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報告要旨 11/1(日)9:30~12:30

家族


同別居および近居の実態に関する比較分析

関西学院大学 松川 尚子

1.目的  本報告の目的は、親や子との同別居および近居の実態を明らかにすることである。具体的には、同別居および近居の実態に大都市圏と非大都市圏で違いがみられるのかどうか、意識面で表れていた同別居・近居の志向の違いが事実としての実態にどのように表れているのかを検証する。  これまで、関西のニュータウンを対象におこなった調査研究1)の結果、「親との同居率は8.7%と非常に低い」「親の6割以上が近畿圏内に居住」「親の居住地はニュータウン周辺に分布している」といった実態が明らかになった。さらに、「近年になるほど、親が近畿圏外に住む割合が減少し、近畿圏内居住の場合は居住地までの距離が近くなっている」、つまり〈近居〉の傾向が強まっていることが示された。こうした知見はニュータウン特有ではなく、他の地域にも一般的に当てはまるだろうか。  また、老後の暮らし方(誰と・どのように暮らすのがよいか)を問うてきた内閣府「国民生活に関する世論調査」の分析の結果、都市規模が小さいほど〈同居がよい〉・〈息子がよい〉の割合が高いという都市規模別の違いが明らかになった。こうした意識面の違いは実態面でも表れているだろうか。
2.方法  本報告では、「愛媛・長崎県民生活実態調査」(2017年実施・選挙人名簿または住民基本台帳からの無作為抽出・郵送法)と「川崎・神戸・福岡市民生活実態調査」(2019年実施・選挙人名簿からの無作為抽出・郵送法)2)のデータを使用してSPSSによる分析をおこなう。両調査とも、親および子の居住地について、都道府県・市町村を質問した。さらに県民生活実態調査では、「車で行くと仮定した場合の所要時間」を、市民生活実態調査では「最寄りの駅名」を問うた。これらの質問項目を用いて分析するとともに、こうした質問が居住地の把握にどの程度有効だったかについても検討したい。
3.結果  まず同居率の低さはニュータウンで顕著であることが明らかとなった(愛媛県・長崎県および川崎市では同居率は20%弱)。別居の親の居住地については、都市部と非都市部で違いがみられた。愛媛・長崎の場合、別居の親が同一県内に居住地している割合は8割を超える。同一地域圏まで含めると、愛媛は四国内に・長崎は九州内に9割以上が居住していた。同一市町村に居住している割合は5割以上である。一方、川崎市の場合、別居の親のうち同一県内に居住している割合は3割、川崎市内は2割弱、関東圏6割であった。この構成比は、ニュータウンの傾向に近い。
4.結論  大都市圏と非大都市圏では、親の居住地の分布に違いがみられることが明らかとなった。非都市部においては、別居の場合でも半数以上は同一市町に、ほとんどが県内に居住しており、より一層〈近居〉である状況がうかがえる。都市部においては、必ずしも同一市町に限らず同一地域圏内に居住している傾向がみられる。
1)「関西ニュータウンの比較調査研究」(2004年)を用いて分析。この調査は関西学院大学社会学研究科21世紀COEプログラムの指定研究の一つとして実施(指定研究代表者:大谷信介)。
2)両調査とも科学研究費基盤研究(A)「政策形成に貢献し調査困難状況に対応可能な社会調査方法の研究」(研究代表者:大谷信介)の一環として実施。 参考文献:松川尚子,2019『〈近居〉の社会学――関西都市圏における親と子の居住実態――』ミネルヴァ書房.


中国都市部既婚女性の出産意識とその影響要因

奈良女子大学大学院 畢 舜堯

1.目的 近年、長い間で中国に実施された「一人っ子政策」が終わりを迎え、2016年から全ての夫婦が子どもを二人まで産めることが許可された。出産政策の緩和を機に、既婚女性の出産意欲、とくに農村部より「一人っ子政策」が徹底的に実施された都市部の既婚女性が子供を持つことに対してどのように変わったのか。 本報告の目的は、中国における「全面二孩」という出産政策の実施を背景に、都市部に在住している既婚女性の出産意欲の現状を把握した上で、具体的な事例から女性一人ひとりの出産の実態や出産意識に影響を与える要因を明らかにする。
2.方法  本調査は2017年12月から2018年1月までの約一ヶ月にかけて中国大連市で暮らしている20代から40代までの既婚女性10名を対象者として、インタビュー調査を行った。本報告ではインタビュー調査から得られたデータをもとにして考察してきた。
3.結果  中国において、出産政策の緩和とともに、都市部の既婚女性は子どもを二人っ子まで産みたいという意識が強く存在しているが、実際の出産行動を見ると、出産意識と出産行動の間に、大きなギャップが存在している。  インタビュー調査から見た結果をいうと、既婚女性の出産意欲に影響を与える要因として三つの側面からよく挙げられた。まず、社会的要因として、どもを安全に成長させられる環境への心配と幼児医療福祉制度の不整備などの子育て環境の悪さが既婚女性の出産意識に負の影響をもたらしている。また、家族的要因に関して、親と同居することによる両親から育児サポートがえられることが女性の出産意識を促進させる。そして、個人的要因から見ると、子どもを持つことによる精神的な満足感が正の効果があり、仕事の差し支えや育児の心理的・身体的な負担が女性の出産意欲に負の効果が与えていることが明らかになった。  
4.結論 出産政策の緩和を背景として、中国都市部の女性が第二児を持ちたい意識が高くなってきた。しかし、出産意識が出産行動に結びつくために色んな壁を越えなければならない。 今回のインタビュー調査から得られたのは、子育ての環境の不整備、育児サポートの不足、女性の心身的負担とキャリアへの配慮といった点が女性の出産意識を抑える要因として取り上げられている。そこで最も重要なのは、出産政策の改革だけにとどまらず、それなりに女性が多めに出産できる社会環境の改善を政府側や企業側を含む社会全体が力を尽さないと状況を変化させにくいではないかと想像される。


トランスナショナルな親子関係におけるジェンダーアイデンティティの葛藤

Goldsmiths, University of London 髙橋 薫

【1.目的】 本報告は日本の家族と離れて暮らす在外邦人女性の日常生活の観察を通して、トランスナショナルな空間におけるジェンダー化されたアイデンティティの葛藤を考察するものである。従来の日本人の海外移住に関する研究では、日本の家父長社会を背景とした動機の分析や、ビザの枠組み別でのアイデンティティ変容への問いが主に行われてきた。本研究ではトランスナショナルな親子関係におけるライフコースへの着目を喚起する目的で、多様なケアの解釈や実践の在り方、そこで感情が持つ社会学的な意味をエスノグラフィーの手法を用いて論じる。
【2.方法】 イギリス・ロンドン南東エリアに暮らす日本人女性を対象に行った50名以上とのインフォーマルな対話、12名との半構造化インタビューを含む参与観察(2015~2018年)によって得られた情報をバイオグラフィカルアプローチを軸に分析した。対象者は主に30-40代、イギリスへの渡航目的・時期及び在英期間も異なるが、多くがイギリス人もしくは日本人の夫との間に子供を持つ母親である。協力者は報告者が調査以前より構築している地元日本人コミュニティにおけるネットワークを通じて募集された。
【3.結果】 子を持つ女性の場合、子供と親それぞれの年齢や健康状態によって異なるジェンダーアイデンティティと感情操作(emotional management)が日々の行動を通して観察された。日本の両親がロンドンで暮らす彼女らを訪問する際、子がまだ幼い女性の場合その両親の目的は孫の世話や娘の家事サポートであるが、こうした短期の近接した母娘関係は女性に現地で確立させた母親としてのアイデンティティの揺らぎをもたらしていた。他方成長した子を持つ家庭において女性達は、両親の訪問自体が親孝行の機会としてとらえられ、海外生活で蓄積した文化/社会関係資本を駆使して独立・成功した個人としてのアイデンティティを再確認し、一般的に期待される娘としての責任を果たすことのできないトランスナショナルな空間での葛藤を昇華させようとする試みが見られた。また親の老後を懸念し日本へ帰国する選択をした独身女性では、その決断は個人的な事情(帰国後の職業・住まいの安定)のみならず、イギリスでの今後の暮らしがブレグジットのような政治的要因によってどう価値を変えるかという将来への想像、また親への感謝を含む過去への振り返りという内的対話が見られた。いずれにおいても娘としての義務や責任は単に日本の社会規範やイギリスの一般常識を反映させるものではなく、自身や家族の年齢や家族環境の変化に伴って生じる関係性の中で再解釈され、娘・妻・母親という多層なジェンダーアイデンティティが都度トランスナショナルな空間で再構築されていることが明らかになった。
【4.結論】 高齢化が進む社会の中で在外邦人が抱える葛藤は決して一枚岩ではなく、家族構成・地域との関係性・政治社会的な背景が複雑に交錯していることが明らかにされた。また娘から親に対するケアの意識は、直接的な介護が困難なトランスナショナルな関係では感情的交換を通した多様な理解・実践が参与観察を通して明らかにされた。結果、移民研究におけるジェンダー化されたアイデンティティは従来配偶者との関係性を中心に考察されることが多いが、本報告ではライフコースと共に変遷する多様な家族関係を考慮することの意義を唱えるものとなった。


晩産化と少子化

札幌市立大学 原 俊彦

1. 目的 日本の平均初婚年齢は1974年の24.5歳から2018年の29.4歳まで、ほぼ毎年0.1歳上昇してきた。一方、平均出生年齢も1974年の28.0歳から2018年の31.9歳まで上昇、合計出生率(TFR)は1974年の2.05から2018年の1.42まで低下した。晩婚・晩産化すれば少子化することは事実だが、結婚・出生のタイミングが高年齢にシフトするとなぜ出生力が低下するのか、その原理は明らかではない。そこで年齢別出生率が平均出生年齢を中心に正規分布すると仮定し晩産化と少子化について確率論的な考察を行った。
2. 方法  期間年次ではなく出生年ごとの分析を行った。人口動態統計特殊報告の15-49歳までの各歳別初婚率、順位別出生率を用い1939年出生から1960年出生について、出生年ごとに平均初婚年齢、平均出生年齢、出生順位別平均出生年齢(第1子、第2子、第3子、第4子、第5子以上)、出生順位別合計出生率、コーホート合計出生率(CTFR)、50歳時未婚割合、無子割合、1子割合、2子割合、3子割合、4子割合、第5子以上の割合を求めた。また1939年出生と1960年出生について、各年の年齢別初婚率、順位別出生率が平均年齢を中心に正規分布すると仮定したモデル計算を行い、実績値とモデル値の分布を比較し、出生順位別に乖離パターンを分析した。
3. 結果  コーホート合計出生率は1939年から1953年出生まで概ね2.03と置換水準を維持していたが、1954年出生の1.98から減少が始まり1960年出生の1.82まで低下している。平均初婚年齢も1939年から1952年までは概ね24.6歳で安定していたが1953年出生の24.7歳から1960年出生の25.7歳まで約1歳上昇した。第1子平均出生年齢も1939年から1948年までは24.7歳で推移していたが、1949年の24.8歳から1960年出生の27.1歳まで約2.4歳上昇した。多少のタイミングのズレはあるものの第3子、第4子、第5子以上の平均出生年齢でも上昇が確認され、平均初婚年齢の上昇が順位間の出生間隔とともに各順位の平均出生年齢を押し上げ、全出生の平均出生年齢(出生タイミング)を1949年出生の27.6歳から1960年出生の28.8歳まで1.2歳上昇させた。この結果、各順位別の完結出生率も第1子が0.92から0.83、第2子が0.79から0.69、第3子が0.27から0.25まで低下、第4子は0.04、第5子は0.01と変化しないものの、全体の合計出生率(CTFR)を低下させた。また正規分布モデルによる計算結果は1939年出生と1960年出生の実績値の年齢別分布を再現しており、両者の間には共通する一定の乖離パターンがあり遷移することが確認された。
4. 結論  年齢別出生率の分布が偶然に従う(正規分布)とすれば15歳から49歳の間で平均値を中心に左右対象の釣り鐘型となる。また15歳からの期間が短い若年では左に凸で短期間にピークに達し収束する一方、期間が長くなる高年齢では右に凸でピークは低く扁平となる。さらに平均値が期間中央に近づくにつれ右端の上限年齢を越えた分だけ合計出生率は低下する。このため結婚・出生のタイミングが高年齢にシフトすると各順位別出生力は低下し、コーホート全体の出生力も置換水準以下となると考えられる。


専門職女性のキャリア移動の構造

東京大学大学院 池田 岳大

1 目的  本稿では専門職女性のキャリア移動のパターンを特に職業ライセンスの有無に着目して明らかにすることを目指す.
2 方法  本稿では報告者が独自に実施したネットモニター会員に対するWeb調査データを用いた量的分析を行う.本調査は,ライフコースの壮年期にあたる38歳~50歳の女性を対象とした調査であり,18歳時点からおよそ20年間の職歴,婚姻歴,出産歴などを尋ねた調査である.加えて,職業ライセンスの種類や取得時期,そのメリットなどを尋ねて職業ライセンスの取得がライフコースの分岐に及ぼす影響を捉えることを目的として設計された調査となっている.ただし,ここでいう職業ライセンスとはいわゆる国家資格に代表される,当該職業ライセンスの取得が当該職務を遂行する上での必須要件として法的拘束力,罰則が科せられているものを指している.※コロナの影響により調査時期を6月後半に延期している.
3 結果  本稿では,職業ライセンスを取得しており,かつ当該職業ライセンスの取得が必須要件とされる職業についている女性は当該職で就業継続しやすく,かつ当該職に再就職しやすいことを明らかにする.分析手法としては,最適マッチング分析を用いたライフコースのパターン分析,イベントヒストリー分析を用いた就業中断,再就職移行確率を推定する.池田(2015)が職業ライセンスの取得が再就職移行に効果をもつ効果について示唆しているが,それを発展させ,本稿では専門職の職業ライセンスを中心とした議論で,かつ職業構造要因の効果に着目した理論・分析枠組みを導入した研究となっている.
4 結論  既存研究では職業ライセンスの設置による労働供給制限と報酬メカニズムの関係が主な論点であった.しかし,本研究ではそうした労働供給制限の効果として,特に転職市場や再就職市場における潜在的な競争相手となる労働者が制限されるために(Weeden 2002),出産,育児などのライフコースの転換期を介した女性のキャリア移動が円滑に進むことを示唆することができる.さらに,日本の労働市場において相対的に弱者となりやすい女性にとって,職業ライセンスというフォーマルな規則が適用されている職業構造こそが長期的な職業キャリアを形成するための手段であることも同時に示唆される. (付記)  本稿は日本学術振興会科学研究所補助金(研究課題/領域番号18J21033)の女性を受けた研究成果の一部である.
文献 池田岳大,2015,「職業資格の取得が女性の再就職移行にもたらす効果」『社会学年報』44: 47-57. Weeden, K., 2002, “Why Do Some Occupations Pay more than Others? Social Closure and Earnings Inequality in the United States”, American Journal of Sociology,108(1): 55-101.


日本の不利な近隣に住む若者は社会的孤立状態にあるか

東京大学大学院 大和 冬樹

1.目的 貧困層が集積した不利な近隣に住まう若者がいかなる状態に置かれているかは貧困研究の重要な探求トピックである。不利な近隣に関する古典的な議論としてはWilson (1987=1999) の“The Truly Disadvantaged”がある。この本でWilsonは貧困層の集中した大都市インナーシティでは近隣のコミュニティを支える社会的緩衝装置が失われ、その結果社会的孤立といえる生活状況が発生し、そこに住まう若者はより困難な状況に追い込まれていると主張した。 アメリカでなされたこのWilsonの研究の知見は、日本の不利な近隣においてもあてはまるだろうか。例えば大阪府内にある生活困難層住民が集住する公営住宅集積地の調査を行った西田(2019)の事例研究では、調査対象とした公営住宅集積地においては地域活動が活発であり特に子供にかかわる活動が広く展開され、そこに住まう若者が社会的孤立状態にはないことが明らかにされている。一方、日本全体でみた場合、どちらの知見があてはまるかについての検討は進んでいない。そこで本報告では「学校生活と将来に関する親子継続調査(JLSP-J)」のデータを用いて、日本の不利な近隣に住まう若者が社会的孤立状態にあるかどうかを検証する。
2.方法 「学校生活と将来に関する親子継続調査(JLSP-J)」のデータには居住地情報が含まれているので、調査対象者が不利な近隣に住んでいるか否かを判定できる。ここでは近隣の有利不利を表す指標を、国勢調査の町丁目レベルの無職率、専門管理率、大卒率、中卒率、死別・離別率から作成し、全体の下位20%を不利な近隣と操作的に定義する。そして、不利な近隣に住んでいた若者は、そうでない近隣に住んでいた若者に比べて、社会的孤立状態にあるかを検討する。社会的孤立状態にあるかは、近隣の人のサポートを受けたか、職に関する情報ネットワークにアクセスできたかなどを検討する。
3.結果/結論 不利な近隣に住んでいた若者は、そうでない近隣に住んでいた若者を比較したところ、近隣の人のサポートを受けたか、職に関する情報ネットワークにアクセスできたかなどに関して近隣によってあまり差は出なかった。この結果からは、Wilson (1987=1999)がアメリカでみたような社会的孤立が日本で広範囲で起こっているとは言えないということである。また、不利な近隣において近隣の人のサポートを受けたり職に関する情報ネットワークにアクセスできたりしていない層も一定数確認されたので、西田(2019)が公営住宅集積地の事例研究で見たようなコミュニティでの強固な包摂も一般的ではないことが示唆される。
文献 Wilson, William J., 1987, The Truly Disadvantaged: The Inner City, the Underclass, and Public Policy, Chicago: University of Chicago Press.(=1999,青木秀男監訳『アメリカのアンダークラス——本当に不利な人々』明石書店.) 西田芳正, 2019, 「大都市における「地元」的世界の形成と持続——公営住宅集積地における生活史・誌調査から——」,日本都市社会学会第37回大会報告.


社会病理・逸脱


「児童虐待」事件で裁かれる「母親性」

〇九州大学 藤田 智子
佛教大学 大貫 挙学

【1. 目的】  近年,児童相談所による虐待相談対応件数の「増加」が社会問題化し,民法,児童虐待防止法,児童福祉法が改正されるなど,政策レベルでの対策も「強化」されている.そのような社会状況のなか,児童虐待の刑事裁判において,適用罪名や量刑の厳罰化傾向が認められる.  本報告の目的は,児童虐待事案の刑事司法過程において,「母親」たる被告人が,いかなる「論理」で裁かれているのかを検討することにある.
【2. 方法】  報告者らは,昨年度の日本社会学会大会で,複数の事例を横断的に分析しながら,刑事裁判での児童虐待の「扱われ方」を考察した.本報告は,さらに個別事案の刑事司法過程に着目する.その際,「母親」による「子ども」に対する致死事件(e.g. 「子ども」をネグレクトで死亡させたとする「母親」の行為につき,保護責任者遺棄致死罪ではなく,殺人罪が適用された「大阪二児置き去り死事件」)を事例とする.  児童虐待の背景として,「家族」を聖域化する諸制度やイデオロギー,社会のジェンダー構造等が指摘されてきたが,家族/ジェンダーに関わる規範は,法廷言説においても,しばしば解釈資源となっている(大貫 2014; 大貫・藤田 2012).かかる観点から,本報告では,対象事件の刑事確定訴訟記録を資料として,とくに犯意の認定,動機の構成,情状評価,量刑判断について,法廷言説の分析を試みる.
【3. 結果】  裁判では,検察官,弁護人が,「理想的な母親」像を前提に,被告人の行為・性格をそこからの逸脱,あるいはそれに適合したものとして解釈する.判決においては,「母親としての責任や義務」を果たしている/いないことが,情状評価のみならず,犯意の認定や,その判断を基礎づける動機の構成にも関わることになる.  また,法改正を含む「社会情勢」,事件の「社会的影響」や「同種犯行の予防」は,被告人に不利な量刑判断事情とみなされる.ときにそれは,実行行為を行っていない「母親」に厳罰を科す根拠ともなっている.こうした「社会」状況への言及は,「経済的困難」「子育ての苦労」等の社会的課題を「母親」の「責任」とみなし(cf. 藤田 2020),虐待の「リスク」を個人化するのである.
【4. 結論】  家族/ジェンダーに関わる社会規範は,児童虐待について,「母親」に対する刑事責任の帰属,さらには厳重な処罰を可能にする.そのことは,リスクの個人化や社会規範の再生産にもつながっている.
【文献】 藤田智子,2020(刊行予定),「シングルマザーの貧困はなぜ解消されないのか」三隅一人・高野和良編『ジレンマの社会学』ミネルヴァ書房,85-103. 大貫挙学,2014,「刑事裁判のジェンダー論的考察――女性被告人はどのように裁かれているのか?」渡辺秀樹・竹ノ下弘久編『越境する家族社会学』学文社,155-71. 大貫挙学・藤田智子,2012,「刑事司法過程における家族規範――DV被害女性による夫殺害事件の言説分析」『家族社会学研究』24(1): 72-83.


日本とシンガポールにおけるDVを経験した母親と子どもの支援を行う民間NGOの実践と課題

〇東北大学 小川 真理子
茨城女子短期大学 小口 恵巳子
東京ウィメンズプラザ 柴田 美代子

【1.目的】 本報告では、第1に、先駆的に支援活動を行っている民間NGO・シェルターの取り組みに着目して、日本のDV被害女性とその子どもへの支援の実態を明確にする。第2に、DV被害女性だけでなく、その子どもも保護対象として位置付け、DVを含むファミリー・バイオレンス(以下、「FV」と略す)被害者支援を行っているシンガポールの民間NGO・シェルターの実践について明らかにする。第3に両国のDV被害者支援の比較検討を行い、日本のDV対応への提言を行う。
【2.方法】  研究方法としては、現地での文献調査及び質的調査を行った。2018年8月~2019年3月に東京都及び福岡県の5つの自治体、公的関係機関、民間団体へのインタビュー調査(N=34)を実施した。また、シンガポールでは、社会保障・家族政策省、民間シェルター・民間NGO、研究者(N=16)にインタビューを行い、DVを含むFV施策の特徴や支援実態を把握した。
【3.結果】  日本のDV被害母子への支援は、DV防止法が3度改正(2019年時点)されているにもかかわらず、制度上、運用上の問題が依然として残されている。厚生労働省の調査(2018)によると、「同伴児童と一緒に入所できない」等の理由により、DV被害母子が一時保護につながらなかったケースが約半数を占めている。また、行政のDV対応では、一時保護後の生活再建を含む中長期的な支援が十分行われておらず課題が残る。行政による支援を、多様な民間団体の多彩な支援が補完しているのが現状である。  シンガポールでは、社会保障・家族政策省(Ministry of Social and Family Development, 以下、「MSF」と略す)のリーダーシップのもと、警察は、FV被害者支援をより実効力のあるものとするために、民間シェルターを含めたシステムを構築している。シンガポール政府の全面的なバックアップを受けて運営している4大民間シェルターは、FV被害者支援に欠かせない存在である。シンガポールには、公的な一時保護所がないため、一時保護施設としての民間シェルターに財政支援を行い、被害者の安全を確保している。官(MSF)と民(民間シェルター)はそれぞれの立場を最大限に生かし得るようにDV対応に取り組み、自立支援も視野に含めDV被害母子を尊重した支援を行っている。
【4.結論】 シンガポールではFV政策の下、DV被害者の子どもは、分離され、不安に陥ることなく支援を享受できることが看取された。FV概念は、日本のDV被害母子への支援において多くの示唆を含んでいる。本調査によって明らかになった結果を踏まえ、国は、DV対応の自治体間格差を解消するために、ある程度統一した支援の基準を示すことが必要であること、児童虐待とDVを含むFVの視点からの調査研究の実施と分析、児童虐待対策とDV対策の連携強化が必要である。


刑務所調査における困難性をどう受け止めるか

〇立教大学 加藤 倫子
四天王寺大学 平井 秀幸

1.目的  2020年4月,薬物事犯者に特化した「回復/支援的」な処遇を行う「女子依存症回復支援センター」(以下「センター」とする)が,X刑務所(女子施設)の一角に開設された.センターは,受刑者が刑務所を出てからも一元的に支援が継続する「女子依存症回復支援モデル事業」(以下「モデル事業」とする)の一部をなしており,多くの点で日本初の特徴を有している.特筆すべき点の一つは,従来の「刑罰/治療的」な薬物処遇からの転換を目指しているということである.センターも新型コロナの影響を少なからず受けたものの,2020年6月現在,外部講師によるプログラムが対面で行われるようになり,形式的には当初予定されていたものが徐々に実現されつつある.  上述の通り,センターは多くの点で日本初の特徴を有している.その画期性については,同時報告(平井)に譲り,本報告では,まず,新型コロナの影響下で開始された調査について紹介する.そして,日本で初めての試みとなるセンターを調査する際の課題とは何か,そして,その課題を踏まえつつ調査を継続するためにはどうすればよいのかを考察する.
2.方法  当初は,「歴史研究」,「職員研究」,「プログラム研究」,「受刑者研究」という4つの調査研究を同時並行で進める予定だったが,2020年6月時点,「職員研究」と「プログラム研究」のみが実施できている.それらの調査も,さまざまな制限が課されている.そもそも,平井(2015,2016)で指摘されている通り,刑務所でのフィールドワークには制約が多い.このような状況下で,当初の研究目的を達成しつつ実施可能な調査方法について,海外で批判的犯罪学の立場から行われた刑務所調査(例えばBosworth 2005)も参照しながら検討した.
3.結果  Bosworth(2005)は,刑務所調査の困難性の背景に,「調査者と研究参加者である受刑者との間の非対称性」があることが指摘している.じじつ,報告者もこれと同様の非対称性にもとづく「うしろめたさ」を抱えながらフィールドに足を運んでいる.Bosworthは,非対称性を克服する方法として,対面でのインタビュー調査に代わって手紙による調査の有効性を指摘しており,特に,調査を通じて受刑者たちをエンパワメントできるということを強調している.しかし,そのような方法によって非対称性がなくなるということはなく,むしろ,刑務所のようなフィールドでこそ,調査者がもつ権力性が先鋭化するようにさえ思われる.
4.結論  刑務所というフィールドにおいて,調査者がもつ権力性から逃れられないことがわかったうえで,いかにこの調査を継続すればよいのだろうか.「被害体験やトラウマのある女性たちを支援する」という事業そのものの性質を考えると,そのような権力性の問題を放置したまま調査を行うことは深刻な問題につながりうる.当日はさらなる考察を報告する.
Bosworth, M., Campbell, D., Demby, B., Ferranti, S. M., & Santos, M., 2005, “Doing Prison Research: Views From Inside,” Qualitative Inquiry, 11(2):249–264. 平井秀幸,2015,『刑務所処遇の社会学――認知行動療法・新自由主義的規律・統治性』世織書房. ――――,2016,「刑務所で『ブルー』になる――『不自由』なフィールドワークは『不可能』ではない」『最強の社会調査入門』ナカニシヤ出版.


