在に力を及ぼすかである。このように、過去と未来は実在するものとして、現在に向かい合う時間様相と見なされる。時間がこの通りであるとすると、現在はふたつの時間のあいだにあって、文字どおりの意味で間合いを見計らって行為する場としての時間性しかもたないということになる。しかし、現在のこのような定義づけは、われわれをどこか不安な気分にさせるだろう。なぜなら、現在という場でなされる行為は、過去と未来のどちらの時間を採るにしても、ある意味ではすでに決定されていることになるのであり、その自由は奪われるように感じられるからだ。とはいえ、この不自由による不安という幾らか繊細に過ぎるとも思える感覚は、行為の実践という点でかえりみれば、杞憂であること、むしろ意識されることなく容易く乗り越えられていることが理解される。 G. H. ミードは、『現在〔というもの〕の哲学The Philosophy of the Present』の冒頭で、このことを端的に「現実は現在のうちにあるreality exists in a present」と述べ、過去と未来はともに実在しないことを論証している。ミードの問いは次のように極めて簡単なものだ。もし過去が実在のものであるとしたなら、新しい現象はどう理解できるのだろうか。社会には新しい現象が生じてくるが、それもすでに実在の過去のうちにあり、過去のうちにその実在を有しているのだとすれば、それは「新しいものthe novelty」と言えるだろうか。新しいものの出現は、それ自体において新しいのではないか。ここにはミードの創発性の概念が表現されており、すでに指摘されるところだが、ミードの創発性の概念は、社会論だけでなく時間論においても遺憾なく発揮されているのである。 新しいものや創発的なものは、哲学や現代思想における問いにもつながるものである。それらの文脈では、それは「出来事event」として扱われている。ミードもその影響下にあったというA. N. ホワイトヘッドも多くの著書で出来事について触れている。M. ハイデガーの性起Ereignis論は、時間と存在の謎を明らかにし、社会学ではN. ルーマンがシステムとの関係で出来事Ereignisを語っている。G. ドゥルーズは『意味の論理学』において出来事のもつ特異な側面について考察し、今なおわれわれの思考を駆り立てている。 本報告では、ミードの創発性の概念を中心にさまざまな出来事論と関連させて、時間について考察を加え、現在の時間性についての意味を問う。


現代社会(学)における未来意識

神戸大学大学院 德宮 俊貴

時間の社会学とひとくちにいっても,そこでは多種多様な研究が――綜合・統合されることのほとんどないまま――展開されている。理論的研究に限ってみても,行為論やシステム論のような一般理論における一契機として時間概念を再検討するものや,諸社会ごとの時間観念を比較するものなど,いくつかの方向がある[鳥越信吾「時間の社会学を振り返る」第92回日本社会学会大会報告原稿,2019年]。そうしたなかで,「未来」という時間を社会学としてどう取り扱ってゆくかということが,昨今,議題のひとつになっているようである。本報告では,このような「未来の社会学」(あるいは社会学的未来論)の動向を確認し,そこに検討を加えてみたい。 社会学が未来を扱う手法としてまず考えられるのが,人々が自身の将来や社会の未来をどう認識しているか,を測定することである。この系として,ユートピアやディストピアや「科学的」な未来予測を含めた未来像の変遷をたどる,いわば未来像の比較歴史社会学のような研究がある[若林幹夫『未来の社会学』河出書房新社,2014年,John Urry, What is the future?, Cambridge: Polity Press, 2016(=吉原直樹・高橋雅也・大塚彩美訳『〈未来像〉の未来』作品社,2019年)]。古今東西の未来像をたどりなおすことが,ひるがえって現代社会における未来像(未来意識)の特性を浮き彫りにしてくれるというわけである。 では,現代人はどのような未来を思い描くだろうか。ひいては,自身の死や人類の滅亡をはっきりと見据えたうえで,なおかつ未来を構想するということが,(いかにして)可能だろうか。本報告では,その理論的なとっかかりとして,見田宗介(真木悠介)の所論を瞥見する。見田の立場は現在主義といわれることもあるが,その一方で独自の社会構想を積極的に論じてもいて,むしろ未来意識の可能なあり方を探求しているといったほうがいい。見田によれば,未来意識がニヒリズムを伴うのは,道具主義(instrumentalism)と時間の交換価値化とが合成された,近代的な時間意識の帰結であるという[真木『時間の比較社会学』筑摩書房,1981年]。ここから,「現在」の使用価値をconsummatoryに享受することが(逆説的に)未来への投企を有意ならしめる,という論点が導かれる。 以上のように,社会学が未来を論ずるということは,諸社会の未来意識の比較を中心的な課題としながら,それを媒介に,現代社会において未来をもつことの原理的な可能性を問うことへと開かれているのである。


テーマセッション(10)


道徳の神経科学は社会科学に何を迫るか?

東京都立大学 堀内 進之介

1.目的  過去20年ほどの間に「道徳の神経科学」は飛躍的に成長し、 政治学や経済学、社会学などの社会科学分野にも多大な影響を与えつつある。この分野の顕著な傾向は、 集団的な幸福を促進する上で、私たちの生得的な能力や資質(向社会性) がいかに貢献しうるかを明らかにすることのみならず、それらの機能不全を指摘し、 補完する手立てを講じることにある。 それによれば、進化によって与えられた人間本性は、様々な技術の高度化に対して遅れを取っており、現在ないし将来の「リスク社会」を生きていく上では、すでに懸念事項であるという。 このような道徳の神経科学の見立ては、秩序はいかにして可能か、という社会学の古典的な問いに対しても深い関わりを持ち、バイオ・シチズンシップやニューロ・リベラリズムの可能性を提起するに至っている。  そこで本報告では、 道徳の神経科学が、とりわけ政治学や社会学に与える影響について報告する。
2.方法  議論の足掛かりを提供する目的で、分野横断的に先行研究を渉猟・整理し、特に次の三つの研究ライン があることを示す。すなわち、①認知能力の帯域幅と福祉政策の関係、②道徳性と社会問題との関係、③バイアスとガバナンスの関係である。  ①認知能力の帯域幅と福祉政策の関係については、例えば、慢性的な貧困と認知能力との関係を指摘する研究をあげることができる。 それによれば、 生活苦は認知能力の改善や向上を妨げるだけでなく、生活苦に起因する低水準の認知能力が、貧困層を自滅的行動サイクルに陥らせ、生活をいっそう苦しくしているという。②道徳性と社会問題との関係については、例えば、気候変動などの地球規模での環境問題と道徳性の関係を指摘する研究をあげることができる。地球規模での社会問題の解決には集合的な努力を必要とするが、人間はそれを成し得るだけの道徳性を欠いており、同時にその欠如が、道徳性を向上させる努力自体をも不首尾に終わらせているという。③バイアスとガバナンスの関係については、例えば、民主主義の機能不全と各種のバイアスとの関係を指摘する研究をあげることができる。それによれば、政治制度の期待に反して、バイアスを払拭することができないために私たちは政策や有権者について十分な情報を得ることも、得られた情報を十分に吟味することもできていないという。
3. 結論  このような、私たちの生得的な能力や資質が、様々な問題の根本原因として位置づけられるようになるにつれて、人間本性への生物医科学的な介入によって、その不完全さを改善又は補完する技術に対する期待が高まってきている。このような技術を、様々な問題に対する潜在的な政策オプションとして開発・推進する必要も論じられるに至っている。このような動向には、人間自身を現行の制度に見合うように改鋳する目的があるといえよう。  他方、現行の人間をそのままに、社会問題を解決することを目的に、制度そのものをラディカルに改変しようという機運も高まってきている。しかし、そうした機運もまた、人間自身をあてにしていないという点では、人間本性を懸念事項と見ていることに変わりはない。何の動向にも可能性と課題があることは言うまでもなく、それらを明らかにしていく作業が、社会科学に新たに課されつつある。


新興技術と社会の複雑な関係をとらえる

国際基督教大学 山口 富子

ロボット、人工知能(AI)、再生医療やゲノム編集技術などの新興技術は、研究開発から社会実装のスピードが速く、社会実装が間近でも技術を受け入れるための制度や体制が十分に整えられていないという状況がみられる。またその社会的影響が大きいとされながらも、実際にその技術によってどのような恩恵がもたらされ、どのようなリスクが想定されるのかということも明確ではない。いわゆる避けることができない科学技術の不確実性という問題も存在する。 このような特徴を持つに新興技術と社会の複雑な関係をとらえるために、本発表では新興技術に対する「期待」と「行為遂行性」という二つの概念を手掛かりに論を進める。特に、期待の社会学と科学技術に関連する行為遂行性に関連する文献のレビューを通してこの問題を明らかにする。 期待の社会学は、欧州の研究者らを中心に1990年代後半ごろから研究蓄積が急速に進められた連字符社会学である。ファンレンテ(van Lente 1993)による、Promising technology: The dynamics of expectations in technological developmentsが契機となり、その後萌芽的な先端科学技術に関心を寄せる社会学者が中心となって、多数の論文や研究書が出版された。その主張の根底には、新興科学技術を覆う空気のような存在である期待感が、新興技術の社会への浸透を担うという考えが流れる。一方、国内において先端科学技術に関連する期待研究は、細い糸のように紡がれているような状況であるが(鈴木2014、山口2019)、科学技術と社会の複雑な関係を社会の動きの中でとらえるという問題意識は、社会学研究が貢献できるものである。 社会の中における新興技術を理解するためのもう一つの概念として行為遂行性があげられる。オースティン(1962)による言語行為論に由来するこの行為遂行性という概念は、語ることが行為をすることであると述べる。この主張を援用すれば、特定の新興技術が優れているという「事実」(ここでの事実には、人の語り、テクスト、科学的なモデル、経済モデルなど、科学技術に関連するさまざまな事物が含まれる。)は、技術そのものが持つ特徴や優越性に由来するものではなく、それが優れているということを主張するアクターの行為やアクター間の調整を通して正当化されるものと理解できる。つまり、ここで問うべき問題は、誰がそのプロセスに関与するのか、集合意識としての事実がその後の社会をどのように変容させたのかという点であり、その問いが新興技術を社会の中でとらえる入口となる。 「期待」と「行為遂行性」からの問いを通して新興技術と社会のどのような関係が見えてくるだろうか?この問いに対して社会学が貢献しうることは多い。社会学内でさらなる議論が展開することを期待する。