「後発型」調査はどうあるべきか

〇四天王寺大学 平井 秀幸
立教大学 加藤 倫子

1、目的  2020年4月、薬物事犯者のみを対象として特別なプログラムを提供する「女子依存症回復支援センター」(以下「センター」とする)が、「女子依存症回復支援モデル事業」(以下「モデル事業」とする)の一環としてX刑務所(女子施設)の一角に開設された。報告者は現在センターでの質的調査を開始したところであるが(詳細は同時報告(加藤))、本報告ではセンターおよびモデル事業の調査方法論をめぐる規範的考察を行う。
2、方法  センターは、①民間の女性支援NPOが法務省からプログラム開発を受託していること、②プログラムの内容が依存症回復支援を志向する「回復/支援的(recovery-supportive)」プログラムであること(平井 2015)、③プログラムの内容が女性に特化した「ジェンダー応答的(gender-responsive)」プログラムであること(Bloon et al. 2003)、④出所後も引き続き支援を行う社会内まで継続するモデル事業の一部(前半部分)であること、といった種々の点で、これまでの刑事司法における薬物処遇を転換させる可能性を秘めている。本報告では、1990年代より「回復/支援的」「ジェンダー応答的」な犯罪者処遇を開始していた英語圏の経験を紐解くことで、いわば「後発型」のメリットを活かした調査のあり方について検討する。
3、結果  英語圏には、「回復/支援的」「ジェンダー応答的」な犯罪者処遇に対する、経験的調査に基づく幅広い批判が存在する。特に、「再統合産業(reintegration industry)」「受刑者再参入産業(prisoner reentry industry)」により、施設内だけでなくコミュニティでの支援も含めた「回復/支援的」実践の多くが、個人化・責任化された支援となっていることへの批判(新自由主義的な予算削減のなかで、低予算で民間のNPOにプログラムが委託され、その多くが元犯罪者の個人的能力やスキルを高める支援に縮減化されていくことへの批判)、そして、ジェンダー応答的司法を導入した多くの国や地域において、同時並行的に女性の拘禁率が上昇し、エビデンス主義の至上化とあいまって女性受刑者処遇が拡大してしまったことに対する批判、などが重要であろう。
4、結論  センターやモデル事業の質的調査を実施するうえで必要なのは、「日本の経験は、英語圏の経験とどのように一致し、また、どのように異なるのか」という経験的問いだけではなく、「日本の経験においても英語圏で批判された側面が観察され得るのか、また、そうだとすれば調査者はいかにそれに相対すべきか」という倫理的問いであろう。「後発型」であるのは、センターやモデル事業だけではなく、調査もそうなのである。すでに(英語圏での)「前例」を知識として知っている身として、上記の批判的視線を進行中の実践へと還元していくことはいかにして可能だろうか。当日は「批判的アクションリサーチ(critical action research)」や「変革的調査実践(transformative research project)」をめぐる論点を手がかりにさらなる考察を行う。
<文献> Bloom, B., S. Owen and S. Covington, 2003, Gender Responsive Strategies: Research, Practice, and Guiding Principles for Women Offenders., Washington, DC: US National Institute of Corrections. 平井秀幸,2015,『刑務所処遇の社会学――認知行動療法・新自由主義的規律・統治性』世織書房.


マイフェイス・マイスタイルが発信した新しい「見た目問題」当事者像

立教大学 矢吹 康夫

1. 目的  日本において、疾患や外傷によって「ふつう」とは異なる外見をもった人びとへの差別を解消するための取り組みは、国内で初めて問題提起を行ったNPO法人ユニークフェイスの運動を引き継いで、現在はNPO法人マイフェイス・マイスタイル(MFMS)が担っている。MFMSは、ユニークフェイスが発信した差別の告発という強い言説を相対化することを企図して、さまざまなメディアを活用して新しい当事者像を発信してきた(矢吹 2016: 227-8)。本報告の目的は、MFMSが、どのような方法で、どのような当事者像を発信しているのかを明らかにすることである。
2. 方法  本報告では、MFMSが2011年3月〜2016年3月まで配信していたユーストリーム番組『ヒロコヴィッチの穴』(全200回)において、特に当事者をゲストとして招いた回(36人、延べ42回)を対象に、その内容分析を行う。また、補足として、MFMS代表の外川浩子氏へのインタビューデータも用いる。
3. 結果  MFMS代表の外川氏は、ゲストの人選においては、「ふつうの」学生や会社員として生活している人びとにもスポットを当てようと考え出演を打診したと述べた。番組に出演していた当事者のゲストの中には、セルフヘルプグループの代表者なども含まれるが、それだけでなく、マスメディアからの取材に応じたことがなく、積極的に情報発信しているわけでもない人びとも数多く登場する。  出演した当事者たちが語ったことは、受傷時の状況や治療にともなう負担、学校での孤立、恋愛への躊躇、就職差別など、ユニークフェイスも強調してきた問題経験であった。だが、それだけでなく、子どもからのからかいをやりすごす方法や恋愛で成功するテクニック、就職活動で重視するポイント、カミングアウトのタイミングなど、問題を回避する戦略も数多く語られている。  さらに、当事者たちの自身の人生・経験に対する意味づけや評価にも特徴的な点があった。出演している当事者は、不特定多数が閲覧する番組に顔を出すことができて、多くは実名を公表することができる人びとである。今現在、深刻な状況に置かれているわけではなく、被差別体験も過去の出来事として語り、それを「乗り越えた」「吹っ切れた」「あきらめた」と評価する。しかし、続けて「誰もがそうなれるわけではない」「この境地にたどり着くのは簡単ではない」と、自身の経験が抑圧的なモデルストーリーになってしまわないよう配慮した語り方になっていた。同様に、自身が採用している対処戦略を語るとき、「自分にとっては」「あくまでも私のやり方」「これがベストというわけではない」といった形で一般化を避ける傾向もあった。そして、自分の人生は「ドラマティックではない」「劇的ではない」と評価する語り方もたびたび散見され、苦難を克服した強い主体であることを相対化していた。
4. 結論  以上の結果から、MFMSが発信してきたのは、苦難を克服し社会に異議申立をするような強い主体を相対化し、差別をやりすごし、非当事者と共生する多様な当事者像であったと結論できる。
参考文献 矢吹康夫, 2016,「『ユニークフェイス』から『見た目問題』へ」好井裕明編『排除と差別の社会学(新版)』有斐閣, 213-32.


産業・労働・組織


労働市場の創造

横浜国立大学 小川 慎一

【1.目的】  本報告の目的は,1960~70年代における高度ホワイトカラー有料民営職業紹介事業の誕生の過程を明らかにすることにある.ポスト工業社会の到来が叫ばれていながらも,経営管理層や技術者といった,高度ホワイトカラー層が現在ほど厚くなかった当時において,この層を対象とする有料民営職業紹介事業者は,どのように事業を開拓していったのだろうか.また,当時の事業開拓は,現在を含めその後の同事業にどう継承されていったのだろうか.  新卒採用や長期雇用が日本的雇用慣行の特徴のひとつとされるものの,一般労働者(≒正規雇用者)として入職する者のうち,7~8割は新卒以外である.新卒採用以外では縁故を経由した入職に焦点が当てられてきたが(渡辺 2014),入職の主要な経路として縁故のほか,広告や公共職業安定所(ハローワーク)が挙げられる.そのなかにおいて,2000年代以降,民営職業紹介機関を経由した入職が増加している.現在における同事業の発展の基礎を探るうえで,黎明期における同事業の展開を知ることが欠かせない.
【2.方法】  本報告では,高度ホワイトカラー有料民営職業紹介事業を展開した人物の足跡に焦点を当てる.対象人物である今井正明氏は,1962年にコンサルティング会社を設立し,1967年に有料民営職業紹介事業を開始する.今井氏の著作や2017年に実施した同氏への2回の聞き取り,ならびに政府統計等の資料に基づいて考察する.
【3.結果】  民営職業紹介事業は戦後から1999年の規制緩和まで,職種を限定されるなど規制が続いてきた.職業紹介事業のほとんどは公共職業安定所,すなわち政府による独占事業であった.そうしたなかにあって,管理職や技術者などの高度ホワイトカラーを対象とする有料民営職業紹介は,1964年から「経営管理者」や「科学技術者」として事業が可能となった(佐野 2009).  その一方で,政府による高度ホワイトカラーの紹介事業である人材銀行が,1966年に東京に開設されて,翌年から全国展開される(小川 2017).規制当局でもある政府事業との棲み分けと連携を今井氏は図った.また,規制対象とされた紹介手数料のみでは,有料民営職業紹介事業の経営が困難だったため,同氏は政府との相談のうえ,規制対象外の収益モデルを開発した.さらに同氏は業界団体を結成して,同業者間の情報交換や利益表明をおこなう場を設けている.
【4.結論】  業界団体はのちに,1999年の規制緩和につながる利益表明の母体のひとつとなる.今井氏の開発した収益モデルは,現在の有料民営職業紹介事業では一般的となっている.同氏は新たな労働市場を創造したといえる.その一方で,有料民営職業紹介事業の成長は,政府が人材銀行を廃止する際(2016年)の根拠にされた.
文献 小川慎一,2017,「政府による高度ホワイトカラー職業紹介事業の創出――人材銀行の誕生とその背景」,『横浜経営研究』,38(1),23-47頁. 佐野哲,2009,「人材紹介業のビジネスモデルと労働市場」,『経営志林』46(3),1-43頁. 渡辺深,2014,『転職の社会学――人と仕事のソーシャル・ネットワーク』,ミネルヴァ書房.


特別目的自治体「ハウジングオーソリティ(Housing Authority)」の組織改革と地域ヒューマンサービスの社会的意味

福山市立大学 前山 総一郎

【1.目的】  1980年代および90年代にハウジング開発において大きな変化が起こったのだが、 その過程で, 特別目的自治体(小自治体)と位置付けられる「ハウジングオーソリティ」(Housing Authority)が, 「スラム化してしまっていた公共住宅エリアを、多様な手法をつかって人的再生をめざす、コミュニティへと転換するプロジェクト」に取り組む主体へと変化することで、実に120万戸におよぶ公共住宅のシーンを大幅に変化させてきており、大きく注目されてきた。現在、3,400におよぶハウジングオーソリティは、 120万戸におよぶ公共住宅を扱い、GDP4%の経済活動にかかわるとされ、大きな社会資源としての存在感を増している。しかし、ハウジングオーソリティは当初からそのような地域社会にとっての存在であったのではなく、1980年代末に、賃貸業者と化して低劣な環境の住戸を提供していたハウジングオーソリティの実状の問題と制度的存在を問う声が連邦政府において俎上にあがった(1989年「深刻な荒廃にある公共住宅に関する国家委員会」(NCSDPH))。  本報告は、公法上の団体(小自治体)であるハウジングオーソリティという存在が、組織改革をいかにして行ったのかについての点と、その改革を通じて地域におこした地域ヒューマンサービスの意味合いを明らかにすることを目的とする。
【2.方法】  本報告においては、報告者の現地調査(ワシントン州のTacoma Housing Authority、アラバマ州Housing Authority of Birmingham District)をおこない、①組織改革はどのような経緯で、どのような意味合いでおこなわれたのかを、ハウジングオーソリティの執行局長、財務担当者へのヒアリング、各種資料の検討より明らかにし、②その結果、ハウジングオーソリティがあつかう公共住宅コミュニティにたいしてどのような地域ヒューマンサービスが可能となったのかを明らかにした。
【3.結果】  検討の結果、組織改革にあたっては、組織ガバナンスの強化、開発スキルの獲得、CDCや関連事業者等をまとめる受け皿プラットフォームとなるという組織改革がおこなわれたことが判明した。賃貸事業主という受動的機能から、低所得者の居住環境を整える開発推進主体しての機能への転換の観点からの組織改革がおこなわれたことが判明した。そして、その改革があったからこそ「居住者自立サポート」「居住民自身による改善カウンシルの設置」「ジョブ技能訓練」といった形での、地域ヒューマンサービスがハウジングオーソリティそれ自体によって生み出されたことが明らかになった。
【4.結論】  ハウジングオーソリティは、特別目的自治体(special purpose government)という小自治体の法人格をもつものであるが、かつては賃貸業務であったものであったが、その「自治体」が自らを変革する社会的組織改革をおこなう中で、社会的に恵まれない人にむけてのサービスをミッションとする変革を行った。NPOやコミュニティ開発法人(CDC)という民間組織だけでなく、「自治体」法人が、社会的支援にミッションと組織を転換させるということが、広く米国で起きてきたという、きわめて動的な事態であることが改めて確認された。(参考:前山総一郎『米国地域社会の下位自治体の役割』東信堂(近刊))


トラックドライバーという職業イメージの構造

吉備国際大学 稲元 洋輔

【1.目的】  日本におけるトラック輸送は,人びとの生活基盤を支える重要な産業である.そして近年,ニュースなどでも取り上げられているように,業界の中心であるドライバーは過酷な労働環境の下で働いており,そういった現状は社会的な問題として少しずつ認識されてきている.本研究の目的はそのトラックドライバーという職業に着目し,世間が思うイメージという人びとの意識について,その構造を検討することである.  職業イメージの研究については代表的なものとして職業威信(スコア)があげられる.これは社会的地位をあらわす職業指標のひとつとして,これまでも多くの研究で用いられており,その区分は日本標準職業分類の小分類に対応している.本研究で扱う職業イメージは対象を特定の職業に絞ったものであり,先のような職業分類の比較を視野に入れた研究とは関心が異なってくる.また,同じようになにかの職業に焦点をあてたイメージの研究はそれほど多くない.そして,本研究の重要な観点としては「企業規模」による差について考慮することであり,ひとつの職業にたいするイメージの構造を丁寧に読み解くことで,他の職業についてもあてはまるような人びとの意識の構造を描き出すことが研究のねらいである.
【2.方法】  分析に使用するデータは,2011年に一般市民を対象に行われた「物流・運送業界への意識調査」である.この調査はトラック運輸業界に対して世間はどのように認知しているのか,について探ることを目的としたものであり,その特徴は企業規模の違いを配慮した設問で構成されている点にある.分析に用いる主な変数は,トラックドライバーに対するイメージ,トラック運輸企業に対する評価,業界についての市民生活への重要性である.これらについて記述統計から,順を追って企業規模の違いによる意識の差を解釈していく.
【3.結果】  分析の結果は次のとおりである.①トラックドライバーへのイメージ(印象)はそのドライバーが勤める企業の規模によって異なる.②大手企業で働くトラックドライバーへのイメージが悪いと中小零細企業に勤めるドライバーへのイメージも悪くなるといった相関関係がみられるが,その逆は傾向が弱まる.③企業に対する評価や人びとにとって身近に感じる業界かどうか,については,それぞれドライバーへのイメージに影響を及ぼしており,それは企業規模の違いによって異なる効果を示している.
【4.結論】  トラックドライバーという職業のイメージは,どのような企業に勤めるドライバーなのかによってその印象に差がみられる.これは企業の規模というものが世の中において一定の社会的地位をあらわすものと認識されているが故であろう.また,その企業への評価などは人びとの抱く職業イメージに対しても影響を与えており,無意識の水準に一定の階層性を生み出していると考えられる.本研究の目的はイメージの良し悪しを明らかにすることではなく,意識の構造を検討することにある.よって分析から得られた知見,つまり企業規模の違いによる意識への影響の格差は普遍的な傾向である可能性が示唆された.


NPOなどにおける就労と人材育成

日本女子大学 鈴木 紀子

1 目的  本報告の目的は,社会課題の解決を目指すNPOなどの組織における就労や人材育成の取り組みについて,アンケート調査の結果をふまえて検討し,スタッフが働き続ける際に有効な組織による育成策などを探ることである。近年,日本においても,NPOなどで働いて収入を得る人々が散見されるようになった.先行研究においても,労働政策研究・研修機構(2015)は2時点(2004年,2014年)の調査を通じて、NPO法人の有給職員の人数と収入が増加傾向にあることを明らかにし、浦坂(2016)はNPO法人がキャリアの選択肢として機能し始めていることを指摘するなど、社会課題の解決を目指すNPO法人などの事業体で働くことが職業選択の1つとなりつつあることが示されている。一方、そうした事業体で働き続けるには、企業等における勤務とは異なる要素が影響する可能性もうかがえる。本報告は,継続就労やキャリア形成のためには個人レベルの取り組みに加えて組織レベルの取り組みも重要となることから,事業を展開する組織の取り組みの一端を検討する.その際は,企業に比べて女性の存在感が大きいといったNPO領域の特性にも注目することとする.
2 方法  分析方法は,報告者が事業規模など一定の条件を付して抽出したNPO法人などの組織の事務局長や管理職者などを対象に実施したアンケート調査の回答から,第一に,人材育成にかかる取り組みを整理して組織と個人に効果のある方策および課題を確認する.第二に,組織の就労環境などに関する現状を整理する.これらを参考にしながら組織の活動分野,スタッフの男女比などを踏まえた考察を行う.
3 結果  上記の分析を通じて,活動分野に応じて事業規模やスタッフの男女比などの違いが大きくなるなど, 組織によって取り組みに差があること,それに応じて就労環境も大きく異なることが確認できる.
4 結論 NPOなど社会貢献を主たる目的とする組織においても,様々な形で人材育成の取り組みが実施されており,それらは職業キャリアの形成に資するとみられる.ただ,スタッフの就労継続には課題もあり,組織運営の難しさがうかがえる.
<謝辞> 本研究は,2017~2020年度科学研究費補助金(基盤研究C)「社会貢献を目指す事業における女性のキャリア形成と組織のあり方に関する研究」の一環として行ったものである.
<文献> 労働政策研究・研修機構,2015,『NPO法人の活動と働き方に関する調査(団体調査・個人調査)―東日本大震災復興支援活動も視野に入れて』労働政策研究・研修機構, 調査シリーズ139. 浦坂純子,2016,「NPOにおける働き方に「構造変化」は生じるか?―震災インパクトと経年変化」『NPOの就労に関する研究』労働政策研究報告書183,187-220. 鈴木紀子,2019,「NPO法人における女性の就業に関する分析―満足度と継続就業をめぐって」,『現代女性とキャリア』11,65-76.


コロナ災禍における中小零細企業の事業・雇用維持への不安

同志社大学 藤本 昌代

本研究は世界中を襲ったコロナ災禍による厳しい状況の中、従業員の雇用維持に苦慮する中小企業経営者への調査結果を報告するものである。コロナ災禍は多くの人々が感染の恐怖と共に企業・店舗の倒産・解雇・減収などへの不安を大きく募らせた。2020年の春、政府による緊急事態宣言もあり、人々の混乱は著しく、小規模企業・自営業の経営者には、事業上の損失、従業員の給与、売掛金・買掛金の不払い、固定費の支払いなど、多くの問題が降りかかった。社会学の場合、被雇用者の分析を行うことが多いが、尾高邦雄や萬成博が行っていたように、また、このような危機的状況であるからこそ、本研究では多くの人々の雇用を維持する経営者という職業にも着目したい。  本報告では大混乱期における中小零細企業・自営業の状況把握、および経営者の不安、従業員の不安を規定する要因の分析を行う。本調査は緊急事態宣言下の時期(4月27日~5月21日)に京都市の中小零細企業・自営業主に(PC、スマートフォンのない経営者も少なくないのは承知していたが、緊急性重視で)オンライン・アンケート調査を実施している。混乱期であるため有効回答数は82件と少ないが、叫びとも言える自由記述も含めて貴重なデータが回収された。回答者は経営者および家族のみの自営業から100人以上300人未満の中規模企業まで含まれている。京都市は観光業、伝統産業が多いため、回答者の56.7%が製造業、23.5%が卸小売業、19.8%がそれ以外という構成であり、3分の1が100年以上続く老舗企業である。分析では全体的な傾向として経済的要素(事業損失、売上減少等)、企業規模、業種、社員の構成要素(男女比率、正規・非正規比率)、危機耐性(創業年)、就業形態の変化(在宅勤務の可否等)の状況を把握し、次に経営者の不安、従業員の不安などとの関係を検討した。  就業形態については、緊急事態宣言下でも各業種の3分の1は毎日従業員が出勤する体制を維持しており、顧客の発注に応えざるを得ない中小企業の現実があった。さらに飲食・宿泊業の約60%はテレワークが不可の上、自宅待機者が多いものの、交替制で社員を出勤させ、働ける状況を維持していた。いずれの業種も受注が大幅に減少し、厳しい状況になっていたが、約80%の経営者は正規雇用/非正規雇用にかかわらず、減給・解雇等の「処遇の変更予定なし」と回答している。経営者は従業員のコロナ災禍の影響による家庭生活への影響(保育・介護の外部化の停止など)の相談も受けており、小規模な組織における経営者と従業員の関係の近さと同時にその直接的ダメージの影響もうかがえた。また、固定費の負担、従業員のスキルの低下への不安は、家族従業員のみの経営者より、従業員の給与が発生する小規模・零細企業に多かった。そして現時点では処遇の変更を検討していない所も今後、雇用を維持し続けられるかを心配する回答も多かった。また小企業・零細企業は、行政からの情報、同業者組合からの情報が支援になると回答しており、特に同業者組合は職業集団として社会的危機下での重要性が認識された。  不安が募る時には、確かな情報、支援情報が重要であり、規模の小さい企業ほど自衛手段としての集団、社会的紐帯の維持に努めることが重要であるといえよう。本研究は、今後、経営者へのインタビュー、従業員調査を実施する予定である。


韓国の若年IT技術者育成と海外就労支援政策に関する研究

名古屋産業大学 松下 奈美子

【1. 目的】 2001年のOECD調査によると、韓国の大卒人材の流出数はOECD加盟30ヶ国中ワースト3位となっている。なぜ韓国の大卒人材は海外に出ようとするのか。そしてなぜ移動先候補の上位が日本なのか。韓国の大学を卒業後に日本へ移動しようとする若年IT技術者の2000年代のトレンドと、現在でどのような変化があるのか。また送り出す韓国側の制度的変容は見られるのか。IT技術者の日本への移動の動機やパターンにこの10年間で変化した点、変化していない点があるとすればそれはどのような点か。OECDが2017年に発表した青年層失業率を見ると、日本が4.37%であるのに対し、韓国は10.02%と高い数値を示している。韓国国内の大卒労働市場の動向と、日本への移動を希望する若年IT人材の動向にどのような相関がみられるのか。
【2.方法】 在留資格「技術」(現在は「技術・人文知識・国際業務」)で入国し、日本で就労する外国人の多くは情報通信産業で働くIT技術者である。入国管理局の統計では「技術」ビザで来日し、IT産業で就労する外国人の出身地域は2001年の段階で73%がアジア地域出身者であり、2007年には93%にまでその比率は上昇した。なぜアジアに集中したのか。2000年の「技術」ビザの発給要件緩和後の1年間で、韓国以外の発給数上位4か国(米英中豪)は7%~10%の増加であったのに対し、89%増と、激増したのが韓国であった。なぜ2000年代に韓国から日本に移動するIT技術者が激増したのか。どのようなメカニズムでIT技術者の国際移動が行われているのか。この問いを明らかにすべく、2010年~2011年にかけて韓国での現地調査及び日本で就労する韓国人IT技術者にヒアリング調査を行った。 本研究は、10年前の状況と比較しながら、現在公表されている韓国の政策や韓国の国内労働市場の動向を追い、2019年7月に韓国現地で行ったヒアリングの結果をもとに、韓国から来日する若年IT技術者の移動の特徴と、韓国政府の送り出し政策のプロセスを明らかにする。
【3.結果】 2010年の調査時と比較して、韓国国内の状況に大きな変化はなく、国内の失業率および、大卒無業者の比率は2010年の時点よりもさらに悪化していた。とりわけ、15歳~29歳の年齢層の失業率は10%を超え、他の年代が概ね5%台であることと比較しても突出しているといえる。
【4.結論】 韓国政府は政策として自国の若年層を海外に送り出し、若年無業者の支援を継続して行っているが、十分とは言えない。また、日本への就労支援は民間レベルでも行われていたが、2019年7月以降、急速に悪化した日韓関係の影響を受け、非常に厳しいものとなっている。日本での就労希望者の中で、実際に来日が実現するのは一部にすぎず、多くはそのまま韓国内に留まるか、別の國への移動を模索することになる。この年代は、徴兵制により一時的に労働市場から離脱することはあるものの、韓国の若年層の労働市場におけるミスマッチは、年々深刻になっていると考えられる。


権力・政治


現代日本の道徳教育と自己の再帰性

上越教育大学 塚田 穂高

「自分との付き合い方を考えよう」(『新しい道徳 1』東京書籍、20頁)、「自分らしい生き方をするためには、どういうことが大切か考えてみよう」(『同 2』、55頁)、「自分やクラスメートの「よいところ」を見つめてみよう」(『同 3』、39頁)。現行の中学校道徳教科書の記述である。  2002年の『心のノート』、2014年の『私たちの道徳』といった国による副教材の作成・配布を経て、2018年度より小学校、2019年度からは中学校において、「特別の教科 道徳」が開始された。この教科化は、一連の道徳教育を強化しようという流れの一つの到達点である。  戦後日本の道徳教育は、若干の文言の変化はあるが、「自分自身に関すること」「他の人とのかかわりに関すること」「自然や崇高なものとのかかわりに関すること」「集団や社会とのかかわりに関すること」の4つを、その内容の柱としてきた。自己、他者、環境・価値、集団・社会と、どれもが社会学的な思考やテーマと関わりうるものであることが看取できる。  なかでも冒頭のような、「自己」との向き合い方については、『心のノート』の作成に心理学者の河合隼雄が関わったこともあり、主に心理学的あるいは心理主義化の文脈で議論・批判されてきた。本報告ではこれを、近代公教育の制度性、目的性と段階性とを踏まえ、「自己のテクノロジー」(フーコー)ないし「自己の再帰的プロジェクト」(ギデンズ)といった社会学的観点から論じる。こうした試みは管見のかぎり十分に行われていない。  よって、本報告では、現代日本の道徳教育、特に中学校段階のそれにおいて、「自己」がどのように扱われており、どのような「自己」が目指されているか、またその「自己」が「他者」「社会」などとどのように連結されているか、その社会的性格を明らかにすることを目的とする。主な対象資料は、学習指導要領・解説、教科書・教材、その内容をめぐる文献資料とする。  まず、戦後日本の道徳教育の歴史を簡潔に振り返りながら、特に2000年代以降の制度的変化とその背景を把握する。  次に、道徳教育の内容を方向づける学習指導要領とその解説(道徳編)の内容を捉える。「節度、節制」「希望と勇気、克己と強い意志」「自主、自律、自由と責任」「真理の探究、創造」「向上心、個性の伸長」といったカテゴリー化がなされていることをつかむ。  続いて、現行教科書の前史としての、『心のノート』『私たちの道徳』の「自己」に関する記述内容を分析する。  その上で、現行の中学校道徳教科書8社3学年分24冊における「自己」「自分」の記述内容を検討する。独自のカテゴリー設定を行い、量的・質的な分析を加える。  結果として、道徳教育における「自己」とは、①単に内的に準拠した自己理解の形成のみに留まらないこと、②他者の眼が意識されること(とりわけ教科化にともなう「評価」)、③何度も上書きされること、④自己統制と社会性涵養との連結が見いだせること、などが指摘できる。  結論として、本報告のような作業は、教育社会学領域における教科教育・教科書研究に新たな蓄積と可能性を加えるとともに、自己の社会学や文化社会学などの領域に対しても義務教育において教科化された道徳教育という新たなフィールドの有効性を示すことになるだろう。


「第三世界」フェミニズム論再考

大阪大学大学院 近藤 凜太朗

【1.目的】  いわゆる「第二波」以降のフェミニズムの展開において、「第三世界」女性との連帯をいかに紡いでいくかという問いは、ひとつの主要な争点となってきた。なかでもC. T. Mohantyは、1986年の論文「西洋の眼差しの下で」において、「第三世界」女性への植民地主義的表象に対して体系的批判を加え、反レイシズム・反植民地主義の立場にもとづく新たなフェミニズムの連帯を構想したことで知られる。しかし、このような「第三世界」フェミニズムの主張は、いまだフェミニズム研究のなかでは、二重三重の抑圧を受ける一部の女性が担う思想実践としてゲットー化されがちな現状がある。その一因を探るため本報告では、Mohantyのテクストに即して「第三世界」フェミニズム論を再構成したうえで、日本のフェミニズム研究においていかにそれが矮小化されたかを明らかにする。
【2.方法】  まず、「西洋の眼差しの下で」に比して日本ではあまり取り上げられてこなかった80年代後半から90年代にかけてのMohantyの諸テクストを検討する。そのうえで、「第三世界」フェミニズム論に対する日本のフェミニストの反応が表れた代表的テクストとして、岡真理(1998, 2000)に対する千田有紀(2002, 2005)の批判を分析する。
【3.結果・結論】  Mohantyは、「第三世界」フェミニズムの担い手を、地理的居住や人種的アイデンティティといった特定の属性を有する女性だけに限定しなかった。Mohantyにとって「第三世界」フェミニズムとは、反レイシズム・反植民地主義の立場をとる複数の闘争のあいだに創り出されるトランスナショナルな政治的連繋であって、そこには白人女性を含むあらゆる女性が参入可能であると想定されていた。岡も同様に、「第三世界」フェミニズムの視点は、ポストコロニアルの問題構制を共有するフェミニストすべてが分有しうると主張している。  しかし千田は、岡の「第三世界」フェミニズム論を、「第三世界」女性という特定の属性をもった人間の主張をその内実とは無関係に肯定し、「民族的同一性」の名の下に暴力を擁護しかねない思想と解釈した。ここでは、「第三世界」フェミニズムが「第一世界」女性とは無縁の思想として矮小化され、Mohantyならびに岡が目指したような、反レイシズム・反植民地主義の立場からフェミニズムを再定義していく方向性は遮断されてしまっている。その意味で千田の反応は、レイシズムと植民地主義の解体を課題として引き受けることを拒む「主流派」フェミニストの主張の典型例といえる。
【参考文献】 Mohanty, C. T. (2003) Feminism without Borders. Duke University Press. (=堀田碧監訳『境界なきフェミニズム』法政大学出版局、2012) 岡真理(1998)「『同じ女』であるとは何を意味するのか」江原由美子編『性・暴力・ネーション』勁草書房,207-256. 岡真理(2000)『彼女の「正しい」名前とは何か』青土社. 千田有紀(2002)「フェミニズムと植民地主義――岡真理による女性性器切除批判を手がかりとして」『大航海』43, 128-145. 千田有紀(2005)「アイデンティティとポジショナリティ」上野千鶴子編『脱アイデンティティ』勁草書房,267-287.


美学のリベルタン、倫理のポピュリスト

同志社大学 落合 仁司

目的 21世紀に入って保守とリベラルの亀裂はいよいよ深まっている。本論はこの亀裂が人間の行動の是非を判断する準拠枠それ自体の差異に淵源することを明らかにし、保守とリベラルの準拠枠における同一と差異を整序する考え方を提示する。 方法 ラカンの精神分析は、無意識の主体 Sujet, Sの行動 comportement, s∈Sを大文字の他者 Autre, Aが判断 jugement, a∈A, sa∈Sすることによって事象 événement, sA∈S/Aが生起すると考えることにおいて、行動を判断によって差異化する準拠枠を与えている。 ちなみに主体Sを集合、他者Aを群と考えれば、S/A(ラカンなら分割された主体 Sujet divisé, $と呼ぶところだろう)はSへのAの作用による軌道空間 espaces orbitauxであり、Sを軌道orbites, sAに分割した集合である。  この準拠枠の下で、保守とリベラルの亀裂が何処に淵源するか考える。まず美学的事象événement esthétique を取り上げよう。美学の対象とする行動は、自由な創作行動 comportemet de la composition である。美学はこの創作行動をそれがいかなる享楽jouissanceをセンス goût にもたらすかで判断 jugement する。  これに対して倫理的事象 événement éthique は、理性的な希望の行動 comportement de l’espérance を、それが社会的な共苦 compassion を引き受けているか否かで判断 jugement する。たとえば革命という行動を社会の最も弱い者たちの利益になるか否かで判断する。 結果 無意識の主体Sの行動s∈Sとして、自由な創作行動あるいは理性的な希望の行動を考えるか、大文字の他者Aの判断a∈A, sa∈Sとして、センスの享楽あるいは社会的な共苦を考えるかによって、生起する事象sA∈S/Aは美学的あるいは倫理的に差異化される。
結論 21世紀の保守は、自由とセンスを賞賛するリベルタン libertinに代表され、リベラルは、理性的変革と社会的正義を称揚するポピュリスト populiste に代表される(リベラルをポピュリストだと言われて憤慨する人もいるだろう)。  美学的態度は、自由な創作行動をセンスの享楽で判断するのであるからリベルタンの準拠枠と考えられ、倫理的態度は、理性的な希望の行動を社会的な共苦で判断するのであるからポピュリストの準拠枠と考えられる。21世紀の保守とリベラル、リベルタンとポピュリストの亀裂は、それぞれの準拠枠、美学的態度と倫理的態度の亀裂に淵源する。


先住民運動からみた日本の保守とリベラルの位相

大阪大学 池田 光穂

1. 目的:先住民運動というもうひとつの「政治的立場」から、保守とリベラルという政治的位相を照射することを通して、21世紀の世界と国民国家(日本)における政治的対立構造のダイナミズムを明らかにする。  
2. 方法:保守とリベラルという「政治的立場」の対抗軸に加えて、先住民運動というもうひとつの「政治運動・政治イデオロギー」を導入するというトライアンギュレーション化を試みることを通して、それらの3つの立場を観点主義的方法とおして描出する。仮説の検証にいたる具体的な方法としては、インターネット等のメディア報道における言説分析、関係者への聞き取りをおこなった。  
3. 結果:現代日本における保守とリベラルという位相の割り当てを党派政治に当てはめると奇妙な捩れがある。リベラル派の市民(選挙民)は、自民党の正式英語名称 Liberal Democratic Party だと聞いても、その党派には民主主義もリベラリズムもないと多くの人は指弾する。他方、少数派の中道から左派を自認する政党ならびに支持者が考えるリベラルで民主主義的な理想的な政策は、いわゆる五十五年体制において自民党と日本社会党が築いた国民皆保険や社会福祉政策を、今後も護持することである。つまり何も変えないという保守主義的政策をリベラルを自認する人たちが支持している。この伝統的な保守〈対〉革新の体制は、日本のリベラル・ナショナリズムの通奏低音であり続けている。そのなかでは、国民統合に棹差す先住民運動は、自民党あるいは超党派の日本会議派においては国家統合の分断分子に他ならず、その支持者たちからヘイト運動を生み出す原因になっている。またリベラル派は、LGBTを含めてあらゆるタイプのマイノリティー擁護を是とする中での先住民運動を基本的に支持するが、国際基準のダイヴァーシティ容認には、保守志向の選挙民に配慮しつつ、分派主義化には警戒する。先住民運動の側にも日本のマイルドな国民国家への包摂を基調とする政府系の穏健派と海外の先住民運動の影響を受けて国際社会並みの権利獲得ためにはより積極的に政府と対峙しようとする革新派は存在し、その分断が先住民運動の停滞化をもたらしている。  
4. 結論:21世紀における保守とリベラルの対立は、直接投票による大統領選挙や国民投票が契機になり政治的分断が起こり、サイレントマジョリティが政党をしてポピュリズム化を推し進めることが起因することが特徴としてみられる。そこでは、合理性による理性の政治というものから真理よりも情動に訴える政治へ、冷静よりも怒りや興奮を基調にするものが多い。そこで使われる政治言説もまた「情動の語彙」が多用される。伝統社会における権力分析としてかつて強みを発揮した理論枠組みとして、社会人類学におけるV・ターナーの象徴分析ならびに英国マンチェスター学派の政治人類学の手法というものが現代のポピュリズム政治を分析することには有益であることが分かった。


「(ポスト)コロナ時代」におけるリベラル・ナショナリズムの政策的含意

法政大学 明戸 隆浩

【1.目的】  本報告の目的は、「リベラル・ナショナリズム」と呼ばれる政治的立場を、おもに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行を受けて取られた経済支援策を念頭に置きながら、批判的に再検討することである。リベラル・ナショナリズムは1990年代に英米圏で提唱されて以降、国民国家という単位に即して経済的再分配の範囲を正当化する議論として注目されてきたが、一方でその言葉がもつニュアンスから、リベラルと保守を折衷する立場の一種として大雑把に理解されることも多い。本報告ではこうした現状をふまえて、リベラル・ナショナリズムがもつ政策的含意の核心が福祉国家における再分配の範囲にあることを確認した上で、そこにおけるナショナルな/エスニックなマイノリティの包摂/排除という論点の重要性を指摘し、「(ポスト)コロナ時代」においてリベラル・ナショナリズムが社会に与える影響について考えたい。
【2.方法】  リベラル・ナショナリズムという概念は、1990年代前半、Tamir(1993)およびMiller(1995)によって広く知られることになった。また日本における受容は、白川(2012)、富沢編(2012)、など政治学が中心ではあるが、安達(2013)のようにリベラル・ナショナリズムの概念をイギリスの具体的な社会政策の文脈に適用した重要な社会学的研究も提示されている。本報告ではこうした国内外の議論の検討を通して、リベラル・ナショナリズムが福祉国家における再分配の範囲についていかなる基準を示してきたのかを明らかにする。
【3.結果】  同じリベラル・ナショナリズムであっても、前提となるネーションという概念をどのように位置づけるかによって、そこで正当化される再分配の範囲は大きく異なる。たとえばタミールにおいては、ネーションは共同体主義的に規定されるものではなく、(文字通り)「リベラル」なものとして想定される。これに対してミラーの場合は、ネーションはむしろ文化的な同一性をもつ「濃い」共同体として位置づけられ、それゆえにそこにおける再分配も正当化される。リベラル・ナショナリズム内部のこうした立場の違いは、ナショナルな/エスニックなマイノリティの包摂/排除という観点から見た場合、決定的に重要な意味をもつ。
【4.結論】  特別定額給付金、持続化給付金、学生支援緊急給付金など、この間日本でもコロナ対策として多くの経済支援策が打ち出されたが、そのたびにその給付の範囲が国籍や「国民」概念との関連で問題となった。また「ポストコロナ」の時代においては、ベーシックインカムのような普遍的な給付制度についても、さらに議論が進む可能性がある。こうした状況の中で、リベラル・ナショナリズムがマイノリティの包摂/排除に与える影響を精緻化して考えておくことは、研究上も社会的にもきわめて重要な貢献となるだろう。
【文献】 安達智史,2013,『リベラル・ナショナリズムと多文化主義――イギリスの社会統合とムスリム』勁草書房. Miller, David, 1995, On Nationality, Oxford University Press. 白川俊介,2012,『ナショナリズムの力――多文化共生世界の構想』勁草書房. Tamir, Yael, 1993, Liberal Nationalism, Prinston University Press. 富沢克編,2012,『「リベラル・ナショナリズム」の再検討――国際比較の観点から見た新しい秩序像』ミネルヴァ書房.


政治的エリートと一般市民の平等観に関する比較分析

筑波大学 山本 英弘

1 目的  所得や財産といった経済的資源の不平等にいかに取り組むかは、現代における重要な政策課題の1つである。これについては、不平等の拡大を是正するために政府が積極的に介入すべきという立場と、ある程度の不平等の拡大は容認しつつ、政府の介入を抑制し市場競争原理を徹底するという立場に大別することができるだろう。そして、今日の社会では新自由主義的な潮流の中、後者の立ち場に基づく政策が主流だといえる。  それでは、政治家、官僚、利益団体のリーダーといった政治的エリートおよび一般の有権者は、現状の不平等をどのように認識し、その対処についてどのようなスタンスをとっているのだろうか。両者の間に齟齬はないのだろうか。政治的エリートは政策形成に関与するため、彼/彼女らの態度は実際の不平等に関する諸政策に大きな影響を及ぼしている。そこで本報告では、これらのエリート・アクターの態度と一般市民の態度とを比較し、その相違を確認することで、個々の市民の利益や価値がどのように政治に反映されているのかを検討していく。
2 方法  本報告では、政治的エリートと一般市民のそれぞれに対して行った平等観に関する質問紙調査のデータをもとに、経済的不平等の是正に対する態度に焦点を合わせて両者の比較分析を行う。政治的エリートに対する調査は、国会・地方議員、官僚、経済団体、農業団体、労働団体、専門家団体、市民団体のリーダー、学術・文化人、マスメディア関係者を対象として、2018年に郵送法にて行った。配布数は10,071、回収数は1,566(回収率15.5%)である。一般市民に対する調査は全国の有権者(18歳以上)を対象に、2019年に郵送法にて行った。配布数は2,500、回収数は803(回収率32.2%)である。
3 主な知見  機会および結果の不平等それぞれについての認知が、問題対処に対する責任帰属(政府/個人)を媒介して、不平等是正政策への態度に影響するというモデルに基づいて、政治的エリートおよび一般市民のそれぞれについて分析を行った。現在までの暫定的な知見は下記のとおりである。  第1に、機会(人生は努力次第)の不平等認知はエリートの方が高いのに対して、結果(収入)の不平等認知は一般市民の方が高い。不平等問題への対処責任(政府は格差是正のために努力すべき、個人は社会福祉から自立すべき)については政治的エリートの方が政府の責任を強く認識しており、不平等是正政策(累進課税)に対しても肯定的である。  第2に、政治的エリートも一般市民も、不平等の認知から政府および個人の問題対処に対する責任帰属を経て不平等是正政策へと至る心理メカニズムはほぼ同じである。とりわけ、結果の不平等認知から、政府による格差是正への努力に対する支持を媒介して、不平等是正政策を規定するパスの影響力が強い。  以上の結果から、新自由主義的な風潮にあって市場競争原理の徹底が図られる中でも、政治的エリートにおいて、政府の責任による不平等の是正がより強く支持されていることが明らかとなった。


災害(3)


現代の祭りとコミュニティ防災

専修大学 金 思穎

1 目的  祭りは、神事を中心としたものから、信仰との関係が薄れた楽しみの多い見られる祭礼を重視したものへと変化し(柳田 1969)、少子高齢化や私的な事柄を優先させる生活態度(プライバタイゼーション)が広まり、参加者が減少する中で、祭りの主体も変化している(松平 1990)。一方、祭りと防災の関係に注目すると、東日本大震災では、神社仏閣がおおむね被災を免れたことを踏まえ、神社仏閣が災害に耐える位置に築かれ、祭りに、災害伝承が組み込まれているとされる(谷端 2015ほか)が、過去の地震や津波の記録に関する石碑が、無関係な場所に集められて伝承されていなかったことや、過疎の進展により、祭りの維持が困難になっているという指摘もある(大矢根 2014)。  それでは、①祭りには防災活動が実装されているのか。仮にそうだとして、②祭りはどのように変化していて、それを受けて、③現代の祭りに防災活動を再実装するには、どうすればいいのか。
2 方法  福岡市の博多部(博多小学校区・人口約2万2,000人)の「博多祇園山笠」を対象に考察を行う。この祭りは、300万人以上の観客が訪れる伝統的な日本を代表する町人の祭りである。一次的歴史文献の読み込み、コミュニティでの参与観察のほか、関係者に対するエスノグラフィーによるデータ収集を行い、SCAT及び共起ネットワーク分析・頻出語分析を実施する。
3 結果  祭りでは、町会が集まって作られた7つの「流(ながれ)」に所属する1万人以上の男衆が、「山笠(やまかさ)」という飾り付けられた約1トンの台を担いでスピードを競う。博多部の人口の半分近くが山笠を担ぎ、その他の住民は、後方支援を担ったり、桟敷席で見物する。博多部は九州の商業の中心地であり、祭りの人間関係は、九州北部におけるビジネスから学校までいろいろなところで活用されている。祭りを通して年輩者が若者に知恵と経験を伝え、世代を超えた人間関係が構築されている。  祭りの中心地である櫛田神社は、コミュニティの避難所的な歴史を持ち、出水期(7月)に祭りが開催されるため、豪雨の際に、祭りの組織が、堤防の復興を手伝った歴史がある。  社会の変化に伴い、博多部の男衆に加えて、「加勢人」と呼ばれる博多部以外の住民の参加も増加している。彼らは、日頃から博多部の町会活動に参加し、町会の役員も務めている場合もある。また、昔は、女人禁制であったが、現在は、直会料理や休憩所の運営等を、男衆の妻である「ごりょんさん」が担当している。  「加勢人」と「ごりょんさん」は、祭りだけでなく、防犯活動や防災活動をはじめとする日常的なコミュニティ活動でも重要な役割を果たしている。
4 結論  ①博多祇園山笠の中には、防災活動が実装されている。また、②社会が変化する中で、祭りの主体が博多部の男衆だけでなく。女性や博多部以外の住民を含んだものへと変化している。③防災活動をはじめとするコミュニティ活動も女性や博多部以外の住民の協力なしには成り立たなくなっているが、この祭りには、主体が変化しても、その主体が、コミュニティ活動にも取り組むようになる仕組みが埋め込まれており、現代の祭りへの防災活動の再実装のためには、その仕組みをいかして、祭りを通じた「災害下位文化」を形成していくことが重要になる。