科学者はデュアルユース・リスクをどのように捉えているのか

大阪大学 河村 賢

【1.目的】  本発表の目的は、自らが研究する科学技術が持つデュアルユース・リスクを科学者たちがどのような概念や語彙を用いて語るのかを分析することにある。デュアルユースとは、最も広くには、ある科学の産物が善用も悪用もされうるような状態にあることを指す。近年はテロリストによるテクノロジーの利用に照準する形でデュアルユース・リスクの議論は進められてきたが、日本における大学と軍事研究の関係をめぐる論争においても多くの科学技術が潜在的にはこうした悪用の可能性を持っていることが指摘されるなど、科学技術のデュアルユース・リスクをどう捉えるかという問題は重要性を増している。本発表は、科学者自身がこのリスクを語る方法を分析することで、こうした論争への展望を得ることを目指す。
【2.方法】  分子ロボティクスとは、1990年代から研究が進められてきたDNA分子コンピューティングなどのアイディアに基づく研究領域であり、知覚・思考・運動というロボットを構成する三つの機能をDNAやRNAを素材として用いることで実現することを目指している。将来的に「生物ではないが生体分子から構成され自律的に動作しうる存在」を作り出しうる技術が、分子ロボティクスなのである。発表者は分子ロボット工学者たちと共同研究を行うなかで日本国内において活動しているいくつかの研究グループと知己を得たが、本発表ではこれらのグループに所属する研究者たちに自らの研究が将来的に用いるリスクの可能性について幅広く尋ねるインタビューを行い、この語りを分析した。
【3.結果】  科学者たちが予測するリスクのあり方は、自らの技術が将来的辿るはずの発展の軌跡をどのようにして境界づけるかということに深くかかわっていた。ある科学者は、隣接研究分野である合成生物学に対して分子ロボティクスが持っている技術的なアドバンテージは何かという観点から、自らの技術のポテンシャルとリスクを定式化していた。他方で別の科学者は、分子ロボティクスの本来的なポテンシャルは技術的な応用可能性ではなく、進化のプロセスを人工的に再現することでそれをよりよく理解することにあるのだとして、狭い範囲でリスクを想像することに反対していた。
【4.結論】  本研究が示したのは、分子ロボット研究者たちが自らの技術の将来的なリスクを語る際に、いかなるリスクがその技術にとって内在的なものであるかを確定するバウンダリーワーク(Gieryn 1983)を行っているということである。こうしたバウンダリーワークは、隣接領域との比較を行ったり、工学と科学の差異について立ち止まって考えたりといった研究者たちの日常的な研究実践の中に根差したものなのである。本発表は研究者たちのバウンダリーワークの存在が、ある科学技術の発展をより責任あるものにしていく上でも重要な含意を持つことを論じる。
【5.文献】 Gieryn, Thomas F., 1983, “Boundary-Work and the Demarcation of Science from Non-Science: Strains and Interests in Professional Ideologies of Scientists,” American Sociological Review 48(6): 781-795.