原発災害下の不安定な若者の生と地域生活の継承過程

東京都立大学 横山 智樹

【1.目的】 申請者は2013年から、原発事故で被災した福島県南相馬市の地元NPOの支援活動に学生ボランティアとして携わりながら、地元の農業高校が教育活動のなかで震災後の地域の課題と向き合い、避難中や営農休止中の農家や地元諸団体と支え合うことで、その土地ならではの復興を模索する姿を見てきた。そして活動を行ってきた農業高校の卒業生が首都圏の大学に進学したタイミングで深く付き合うようになり、週末や長期休暇中は共に被災した地元へと通い続ける中で、若者や友人たちが周囲の人びととの関係の中で成長していく様子や、それと共に地域が回復していく過程を、同年代の友人として傍で見守り続けてきた。 そこで見えてきたものは、震災・原発事故後の不安定な生活のなかで将来の人生を悩みながらも、地域固有の生活や文化を上の世代から受け継ぎ、家・家族と共に地域で暮らすことを引き受けることで、歴史的な暮らしの連続性を取り戻していこうする若者たちの姿であった。本報告では特に、長男で営農休止中の農家の後継ぎ予定者だった若者や、伝統的な祭礼行事の担い手となるために地元に残ることを決めた若者たちが、原発災害の不安定さのなかで家族や友人、ムラやマチの人びととの関係を築き、現在や将来の人生行路を形成していく姿を、悩みや葛藤を克服していく過程を含めて明らかにする。
【2.方法】 原町区で生まれ育ち、中学2年時に被災した若者の友人グループ(現在23歳・男)を対象に、彼らの進路選択とその後の移行過程について、参与観察や聞き取り調査を2015年から2019年まで継続的に行ってきた。現在はコロナ禍の影響で調査を行うことが困難になっているが、本研究は今後も長期的に継続していくことを念頭においているため、今回はあくまでその中間報告という形をとりたい。
【3.結果】 長男で営農休止中の農家の後継ぎ予定者だった若者Aは、長期化した仮設住宅での避難生活や営農を休止せざるを得ない家の農業の状況の中で、高校時代の友人など地元との関係を高校卒業後の大学進学後も続けてきた。卒業後は地元に戻り、卒業した高校の教員になり、避難から帰還した家で心に不安を抱える家族(祖父、母、妹)との同居を選んだ。家の震災後の生活の不安定さを、家族との同居を引き受けることで克服し、自身の生活を安定化させようともしていた。 伝統的な祭礼行事である「相馬野馬追」の担い手となるために地元に残ることを決めた若者たちは、震災前から付き合いのあった地域の年長者が震災後にやけ気味になっていた彼らの居場所を避難先から通いながら維持した。彼らもそれに応え、年長者との関りを維持することで「相馬野馬追」の担い手であり続けてきた。高校や大学卒業後の就職先の事情などに左右されながらも、震災前後に維持してきたこのような関係を維持することで自らの人生に指針を与えようとしていた。
【4.結論】  避難や被害の事実を矮小化し、不均等な復興をもたらす統治の中で、地域や家族は震災後つねに不安定な状況が続いていた。それは若者たち自身の不安定さにも結びついていたが、彼らが家・家族や地元の地域を引き受け、関係を続けることで、家族や地域の安定化や回復をもたらそうとしてきたのである。


原発事故から6年後に祭礼が再開された理由

東北学院大学大学院 庄司 貴俊

【1.目的】  本報告では,原発事故の発生から6年の期間を経て,再び祭礼が催された理由とその社会的意義を明らかにする.2011年に福島県で発生した原発事故は,多くの住民から故郷や生業を奪うことになった.本報告が対象とした地区は,津波により壊滅的な被害を受け災害危険区域に指定されたことにくわえ,原発から20km圏内に位置していることから警戒区域にも指定された.災害危険区域に指定されたことで,住宅が建っていた場所で再び生活することができなくなっただけでなく,警戒区域の指定により住民は地区に入ることすら困難になった.再び地区に通える日がいつになるのかさえ不透明な状況に人びとは置かれたのである.  当然,毎年年始に催される祭礼は中止せざるをえなかった.そもそも,祭礼は漁業に携わる漁師が1年の始まりに海上安全と豊漁祈願するものであったが,その漁業が再開できる状況ではなかった.事故の発生から6年が経った2017年に漁船を地区に入港できるようになり,漁も制限がありつつも行えるようになった.その流れを追って,2018年に祭礼も再開された.  注目したいのは,祭礼の再開に至るまでの6年は提示された6年ではなく,結果的な6年であるということである.6年の日々は目途すら立たない途方もない生活であった.この間に地区住民のなかには他地域で本格的に生活を再建する住民もいた.こうした6年の期間が空いた場合,祭礼の再開は困難なように思える.場合によっては,そのまま消失していくことも考えられる。しかし,祭礼は6年の期間を経て当然のように再開された.なぜ,見通しも立たない6年の期間を経て祭礼は再び執り行われただろうか.本報告では以上の問いについて考察する.
【2.研究方法】  対象地区の住民に聴き取りを行い,調査で得た知見をもとに考察する.
【3.結果】  調査の結果,避難期間は船も他地域に避難させ瓦礫の撤去などを行っていたが,そこで祭礼が実施されることはなかった.避難中は再開について話し合いすら行われていなかった.漁師の考えでは本地区で漁ができるようになったことから,自然の流れで祭礼の再開が実現したとのことであった.聞き取りから,祭礼は当該地区で実施しなくてはならないという思いが垣間見られた.
【4.考察】  本地区は津波被害により更地となり,立ち入り禁止期間には人の姿もみられなくなった.人びとの故郷は被災地の“ひとつ”になった.だからこそ,祭礼に関わる漁師は事故前に流れていた時間を,同じ場所で事故後にわずかでも再現することで,当該地区を被災地の“ひとつ”から再び“故郷”にしようとしたのではないだろうか.  これは居住が不可能になったこと,換言すれば「故郷の消滅」という危機に陥った状況下において重要な意味をもつ.なぜなら,たとえ地区が更地の状態であっても,【暦】のなかで当該地区の存在を住民が認識できるからである.カレンダーを見たときに,祭礼は過去にあったではなく,今も存在し,そして今後も存在し続ける.空白期間を経ても祭礼が再開されたのは,住民の認識のなかで故郷を記憶としてではなく,実体として残す(故郷を生かし続けようとする)ための住民実践の一例だと考えられる.


東日本大震災における仮設住宅居住者支援活動の推移と課題

〇東京大学大学院 仁平 典宏
高崎商科大学 松元 一明

【1.目的】  東日本大震災では、仮設住宅の入居期間が未曾有の長期間となった点に大きな特徴がある。ボランティア活動等の外部支援もそれに伴い長期化したが、それは時期ごとにどのような性格を持ち、どのような問題を抱えていたのだろうか。この点について、岩手県陸前高田市の仮設住宅団地の自治会長のインタビューデータを通じて明らかにしていくのがこの章の課題である。  これまでの支援活動の推移については支援者・団体の側から捉えるものが多かった。しかしそのアプローチは、被災者が支援活動をどのように認識・評価しているのか、特にその問題点やマイナス面をどう捉えているのかが、明確になりにくい。これに対し、本研究では、仮設住宅の自治会長へのインタビューを通じて、活動の内容と問題点及びその推移を捉えていくことを目指す。
【2.方法】  データは、2012~2018年の毎年夏に陸前高田市の全仮設住宅で実施した仮設住宅自治会長のインタビュー調査による。これは調査項目が定まった構造化インタビューであり、外部支援に関しては、過去1年間に仮設住宅を訪れた団体名と支援内容、支援のプラス面とマイナス面などを尋ねている。これを主に計量テキスト分析を用いて分析した。
【3.結果】  外部支援の内容とマイナス面の認識の変化について明らかにした。このうちマイナス面については、自治会長の語りから以下のコーディングを行った。外部支援の受け入れ業務が負担になっている状態を示す「負担」、物資が場所を取り処分に困っている状態を示す「処分・保管」、不要もしくは需要のない物資やサービスが提供される「ミスマッチ」、支援者の行動やふるまいが不適切と感じられた状態を示す「不適切な支援」、支援に対する不足感・過少感が言及されている「支援の不足」、時間とともに支援の量が減少してきたことに言及される「支援の減少」、支援への依存によって住民の自立が阻害されることを懸念する「自立の阻害」、無償の物資やサービスが提供されることで地域経済の復旧に悪影響をもたらすことを表す「地元経済への悪影響」である。大まかな傾向は次のとおりである。2012年には「処分・保管」「ミスマッチ」「負担」の値が突出していたが、2013年には、地元の商店などの復旧が進むのに伴い、「地元経済への悪影響」というコードの出現確率が高くなる。2015年以降には、「支援の減少」「支援の不足」というコードが顕著になる。その他、「不適切な支援」や「自立の阻害」については時期を問わず言及され、かなり問題のある支援が復旧過程を通じて行われていたことが語られた。
【4.結論】  以上のように、受け手から見た時、支援の課題・問題認識は時期によって変化していたが、逆に言えば支援団体は急激に変化する状況とニーズの変化に十分対応できず、受け手から問題視される支援を行ってきた側面があることを示唆する。これは支援団体の課題であるが、ここには同時に、仮設住宅への入居を異例なほど長期化させた復興政策の問題も刻印されている。


負の記憶の外在化と平和公園の変容

大阪市立大学 濱田 武士

1.目的  戦争はもとより、地震や台風などの自然災害、そして疫病といった暴力は予測不能であり、甚大な被害をもたらす悲劇的な出来事が繰り返し生じている。そして戦後70年以上が経過して日本社会における戦争体験者の不在が現実味を帯びてきているいま、大量死と大規模被害がもたらされた経験にまつわる負の記憶をどう扱うかという問いが社会学のみならず、人類学、民俗学、歴史学においても重要な課題となっている。そのことは、たとえば東日本大震災の「震災遺構」 など、被災にまつわるモノの存廃をめぐる議論に対して学術的知識や知見を提供することにも関わる。  本研究の目的は、戦後70年以上におよぶ戦争被害への様々な対応にみられる負の記憶の外在化のなかで、数多くの人々が犠牲になった場所を平和公園として再建するプロセスに着目することにより、現代社会の悲劇的な出来事への向き合い方を追求する試みにつなげることにある。
2.方法  広島、沖縄において現地調査を行い、平和公園の建設から現在に至るまでの経緯を行政資料、議事録、新聞資料、それに広報誌などからあとづけ、どのようなアクターがかかわり、その時々の社会状況とどう関連しながらプロセスが進展したのかを探った。これまでに進めてきた広島の平和記念公園の研究を踏まえ、沖縄の平和祈念公園に関しては資料集とあわせ行政職員などから情報を得た。また、沖縄県内各地に存在する戦跡に作られた施設等の建設経緯について調査を行った。
3.結果  広島の平和記念公園も沖縄の平和祈念公園も、その時々の状況との関連で施設が新設されたり、公園の刷新が行われることにより建設には「終わり」はないことが明らかになった。そして新たな施設や公園の刷新は、戦争被害の記憶をめぐる新たな状況を生み出すことも明らかになった。
4.結論  本研究課題の核心は、被害を負ったかどうかとは関係なく、意見や立場の異なる多様なアクターの合意や妥協によって集合的記憶が構築される点である。数多くの人々が犠牲になった場所に犠牲者を供養するための慰霊碑の設置や、悲劇的な出来事をつないでいくための資料館の建設など様々な取り組みがなされることにより、そのつど悲劇的な出来事に意味を付与する記憶の枠組みが構築されている。
謝辞:本発表は、科学研究費の助成(研究課題/領域番号 19K13897)を受けておこなった研究の成果の一部である。


災害時における多様な主体の連携に基づく対応体制の経緯と課題

関西大学 菅 磨志保

近年の災害の激甚化や人口の高齢化は、災害後に発生する要援護者や特別な支援ニーズを抱える人を確実に増やしている。さらに災害現場では、発災前から医療・福祉サービスを受けている人達だけでなく、被災して、あるいは劣悪な環境下での生活によって、新たな要援護者が生み出される。従来から、一般の被災者に対する支援活動の調整は、社会福祉協議会(以下、社協)を母体とする災害ボランティアセンター(以下、災害VC)が担ってきた。災害VCでは、活動を希望する一般市民と被災者からの依頼(支援ニーズ)を受け付け、両者を調整し、支援者を被災者の元に送り出す体制を構築してきた。しかし、担い手が一般市民だけの体制では、上述のような多様化・高度化したニーズや、次第に要援護状態に陥っていく「ハイリスク予備軍」への対応には限界がある。こうした事情を背景に、東日本大震災以降、個別の活動を調整する災害VCを中核とした被災者支援体制の見直しが進められてきた。また、増大する要援護者への対応として、福祉の専門分野ごとに災害支援の人材を育成・登録・組織化し、被災地に送り出す派遣体制が相次いで創設されている。 ただ、こうした要援護者に対する福祉分野の対応体制は、要請に基づく保健・医療分野の体制とは異なる形で進められてきた。それぞれの活動体制に含まれる内容にも幅があり、それらの活動体制の全体像も十分に把握されていない。そこで、本研究では、主として福祉的な活動に関わる災害支援活動に焦点を当て、(1)災害時の多様なニーズに対応する多様な主体の連携・協働に基づく支援体制作り、(2)要援護者に対応する福祉専門職の応援派遣体制を取り上げ、それぞれの経緯と概況に関する調査に基づき、災害支援に関わる様々な動きをできるだけ包括的に把握する。その上で、これらの「連携」を意識した従前の取組みや、普段の地域福祉活動が災害後の対応にどのような影響を与えたのかについて、(3)大阪北部地震の事例を取上げ、検討を行う。 (1)(2)は、二次資料の解析、質問紙調査結果の再分析、事例・事業に関する聴取に基づいて(3)は大阪府内の民間災害支援団体によるの検証調査結果の再分析という方法で実施した。 (1)(2)の概況把握から、多様な主体が情報を共有しながら連携して被災者支援を行う体制が2015年以降、かなり整えられてきたこと、また災害福祉支援に関わる多様な専門職が様々な形で応援派遣体制を構築してきたことが把握された。しかし、これらの活動や体制の多くは、保健・医療分野の支援とは異なり、災害救助法の枠の外で、要請ではなく支援団体の独自の判断に基づいて行われていることが多く、支援の対象は保健・医療と重なるものの、それらの活動と情報共有の機会が十分に得られておらず、限られた情報の中で活動を行わざるを得ない状況に置かれていることも伺えた。 (3)の事例検討からも、平常時の連携体制では対応できない状況が生まれること、専門性を持った支援団体の受援体制づくりが必要であること等が明らかになった。「連携」に基づく対応体制は、支援者同士の事前の組織づくりに視点が置かれがちであるが、非常時を想定した意思決定の仕組みや、受援体制の構築も大きな課題であり、財源や情報の管理なども含めて、事前に行っておくべき検討課題について、研究を継続する必要がある。


文化・社会意識(3)


日本人向けゲストハウスにおいて観光者の交流がもつ意味

立教大学大学院 鍋倉 咲希

1. 目的  本報告の目的は、東南アジアの日本人向けゲストハウスにおける観光者の交流を事例に、現代社会における人びとの一時的なつながりについて考察することである。現代においては、これまで人びとのつながりを作ってきた地縁・血縁・社縁などの係留が後景化し、趣味やライフスタイル、メディアなどを介した多様なつながりが可能になっている。こうした状況に対しこれまでの社会学は、継続的な人間関係の研究に主眼を置いてきた。一時的な関係性が現代社会の特徴であることが指摘される一方で、その実態が詳細に検討されてきたとは言い難い。日本人向けゲストハウスでは、観光者たちがその場限りのつながりを意図的に、そして熱狂的に楽しむ様子がみられる。本報告ではゲストハウスを事例に、現代社会における一時的なつながりの一端を明らかにする。
2. 方法  本報告では、報告者が2019年10月から2020年3月までカンボジア・シェムリアップの日本人向けゲストハウスで行った調査データを用いる。上記の期間、報告者は短期スタッフとして滞在しつつ交流の参与観察や聞き取りを行った。
3. 結果  日本人向けゲストハウスでは共有スペースなどの特有の施設を舞台に交流が行われている。共有スペースで挨拶を交わした観光者は、互いの本名や職業を知らないまま一緒に観光や食事に行き、深夜まで飲み会を行う。そこで人びとは熱狂的なムードで交流を行うが、こうした関係性はあくまで3日程度のものである。  つながりが一時的であることは観光者にいかなる経験をもたらすのだろうか。第1に身体的な移動を前提とするゲストハウスでは、非日常の社会関係の形成が可能になっている。ゲストハウスは自らの日常生活では関わることのない人と出会う機会である。他方で第2に形成した関係性を一時的なものとして切断できるという利点もある。他者との関係の継続に、常にモニタリングが必要とされる後期近代社会においては、関係が「継続しない」ことによるコミュニケーションの気楽さは重要な意味をもちうる。観光者はつながりを切断することによって現代的なコミュニケーションの不安を回避しながら、出会いや交流の楽しさを享受している。そして第3に、ゲストハウスでは「コントロール不可能なもの」の表出(奥村 1998)がみられる。奥村は自己啓発セミナーを、近代の市民社会において隠されてきた個人の内面がさらけ出される場として分析した。ゲストハウスもまた、「コントロール不可能」な熱狂が許されている場として捉えられる。
4. 結論  こうした特徴をもつゲストハウスの交流は、一時的かつ一回的な経験として観光者に求められている。Z. バウマン(2001=2017)をはじめとする一時的なつながりに関する既存研究が指摘してきたことと同様に、ゲストハウスにおいてもまた、カーニヴァル的なつながりの特徴がみられた。ただし観光においては、身体的な移動による日常空間からの離脱が同類の事例よりもより際立つ。今後はその点について議論を深める必要がある。
Bauman, Zygmunt, 2001, Community: Seeking Safety in an Insecure World, Cambridge: Polity Press. (=2017、奥田智之訳、『コミュニティ――安全と自由の戦場』筑摩書房。) 奥村隆、1998、『他者といる技法――コミュニケーションの社会学』日本評論社。


多文化共生時代におけるグローバルコンピテンスとその構造

青山学院大学 シャザディグリ シャウティ

1.問題の所在と研究の目的  少子高齢化による労働力不足を背景に2019年4月から新入管法が施行され、日本でも「新しい共生社会」の形成が課題となってきている。また、日本で暮らす外国人の増加などの影響により、「外国人」と「日本人」の定義そのものが曖昧な時代になりつつあり、外国人と協動することの難しさがクローズアップされてきているが、外国人との共生社会において、どのようにすれば外国人とトラブルがなく、生活を安定的に維持できるかという悩みにかんする学術研究は既存統計データに基づく分析研究に止まっている。そこで、本研究ではこうした問題意識を背景に、グローバル社会を生き抜く力とは何かという生活者の視点から、「共生社会におけるグローバルコンピテンスとその構造を明らかにすることを目的としている。
Ⅱ.研究の枠組みと研究方法  これまでの先行研究(Ruben,1976、Byram,1997;Bennett,1998,Fantini,2000;Deardorff,2004等)を基に、熟考を重ねた上で、本研究におけるグローバルコンピテンスを「知識、態度、意識、行動によって現れた人と人の間の交流コンピテンス」であると定義した。またこの定義に基づいて独自にグローバルコンピテンスとして56項目を作成した。そして、ライフスタイルとグローバルコンピテンスの分析枠組みを作成し、2020年3月17日から3月19日までに日本全国の人口構成比に合わせた性別・年齢による割り当て法で20才から69才までの人を対象にWEBにてアンケート調査を実施した。有効回収票は1837人である。  今回の報告では、グローバルコンピテンスに関する56項目を用いて、主成分分析を行った。その結果を基に、グローバルコンピテンスの種々の尺度の信頼性分析と共分散構造を行い、グローバルコンピテンスの構造を明らかにした。なお、本研究で分析に使用したソフトは、IBM SPSS Statistics 26である。
Ⅲ.結果と結論  これまでに行われた異文化間もしくは多文化間交流における能力やコンピテンスに関する調査研究は主に、①大学における異文化環境での学習を遂行するためのコンピテンスや能力、➁異文化環境の下で職務(ビジネス、医療など)を遂行するための新しいマインドセットを開発するのに役立つ実践的なツールとして行われており、焦点は異文化交流もしくは多文化交流である。筆者が今回試みたのは、異文化、多文化だけではなく、異なる価値観を持つ同一文化間での交流も視野に入れた分析・検討であり、対象者も大学生、会社員だけではなく、専業主婦(もしくは主夫)や無職などを含めたものである。その結果、生活者としてのグローバルコンピテンスを構成する尺度として、次のような7つの構成要素が抽出された。①異文化志向、➁チャレンジ行動、③信頼される人間力、④柔軟性、⑤自信、➅リーダーシップ、➆曖昧さ。日本人のグローバルコンピテンスの構造は、多文化共生社会において経験することや外国人との交流における様々出来事に適切に対応し、充実した生活を維持できる上で必要とされる能力であり、外国人との仕事や交流だけではなく、身近な生活者としての外国人との共存への適応について議論する際にも役立つものであると考える。また、多文化共生社会において、安定した生活を維持できるツールの開発や提供について議論する際にも役立つと思われる。
【謝辞】本研究は科学研究費 20K02069の助成を受けたものである。


彼らが韓国留学をする理由

立命館大学大学院 今里 基

1 目的  1990年代以後、ソウル五輪や韓流ブームなどの影響により、日本では韓国に対する関心を持つものが増加し、韓国に語学留学する者が多数現れるようになった。本研究では、その中でも定職を持ち、比較的に安定した生活を送っていたが、仕事を辞めて留学をした者に光をあて、特にキャリアを中断するリスクを冒して語学留学を選択した移住動機について明らかにする。それらの結果を、バブル崩壊以降の日本の若者が抱える問題と生活様式の転換を目指す「ライフスタイル移住」(長友 2013)をめぐる議論を重ね合わせて考察し、平成から令和の初めの日本社会に潜む生きづらさと韓国語留学を選択肢とした者たちの移住のあり方を考察する。
2 方法 2019年9月から2020年1月に韓国及び日本にて、韓国留学中及び留学経験者の男女計12名の協力者に韓国留学に関するライフストーリーに関して、それぞれ1時間から1時間半程度、聞き取り調査を実施した。その後、1で述べた目的の考察を試みることとした。
3 結果  調査協力者たちには、韓国旅行の経験などの後に韓国語教室に通い始めたという共通点があった。また、語学堂(韓国語語学学校)の日本語ホームページがあることで手続きが容易だったこと、また留学エージェントが説明会などを開いたりすることで事前に情報を入手できるなど、手続き面や現地での暮らしへのハードルが下がったことで、韓国語留学に踏み切れたとする意見も聞かれた。しかし聞き取りを重ねると、韓国そのものへの強い関心や具体的なキャリア形成といった積極的な動機から、「仕事がつまらない」「会社の人間関係で悩んでおり、そこから脱出したかった」という日本社会で抱える、ある種の息苦しさに関する意見が提示された。
4 結論  90年代のバブル崩壊以降、日本では産業構造の変化が生じた。本田(2005)はこうした構造変化に伴い、業績主義に加えて「人間力」や「対人コミュニケーション能力」など全人格的な能力を重視する「ハイパーメリトクラシー社会」の趨勢が、若者たちへの社会的な圧力の一端を担っていることを指摘した。本報告の調査協力者たちの多くは20代から40代のバブル崩壊後に就職した世代であり、努力などをしても必ずしも報われない現状に対する漠然とした不安感や不満もあった。これまで韓国への留学動機は、韓流ブームなど韓国そのものへの関心のあり方の変化が注目されがちであったが、本報告からはそれらの関心は必ずしも強固なものではない場合もあること、しかしそれらの関心が一時的に日本社会から脱出して人生を見つめなおす、あるいは韓国語能力試験などの合格を通じて何らかの「能力」「個性」を培うことで「ハイパーメリトクラシー社会」を生きぬく手段とするといった動機と結びつくことで強い動機に変化しうることが示唆された。それは田園や欧米諸国への移住を事例に議論されてきた「ライフスタイル移住」と異なりうる、ひとつのライフスタイル移住のあり方であると考えられる。
【参考文献】 本田由紀(2005)『多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』NTT出版 長友淳(2013) 『日本社会を「逃れる」-オーストラリアへのライフスタイル移住-』彩流社


「空気」にかかわる日中比較研究

関西学院大学大学院 楊 芳溟

1. 目的 人の移動が増えた21世紀、移民の社会適応問題や社会統合は大きな問題となっている。日本社会においては、移民・難民問題は欧米ほど深刻ではないが、日本なりの問題が存在する。中国人が日本に来て経験する適応上の困難について、文明化の「程度」の違い(N.エリアス)や国民性の違い、あるいはたまたま個人が経験した差別的行為といった観点では十分に説明づけることはできない。そこで本研究は、1977年に発表された山本七平の『「空気」の研究』を社会学的に読み直し、「日本という国は、「空気」で働く」という分析観点から、「空気」というものが日本社会でいかに重要なのかを考察する。その上で、外国人が日本に来て、集団の「空気」にぶつかるときに生じる問題と、また、それが彼ら/彼女たちの社会適応の困難とつながっていることを論じる。
2.方法 本研究は実証研究のデータよりは文献調査に基づいて日中比較研究を行う。中国については、費孝通(2012)の中国社会の人間関係についての研究などを先行文献として整理しながら、歴史を辿りながら、現在一般的な社会生活までの「空気」のようなものについて議論する。そして、日本については、山下七平の『「空気」の研究』をはじめ、先行文献を中心に「空気」にかかわるものを整理する。
3.結果 「空気」にかかわる先行文献の日中比較研究を通じて、日中社会に存在している「空気」そのものが異なり、「空気」を生み出す構造も異なり、それぞれの社会の「空気」に対して読み方も違ってくることが明らかになった。そのなかで根本的に日本人が同調圧力によって行動することと対照的に、中国人は自分を中心に物事を考えて行動する。それによって、「空気」にかかわる違いが出てくる。このようにして、日中の「空気」にかかわる違いによって、中国で社会化過程において内面化した「空気」のようなものにかかわる情報と行動が、日本社会では通用しなくなり、来日中国人は日本の「空気」にぶつかるときに、適応できない可能性があるということが導かれた。
4. 結論 日本社会では、同調圧力によって「空気」に支配されるのに対し、中国社会では、権力と利害関係の相互作用のもとで、中国人は一人ひとり「空気」のようなものを探るための探査機のようなものを持っている。そして、日本社会は同調圧力があるからこそ、その「空気」に従わないと、他人から非難され、集団から排除されてしまうような、「抗空気罪」による罰が存在する。それに対して、中国人は探査機を使って、権力と利害関係にかかわる「空気」のようなものが検出できたら、その「空気」のようなものに従うということになり、利益を得られる。もし、権力と利害関係にかかわる「空気」のようなものが検出できない場合は罰するということは存在しない。これらの違いによって、在留中国人は日本に入って、中国式の「空気」の読み方で、日本の「空気」とぶつかるときに、不適応が生じ、ひどい場合、「抗空気罪」による罰を受けることも考えられる。日本の「空気」にぶつかることは、決して中国人だけではない。多くの外国人にとっても、日本独特の「空気」という壁の存在が、日本社会への適応を困難にしているだろう。


高尚な文化的活動と財の構造パターンと階層帰属意識との関連性

〇独立行政法人日本学術振興会 堀 兼大朗
上智大学 相澤 真一
中京大学 谷岡 謙

【1.目的】  国内では、P.ブルデュー理論の文脈のもと、個人の生活に関する活動や所有財について分析する研究が増えている(磯・竹ノ下 2018:濱本 2019:橋爪 2019:片岡 2019)。他方で英国の調査によれば、日本同様、クラシック音楽や古典美術といった従来の高尚文化への関与は若年層ほど少なく、さらには高尚文化への関与を誇示しない。このことは、高尚文化の危機はもちろん、高尚文化への関与が、従来のように、自身の地位の高低に関わる意識(卓越化)に影響しない可能性を示唆している(Savage 2015)。しかし文化的活動と地位の意識との関連性の検討(神林・星 2011)は少ない。以上を踏まえ本報告は、高尚文化的活動と財における関与・所有のパターンを導出し、パターンと階層の意識との関連性を明らかにする。
【2.方法】  2015年の社会階層と社会移動全国調査(SSM)のデータを使用する。①文化威信の高い活動(片岡 2019)となる「クラシックのコンサートに行く」「美術館や博物館に行く」「歴史や小説などの本を読む」および文化的嗜好の表れとされる文化的財のなかから「ピアノ」「美術品・骨董品」「文学全集・図鑑」に対し男女別の潜在クラス分析を行う。②多項ロジスティック回帰分析でクラスの構造性を示す。③階層の高低の意識となる階層帰属意識に対するクラスの影響を推定する重回帰分析を行う。
【3.結果】  ①潜在クラス分析により、男女ともに4クラスのモデルが最適と判断した。男女ともに文化的活動/財の高いクラスと低いクラス、「美術館や博物館に行く」「歴史や小説などの本を読む」にのみ関与するクラス、男女の違いとして、男性では読書にのみ関与するクラスと、女性では読書に加えピアノを持つジェンダーステレオタイプなクラスが現れた。②多項ロジスティック回帰分析では、各クラスに対する男女ごとの規定因が導出された。③重回帰分析で、クラスごとの階層帰属意識への異なる関連性が示された。しかし、年齢、学歴、年収のみのモデルと、それらにクラスを追加したモデルの決定係数を比較すると、後者はわずかにしかモデルに寄与していないことが示された。
【4.結論】  高尚文化への関与パターンは男女ごとで異なり、関与の仕方も個人の属性や経歴で差異を呈していた。重回帰分析からは、高尚文化への関与は階層帰属意識に影響を及ぼすものの、学歴などの主要な地位ほどではないことが確認された。
【文献】 濱本真一,2019,「所有財項目による階層的地位尺度の構成」『応用社会学研究』61:117-31. 橋爪裕人,2019,「消費・文化としての嗜好品摂取」『社会と調査』22:65-78. 磯直樹・竹之下弘久,2018,「現代日本の文化資本と階級分化――1995 年SSMデータと2015 年SSMデータの多重対応分析」『2015年SSM調査報告書』. 神林博史・星敦士,2011,「「中」であること・「下」であることの意味――心理・行動パターン分析の試み」『現代の階層社会3――流動化のなかの社会意識』31-45. 片岡栄美,2019,『趣味の社会学――文化・階層・ジェンダー』 青弓社.  Savage, M. 2015, Social class in the 21st century, Penguin UK.
【付記】  本研究はJSPS科研費特別推進研究事業(課題番号25000001)に伴う成果の一つであり、本データ使用にあたっては調査データ管理委員会の許可を得た。


反権力としてのパロディが「冷笑」に行き着くまで

立命館大学 富永 京子

【1.目的】  本研究の目的は、1970年代後半から1980年代前半にかけて論じられた、若者において政治への関心が減退したという認識の再検証と、先行研究の指摘した1980年代の若者文化における諸要素と政治的関心がいかに接続しているかを分析する点にある。  若者論の先行研究は、「1968年」以降の若者たちを「政治に背を向けた世代」として位置付けてきた。しかし一方で、1970年代以降の若者文化においてはアメリカを中心としたカウンター・カルチャーの流入や「新しい社会運動」の興隆など、1960年代後半とは異なる社会運動の形態がみられた。  では、なぜ1970年代以降に日本でも対抗文化の萌芽が見られたにもかかわらず、1980年代には「若者の政治的無関心」と論じられるような状況が生じてしまったのか。対抗文化はなぜ「政治的無関心」へと接続してしまったのかを明らかにするために、本研究では権威・権力への対抗として存在し、当時盛んに若者文化において用いられた「パロディ」を、当時の若年層が編集・投稿した雑誌を対象として検討する。
【2.方法】  読者投稿型パロディ雑誌『ビックリハウス』(1975-1985)における、読者投稿・識者寄稿を対象とする。パロディの対象としてどのような対象が選ばれたのかを年毎に検討した上で、何が「権力・権威」としてみなされたのか、またどのような方法で言及されたのかを明らかにする。
【3.結果】  読者投稿・識者寄稿において、パロディの対象は教員・家族といった身近な大人が圧倒的に多く、次いで芸能人、政治家・マスメディアといったアクターが対象化された。大別して、いわゆる身近な人間関係における権力関係を意識した「いじり」の手段としてパロディを用いるか、芸能や政治、あるいはマスメディアといった消費社会における有名性、政治における権威の象徴を貶め、自らの水準に引きずりおろすという意味でパロディを使うということがわかる。
【4.結論】  パロディは「垂直方向の差異化」であり、権威を自らの水準まで引きずり下ろすことによる笑いによる反権威性を強調されていたが、本研究は『ビックリハウス』の分析を通じて、パロディを繰り返すうち、反権威としての試みが可能になる一方、パロディの形式・様式において同時代・同世代の他の集団とは違うコードが成立することで反権威としての試みそのものが自閉化してしまうさまを明らかにした。さらに言えば、対抗の言語や作法が、それ自体権威への対抗としてもはやあり得ず、集団をめぐる共通言語にとどまってしまうという点から「冷笑」や「揶揄」の言語へと転じてしまうことが明らかになった。


情報・コミュニケーション


ジャーナリズム・インタビューに関する批判的考察

慶應義塾大学大学院 佐藤 信吾

【1.目的】  本発表は、ジャーナリズムの取材過程におけるインタビューを対話的構築主義アプローチから批判的に捉え直すことで、これまでの客観報道パラダイムでは見過ごされてきた、インタビューにおけるジャーナリストの主体性やジャーナリストと情報源の相互作用を明らかにする道筋の一端を提示することを目的とする。社会調査研究やライフストーリー研究では、主に社会学者自身のインタビューを自省的に捉え返す文脈で行われてきた。しかし、マス・メディアを通じて様々なライフストーリーがオーディエンスに伝達されている現代社会の状況を考えるならば、ジャーナリズム・インタビューを社会学的に考察する意義は大きいと考える。
【2.方法】  対話的構築主義アプローチによって検討する具体例として、本発表ではNHK戦争証言アーカイブスを事例とする。このアーカイブは、これまでのNHKの戦争報道において使用されたアジア・太平洋戦争の証言を保存し、インターネット上で公開しているデジタル・アーカイブである。この試みは、これまで不可視化されていたジャーナリストのインタビューを可視化する動きと評価することができる。NHK戦争証言アーカイブスそのものに加えて、このアーカイブの元責任者である宮本聖二氏に対して発表者が行ったインタビューを利用して分析を行った。
【3.結果】  分析の結果、NHK戦争証言アーカイブスは他のメディア・コンテンツ以上に語り手(情報源)の情報が豊富に記録されている一方で、編集過程や聞き手(ジャーナリスト)の存在は不可視化されており、結果として対話的構築主義が求めるインタビューの場の「透明化」には至っていないことが分かった。編集過程の不可視化によって、語り手の沈黙や苛立ち、繰り返しの語りといった、客観報道パラダイムでは不要とされる語りの様態は抹消されている。また、ジャーナリストが不可視化されている結果、語り手と聞き手の相互作用を捉えられない。このように分析すると、NHK戦争証言アーカイブスはライフストーリーの記録という意味では、不完全なものであると評価できる。
【4.結論】  本発表は、対話的構築主義アプローチを用いてジャーナリズム・インタビューを分析することで、従来の客観報道パラダイムでは見過ごされてきたジャーナリストと情報源の相互作用に着目する重要性を指摘することができた。NHK戦争証言アーカイブスは、これまで不可視化されてきた取材過程を可視化する取り組みであると評価できる一方、この相互作用という観点が見過ごされている結果、アーカイブとしては不完全なものとなっている。今後、対話的構築主義アプローチによるジャーナリズムの取材過程への批判的分析が積み重ねられることで、客観報道パラダイムに代わる新たな視点が蓄積され、インタビューの場自体を保存する重要性が理解されていくのではないだろうか。


肖像権を生み出すデジタル社会

新潟大学 原田 健一

1.目的 デジタルアーカイブ学会法制度部会は2019年9月に「肖像権処理ガイドライン(案)」(以下「ガイドライン」)を公にした。本報告は「ガイドライン」が法制度的に適正かどうかという議論とは別に、ガイドラインを日常生活における映像受容のあり方(文化)を計る尺度として捉える。つまり、ガイドラインを人びとが映像にどういう社会的意味や価値を付与しているのか、その映像の受容基盤の人間関係のあり方を探るものとして捉え直すことで、デジタル以前の社会とデジタル以降の社会の意識の変容という問題を浮上させる。
2.方法 調査は、新潟大学人文社会科学系附置地域映像アーカイブ研究センター「にいがた 地域映像アーカイブデータベース」(以下「データベース」)の写真36点を用いて、新潟大学人文学部の学生(約100人)に「ガイドライン」をもとづいて採点をしてもらい、写真が写されたときどの範囲で見られることを想定していたと考えられるかなど、5つの質問項目に答える形で行った。
3.結果 ここで前提となっていることは、「データベース」に集積された映像(写真)が、村や町にあったさまざまなコミュニティ内の人間関係の合意のもと、写し、写され、それを見て楽しんできた生活の営為の蓄積を集合したものだという点にある。これは、一般的なマス・メディアを中心にした他の映像アーカイブとは異なった特色としてある。当然のことながら、そうした蓄積された映像の在来知を、現在のデジタル社会において、新たに共有化する必要があり、その器として、デジタルアーカイブが想定されてきた。 しかし、問題は少し捻れ、複雑である。19~20歳の学生にとって、かつて当たり前であった日常生活が写されている映像、さらにはその映像が残されていることそのもの、つまり、かつてあった映像を受容していた人と人との関係性、コミュニティのあり方が理解できない事態が生じている。例えば、1980年代まで新潟の山間部で行われていた花嫁行列は、行列そのものが村におけるお披露目であり、写真に記録することもまた、そうしたコミュニティの記憶の外部装置としてあった。しかし、こうしたコミュニティのあり方を感知しにくくなった学生たちにとって、花嫁を写した写真は見も知らない人間が花嫁の姿を盗撮したものと想像される。そこに、明らかに現在のメディア状況が反映している。写された人の「肖像権」の意識の背景には、私的領域と公的領域のあり方が変容し、個人化が進んでいることがあり、社会的な経験知そのものが変容したことがある。多くの若者たちにとって、現在とは異なる、理解不能なさまざまな日常生活における人間関係や、その慣習、さらには文化は対象化されることなく、現在的な社会的な意味の磁場のなかで価値づけされ、マス・メディアで行われるモザイク処理が意識に浮上する。
4.結論 本調査によって、若年層の意識の変容を計ることにはさらなる調査が必要なことは論をまたないが、映像における肖像への権利意識、その解釈から私的領域と公的領域を結ぶあいまいな領域、そのあり方がデジタル化以前と以降とでは、変容していることはみえる。過去の映像への解釈に、現在の自らのプライバシー感覚や、あるいは個人情報がデジタル空間に曝されているという強い意識が、基層に形成され、映像解釈を規定している。


行為連鎖組織における紙面上の図と地の構造化

千葉大学大学院 鈴木 南音

【1.目的】  本報告の目的は,絵を描いて説明がなされている場面において,その絵に描かれるオブジェクトの図と地といった意味が,絵によってのみ与えられるのではなく,そのつどの相互行為の展開に依存しながら与えられているということを明らかにすることである.  そして,オブジェクト同士の関係が,図と地という二層として構造化されているだけではなく,三層以上の,多層的・階層的なものとして構造化されうるということを示し,そのために用いられている具体的なプラクティスについて明らかにする.
【2.方法】  方法として,エスノメソドロジー・会話分析の方法を用いた.フィールドとしては,舞台美術を制作するために,演出家とスタッフが舞台の絵を描きながら打ち合わせをしている場面を撮影し,会話分析の方法を用いて分析した.その際,マルチモーダル分析の方法を用いて,発話・身振り・視線・道具・環境などの,相互行為の様々な要素が,互いに意味付けし合う(Goodwin 2000)ことで,全体に創発的な意味が与えられていく過程に注目して分析を行なった.
【3.結果】  既に鈴木(2020)で指摘したように,Schegloff(1980)が示したような「予備のための予備」が,絵を描く際にも用いられ,それが紙面上を予備/本題として意味づけることがある.本報告では,高木・森田(2015)の「ええと」に関する議論を補助線としつつ,「予備のための予備」や説明の複雑性を示す発話が(舞台の絵という)一枚の絵を描くという活動のなかでなされたとき,紙面上のオブジェクトが,図と地として構造化されるということが明らかにする.さらに,その構造化が続けて行なわれたとき,紙面上が,前後関係を持つ複数の層を持つものとして,多層化・階層化されるということを示す.
【4.結論】  絵は,それだけを眺めるならば,図/地としての意味を獲得することは難しい.たとえば,絵だけを眺めていても,どのオブジェクトが図/地として描かれているのかは,必ずしも明らかでない.しかし,ひとたび行為の連鎖組織のなかに埋め込まれるならば,それぞれのオブジェクトが,図/地としての意味を帯びてくることがある.報告で用いたデータにおいては,絵は,その線などの描き方だけではなく,発話や身体と組み合わされることで,初めて図/地という意味を獲得している.また逆に,ここで用いられている発話や身体は,絵と関係づけられて,初めてその意味が理解できる.ここには,絵・身体・発話が織りなす相互反映的な関係がある.すなわち,絵と身体と発話が互いに意味付けし合うことで,全体が新たな意味を帯びてくるような,創発的な意味が,相互行為の中で与えられている.本報告では,この相互反映的な関係の中で,絵に図と地という意味を付与させるために当人たちが用いている,そのプラクティスを示したい. (文献は,字数の関係上,当日のレジュメに記載する)


デジタルメディアを用いた歴史実践とエスニックな歴史叙述の再帰性

東京大学大学院 稲葉 あや香

【1.目的】 本報告の目的は、日系アメリカ人のコメモレーション行事「巡礼」のヴァーチャル化の分析を通して、メディア環境の変化に伴う日系アメリカ人の歴史叙述の変化を考察することである。アメリカにおいて、第二次世界大戦時の日系人強制収容の歴史は、アメリカ国内の人種差別主義の歴史への抗議の一環として語られてきた。その歴史叙述の内容に関しては厚い研究蓄積が存在する一方で、参加者の人種編成やメディア環境などの環境の変化が歴史叙述の方法に与える影響については、十分に論じられていない。本研究は2020年に開始したヴァーチャル巡礼の事例調査により、巡礼における歴史叙述の変化を、目的と参加者の2点に焦点化して分析する。
【2.方法】 2020年のCOVID-19の感染拡大により物理的巡礼が相次いで中止され、初の試みとなるオンラインでの巡礼が開催された。本報告では、2020年4月から8月にかけて日系人団体が催行したヴァーチャル巡礼を事例とし、ヴァーチャル巡礼内の登壇者の発言や上映作品に加え、主催団体からのプレスリリースやウェブ文書の内容分析を行う。その際、特にヴァーチャル巡礼の目的と参加者を想定する発言に注目し、その2点に言及する際にどのような集団に依拠しているかに着目して分析する。
【3.結果】 まず、アメリカ国内の人種差別に対する抗議の姿勢はヴァーチャル巡礼においても踏襲された。巡礼において司会を務めるコーディネーターたちは、COVID-19感染拡大に伴うアジア系住民への差別と偏見、および黒人に対する警察暴力に言及し、日系人が強制収容の経験を想起することで、アメリカにおいて差別に直面する他のエスニック・マイノリティと連帯するという語りが見られた。 その一方で、ヴァーチャル巡礼の主催団体はアメリカ国外の「グローバルな」日系人の参加について言及する。一方では、ヴァーチャル巡礼はグローバルな日系コミュニティを繋げるものと述べられ、日系アメリカ人収容の歴史に関心を持つ人の参加を歓迎する発言や記述が見られる。他方では、参加者に対しては以下の2点について注意が促された。まず、巡礼の目的は収容経験者とその家族のトラウマの癒しであると断りを入れ、参加者に対しては彼らの精神的健康の尊重を求めている。また、巡礼に日本人や複数人種の人々が参加する可能性に言及し、「日系」の人々と文化が国家としての日本とは異なるものであり、巡礼は日本らしさを競うものではないことを但し書きしている。
【3.結論】 分析を通して、巡礼のヴァーチャル化を契機として、日系人団体によりイメージされる巡礼参加者像が変化し、巡礼が伝える日系人の歴史への再帰性が高まりつつあることが示唆された。巡礼のヴァーチャル化は参加に伴う物理的移動と金銭面の負担をなくし、ローカルな地域的文脈を了解していない新しい参加者層が参加する可能性が高まった。主催団体はその具体例として、世界各国の日系人、日本人、および複数人種の者を準拠集団として認識していることが明らかとなった。そして、巡礼における「日本(Japan/Japanese)」の語が持つ多重的な意味を腑分けしつつ、従来の参加者に代表される日系アメリカ人と新しい想定参加者である日系人や日本人との差異を説明するトランスナショナルな再帰的言説が作り出されている。


テレビ電波整備の中央集権

新潟大学 太田 美奈子

1.目的  1953年に東京で始まった日本のテレビ放送は,翌年に大阪と名古屋,その2年後に仙台,広島,福岡,札幌と次第に放送エリアを広げ,1950年代末には多くの地域でテレビの視聴が可能になった.テレビ視聴環境の整備は一体どのように進められていったのだろうか.本研究ではテレビの映像や音声,データを伝送するマイクロ波回線に着目し,その建設過程を振り返ることで,テレビの中央集権性を明らかにするものである.マイクロ波回線とはマイクロ波を用いた無線通信であり,各中継所のアンテナでマイクロ波の受信・送信を行い,各地をつないで情報を遠距離まで届けようとするものである.いくつもの中継所をマイクロ波が一瞬でリレーし,各地のテレビ塔がそれを受信して高所から広範囲に発射,各家庭の屋根などに設置されたアンテナが電波をキャッチすることで,私たちはテレビを視聴することができる.
2.方法  マイクロ波回線の整備に携わった人々が記した書籍を中心に読み進めた.その結果,マイクロ波回線が描く軌道が,近代に整備された鉄道や道路の幹線と似ている事実が判明したため,鉄道や道路整備の草創期に関する資料を参考とした.
3.結果  日本電話電信会社(現NTT)は電気通信五カ年計画の一環として,全国にマイクロ波回線を建設した.マイクロ波回線は,1954年4月に東京―名古屋―大阪間,1956年4月に大阪―広島―福岡間,1957年1月に東京―仙台―札幌間で開通した.「東・名・阪」「阪・広・福」「東・仙・札」と呼ばれるこれらのルートがマイクロ波回線の最初の幹線となり,その後は東京―金沢―大阪間,福岡―熊本―鹿児島間,札幌―旭川―釧路間など,日本海側や九州の南側,北海道の北側へとさらに延びていった(桑原情報研究所 2004).  マイクロ波回線が地図上に描く線は,新幹線や高速道路のそれと類似している.鉄道や道路の敷設過程を振り返ると,例えば明治時代,鉄道の建設を主張した大隈重信や伊藤博文の意図は中央集権制の強化にあった(原田 1998: 44-45).
4.結論  東京を中心として日本を縦貫するマイクロ波回線のありようは,鉄道や道路といった近代交通と同様,テレビにも中央集権的なシステムが構築された事実を示している.「線」の電波整備は,東京を中心として各道府県が線上に束ねられる中央集権のシステムなのである.テレビというメディアの中央集権性は,NHKが各道府県に地域放送局を設置し,各民放キー局がローカル局とネットワークを結んでいる事実を見れば自明なことかもしれない.しかしマイクロ波回線の軌道から改めて中央集権性について考えたい理由は,テレビ電波を日本の隅々まで届ける過程で東京を出発点とした「線」が描かれたのと対照的に,テレビ塔から発射される電波の描いた「円」が草創期,思わぬ電波受信可能圏を生み出すことがあり,そこに現在の文化形式には捉われない自由なテレビ受容が見られたからである.中央集権的に運ばれる電波と,中央集権的な意図を外れて届く電波,ここに現れる受容の違いは,電波環境の整備が結果的にテレビという文化形式をも整備していたことを物語っている.
参考文献 桑原情報研究所編,2004,『私たちのマイクロ波通信50年(黎明編)』桑原情報研究所. 原田勝正,1998,『鉄道と近代化』吉川弘文館.