監視技術による介入にたいする態度の分布

(公社)国際経済労働研究所 山本 耕平

【1.目的】 この報告の目的は、新たな技術にたいする人びとの態度の分布を、既存データの二次分析を通じて検討することである。新たな技術が社会に浸透した結果としてどのような現象を生起させるのかは、それらの技術を人びとがどのように受け入れるかに依存する。ゆえに、アーリー・アダプターによる専門的な議論をフォローすることに加え、一般の人びとの態度を把握することが重要であると思われる。とくに、専門的な議論をおもな準拠枠とすると、新たな技術について十分な情報や判断力を持たず、そうした議論から疎外される人びとの存在が視野に入りにくい。本報告はこうした問題意識から、新しい技術にたいして明確な態度を持たない層まで考慮した分析の可能性について検討する。
【2.方法】 「政府の役割」をテーマとするISSP 2016のデータ*を分析した。同調査では、政府が監視カメラやネット上のやり取りの監視などによって市民の生活に介入することにたいして、それが許されると思うかどうかを4件法に「わからない」を加えた5択によって尋ねる質問項目がある。これらの項目を用いて潜在クラスモデルを推定した。潜在クラスモデルによって選択肢をカテゴリカル変数として扱うことにより、連続変数として扱ったときに見過ごされがちな「わからない」という回答を独立したカテゴリとして考慮することができる。 * ISSP Research Group, 2018, International Social Survey Programme: Role of Government V – ISSP 2016, GESIS Data Archive, Cologne. ZA6900 Data file Version 2.0.0.
【3.結果】 潜在クラス分析の結果、①監視技術による介入を概ね否定する層、②ネット上の監視のみを拒否する層、③介入を全面的に受容する層、④DK層、という4クラスが析出された。構成比率は①〜③が20〜30%だったが、④も約15%を占め、明確な態度を持たない層が決してマイノリティでないことが示唆された。年齢・性別・学歴を共変量とする分析の結果、若年層ほどクラス①の比率は低くなるが、そのぶん比率が高くなっているのはおもにクラス④であり、クラス②や③といった許容的な態度が若年層で強まっている傾向は見られなかった。一方、学歴が高くなるほどクラス③が増え、④が減る傾向が見られた。
【4.結論】 若年層・低学歴層において、監視技術による介入にたいして明確な態度が形成されていない傾向が見出された。また、若年層が全体としては受容的でない一方で高学歴層が受容的であることから、高学歴化した現代社会の若年層において、技術による介入を受容する層と疎外された層という形で分断が生じていることが示唆された。


百科事典の起原と来歴からみたWikipediaの特徴について

元武蔵大学 藤田 哲司

【1 2.目的・方法】 オンライン百科事典Wikipediaは新しい技術を活かしたエンサイクロペディアであるとされるが、なぜ「百科事典」として認識されているのだろうか。それを一言でいえば、これまで人類が培ってきた「百科事典の規範」を受け継いでいるからである。本報告はWikipediaの「新しさ」について際立たせるため、「百科事典の規範」という自明性の前提、我々が事典を利用する際に自然視している諸点の成立過程を明確にしつつ、それに照らしてWikipediaの「新しさ」について明確にする。
【3 4.結果・結論】 Z.バウマンはWikipediaについて「私たちのほとんどにとって不思議なままでありながら、私たちの日常生活の多くに既に存在している現象」であると表現している。Wikipediaとは何か。なぜ世界280ヶ国以上に普及する事ができた、世界で6番目に多い閲覧サイトになり得たのかについて、明確な認識が社会学研究者の間で共有されているとはいえない。この謎を説くカギは、コンピューターソフトwikiの登場と、百科事典に対する人類の接し方に大きく分けることができるが、この報告では後者の問題に限定する。 これまでの百科事典研究について概観すると、3つの事典が代表性をもつものとして析出できる。『チェンバーズ』・『ディドロの百科全書』・『ブリタニカ』である。Wikipediaに対して、この3つの事典の伝統がどのように受け継がれているのかについて本報告で明確化したい。同時にWikipediaがこの伝統に加えたもの、この伝統から取り去ったものについても注意喚起を行う。新しい技術の「添加点」、すなわち「利点」と「リスク」について、百科事典を例に問題提起する。換言すれば「ユビキタス性」と「ステマ性」について具体的に指摘していく。
文献 Vetter, Matthew 2015 “Teaching Wikipedia: The Pedagogy and Politics of an Open Access Writing Community” Upshall, Michael 2014 What Future for Traditional Encyclopedias in the Age of Wikipedia? Santini, Marina 2006 “Interpreting genre evolution on the web: Preliminary results” Matei, Stefania 2013 “Learning through Massively Co-Authored Biographies. Making Sense of Steve Jobs…” Sahut, Gilles 2017 Wikipedia: An opportunity to rethink the links between sources’ credibility, trust, and authority Dijck, Jose van 2010 “Wisdom of the crowd or technicity of content? Wikipedia as a sociotechnical system” Boet, Sylvain 2014 “References that anyone can edit: review of Wikipedia citations in peer reviewed…” Burgess Paul 2010 “The Application of the Doctrine of Judicial Notice to Online Sources” Logan, Patrick 2006″Can history be open source? Wikipedia and the future of the past” Boet, Sylvain 2014 References that anyone can edit: review of Wikipedia citations in peer reviewed health science literature OPEN ACCESS Hartog, P.B. (Bärry) 2019 “Jubilees and Hellenistic Encyclopaedism”