福祉・保健・医療(3)


薬物依存者の回復ワークの研究

成城大学 南 保輔

1 目的  薬物依存からの回復は可能である。ただし、その道程は長い。自助グループNA(Narcotics Anonymous)の「ベーシックテキスト」によると、薬物使用がとまるステップのつぎに、「スピリチュアルな成長」をともなう「新しい生き方」が必要とされる。回復プロセスにおいて薬物依存者がおこなっている実践を「回復ワーク」と捉えこれの解明をめざした。
2 方法  薬物依存からの回復の軸となるのはNAミーティングへの出席である。その多くは「言いっぱなし聞きっぱなし」であり、直接調査することはできない。薬物依存からの回復のための入寮施設である施設Aにおいておこなわれている認知行動療法を、許可を得て観察し記録した。2018年1月から5月にかけて17回にわたって実施されたSMARPPプログラムを録画録音するとともに、プログラム終了後に参加者にインタヴューした。調査記録を文字化するとともに、エスノメソドロジー・会話分析を基盤とするインタラクション分析をおこなった。
3 結果  17回のセッションに1回でも参加したのは28人だった。NAなどの回復プログラム経験は1年弱と短いひとから10年以上のスタッフまで多様であった。総じて、SMARPPは参加者から肯定的に受けとめられていた。とくに、NA経験の短いひとは、「言いっぱなし聞きっぱなし」ミーティングよりも、SMARPPのほうがやりやすいと感じていた。「言いっぱなし聞きっぱなし」において求められている、「自分のことを正直に話す」ということがすぐにはできるようになるものではないことがその理由だと考えられた。  毎回セッションの最後に、「薬物をやめたい気持ち」と「やめる自信」を0から100パーセントの数値で報告してもらったが、その数値の選び方にはさまざまな戦略と配慮が感じられた。薬物への欲求が生じたときにどのように対応するかが回復にとってなによりも重要なことである。自身での対応のほかに、仲間に話すことも対応策となる。欲求の自己観察とモニタリングも回復ワークと位置づけることができる。  インタラクション分析としては、発話に着目した分析を行った。再演発話は、過去になされた発話をいまここで再度演じるように声音を模倣しながらなされる発話である(Goffman 1974)。「言いっぱなし聞きっぱなし」ではほかの参加者の発言にたいして、コメントすることも反論することも、質問することすら許されない。ただ、話すだけ、聞くだけである。SMARPPにはそのような制約はない。参加者が報告する悩みにたいして、自由に質問や助言が与えられていた。そのなかで、発話者に対立するような発言をする場合に、直接的なかたちではなくて、自分自身の類似の体験を語る実践が見られた。再演発話はこのような機会に効果的なものとして採用されているようであった。
4 結論  薬物依存からの回復ワークの諸形態が明らかとなった。SMARPPのインタラクション分析は、回復ワークの詳細を調べるのに適したフィールドであることが確認された。


「べてるの家」の「治療文化」「生活世界」の初期形成過程の研究

東海学園大学 早野 禎二

北海道浦河町にある「べてるの家」は、精神障害者を「病気」と見て、「治療」の対象とするのではなく「病気」をそのまま受け入れながら「回復」をめざす場所である。「べてるの家」は「弱さ」を外に出し、「苦悩」を分かち合える信頼の場である。そこでは治療者=専門家/被治療者=患者、健常者/障害者という区分をもうけず、治療者が被治療者に、被治療者が治療者になるという循環的な関係が形成されている。 このような性格を持つ「べてるの家」は一つの「治療文化」(中井久夫)を持つ「治療共同体」であり、独自の「生活世界」を持っていると考えられる。 報告者は、「べてるの家」の生成期に焦点を当て、その形成過程を明らかにすることよって、その特徴を理解できると考え、現地でヒアリング調査を行ってきた。その結果、地域の精神障害者の人とアイヌの人たちが、浦河町の教会で出会い、その相互関係の中から「べてるの家」の「治療文化」「生活世界」の原型が形成されたという知見を得た。 以下その概略である。 「べてるの家」の初期の中心メンバーは浦河赤十字病院に入院していた患者であり、キリスト教の信仰を持つ人たちであった。その人たちを支援し、退院した人を浦河町の教会に集めたのがその当時病院のソーシャルワーカーであり、クリスチャンでもあった向谷地氏であった。 向谷地氏は、病院のソーシャルワーカーの仕事をしていくなかで、差別と貧困のためにアルコール依存となったアイヌの人たちと出会い、その深刻な家庭状況を見て、強い衝撃を受け、アイヌの子供たちを集め、教会で日曜学校を始めるようになった。それをきっかけにその親たちも教会に集まるようになった。また、教会の牧師夫妻もアイヌの人たちに関心を持ち、教会で食事の世話をしたり、地域のアイヌの人たちとのつながりを持つようになった。こうして、教会は地域の精神障害者とアイヌの人たちが出会い集まる場所となり、相互に関わりあう関係から、「苦悩」を分かち合い、「弱さ」でつながるという「べてるの家」の文化が形成されていった。 現在「べてるの家」で行われているミーティングは、教会の中で始められたAAにその源を持ち、それに精神障害者が加わり、発展していったものである。また、初期の中心的なメンバーは地域のアイヌの人とのつながりがあり、アイヌの精神的な文化の影響を受けている。「べてるの家」の形成期においてアイヌの人たちの影響は大きかったと考えられる。 報告では、文献資料とヒアリングの調査結果に基づき、教会という場所で精神障害者とアイヌの人たちが出会い、相互関係が生まれることで「べてるの家」の原型となる「治療文化」「生活世界」が形成された過程を明らかにしていきたい。


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「精神薄弱者(知的障害者)」に向けた職業現場経験教育が行われる理由

早稲田大学 西脇 啓太

【1.目的】  本研究における目的は、「精神薄弱者(知的障害者)」に向けた「特殊教育(特別支援教育)」における特徴である職業現場経験教育がなぜ行われてきたのか、という問いに対する考察にある。教育政策・実践を検討する学問領域においては、インクルーシブ教育を達成する為の議論が活発になっている。この議論は、《分離》を乗り越える《包摂》を含意している。だが、こうした議論は、従来行われてきた《分離》教育(「知的障害特別支援教育」等)に対する詳細な総括なく進行している。《包摂》を巡る議論においては、《分離》された教育においてどのような教育がなぜ行われてきたのかを究明する歴史的洞察が必須である。そこで、本研究は、冒頭に記した問いに対峙する。対峙においては、前期中等教育に焦点が当てられる。なお、「職業現場経験教育」は、「校外実習」「職場実習」「産業現場等における実習」等を包括的に把握する言葉であり、報告者による造語である。また、本研究では、歴史的表記が使用される。
【2.方法】  先行研究は、戦後日本において「精神薄弱者(知的障害者)」に向けた職業教育が行われてきた主な背景を《米国における、「障害者」に向けた働きかけ》の流入にみる。こうした研究が蓄積されてきた経緯は、ある構えを生んだ。その構えは、《米国における、「障害者」に向けた働きかけ》の流入という目立つ事象に焦点を当てるが、職業教育の戦後史に関する具体的問いを軽視する、という構えである。本研究は、職業教育の戦後史に関する具体的問いを《重視》する研究に位置づけられる。この具体的問いとしての、冒頭に記した問いを、本研究は、文書資料(定期発行誌や実践報告資料にみられる言説やデータ等)を活用しながら考察する。
【3.結果】  文書資料調査の結果は、次の2点であった。①「精神薄弱者(知的障害者)」に向けた前期中等教育を記す学習指導要領において、職業現場経験教育は、1960年代から1970年代にかけては《状況を示す言》で記されるに過ぎなかったが、1980年代以降は《方針を示す言》で記されるようになっていった(つまり、学習指導要領において、「精神薄弱者」に向けた前期中等教育における職業現場経験教育は、1980年代以降、方針を示されるほどに強く推奨されるようになっていった)。②「精神薄弱者(知的障害者)」に向けた前期中等教育を担う実践現場において、職業現場経験教育は、1950年代から1980年代にかけては強く推奨されたが、1990年代以降は推奨されなくなっていった。
【4.結論】  以上の結果を踏まえた考察と結論は、次にみてゆく通りである。1980年代から学習指導要領において方針を示されるようになるほど教育政策的に推奨されてきた《「精神薄弱者(知的障害者)」に向けた前期中等教育における職業現場経験教育》は、その推奨に反するように、教育現場においては推奨されなくなっていった。この歴史は、職業現場経験教育を巡る、教育政策と教育現場のズレの戦後史である。この戦後史は、本研究における問いに対して、次の回答を結論として与える。職業現場経験教育は、《政策による誘導》から別離し、《政策による誘導ではない文脈》としての《現場のもつ動力因》で行われていた歴史を有している。


自己責任論への対抗戦略としての子どもの貧困論に関する一検討

東京大学大学院 田中 祐児

1. 目的  ワーキングプアや格差社会などが問題視された2000年代後半、子どもの貧困もまた問題視されるようになった。それまで多くの論者が注目してきた大人の貧困ではなく、子どものみに特化した貧困の形態が取り上げられるようになったのには以下のような背景がある。すなわち、「貧困対策を提唱する際に常に生じる『自己責任論』との緊張が、子どもの貧困に特化すれば、それほど強く生じない」(阿部 2008, p.247)がゆえに、あえて戦略的に子どもの貧困が取り上げられたのだという。  こうした戦略はたしかに「子どもの貧困対策の推進に関する法律」の実現等に奏功しただろう。一方で上述の戦略では子どもの貧困は自己責任ではないという言辞が過度に標榜されかねないがために、大人の貧困は自己責任であるという認識を意図せざる結果として召喚しうるという批判も寄せられている(堅田 2019)。  このような批判をふまえ本報告では、子どもの貧困の社会問題化を受け、大人を当事者とする貧困の語りがいかに変容したのかを明らかにすることを目指す。
2. 方法  本報告では、1988年から2019年4月末までに、貧困に言及した雑誌記事を分析対象とする。具体的には、「貧」の字をタイトルに含む記事を雑誌記事データベースである「Web OYA-bunko」を用いて検索したのち、「貧血」など、本研究の関心に適合しない記事を除去した。その結果約6,000件が資料として採用された。そのうえでそれらの雑誌記事のコピーを収集し、内容分析を行う。  具体的には、約6,000件の雑誌記事のうち、子どもおよび大人を当事者として表象している記事を特定した後、それぞれの記事が誰/何に貧困を帰責しているのか、そして、帰責を行う際のレトリックとしていかなるものを採用しているのかを分析するとともに、それらが時代に応じて変化しているのかを検討する。
3. 結果  報告者が申請時点で得られている分析結果は以下のとおりである。まず、子どもの貧困に関する雑誌記事が隆盛化して以降、大人を含む貧困の議論は後景に退いている様子がうかがえた。加えて、子どもの貧困に関する語りでは自己責任の否定が強調される一方、大人の貧困ではそもそも責任の所在が議論に上がることが少なかった。以上の2点から、語りの構造の違いのために、大人の貧困は自己責任であるという認識が補強される可能性が示唆された。これらの結果からは、堅田の指摘が一定の妥当性を有していることがうかがえる。
4. 結論  当日の発表では上記の内容に関するより仔細な報告を行う他、貧困の帰責においていかなるレトリックが用いられているのかということや、それらのレトリックがどのような変化を辿っているのかに関する知見を提示する。そのうえで、戦略としての子どもの貧困論がもたらした帰結に関する考察を行う。
(注) 本報告は、公益財団法人ユニベール財団による研究助成を受けて行った研究成果の一部である。
(文献) 阿部彩,2008,『子どもの貧困:日本の不公平を考える』岩波書店。 堅田香緒里,2019,「「子どもの貧困」再考:「教育」を中心とする「子どもの貧困対策」のゆくえ」松本伊智朗編集代表『教える・学ぶ:教育に何ができるか』明石書店,35-57.


精神科診療所の社会史

東京通信大学 櫛原 克哉

【1.目的】  本報告の目的は、精神科や心療内科等の診療科を標榜する精神科診療所、特に現代社会では「メンタルクリニック」と呼称されることも多い医療機関について、社会史と医療化論の視座から考察することである。社会学においては、M・フーコーの『狂気の歴史』やE・ゴフマンの『アサイラム』などの研究に象徴されるように、入院施設を備えた精神科病院を対象に、「精神病」の社会的構築のプロセスや患者の抑圧的な状況が集中的に分析されてきた。通院型の精神科医療機関については、P・コンラッドとJ・W・シュナイダーによる『逸脱と医療化』で扱われているものの、そこでは医療専門職を頂点とした、逸脱や病の「統制」というテーマが踏襲されている。一方で2000年代以降の医療化論においては、市場経済の影響力のもとでの、患者による医療サービスの選択や情報収集といった、「消費」としての医療化が着目されるようになった。本報告では、このような性質の異なる医療化が混淆する場であり、精神医療を扱ったこれまでの社会学的研究では多くは扱われなかった精神科診療所の社会史の知見を、特に非精神病圏の病に焦点を当てて提示する。
【2.方法】  方法として、20世紀初頭以降の精神医学関連の書籍、学術雑誌、新聞記事等の文献資料を用いた。現代の精神科診療所の利用のなされ方については、精神科診療所の受診経験がある人々を対象に行ったインタビュー調査をもとに考察した。
【3.結果】  精神科診療所の歴史を大別すると、(1) 20世紀初頭の黎明期(「神経」の治療の場と「精神療法」の幕開け)、(2) 1950年代から70年代間のノイローゼの治療と自主服薬および民間療法の競合の時代、(3) 1990年代から2010年代にかけての隆盛期(診療報酬の引き上げ、「心の病」の流行とメンタルヘルス対策の制度化、医療市場の「レッド・オーシャン」化)、(4) 2010年代以降の抗うつ薬市場の縮小傾向の影響(「不安障害」の衰退など)と「発達障害」を扱う医療機関の増加といった区分に分けられる。精神科診療所の歴史を医療化という観点からみた場合には、それは医療専門職による逸脱の統制の歴史というよりはむしろ、競合するさまざまな民間療法や他の診療科等との関係性のなかで、いかにして専門職としての「管轄権」を確立し維持するのかといった、いわば「顧客獲得」型の医療化に近いといえる。また、現代の精神科診療所の利用者の観点、特に提供される医療の内容が期待にそぐわなかった、あるいは自己診断と医師の見解が一致しないといったケースでは、受診が契機となって、「心の病」の治療に“真に”有効な療法や専門家の探索行動の促進されている様子がうかがえた。
【4.結論】  精神科診療所の歴史は、専門職が主導的な役割を果たす医療化のみならず、いかにしてその地位や立場を維持するか、さらには利用者の「需要」も顧慮する必要性を伴った医療化、いわば「不安定な医療化」の歴史であったともいえる。現代では、この不安定さが転院や代替療法の探索を促進する側面も有しているが、一方で通底しているのは、「メンタルヘルス」の問題を解決するための場所として、物理的にも心理的にも近接した精神科診療所が期待され続けてきたことであり、これが日常生活や心の問題に対処するためのセラピー(therapy)を構成する一つの主要な要素として位置づけられてきたといえよう。


性・ジェンダー(3)


<知識>を通じた「欲望の創出」

近畿大学 安達 智史

1 目的  ムスリム女性にとってヒジャブ着用は重要な意味をもつことが知られている。それは、女性の慎み深さを守る「防波堤」であり、その自尊心の源泉となるものである。だが、ヒジャブ着用をめぐる時期やタイミング、そしてそれに実際に込められる意味は、個々人において多様である。では、そうした契機とはどのようなものであり、その着用にはいかなる意味が込められ、またそれが現代社会における信仰をめぐる理解にとってどのような意義があるのだろうか。本報告は、イギリスの移民第2世代以上(以下、「移民第2世代」)のムスリム女性のヒジャブ着用をめぐる時期の分析から、その契機、およびその行為がもつ意味について検討するものである。
2 方法  2009年から2015年にかけて、イギリスのコベントリーおよびロンドンでおこなわれた、57名の移民第2世代のムスリム女性へのインタビュー調査のデータを分析した。インフォーマントのエスニシティは、アジア系52名、アフリカ系5名(ともに混血系含む)、世代は、第1.5世代が3名、第2世代40名、第3世代以上が12名となっている。またヒジャビ(=ヒジャブ着用者)は41名、非ヒジャビは16名である。なお分析には、ヒジャビに加えて、かつてヒジャブを着用した非ヒジャビも含めている。
3 結果  分析の結果、ヒジャブ着用には、大きく3つの契機(時期)が存在することがわかった。それは、①学校への進学、②結婚、③巡礼である。このうち①には、二つのパターンが存在した。一つが、セカンダリー・スクールへの入学(12歳)を契機に周りの友人がスカーフを着用しはじめ、自然とそれにならう例である。もう一つが、大学への進学といった新たな環境のなかで、改めて自身の信仰と向き合うことを契機とするものである。②は、結婚を契機に慣習としてヒジャブを着用するものであるが、それは主に30代以上の世代が解答した理由であった。③は、当初は宗教的義務として、そして後に、巡礼という集合経験を通じて自身をムスリムとして認識することが契機となっている。①のセカンダリー・スクールへの入学や②の結婚を契機としたスカーフ着用は、ヒジャブ着用の意味の不在を特徴としており、逆に、①の大学などでのヒジャブ着用や③の巡礼では、ヒジャブ着用の意味が強調されている。後者にとって重要なことは、宗教的<知識>の存在がヒジャブ着用に大きな影響を与えている点である。彼女たちは、ヒジャブ着用を決める際、イスラームの<知識>の探求をおこなっている。だがそれは、「(ヒジャブ着用を)欲望するがゆえに<知識>を得ようとする」というよりも、「欲望を求めて<知識>を得ようとする」ものであるといえる。
4 結論  以上の点は、イギリスの移民第二世代のムスリム女性にとって、「ヒジャブを着用すること」は必ずしも自明なものではなく、非イスラーム社会のなかで「選択」すべき対象となっている点を示すものである。だが、その選択は、自由意志に基づく「主体」ではなく、宗教的規範への自己規律を通じておこなわれているという点で、「エージェント」に基づくものと理解することができる(安達 2020)。 文献)安達智史, 2020『再帰的近代のアイデンティティ論——ポスト9・11時代におけるイギリスの移民第二世代ムスリム』晃洋書房.


女優と女性視聴者は誰を見つめるか

東京大学大学院 服部 恵典

【1.目的】  男女の間で「視線」が不均等に配分されているという性の政治は、フェミニズム映画批評といった領域のみならず、社会学でも論じられてきたテーマである。赤川学は、男性主観映像で女性を同一化不可能な他者として映し出すという視線のあり方に、男性ジェンダー化の装置としてのポルノグラフィの仕組みを指摘した(赤川 1996)。大貫挙学はこの分析を引きながら、「男」という「見る主体」のために要請される「見られる客体」としての「主体」=「(非)主体」という構造的他者性が女性に負わされてしまうことを指摘している(大貫 2014: 103)。  そこで本報告は,女性向けアダルトビデオ(AV)における「見られる」だけでなく「見る」存在としての「女性」という性的主体の可能性(と限界)を明らかにすることを目的とする。特に、性表現を含む女性向け漫画の研究が「視点」を「読者は誰をまなざしているのか」という一点に限った(堀 2009: 149-50)がゆえに明示的には分析してこなかった、「女性主観」という受け手の同一化を誘う技法に着目する。
【2.方法】  分析対象は主に、日本の女性向けAVメーカーの代表的存在である「SILK LABO」の作品のうち、株式会社ソフト・オン・デマンドが運営している動画サイト「SOD Prime」で2020年6月現在「プライム見放題」に設定されているもの、すなわちDVD換算で93作品である。
【3.結果】  男性向けAVにも実は「男性主観」だけでなく「女性主観」ジャンルが存在するのだが、そこでも視線の対象は女性の身体である。それに対しSILK LABO作品では、女性主観映像に映っているのは男優であり、女性視聴者たちにこれまでにない視聴感覚を与えていた。  しかしSILK LABOは、男性向けAVへのカウンター、オルタナティヴとなる映像を目指すがゆえに、男女の「自然」で「普通」な性行為の演出のために逆に、男優がカメラを見つめ返す画面構成を避けることが多い。極端な例として、出演者がカメラを持ちながら性行為を行う「ハメ撮り」と呼ばれるAVジャンルにおいても、男性登場人物がカメラを持つ時間が長い。あるいは、男女を均等に画面に収める「俯瞰する視線」(堀 2009)を構成する、盗撮カメラが導入されていた。
【4.結論】  モノローグによる登場人物への同一化という女性向けポルノコミックに指摘されてきた技法(堀 2009; 守 2010)を、そのまま用いることはできないAVというメディアにおいて、主観映像という技法は重要でありうる。しかし、女性向けAVは男性向けAVの視線を180度反転させるものではない。つまり、男性の性的主体化の装置としてのポルノグラフィという赤川の分析は、単にジェンダーを入れ替えただけでは援用できない。ここから、女性向けAVは、性的主体化ではない男性向けAVとは異なる機能を持つか、あるいは別の主体化の仕組みを備える性の装置である可能性が示唆される。
【参考文献】 赤川学,1996,『性への自由/性からの自由――ポルノグラフィの歴史社会学』青弓社. 堀あきこ,2009,『欲望のコード――マンガにみるセクシュアリティの男女差』臨川書店. 守如子,2010,『女はポルノを読む――女性の性欲とフェミニズム』青弓社. 大貫挙学,2014,『性的主体化と社会空間――バトラーのパフォーマティヴィティ概念をめぐって』インパクト出版会.


性的少数者の貧困研究についての考察

早稲田大学 志田 哲之

【1.目的】  本報告の目的は、海外で行われた性的少数者の貧困に関する研究をもとに、今後報告者が実施する国内での調査のあり方を検討することにある。日本において性的少数者は「LGBT」の呼称のもとに、およそ10年にわたって華やかな側面が社会に伝えられてきた一方で、いじめや自殺、就業といった側面も問題化され続けている。そして近年では経済的困窮に関する言及が行われつつも、これに関する具体的な調査研究が実施されていないのが実情である。現時点で報告者は、当事者支援団体メンバーからのヒアリングをすでに実施しているものの、類似の調査研究が国内では見られないため、具体的な質問項目等については逡巡するところが多い。本報告では海外での研究がどのように行われているかを概観し、日本において調査研究を進めるにはどのようにしたらよいかを考えたい。
【2.方法】  海外での英文ジャーナルを中心に、性的少数者の貧困に関する研究を収集し、研究方法や結果、知見等を比較検討し、考察する。またその際には、社会学分野に限定せず、他分野についても収集の対象とする。
【3.結果】  英語圏における性的少数者研究は、1990年代においては総論的なアンソロジーが編まれる傾向が見られ、その後、各論に関するアンソロジーが編まれるようになった。しかしながら、性的少数者の貧困それ自体がテーマとなった単行本は現時点では確認できなかった。一方、学術誌においては2000年代以降、さまざまな研究が掲載されていた。これらの研究においては、ホームレスやHIV、メンタルヘルスを含む健康問題、エスニシティ等がテーマとなっているものが多く見られた。学問分野としては、心理学や社会福祉学からのアプローチが多く見られた。またこれらの研究には量的研究、質的研究の双方が確認できた。そして対象となる地域はアメリカがほとんどであり、英語圏/非英語圏を問わず、他の国の研究はあまり見られなかった。
【4.結論】  日本において社会学分野から性的少数者研究を行うにあたって、国内での先行研究の欠如を理由に海外での研究動向をサーベイしたが、海外においても社会学分野からの研究は、社会福祉学以外のからの研究はあまり認められなかった。このことから検討すべきであるのは、以下のようなことであろう。  他分野であっても海外研究の動向を検討し、調査計画を練り上げていくこと。また海外研究であっても社会学分野からの研究があまり見られず、他分野の研究が多く行われていることを鑑み、国内での他分野の研究についても研究動向を捉えフィードバックを行なうこと。そしてほとんどの研究が行われていたアメリカという国の特徴を考慮に入れ、それを日本での調査研究にどのように反映させていくか、等である。  報告では、より具体的な内容を示し、フロアのみなさまからのご助言を賜りたい。


台湾における女性運動の展開

筑波大学 陳 姵蓉

1 目的  本報告の目的は,1960年代後半から活動をはじめた女性団体を通じて,台湾における女性運動の展開とその可能性を明らかにすることである.  台湾における最初の女性運動は,日本植民による工業化や近代化とともに誕生した「新女性」から始まった.しかし,1945年の終戦に伴う政権移転,1947年の二二八事件,1948年台湾戒厳令の実施など一連の社会変動により女性運動は中断せざるをえなかった.代わりに,1949年に蒋介石らの国民党政権が台湾に移転してきたことで,当時中国大陸で展開されていた女性政策が台湾においても実施されることになった.この時,蒋介石夫人——宋美齢——は,女性のリーダーとして女性資源を掌握することになる(台湾女性史入門編纂委員会 2008).この結果,戦後の台湾では中国大陸で展開された女性運動の成果を受け継いた一方,中国の伝統的なジェンダー秩序も復活することになり,女性に対する家父長支配が再び強化されてしまった.この後1970年代に欧米留学した若い女性世代が西洋の第二波フェミニズムを台湾へ導入するまで台湾の女性運動は停滞に陥った,と指摘されている(楊翠 1993).  戒厳令による制限で集会結社が不自由な社会となったが,女性の活動が完全に消滅することはなかった.本報告は戦後20年間,台湾の女性がどんな形で活動しつづけてきたかを分析し,女性運動継続の推移とその内実の変化を明らかにしていく.
2 方法  上述した目的を踏まえて,本報告は1966年に創立された女性団体——慈済(Tzu Chi)基金会——を主な対象として分析する.用いるデータは①慈済基金会の機関誌『慈済』と組織の諸出版物,②メンバーに対するインタビューである.そして,当時の国民党政権が容認した女性活動と比較分析するために,他の女性活動に関する官報,機関誌や新聞記事も用いる.
3 結果  分析の結果明らかになったのは,以下の2点である.①組織外部の環境の影響を受けて,慈済基金会の初期活動が貧困支援や災害支援など社会弱者を世話することで,従来の女性活動とは異なり,家父長制を支配したジェンダー秩序に適合することができた.すなわち,当時の国民党政権が提唱した価値観に合わせて,組織の活動を正当化することができたと言える.②組織内部のメンバーにとって,活動参加することは家庭から解放されることを意味する.そして①の前提で彼女らの解放が成立することができた.
4 結論  以上の検討を通じて,慈済基金会の活動は当局の方針に従い組織の存続を確保することを求めた.一方,結社不自由の状況で組織が立ち上がり,女性を家庭から解放する側面を見れば,慈済基金会は当局の方針を違反する一面もある.慈済基金会は女性運動に一つの方法を提示したと考えられる.
文献 台湾女性史入門編纂委員会編,2008,『台湾女性史入門』人文書院. Doris T. Chang,2009,Women’s Movements in Twentieth-Century Taiwan,University of Illinois  Pr. 野村鮎子,成田静香編,2010,『台湾女性研究の挑戦』人文書院. 楊翠,1993,『日據時期台灣婦女解放運動:以《台灣民報》為分析場域(1920-1932)』時報文化  出版社.