「文脈」を記述する知としてのメディア史

明星大学 永田 大輔

1目的 「技術」の中でも「メディア」が人々に普及をしていくという事態は、社会学も含んだ社会評論の対象となり、数多くの言説を作りだしてきた。普及過程というのは新技術が定着していき、技術が巻き起こす変化に社会が気づき始めると同時にその技術を受け入れるべきかどうかをめぐって様々な言説が現れやすい。技術によって「変わりうること」と今現在家庭に入っている「現実としての技術」の関係も問題化されやすい。しかし、同時にこの変化の中で生み出された言説は変化のさなかで発されたものであるために、その言説が展開された文脈はしばしば忘却されやすく、その言説だけが一人歩きしていくことになったり、メディアの経験がワンフレーズで理念的に理解されるという事態が生じる。そこで「メディア史」の再構成は一定の意義を持つ。本稿は家庭用ビデオをめぐる言説を元に「オタク的である/でない」という人々を分類する言説がどのように展開されたのかに着目する。
2方法 本報告はビデオというメディアをめぐる言説に注目する。中でも1989年のある事件の加害者のビデオの積まれた私室と彼のコレクションがマスメディアに取り上げられ、「オタク」というカテゴリーが広く拡散したとされる。加害者のビデオコレクションが「オタクの代表」とされたのである。その際の根拠として現実/非現実の混同や個室での消費が問題にされた。一方でその事件の加害者のビデオコレクションにシンパシーを持つ議論も現れ始めた。さらにそのコレクションが不徹底であることから「真のオタクではない」とも語られた。 ビデオは多様な使い方が存在すること、ハードを購買するだけでは使用ができず常に追加のコストを必要とし続ける等の理由からファンの利用が先行して現れやすいメディアであった。そうであるがゆえに家庭利用の仕方とは異なる利用の仕方が存在するとされやすかった。また当時レンタルビデオ店の普及も徐々に本格化しつつあり、貸与するのか所有するのかということも論争となりやすかった。
3結果 このようにビデオの歴史は非常に重層的なものである。そうした中でビデオの利用の仕方をどのような根拠を持って「オタク的」としたり、そうでないのかを区分したりしてきたかは当事者の言説ではなく歴史的な資料から再構成していく必要がある。
4結論  ビデオを対象として技術の中でも普及という経験に焦点化し、その文脈を再記述していく記述を行うことは、技術に対する社会学/社会評論で流通している記述の意味を再考することに繋がる。このように社会記述とメディア史の記述の関係を再考することが本報告では目指される。


「定量化された自己Quantified Self」における諸問題

学習院大学 塚越 健司

1 目的  2000年代後半から、米『Wired』誌の編集者であるKevin Kelly とGary Wolf によって提唱された「定量化された自己Quantified Self(以下QS) 」は、ウェアラブルデバイスによって自己データを記録・分析することで自己の生活質の向上を目的としている。QSは、「データ駆動型の生活」 に関心を持つユーザーに注目されており、HP(quantifiedself.com)で行われるイベントを中心にその活動は国際的に広がっている。本発表は、QSが今後社会に及ぼす影響について、課題と可能性の双方を抽出し、新たな視座を見出し得るかについて考察する。
2 方法  QSにはデータによる自己追跡(Self-tracking)の弊害も指摘されている。個人が私的な関心から自己追跡を行ったとしても、データの扱われ方によってはデジタル監視に利用される可能性がある。そこでQSにおける自己追跡の問題を、以下Lupton(2016)の分類に倣って分析する。Luptonの分類は①「私的な自己追跡」②「押し付けられたpushed自己追跡」③「共同体的な自己追跡」④「課されたimposed自己追跡」⑤「搾取された自己追跡」である。
3 結果と結論  Luptonの分類によれば、QSは自己改良のためのデータ(私的な自己追跡)である一方、医療現場などでは「ナッジ」のように、患者の生活習慣等の行動様式を変化させる動機づけの手段として用いることもある(押し付けられた自己追跡)。あるいは個人データを他者と共有することで、ゲーミフィケーションのように楽しみながら健康管理を行ったり、ボランティアや市民活動の中で用いられる大規模なデータとしても存在する(共同体的な自己追跡)。さらに、仮釈放の囚人や学生の運動活動を行っているかを管理するためにQSが用いられることもある(課された自己追跡)。そして、収集された大量の個人データが、個人の預かり知らぬ市場で売買される可能性がある(搾取された自己追跡)。  個人データは匿名化されていたとしても、場合によっては特定されてしまったり、あるいはデータが流出することで、個人情報を元にした恐喝が行われるという危惧もある。その一方、個人データを自ら企業に提供することで、個人に最適化された情報やサービスを受けられる可能性が広がるほか、自らの行動を管理するための支援として、すなわち自己認識のためのツールとしてQSを見做すことが可能である。  このように、現状においては個人が自律のために用いるQSと、他者管理のためのQSが混在しており、QSを肯定・批判するには一定の区別が必要となる。しかし前述のように、自己認識に用いられたデータが他者管理のために用いられたり、他方で他者管理のためのデータが自己に有用な効果をもたらすこともあり、単純な区別は未だ困難である。であるが故に、QSの様々な要素を現実の問題と調和させた新しい理論が求められており、本発表はその重要性を議論する。
文献 Deborah Lupton(2016),The diverse domains of quantified selves: self- tracking modes and dataveillance ,Economy and Society,Vol.45,2016.



テーマセッション(13)


嗜好と幸福

専修大学 金井 雅之

【1.目的】  嗜好がその人の幸福とどう関連するかを,量的方法と質的方法を組み合わせた混合研究法により検証する.  ヴェブレンやブルデューに代表される嗜好に関する社会科学的研究は,個人の嗜好のあり方がその人の階級・階層的地位の影響を受けるとともに,次世代を含めたその人の階層的地位を決めていく戦略的・象徴的手段となりうると主張してきた.しかし,階層的地位と幸福との関連が単純でないことは実証的に知られており,嗜好が幸福とどう関連しているのかは,これまで解明されてこなかった.
【2.方法】  そこで,嗜好品の摂取状況と幸福の理由を尋ねた量的・質的調査データを,混合研究法により分析する.  量的・質的データは,付記に記載した2つの調査から得た.量的調査は無作為抽出による訪問面接調査で,日本全国の20~79歳個人を母集団とし,有効標本2,678人,有効回収数1,137人,有効回収率42.5%だった.質的調査は,量的調査の回答者のうちインタビュー調査に同意した268人から有意抽出した24人に実施した.嗜好品として,コーヒー,茶,スイーツ,酒,たばこの5つをとりあげた.幸福の操作指標として,感情的側面を表す「幸福度」と認知的側面を表す「カントリルの人生の階梯尺度」を使った.
【3.結果】  量的分析では,属性を統制した上で,幸福の嗜好品の摂取頻度へのOLS回帰分析をおこなった.茶の摂取頻度は幸福に有意な正の効果をもったが,他の4つの嗜好品には有意な効果は見られなかった.  質的分析では,幸福の水準が異なる3人の対象者の語りを分析した.幸福度が低い第1の対象者は,好きな嗜好品に徹底してこだわることで,心の余裕と選択の自由という彼にとっての幸福の条件を守ろうとしていた.幸福度が中間的な第2の対象者は,嗜好品を楽しむために家族や親しい友人たちと過ごす時間に,ささやかな幸福を見出していた.幸福度が高い第3の対象者は,嗜好品の摂取によって気持ちを切り替え,自分と向き合う経験を重ねることを通じて,心が満たされる感じという彼女にとっての幸福を達成していた.  このように,量的分析でも質的分析でも,嗜好品の摂取と幸福との規則的な関連は見出せず,むしろ多様性・個別性が目立った. 【4.結論】  「ひとびとの嗜好がいかに社会的たりえるのか」という本セッションの趣旨からすると,この知見は物足りなく見えるかもしれない.ひとつの理由は,本報告で着目した幸福自体が,多くの観点から定義されうる多様性と個別性をもつ概念だからだろう.しかし,嗜好やテイストといった概念も,本来そうした多様性と個別性を前提とするはずである.階級・階層構造自体も流動化してきている現代社会において,嗜好がどのような社会的意味をもちうるかを検討していく際は,量的データ分析による統計的規則性の検出だけではなく,質的データを含む丁寧な分析を積み重ねていくことが求められるだろう.
【付記】 本研究は公益財団法人たばこ総合研究センターの委託による,「嗜好品と豊かさや幸福に関する社会学研究」研究会の研究成果の一部である.「2018 年嗜好品と豊かさや幸福に関する調査」および「2018年嗜好品と豊かさや幸福に関するインタビュー調査」データの使用に際して公益財団法人たばこ総合研究センターの許可を得た.