コロナ禍での性風俗従事者への差別や偏見という女性と労働を巡る問題

松山大学 井草 剛

1.目的  新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)の拡大で,弱い立場の労働者が窮地に陥っている.中でも男性691万人,女性1475万人と非正規労働者の約7割を占める女性(総務省統計局 2019)は,休業手当をもらえないまま仕事を休まされ不安定な立場に置かれている.青山薫によれば,セックスワーカーの困難が非正規化・不安定化と連動しているという.日本における女性全体の経済的地位は,戦後のどの時期よりも不安定になってきており,より搾取されやすくなっている(青山2014).今日では、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などによって,多くの人の収入が減少またはなくなり,弱い立場の女性がますます窮地に陥っている.セックスワーカーの問題は近年,注目を集めてきているテーマである.セックスワーカーを対象とした社会学的な研究では,その法律に焦点をあてたもの(青山2014,Aoyama 2014),性風俗従事者に対する性犯罪について調査したもの(田中 2016)や,風俗業界の「場」におけるネットワーク形成を研究したもの(上間2014,2015)など近年多少見られる.しかし,コロナ禍で性風俗業で働くということは,風俗業界に対する排他的風潮の強まりや超濃厚接触による感染リスクなど,「サバイバル・セックス」)というセックスワーカーの「ニーズ」の現れ,という従来の見方だけでは十分に理解できない.  本稿では,「コロナ禍で性風俗業で働くということ」を,「他者」の行動として捉えるのではなく,コロナ禍で彼女たちのまわりの社会経済環境に変化が現れ,これにより生活の不連続性が生じ,その連続性を取り戻すための試みとして捉えたいと思う. こうした背景と問題意識にもとづき,愛媛県松山市道後の性風俗従事者を事例に本稿では, 上記のような課題,つまりなぜこのコロナ感染リスクのある時期にセックスワークを行い,またそれがどのような困難と意味をもつのか時間的な視座から検討し,その課題を抽出することを目的とする.
2.方法  本稿の分析は,彼女たちの社会的諸活動の繊細な側面にも関心を当てるため,愛媛県松山市道後の性風俗店で働く女性7人のケースを扱い,主に機縁法によって半構造化インタビューを行い得られた回答に基づいている.なお,プライバシー保護の観点から本報告での引用する名前や店名は全てアルファベットで表す.
3.結果  「サバイバル・セックス」というセックスワーカーの「ニーズ」以外に,コロナ禍での孤独など,特殊な社会状況での「ニーズ」などが抽出された.この点についての考察は当日報告する.


民族・エスニシティ(3)


移民はなぜ「不法」になるのか

早稲田大学 加藤 丈太郎

1.目的 日本において、非正規移民は出入国管理及び難民認定法という行政法への違反をもって、「不法滞在者」と呼ばれ、犯罪者のように扱われてきた。本研究は非正規移民に「不法性」が「生産」される(De Genova 2002, 2004)過程を分析し、移民がなぜ「不法」になるのかを問う。「不法」という言葉は様々な意味を含有し得るが、De Genova(2004)が示す「国家権力に対する違反」(p.175)という定義に従う。特に2015年以降の非正規移民の増加に寄与している、元技能実習生、元難民認定申請者に着目する。
2.方法 質的研究方法を用いた。38名の非正規移民を対象とした半構造化インタビューを中心とし、必要に応じてのべ175箇所参与観察のデータを援用した。調査期間は2017年7月16日から2020年3月8日までである。 まず38名が来日に至った理由を整理し、次に非正規移民を「不法」になった経緯ごとに類型化した。類型化をする中で、当初「不法」になることを想定していなかった者を中心に、移民が「不法」になる要因を分析した。
3.結果 経済的合理性に加え、本国の政治的状況、日本に関する情報の事前入手が非正規移民の来日への動機となっていた。「不法」となった経緯は、1)在留期限の超過、2)在留資格変更の失敗、3)非正規入国の3つに類型化された。分析の結果、制度に起因する「不法」、「移住産業」(Hernandez-Leon 2005)に起因する「不法」が見出された。 制度に起因する「不法」は4つ挙げられる。1)出入国在留管理制度(留学制度・技能実習制度)における失敗、2)法の変化、3)法が変わらずとも運用の変化、4) 法における実際の運用が不透明の4つであった。移住産業は非正規移民の入国前に加え、入国後にも関係し、一時的に移住を可能とするものの、結果的に非正規移民を「不法」に陥れていた。
4.結論 De Genova(2004)は米国において、Düvell(2011)は欧州において移住を防ぐための法や規制がもたらした予期せぬ結果として、非正規移民の増加を捉えていた。一方、日本においては、非正規移民の「不法」は国家により意図的に生み出されていた。 技能実習生は「失踪」、難民認定申請者は「難民偽装」というスティグマと共に「不法」にされていた。国家は自らに不都合な事象が発生すると、不都合を隠すために移民を意図的に「不法」にする。これは、現代に新たに発生した事象ではなかった。歴史を遡ると、日本で暮らした経験を有する朝鮮人が「密航」者として扱われ、「不法」になっていた。つまり、「不法性」の「生産」には歴史的通時性があった。


在日コリアンの国籍選択と国際移動

日本映画大学 韓 東賢

【1.目的】  報告者の現在の研究課題は、グローバリゼーションという陥穽で不均衡なかたちで複雑化するメンバーシップとシティズンシップの関係に、在日コリアンを事例にトランスナショナルな移動権という新たな視角を提供することで、トランスナショナルな移動の時代におけるネイションステイトの枠組とシティズンシップの関係を再考することだ。  韓国国籍者には1965年に「協定永住」、「朝鮮」籍者にも82年に「特例永住」資格が付与されたことで(91年に「特別永住」に一本化)、在日コリアン研究における「国籍」――形式的シティズンシップは、アイデンティティの源やルーツの証、政治的スタンスの表明として象徴的に扱われ、実質的なシティズンシップと結びついた権利の問題として扱われることは少ない。  本報告の目的は、トランスナショナルな移動権という側面から在日コリアンの実質的なシティズンシップについて検討するため、居住と移動の間で矛盾を抱える境界的存在としての「朝鮮」籍の在日コリアンに着目し、彼らの「国籍(非)選択」とその動機について明らかにすることだ。
【2.方法】  日本社会でトランスナショナルな移動が一般化し始めた1980年代以降、「朝鮮」籍から韓国およびその他の国籍に変更した在日コリアンを比較検討するため、朝鮮学校卒業生の複数の年代グループを対象に質問紙調査を実施する。
【3.結果】  1960年代後半生まれの同窓会グループを対象に行った予備調査によれば、現在の「国籍」は韓国が6割強、「朝鮮」が3割で、韓国国籍者のほとんどは元「朝鮮」籍者である。国籍変更の動機については、韓国およびその他の外国への移動という回答が多く、その理由は親族訪問や仕事より観光が多かった。また国籍変更の動機において国外への移動が重要だったと回答した人のうち、観光、留学、その他の目的においていずれもその移動先は「韓国」よりも「韓国以外の外国」が多かった。  つまり、予備調査によって得られた主な知見は、①「朝鮮」籍者が国籍を変更する場合、日本国籍ではなく韓国国籍を選択②国籍変更の最大の動機は国際移動③その移動先は韓国よりも韓国以外の第3国③その移動の目的は主に観光――となる。
【4.結論】  在日コリアンの「国籍選択」において3か国にまたがる地政学的要因は大きく、それはもちろん思想信条やアイデンティティともかかわるだろうが、予備調査から浮かび上がってきたのは、第3国への移動の自由(しかも観光目的)といった、より便宜的かつ外在的な要因だった。  今後、さらなる調査を進めていきたいが、重要なのはそれが移動の自由という、基本的人権にかかわる「最低限の権利」を求めての選択であることだ。しかもそのような選択を余儀なくされている「朝鮮」籍という不自由で不安定なステイタスは、日本による植民地支配とその清算の不誠実さによってもたらされたものである。  またここから見えてくるのは、トランスナショナルな移動権を排他的に独占するネイションステイトの姿だろう。トランスナショナルな移動権こそが、国籍というメンバーシップの契約によって与えられるシティズンシップの核なのではないか。


多文化コミュニティの集合的記憶の構築におけるボランティアの役割

立教大学大学院 小松 恵

1. 目的  本報告の目的は、多文化コミュニティにおけるボランティアの役割を明らかにすることである。日本において、異なる文化的・民族的背景を持つ人びとが協働するコミュニティに関わる研究では、特定の地域における住民同士の関係性や福祉的課題の共通性に着目されることが多く、地域住民以外の参加者や福祉的課題への対応を支援するボランティアなどの存在はあまり対象とされてこなかった(谷 2015; 朝倉 2017など)。しかし、エスニック・マイノリティへの支援を目的としたコミュニティでは、地域外から参加するボランティアがともに活動している場合も見られ、より包括的に多文化コミュニティを捉えるためには、コミュニティの成員を地域住民に限定せず、これらの参加者を対象に含めた研究も必要である。  本報告では、多様な地域住民の共生のために取り組む川崎市ふれあい館の高齢者事業を事例として取り上げる。在日コリアン1世の女性を対象に始められた識字学級を前身とする高齢者事業には、現在では2世以降の在日コリアンやニューカマーも参加しており、こうしたエスニック・マイノリティ高齢者を中心に生活史や経験を語りあい、作文や絵で表現する活動が行われてきた。本報告は、これらの実践を多文化コミュニティの集合的記憶の構築プロセスとして捉える。社会学では、集合的記憶の構築性や想起されるプロセスが検討されてきた(Olick 2007など)。これに依拠し、ボランティアが集合的記憶の構築にどのように関わっているのかを分析することで、多文化コミュニティにおけるボランティアの役割を検討する。
2. 方法  川崎市ふれあい館の高齢者事業において、報告者自身もボランティアとして参加しながら実施してきた参与観察調査、および在日コリアンと日本人のボランティアへのインタビュー調査の結果から分析を行う。
3. 結果  高齢者事業では、ボランティアは「共同学習者」として位置づけられ、一方的に文字や絵を教える立場ではなく、エスニック・マイノリティ高齢者が語る生活史や経験、その表現を尊重することを通して、ともに学びあう関係が目指されてきた。この過程で、ボランティアはエスニック・マイノリティ高齢者の語りを聞き取り、自らの経験と照らし合わせて共感や学びを得ているだけではなく、「共同学習者」の理念を参照することにより、エスニック・マイノリティ高齢者の語りや表現を尊重できているのかと葛藤し、関わり方を自省的に問い直す機会が生じていることが明らかとなった。
4. 結論   ボランティアは、エスニック・マイノリティ高齢者による語りや表現を「共同学習者」として尊重しようと試みることで、生活史への関わり方を再考しながらエスニック・マイノリティ高齢者と関係を築き、活動をサポートしてきた。多文化コミュニティにおいてボランティアは、エスニック・マイノリティ高齢者やその生活史との関係性を問い直しつつ、集合的記憶を共同的に構築する役割を果たしているといえる。
参考文献 朝倉美江, 2017, 『多文化共生地域福祉への展望―多文化共生コミュニティと日系ブラジル人』高菅出版. Olick Jeffry, 2007, The Politics of Regret: On Collective Memory and Historical Responsibility, New York: Routledge. 谷富夫, 2015, 『民族関係の都市社会学―大阪猪飼野のフィールドワーク』ミネルヴァ書房.


新型コロナウイルス蔓延下における華僑・華人の滞在と経済活動の現状と課題

福岡県立大学 陸 麗君

1.目的 新型コロナウイルスの発生と蔓延は、人々の生活、居住、就労及びビジネスの形態にまで大きな変化をきたすことが予想されるなか、日本人に限らず日本に在住する外国人への影響も看過できない。  実際、長引く自粛時期とそれに伴う経済活動が停滞した状況下で、外国人の滞在・就労、ないしビジネスの現状といった現実的な課題や、ポストコロナに向けた日本での外国人労働と経済システムの再構築に関する研究の蓄積は、日本において皆無に等しい。このような問題の解明は、パンデミック下の日本における外国人の社会包摂や、多文化共生社会の実現に関する政策提案、ひいては社会と経済包摂を網羅した先端的都市論の構築に向けた重要な手がかりとしての意義が予想される。  本報告は大阪市のインナーシティにおいて、新型コロナのパンデミック以降の外国人、特に華僑・華人の滞在とビジネスに焦点を当て、その現状と課題の解明を目的とする。
2.方法  本報告は大阪市の西成区、浪速区を主な調査地とし、各現場で調査を行う。特に、華僑・華人の関連団体や華僑・華人の経営者、当事者、これらに関連する行政への聞き取り調査に注力する。
3.結果 主に大阪市内の緊急事態宣言前後における自粛時期と経済活動の停滞下において、以下の点の問題を解明したい。 (1)「華僑・華人の滞在と生活実態」。特に各地域コミュニティにおける外国人支援の状況、及び入国制限と行政現場の混乱に伴う外国人の在留資格の更新の困難・出入国の問題などである。また華僑・華人による対応策の実態や華僑・華人同士での相互扶助、華僑・華人たちがコミュニティとの関わりの実態を明らかにする。 (2)「華僑・華人の就労と経済活動の実態」。パンデミックに伴い特に打撃を受けているインバウンド関連の事業(民泊・旅行業・ドラッグストア・飲食業など)のほか、華僑・華人経営者が集中する不動産事業・語学学校などの業態にも目を配る。コロナウイルス蔓延による、就労と経済活動への具体的な影響を把握した上で、ポストコロナにおける在留外国人の経済活動の見通しを明らかにする。
4.結論  コロナウイルスの蔓延という危機状態を外国人の滞在及び経済活動と連動して捉える。また、パンデミックがもたらした経済不況を「市場原理主義」、パンデミックに対する国・自治体の政策を「国家主義の開発・福祉」と位置づけた上で、そのマクロなスケールとの相互作用で、危機を乗り越え、社会包摂や多文化共生社会の構築において、社会的資本、NPO、支援団体などによる共助、「インフォーマル経済」部門における外国人同士、外国人とホスト社会の人々の互助が益々重要な意義をもつものだと考えられる。


在日コリアンのエスニックアイデンティティの継承・変容

立命館大学大学院 徐 希寧

1.目的 朝鮮半島にルーツを持つ在日コリアン(以下、在日)はマイノリティとしてグローバル化の波に影響を受けながら、価値観や世界観を育んできた。帝国日本の植民地支配の産物である在日という存在を認識するため、在日のマイノリティとしての民族教育現場の実態を知ることが不可欠である。 在日のアイデンティティをめぐる「民族」「祖国」「帰国/定住」などの諸概念の分析を通して、在日にとっての「民族性」が変容・脱構築されたのかを、在日のアイデンティティの在り様を考察したもの(鄭栄鎮、2018)がある。また、在日舞踊家の朴貞順は、在日の「民族舞踊」に対する愛着心は祖国に住む同胞よりも強いとし、在日の民族アイデンティティを唯一肯定できるのは「民族舞踊」だとし、民族教育における「民族舞踊」教育の重要性を提言している。 本研究では、これらの先行研究を踏まえ、現代の在日の民族教育におけるエスニックアイデンティティの継承・維持を「民族舞踊」を通して検証するのが目的である。
2.方法 本研究では、エスノグラフィーを通して主に在日の民族教育現場における「民族舞踊」がどのように継承・発展されてきたのか、また、どのような意味を持っているのかを検証するとともに、「民族舞踊」を続けている在日のエスニックアイデンティティの構築にどのように影響を及ぼしているかなどについて文献・史資料および在日の民族教育現場におけるフィールドワークを通して検証・考察する。
3.結果 在日にとっても民族教育の一環として行われている「民族舞踊」がエスニックアイデンティティの形成・維持に大きな役割を果たしていることを確認することができた。その際、その「民族舞踊」は、崔承喜が確立した民族舞踊の源流を基本的には継承してきたものと思われる。崔が一貫して追求した「民族性」を在日が継承している「民族舞踊」にも発現しているのではなかろうか。そうした意味において、在日の教育現場において崔が確立した民族舞踊こそがエスニックアイデンティティの形成・維持に影響を与え続けるものと思われる。しかし、在日の世代交代に伴い、今後も同様な状況が続いていくかどうかは予断を許さないだろう。今後、韓国での史資料および文献調査に基づく分析を行い、民族学校で「民族舞踊」が民族としての帰属意識の安定化を図る上でどのような位置づけにあるのかを検証するとともに、在日における民族舞踊とエスニックアイデンティティの関連を比較検討も行っていきたい。
4.結論・展望 日本と在日社会および民族教育現場と朝鮮半島を横断する「民族舞踊」のトランスナショナル/コロニアルな型式も踏まえ、「民族舞踊」の教育が矛盾や問題をはらみながらも多文化共生へと繋がりうるマイノリティとしての存在をどのように位置づけるかなどをより深い探求したい。
参考文献 鄭栄鎮(2018)『在日朝鮮人アイデンティティの変容と揺らぎ「民族」の想像/創造』法律文化社. 朴貞順(2000)「民族舞踊教育の重要性についての考察:在日朝鮮学生の民族教育においての民族舞踊教育」、『朝鮮大学校学 報』4、96-105.


在日朝鮮人女性の同胞女性ネットワーク

同志社大学大学院 金 汝卿

1.目的  複数の社会規範や抑圧の構造が交差する状況をマイノリティ女性はどのように生き抜くのか.本発表は,朝鮮学校に子どもを通わせる母親たちのライフヒストリーをもとに,ジェンダーとエスニシティの交差が顕在化される場面を描くとともに,彼女たちが朝鮮学校に積極的に関わることを心のよりどころにしていく過程を,人やコミュニティとのつながりという観点から考察する.
2.方法  発表者は,2016年から2019年末まで,朝鮮学校の女性保護者組織である「オモニ会」(=母の会)に関わったことのある女性38人を対象にインタビューを行った.その多くが幼少時より総連系の在日朝鮮人コミュニティ(以下,単に「コミュニティ」)の中で生きてきた女性であるのに対し,本発表では,かつてコミュニティに属していたが,本人の意思によりいったん離れた2人の女性(在日朝鮮人3世)のライフヒストリーに注目する.2人は子どもを朝鮮学校に通わせ,オモニ会に参加するようになって,コミュニティに再参加した.コミュニティからいったん離れた2人のライフヒストリーに注目するのは,あらためて選択して朝鮮学校に母親として関わるようになった経緯ゆえに,その経験をより意識的に言語化できると考えられるためである.
3.結果  2人はキャリアという点では対照的である.Aさんは結婚前も結婚後も働きつづけているが,Bさんは義父母のジェンダー規範に配慮して結婚後に仕事を辞めた.  一方,朝鮮学校との関係では共通した側面がある.2人ともそれぞれの事情からコミュニティを一度離れたが,在日朝鮮人男性と結婚した.その後,Aさんの家は見学した子どもの意思で,Bさんの家は夫の意思と子どもの選択で,朝鮮学校に子どもが通うことになった.つまり2人とも最初から朝鮮学校に子どもを入れようと思っていたわけではなかった.しかしオモニ会に関わり,2人ともその活動に意義を見いだしていった.Aさんは,働きながらのオモニ会活動の負担の重さを懸念していたが,仲間が便宜をはかってくれたおかげもあって,その活動に楽しみと喜びを覚えるようになった.Bさんは,オモニ会のなかでは自分の専門知識を活かすこともできて,コミュニティに戻ってきたことを楽しく感じていた.特に2人とも,新たな女性ネットワークができ,連帯感が得られたことに高い価値を見いだし,その観点から朝鮮学校を再び積極的に意味づけるようになった.
4.結論  この2人は,家父長制的な規範のある濃密な総連コミュニティを一度抜け出し,やはり家父長制的な日本社会を経験したうえで,結婚,出産,育児を経て,母親(オモニ)として再びコミュニティに戻ってきた.そこで2人は,オモニ会という同胞女性ネットワークから得られる連帯感を通じて,朝鮮学校を中心としたコミュニティの価値を再発見した.そこでは,子どものため,民族的なコミュニティのため,そして女性としての自分のための活動が連続的に重なりあっており,だからこそオモニ会という場が彼女たちの心のよりどころになっていったと見ることができる.こうした特徴は2人以外の女性たちにも少なからず見られる.本報告では,こうしたエスニックな場の形成における女性ネットワークの機能について考察する.


教育


学校におけるヤングケアラー支援の可能性

〇成蹊大学大学院 長谷川 拓人
成蹊大学 澁谷 智子

1. 目的 ヤングケアラーとは、慢性的な病気や障がい、精神的な問題のある家族を世話している18歳未満の子どもである。家族の誰かが、長期的なサポートや看護、見守りを必要とする時には、未成年の子どもであっても大人が担うような責任を引き受け、家族の世話をする状況が生じる。ヤングケアラーの多くは学齢期の子どもであり、生活の大半を学校で過ごしているが、日本では学校での効果的なヤングケアラー支援はまだ充分に行われていない。本報告では、そうした状況を鑑み、世界に先駆けてヤングケアラーの調査や支援を手掛けてきたイギリスにおける学校でのヤングケアラー支援を分析する。特に、2015年から実施されている「ヤングケアラーサポート学校賞」の取り組みを紹介し、日本の学校での応用可能性を検討することが、本報告の目的である。
2. 方法 本報告で主に使用するデータは、イギリスの介護者支援団体「ケアラーズ・トラスト」と子ども支援団体「チルドレンズ・ソサエティ」が共同で作成した『Young Carers in schools: Award Pack-A guide to implementing support and applying for a Young Carers in Schools Award』である。また、「チルドレンズ・ソサエティ」包括プログラムのヘレン・リードビターが2020年1月に来日して行った講演「ヤングケアラーへの支援」の発表資料、さらに、リードビター氏に発表者が行ったインタビューもデータとして使用する。
3. 結果 「ヤングケアラーサポート学校賞」は、忙しい学校において、ヤングケアラーの発見とその支援をなるべく容易にすることを目指して作られている。ヤングケアラーの意見を基に、教職員や支援者が検討して定めた、①ヤングケアラーを理解する、②ヤングケアラーに関する情報を提供する、③ヤングケアラーを発見する、④ヤングケアラーの話を聞く、⑤ヤングケアラーをサポートする、という5つの指標があり、それぞれの項目について、金賞、銀賞、銅賞の3つのレベルが設けられている。学校にとっては、こうした賞を得ることが、教育水準局(Ofsted: Office for Standards in Education)による学校評価においてプラスになるという動機も働いており、「ヤングケアラーサポート学校賞」の申請に積極的な学校は多い。実際に賞を受賞した72校からは、以前よりも多くのヤングケアラーを発見できるようになった、学校でのヤングケアラーのウェルビーイングと自信が高まった、ヤングケアラーの出席状況が改善した、などの報告がなされている。
4. 結論 「ヤングケアラーサポート学校賞」の取り組みは、学校におけるヤングケアラーの発見と支援体制の構築、ヤングケアラーの状況改善に大きく貢献していた。賞の審査基準となる5つの具体的な指標と、それが求めるレベルを丁寧に検討することを通して、日本の学校においてヤングケアラー支援を作っていくにあたり、何をどのような順序で進めていけばいいのかを考える手がかりを得られることが示された。
文献 Cares Trust & The Children’s Society, 2017, Young Carers in schools: Award Pack. Leadbitter, Helen, 2020, “Providing Support to Young Carers” (2020年ヤングケアラー勉強会での発表資料, 2020年1月25日成蹊大学国際交流会館にて開催). 澁谷智子, 2018, 『ヤングケアラーー介護を担う子ども・若者の現実』中公新書.