「コーヒーは仏壇に供えてから飲んでます」

成蹊大学 小林 盾

【1.目的】  この報告の目的は,コーヒー,茶,スイーツ,酒,たばこといった嗜好品が,人びとの豊かさにどうかかわるのかを解明することにある.先行研究によれば,嗜好品は人びとをリラックス,リフレッシュさせたり,他人とのコミュニケーションを促進させたりする効果をもつ(高田他編2008).しかし,豊かさとどうかかわるのかは,未解明のままであった.
【2.方法】  そこで,データとして2018年嗜好品と豊かさや幸福に関するインタビュー調査を用いる.調査票を用いた半構造化インタビューであり,無作為抽出された全国調査標本から24人が有意抽出された.「嗜好品摂取の状況,詳細」「とくに好きな嗜好品」「嗜好品にまつわる思い出」などを自由に語ってもらった.インタビュアーは2人で,対象者1人あたり90分から2時間だった.発言のスクリプトはプロジェクトで共有されている.ここでは,特徴的な1人Oさんの語りにフォーカスする.2018年11月に大阪でインタビューした.
【3.結果】  Oさんは50代男性で,大学卒業後メーカーに勤務し,現在は関西地方で農業を営む.未婚であり,子はなく,独り暮らしをしている.嗜好品摂取は全般的にアクティブで,コーヒー,茶は毎日飲む.スイーツは週数回,酒はほぼ毎日摂取するが,たばこは吸わない.  Oさんに特徴的なのは,嗜好品摂取が家族の思い出と結びついていることである.たとえば,「母がね,入院してる時にコーヒーだけは飲んどったんです.(母親死去後に)そんでコーヒーを仏壇へ供えてから飲んでる」と語る.さらに,Oさんは先祖の供養を大切にしており,「月命日のときに,果物とか洋菓子,和菓子は,とりあえず(仏壇に)供えてから食べる」という.このように,Oさんにとって嗜好品はとくに先祖の月命日と結びつき,家族や親族を想い出す機会となっていた.しかも1か月のうちほぼ半分の14日が,月命日という.  では,豊かさについてはどうだろうか.「幸せとか豊かさにつながってると思うんです.月命日の高野山の線香とお茶の香りをかぐと,精神的に安定します」と語った.このように,Oさんにとって嗜好品の摂取は,豊かさに直結していた.
【4.結論】  以上から,嗜好品は「家族の月命日」と不可分に語られ,生活の豊かさを実感させていた.こうした嗜好品摂取と豊かさの関連は,(省略したが)量的データ分析からも支持された(とくにスイーツが豊かさの意識を高めた,小林2020).したがって,文化活動における嗜好の偏りが,人びとの豊かさを促進しうることが示された.
【文献】 小林盾,2020,「スイーツの力,思い出の月命日:嗜好品と豊かさ」小林盾編『嗜好品の社会学:統計とインタビューからのアプローチ』東京大学出版会(印刷中). 高田公理・嗜好品文化研究会編,2008,『嗜好品文化を学ぶ人のために』世界思想社.
【付記】  本研究は公益財団法人たばこ総合研究センターの委託による,「嗜好品と豊かさや幸福に関する社会学研究」研究会の研究成果の一部である.「2018年嗜好品と豊かさや幸福に関するインタビュー調査」データの使用に際して公益財団法人たばこ総合研究センターの許可を得た.


バーテンダーと客が「オーセンティック」を選ぶとき

慶應義塾大学大学院 関 駿平

【1.目的】  本報告の目的は都市における下位文化成員が、自らの下位文化を他の文化と区別しながら嗜好していく過程を明らかにすることである。具体的には、オーセンティックバー文化における主要なアクターであるバーテンダーと常連客が、数あるバー文化から「オーセンティック」を区別して認識するまでに至る、店内の実践や、価値観の確立に至る経緯を、複数の店舗における参与観察とインタビューデータから考察する。  現代において人々は、一つのジャンルの文化において階級や職業の差を乗り越えながら、文化を雑食的に担うことが指摘されている。特に都市においては、様々なカテゴライズで分けられる文化が都市に集中しており、個人が様々な文化を流動的に横断することによって、文化個々の嗜好が不透明になることも想定される。加えて都市社会学では様々な背景を持つ人々が流入することで多様な文化を生成し、ときに他文化と接触しながら内的に強化されていくことが指摘されている。以上のような背景から、他文化との接触の中で、文化成員がいかに自らの文化の嗜好を確立するかと言った点に着目する。
【2.方法】 主な研究方法として参与観察とインタビューを用いる。参与観察として、東京都心地域における複数のオーセンティックバー店舗における、バーテンダーや常連客の活動の観察を行った。インタビューは、主にバーテンダーに対して「オーセンティック」への価値観や自身の職業ライフコースに関して半構造化インタビューを行った。
【3.結果】  分析の結果、バーテンダーと常連客は、類似の文化の間を移動することで、他の文化との差異を認識していくことが明らかになった。 バーテンダーは独立まで、様々な形態のバーを修行しながら渡り歩くことで、自らのオーセンティックバーに関する価値観を明確にする。その上で、独立する際に内装や立地、コンセプトに自らの理想の「オーセンティック」を反映させ、他の形態のバーからの差異化を行っていく。  常連客は様々な形態のバーを移動する「はしご酒」を実践し、他文化との違いを認識する。その後、自分の状態や飲み方に合わせ様々なバーを使い分け、オーセンティックバーに適した振る舞いを身につける。  これらの移動によって、文化成員がネットワークを生成していく。バーテンダーは主に地域単位でオーセンティックバーのネットワークを形成し、客に仲間のバーを紹介する。客も、自身が移動しながら他の「オーセンティック」バーの話題をバーテンダーと行うなどしてネットワークの生成に加担している。
【4.結論】  都市下位文化の嗜好の生成においては2点の実践に集約することができる。まず1点目に他の類似の文化との比較の中で、「差異」を内面化していく成員の実践である。2点目に自らの文化成員同士が協働してネットワークを構築していくことによって、「共通点」を内面化し下位文化を強化する実践があげられる。このように、成員は他の文化と異なっている点、同じ文化を持つ成員と共通する点を同時に見出していくことで文化の境界を自覚していく。以上の実践は、都市という他の文化が空間的にひしめきあう環境を利用するという点で都市固有の実践として位置付けられる。


文化と社会意識の幾何学的データ分析

慶應義塾大学 磯 直樹

【1.目的】  Routledge International Handbook of the Sociology of Art and Culture (Hanquinet & Savage 2016) などには典型的に見られるように、2000年代以降の文化社会学・芸術社会学においては、ピエール・ブルデューに影響を受けた研究が国際的には主要な潮流の一つを成している。他方で、ブルデューの著作を参照するものの、元々の彼のテクストとは関係のない議論も多い。古典的地位を得た研究については、元のテクストで何が言われていて、どのような限界があるのかを踏まえて批判的に参照する櫃ようがある。本報告ではこのような立場に立ち、2018年に実施したウェブ調査データを用い、ブルデューの空間概念を中範囲の理論としてする再構成する。その上で、具体的な事象と一般理論を架橋させることを目的とする。
【2.方法】  2018年、私が調査会社を通じて東京都民を対象に実施したウェブ調査データを用いる。調査の質問項目には、文化活動、文化的嗜好、社会意識、社会階層などに関するものが含まれる。本報告では、美術、読書、社会意識に関する質問項目を選び、それらと社会階層との関係を多重対応分析によって分析する。分析の際には、アクティブ変数として各空間を構成するためのモダリティ(変数)を指定し、サプリメンタリ変数として社会階層に関わるモダリティ(変数)を指定する。
【3.結果】  分析の結果、美術空間、読書空間、社会意識空間を構築することができた。各々の空間には独自の分化の原理が見られ、上記の順で社会階層との関係が相対的に強くみられる。例えば、社会意識空間については以下のような結果が得られた。  この空間は、主に3次元の軸で説明できる。第1軸と第2軸で構成された平面を見ると、第3象限に位置する人びとは政府による規制には反対であり、自らの社会的地位が高いと考えているように思われる。これに対し、第1象限においては、階層の上下が経済以外の要素で決まると考える人びとが並んでいるように思われる。第1軸は社会に対して意見を有するか否かで分かれていると考えられる。図の第1象限には、サプリメンタリ変数で文化活動に積極的なことを示すモダリティが見られ、第2軸は概ね文化を重視する人びとが並んでいると考えられる。第1軸と第2軸の組み合わせでは、第4象限に高所得であることを示すモダリティと管理職を表すモダリティが位置している。第2軸と第3軸の場合、所得に関しては分からないものの、概ね新自由主義的な態度を表すモダリティが並んでいると指摘できる。このように考えると、第3軸が示しているのは、新自由主義に対する態度と考えることができる。
【4.結論】  「空間」は、ブルデューのいう意味での「界」と「社会空間」を理論的に結びつける概念であり、量的調査データの分析結果を中範囲の理論として整理する際に有用である。しかしながら、ブルデュー自身によっては、「空間」概念の理論的位置づけが曖昧であった。これら3概念の差異を認識することで、『ディスタンクシオン』(Bourdieu 1979)などの議論も批判的に受容することが可能になる。


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