男女別学は性別役割分業意識を強めるか?

〇東京工業大学 毛塚 和宏
東京大学 大久保 将貴
東北大学大学院 瀧川 裕貴

【1. 目的】  本報告の目的は,男女別学か否かが性別役割分業意識にどのような影響を与えるのか,因果推論の枠組みに基づいて明らかにすることである.  中学・高校における男女別学がもたらす効果は議論の的になっている.学力の観点から言えば,男女別学によって学力が向上する,という報告がなされている(Park et al. 2013).  一方で,学力以外ではジェンダーステレオタイプが強化されるのではないか,という指摘がされている.メタ分析では別学男子に対して若干のステレオタイプ傾向が確認された(Pahkle et al. 2014).日本では,江原(2000)が1994~95年に行った調査を分析し,別学男子高生の性別役割分業意識が高いことを示した.  しかし,男女別学の効果を確認するには,因果推論に基づく観点が必要である(Pahkle and Hyde 2016).性別役割分業意識と男女別学の双方に影響を与える要因が考えられる.たとえば,家庭の分業状態や親の分業意識などである.  そこで,本報告では因果推論の枠組みに基づいて男女別学が性別役割分業意識に与える影響を推定する.
【2. 方法】  本研究で用いるデータはNHK放送文化研究所が2012年に行った「NHK中学生・高校生の生活と意識調査,2012」である.この調査の対象者は,全国の中高生とその両親であり,中高生を住民基本台帳をベースに対象となる中高生を無作為抽出している,なお,推定は男子と女子,別々のサンプルに分けて行った.  男女別学か否かを処置変数とし,子育ての分担に関する変数を目的変数として,それぞれ回帰分析を行った.具体的には「あなたは,将来結婚して子どもが生まれたら,子育ての分担はどのようにしたいと思いますか.」という質問に対して「母親がすべてする」・「母親が中心で,父親は手伝う」という回答をした場合に1,そうでない場合0となる変数を目的変数とする.目的変数がダミー変数なので,線形確率モデルの形になっている.  回帰分析に際して,因果効果を推定するために,傾向スコアを用いた逆確率重みづけ推定を行う(以下 IPW推定).傾向スコアの推定として用いた変数は,地域,都市規模,父母の職業,学歴,分業状態である.
【3. 結果】  本研究では,平均処置効果(ATE)と処置群における平均処置効果(ATT)を推定した結果,全体として男子校は性別役割分業意識を弱める傾向が,女子校は強める傾向が確認された.
【4. 結論】  サンプルサイズなどの限界はあるものの,男女別学が性別役割分業意識に因果推論の観点から見ても影響を与えていることが示唆された.また,江原(2000)の結果とは異なり,男子校は性別役割分業意識を弱めることが確認された.


教育実践としての自由な校風

京都大学 津田 壮章

1 目的  京都府立鴨沂高等学校(以下、鴨沂高校とする)に存在した「自由な校風」の意義と限界を、学校行事「仰げば尊し」(以下、「仰げば」とする)等を題材に、教育実践という視点から考察する。
2 方法  1949年から1973年まで発行されていた学内新聞『鴨沂新聞』及び、1978年から1年に1回発行されていた学園誌『OUR SCHOOL OHKI』(以下、『OSO』とする)等を主な調査対象とする。分析枠組みとして「デモクラシーのためのアーキテクチャ」概念を用い、「自由な校風」と教育実践の連関過程や、近年、文部科学省が推進する主権者教育との関連について検討する。
3 結果  戦後、鴨沂高校では、決議文やビラ等を貼ることができる掲示板を設置した通路「銀座通り」、高校生が企画できる集会「アッセンブリー」、生徒自治会組織といった「デモクラシーのためのアーキテクチャ」が整えられた。初期の「仰げば」は体育祭で3年生が担任を山車に乗せる仮装行列であったが、1960年代に教員が山車へ乗らなくなったことを機に市中パレードとなる。政治的テーマも扱われたが抑圧されることなく継続された。高校生を「大人」とみなし、表現の自由を重視する学校側の姿勢がこうした行事を維持できた要因といえる。1970年代には「仰げば」が文化祭行事となり、下級生向けに主張をおこなう「アピール」と「パレード」に分ける等、「デモクラシーのためのアーキテクチャ」の性質を強めていく。1980年代には教員側からクラス活動の成果を発表する教育実践の場と位置づけられていた。1990年代には「仰げば」を教員から強制されたものとするクラスもあったが、学校への批判をアピールしており、「デモクラシーのためのアーキテクチャ」をめぐるデモクラシーが機能していた。2000年以降は調べ学習の成果発表に近いテーマが多く、実質的に「仰げば」や「自由な校風」を守っていたのは教員であった。  2012年に校舎の全面改築計画が発表された。保存を求める運動の影響もあり、部分保存案を採用した工事が2018年に完了する。その間、2013年の新入生から制服導入、2015年の文化祭を最後に「仰げば」廃止、2016年には生徒自治会が生徒会に名称変更され、PTAが京都府立高等学校PTA連合会へ加盟する等、校風改革が進められた。こうした改革に対し、「自由な校風」の継承や「銀座通り」の復活を訴えた高校生もいた。一方、鴨沂高校同窓会は2013年に京都府知事及び教育委員長へ提出した要望書で、校舎の早期全面改築と「新生鴨沂高校としての教育目標が達成できることを強く要望」しており、これまで「自由な校風」を享受してきた世代に、後輩へ自由を継承していく意思はなかった。校風改革によって「デモクラシーのためのアーキテクチャ」は姿を消した。
4 結論  鴨沂高校に存在した「仰げば」「アッセンブリー」「銀座通り」は、表現の自由を保障したうえで自らテーマを設定し、考え、議論し、主張するプロセスが組み込まれていることから、「自由な校風」の中で主権者たる市民を育てる教育実践といえる。こうした取り組みは『鴨沂新聞』や『OSO』で、教員の支援を得ながらも高校生自身によって記録された。これは、自らが文化を創り出し、継承する努力を続けていたものであった。鴨沂高校の「自由な校風」は、主権者教育が推進される現代においてこそ、先駆的事例として再評価されるべき取り組みといえる。


高度経済成長期における女性の公共圏参入の様相

早稲田大学大学院 池本 紗良

【1.目的】  本発表の目的は、高校全員入学運動(以降、全入運動)のなかで、母親が市民的公共圏にいかにして参入するようになったのかを検討することにある。高度経済成長期において母親はわが子への教育に関心を抱くと同時に、「せめて子どもを高校へ」という願いのもと全入運動に参加する気概をみせていた。高校全員入学全国協議会(以降、全入全協)はこうした教育関心を推進力に民主教育の擁護を訴えた団体であった。それゆえに全入全協は母親に私的領域から市民的公共圏へと包摂する経路も準備していた。 しかしながら母親の教育関心は、教育の民主的改革を目指す公共圏には向かわず、わが子の利益に資する私事的な関心に収斂されていった。全入全協が準備した経路自体がある種の陥穽を抱えていたのだ。この経路を確認することで、女性が公共圏に参入するときには特別の理路が敷かれていたことが明らかになる。
【2.方法】  以上の課題に取り組むために全入全協が「母親」をいかなる存在として見なしていたのかを観察する。全入全協の運動内容を把握するのに役立つ資料として『高校全員入学資料』がある。この資料には全入問題に関する会議や集会の議事録とともに、人々に周知させる広報が綴じられている。この議事録や広報で「母親」がいかに捉えられていたのかを析出する。全入運動による「母親」の捉え方を検討することで、いかにして「母親」を公共圏に呼び込んでいったのか、その経路を確認していくことができる。
【3.結果】  全入全協の「母親」には3類型があることが析出された。1つ目が政治意識を芽生えさせた急進的な「母親」の姿である。全入全協は母親の力を結集させるべく、運動が母親自身にとっても意義深いものだという価値づけを行っていた。すなわち運動を通して母親は真に教育に関心をもち、政治意識を芽生えさせることができたと評価していた。  2つ目が外部にアピールする際の広告塔としての「母親」像である。文部省による「全入運動=日教組の運動」という曲解がなされると、全入全協は「アカ」呼ばわりされるのを避けるために、戦略的に「母親」の運動であることを強調していった。  にもかかわらず、全入運動はしだいに「シリ切れ」が指摘されるようになる。ベビーブームの進学期が過ぎ去るとともに、運動の当事者である母親が減少していったのだ。この状況を打開するために、全入全協は様々な背景をもった母親たちの参入を促進させて「新陳代謝」を図ろうとしていた。そこで想定された3つ目の「母親」は、「子どもが高校に入れれば終わり」という淡白な願いをもった存在であり、逆に言えば煩雑な問題には興味を抱かないとされた「母親」の姿であった。
【4.結論】  全入全協の「母親」に依拠した語り口は、母親に政治的存在という新たな活路を示したが、結局は従来の属性に収束してしまった。この収束のさまから推察されるのは、女性の公共圏への経路は括弧つきのものだったということだ。女性が公共圏に参入するには、「母親」や「主婦」というジェンダー役割の足場が必要で、そうした立場性こそが女性の特権として描かれた。性別に関係なく開かれているはずの公共圏に女性が関与するときにのみ特異な足場が設けられるのである。この足場は公共圏への参入を助けもしたが、よりいっそう女性を私的存在として規定することにもなったことが明らかとなった。


フランスにおける大学区長(recteur d’académie)

神戸大学 白鳥 義彦

【1.目的】  本報告の目的は、フランスの教育制度のなかで、中央と地域とを連接する重要な役割を果たす大学区長(recteur d’académie)に注目し、歴史的な観点も踏まえつつ考察を行うことにある。フランスにおいて、教育行政の地域的な区分単位である大学区(académie)は、1808年に、ナポレオンによる教育行政の組織である「帝国大学」(Université impériale)のもとで創設された。現在、海外県の2つを含め、フランス全国に30の大学区が、18の教育地域圏(région académique)のもとに置かれている。大学区長はまた、大学界からの出身者が80%と多数を占めるので、教育界/大学界と行政とを連接する存在としても興味深い。
【2.方法】  歴史的な観点については、Jean-François Condette, Les recteurs d’académie en France, de 1808 à 1940, tome 1, la formation d’une élite administrative au service de l’Instruction publique, Institut national de recherche pédagogique, 2006や、Patrick Gérard, « Le recteur et son académie », dans Mathilde Gollety (dir.), L’art, la gestion et l’État : Voyage au cœur de l’action, mélanges en l’honneur de Pierre Grégory, Paris, Eska, 2013, pp. 353–380なども参考にしながら考察を行う。また現在の状況についてはフランス国民教育省のホームページなどからも基本的な情報を得つつ、考察を行う。
【3.結果】  Condette(2006)によれば、1809年から1940年において大学区長の職にあった360名についての分析の結果として、①職務の専門職化、②キャリアの大学化、③大学区長のプロフィールの政治化、④大学区長の職務の世俗化、⑤当該行政職務の一定の民主化、⑥大学区長の職務の永続化、といった特徴を挙げることができる。またGérard(2013)は、大学区長に任命される者には博士号や、1984年以降には博士号の後に取得するものとして新たに創設された研究指導学位(habilitation à diriger les recherches)を有していることが求められたので、大学教授職の者から任命されることが多くなったと指摘している。さらに国民教育省の文書からも、とりわけ今日のフランスにおける地方分権化の推進という文脈のなかで、大学区長が重要な役割を担っていることがわかる。
【4.結論】  ナポレオンの下で創設された大学区という制度自体、フランスに独特のものであるが、大学区や大学区長に着目することにより、フランスの教育制度のあり方やその歴史的経緯をより深く理解することができる。また社会学との関連においても、デュルケームのボルドー大学への任命においてはルイ・リアールの果たした役割が大きいと言われており、リアールはボルドー大学教授の後に、カーン大学区長、高等教育局長、パリ大学区副区長(パリ大学区は大臣が名目的に区長となるので、実質的な大学区長)を歴任していて、この区長という職の考察と社会学の制度化との間に、リアールを媒介として、その背景としてのある種の接点を見出すことができる。


教育権と親の教育の自由について

武蔵大学 加藤 敦也

1.目的  本報告の目的は、親の教育の自由を保障することの意味について、教育権に関する論争をもとに考察することにある。  2016年に成立した義務教育段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律では、不登校児童生徒を想定した上で、学校外の教育の存在が認知されることになった。ホームスクールを含め、学校以外の教育手段を講じることは、今後親の選択として増えることが予想される。  しかし、同法律をめぐり、不登校児童生徒を想定して、その学習を学校外で保障することを法律に明記することについて、旧来的な学校制度とその秩序を重んじる保守的な立場の論者と子どもたちの貧困や階層格差を問題視する平等主義的な立場の論者から懸念を指摘されることとなった。  このように日本社会では、子どもの教育を受ける権利は、学校教育で満たされるべきであるという主張は根強い。この主張は、教育法学において展開された「国民の教育権論」に内在する価値である。すなわち、国民の教育権論は、民主主義社会の担い手としての国民が教育の権利を有していることを主張し、さらにその権利が専門家としての教師集団に委託されているという理論を展開した。  この「国民の教育権論」は、国民に対する義務を伴う国家的要請としての「国家の教育権論」に対置されるという意味で、国民主権に基づき、教育の自由を模索しようとする理論である。しかし、親権が教師に委託されるという教育権の捉え方について、親の教育の自由を制限するものという批判もあった。本報告では、この議論に着目したうえで、学校以外の教育選択に関する思想上の問題を考察する。
2.方法  「国民の教育権論」に関する議論について、文献研究を行う。本報告で注目する論考は、国民の教育権論を展開した兼子仁と堀尾輝久によるものであり、かつ彼らの理論に対して批判的な論陣を張った永井憲一と西原博史によるものである。
3.結果  研究の結果、国民の教育権論に対する疑義は、教師の教育に対する裁量権に関して向けられていることが分かった。つまり、学習指導要領に拘束され、教育に対して自由裁量の余地がなく、また親の教育の自由を代理的に担うことができない存在として教師像が素描される。  また、教育選択権を積極的に行使するためには、親の教育の自由を改めて確認する必要がある。
4.結論  親の教育の自由を保障することの意味とは、教育の権利が親にあることを確認した上で、学校教育の権力性を相対化することにある。教育選択権は、不登校という文脈の中で位置づけられているが、自律した市民として民主主義社会を構想する上で土台となる権利である。
参考文献 永井憲一・今橋盛勝,1985,『教育法入門』日本評論社. 中川明・西原博史,2007,「心の支配」(=藤田英典編,『誰のための教育再生か』)岩波新書,147-186. 西原博史,2009, 「教師の<教育の自由>と子どもの思想・良心の自由」広田照幸編『自由への問い⑤教育――せめぎあう「教える」「学ぶ」「育てる」』岩波書店,130-69.


社会学教育委員会企画テーマセッション


日本の医学部卒前教育の展開

神戸市看護大学 樫田 美雄

報告者は前任校(徳島大学)着任時(1996年)以来、研究テーマとして「医療者教育の社会学」を追求し続けて、現在に至っている。具体的には、解剖実習の社会学、医学部PBL授業の社会学、OSCE(客観的臨床能力試験)の社会学、医療面接の社会学等々である。その成果の一部は『医療者教育のビデオ・エスノグラフィー』(晃洋書房、2018)等として発表してきた。また、これらの研究成果を生かす目的もあって、日本医学教育学会の行動科学小委員会(複数回の名称変更あり)のメンバーとして実践的な教育普及活動も、10年以上行ってきている。
今回の日本社会学会社会学教育委員会主催テーマセッションでは、これまで十分行ってくることが出来なかった「日本社会学会」及び「社会学界」への働き掛けをしていきたい。具体的には、その目的のために、2つのパートに分かれて発表を行う。すなわち、第1パートでは「日本の医学部卒前教育の展開(とくに医学教育モデル・コア・カリキュラムの登場と変遷)」を解説する。ついで、第2パートでは「社会学の視点からの教材の例示」をおこなう。各20分の予定である。
日本の専門職への高等教育は、(アメリカと異なり)主として学部レベルで行われるため、一方では、アンドラゴギー(大人への教育)的方法を取り入れるのが遅くなり、もう一方では、実践的教育とは切り離された形での教養教育(このような評価には誤解も含まれていると思われる)が、学部・学科の目的に沿わないものとして、一部の学部学生及び、一部の専門職資格をもった同僚教員からの怨嗟の対象となってきた。1991年の大学設置基準の大綱化以降、日本の医師養成を独占的に行っている医学部医学科では出口(卒業時)における水準確保への社会的要請の強さも影響して、医療者主導での教育改革が間断なく行われ続け、今では、たいへん高度に統合化されたものになっている。そのような流れの中でカリキュラム全体に占める社会科学(社会学を含む)的内容の削減が進行してきたということができよう。
また、2001年に最初のものが制定された「医学教育モデル・コア・カリキュラム」は、医学部医学科のカリキュラムの中核部分(7割)を明示したものであるが、2010年度改訂時には、その内容が「準備教育モデル・コア・カリキュラム」と(準備教育ではない)「医学教育モデル・コア・カリキュラム」との2本立てになり、この新設された「準備教育モデル・コア・カリキュラム」の中には「良き医療人を目指す医学教育の前提として身に付けておくべき基本的事項」(文部科学省、2011:3頁)として「1物理現象と物質の科学」「2生命現象の科学」「3情報の科学」「4人の行動と心理」の4項目が挙げられた。しかし、2005年から開始された「臨床実習開始前の共用試験(全国のすべての医学科で行われる4年終了時のテスト)」のCBT(コンピュータ・ベースド・テスト)が、(準備教育ではない)「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の方を対象としたため、各医学科での教育においては、準備教育の中に含まれている「社会学教育」部分の実施基盤は脆弱であった。
しかし、日本の大学の状況は、このようなものであったが、社会的には、2000年から介護保険制度が始まり、在宅療養の体制が充実するにつれて、医療者教育において、社会学の素養に基づいた形で、療養者の生活を理解することの必要性は高まる一方であったともいえよう。おそらくは、そのような情勢の変化を受けて、つまりは、必要性と実態の間のギャップの存在を受けて、2016年度の「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の改訂では、「B-4」という枠において「社会科学(主として医療社会学と医療人類学)」の教育の必要性が訴えられるようになったのだと言えよう(上記の医療社会学は、社会学の中で理解されているカテゴリーの範囲とは、範域を異にする別のものとして考えるのが適当である)。
今回の発表では、前半の20分では、上記で素描した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の歴史の背後に、国際情勢の変化があったことや、「知識注入型から生涯学習能力養成型へ」という、医師養成カリキュラムの目標の変更があったことまで含めて、より立体的な形で医学教育の現状を語っていく予定である。また、後半の20分では、医学教育の改革が、社会の変動を反映したものである以上、その動向と要請に適切に対応することこそは、社会学が現代社会への対応力を向上させる方策にもなるはずだ、という立場性をまず主張したあとで、「B-4」部分の14項目に対応した、具体的な教材例を、若干の教育実践例とともに呈示していきたい。結果として、日本社会学会として、現在、日本の医師養成機関でなされている、社会科学教育の新しい形の模索に、積極的に協力・関与することは可能だし、意義のあることだ、ということを主張していきたい。
なお、本報告においてテーマセッション当日に使用するPPT(パワーポイント)ファイルは、以下のURLのグーグルドライブにおいてダウンロードが可能になるようにしておくので、適宜、ご活用頂きたい(当該PPTファイルは、通常の学会大会の配付資料同様、口頭発表時の資料という位置づけになる)。


医師卒前教育のグローバルな動向

龍谷大学 黒田 浩一郎

“本報告では,本テーマセッションのテーマである「日本の医学専門教育に社会科学系科目(B-4科目)の設置」を促した世界の医学教育の動向を概観する。
この契機となったのは,2010年9月,米国の外国医学校卒業生教育委員会(Educational Commission for Foreign Medical Graduates,ECFMG)の以下の通知である。

The Educational Commission for Foreign Medical Graduates (ECFMG®) has announced that, effective in 2023, physicians applying for ECFMG Certification will be required to graduate from a medical school that has been appropriately accredited. To satisfy this requirement, the physician’s medical school must be accredited through a formal process that uses criteria comparable to those established for U.S. medical schools by the Liaison Committee on Medical Education (LCME) or that uses other globally accepted criteria, such as those put forth by the World Federation for Medical Education (WFME).

現在のECFMGのいわゆる「2023認証」では,「具体的には、医学部は世界医学教育連盟(WFME)が公認した評価機関によって認定を受けておく必要があります。WFME公認プログラムは、現時点において、医学部の評価機関を公認するプログラムとして、ECFMGが認める唯一のものです。」となっている。
当時の日本の大学医学部における医師卒前教育においては,

①医学部(卒前教育に特化した)評価機関がなかった。
②大学医学部のカリキュラムがWFMEの認定基準を満たしていなかった。

そこで,2015年12月に一般社団法人・日本医学教育評価機構(JACME)が設立され,2017年3月にWFMEによって公認,全国の医学部がJACMEの評価を受けている。関連して,2017年3月に文部科学省高等教育局医学教育課より「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の「平成28年度改訂版」が出され,そこで,「B-4 医療に関連のある社会科学領域」が設けられた,という流れである。
本報告では,以上の展開を概観した後,以下の「医学分野別評価機関」などの提示するモデルカリキュラムなどにおいて,社会学がどのように位置付けられているかを考察する予定である。

①米国のLCME
②WFME
③英国のGeneral Medical Council(GMC)”


医師養成における立ち位置を探る

山口大学 星野 晋

報告者は1997年から2014年まで山口大学医学部に所属し、メディカル・ヒューマニティおよび社会科学諸分野で構成される「医療環境論」の授業設計・運営に従事した。その当時、日本の医学教育において、教養教育としてではなく医学の専門教育にまで食い込む社会科学系の教育実践事例は少なかったこともあり、日本医学教育学会および日本文化人類学会の双方において、この新しい教育領域を開拓する主導的役割を担ってきた。その結果、医学生の卒前教育で最低限学習すべき項目群である『医学教育モデル・コア・カリキュラム』の2016年度改定版において、(不完全な内容ながらも)社会科学が導入される環境を整えることに多少なりとも貢献できたと考える。一方、そのコア・カリキュラムへの社会科学導入の柱の一つが文化人類学であるため、近年は文化人類学会内において医学教育への対応体制を整える活動を行ってきた。本報告では、以上のような日本の医学教育における社会科学教育(とりわけ文化人類学教育)の導入の経緯を説明するとともに、これまでの報告者自身の経験を踏まえて、その現状と課題について報告したい。
医学教育に文化人類学が関わる際には、基礎医学・臨床医学・社会医学(公衆衛生学等)、専門家・行政・住民、コメディカルや福祉、行動科学や生命倫理学などの多様な主体との間にどのような適切な位置関係を見いだすか、探求と実践、批判と応用、理系と文系、教養教育と専門教育など、さまざまな視点やアプローチのどこに重心をおくかに苦慮することになる。報告者はこれらもろもろの主体、分野、アプローチとの「境界」に文化人類学者としての自身のニッチを、あるいは立ち位置を見いだした。とりわけくらしの現場を含む臨床領域およびその理解に求められる質的アプローチについて、従来の医学教育は手薄であり、また批判的立場を含む社会科学的な視点等方法が活きると考えるに至った。
医学教育には医師養成というミッションがあるため、ただ文化人類学という学問を知ってもらう以上に、臨床実践につながる関わり方が求められる。また医学教育のカリキュラムは過密であるため、8コマから15コマの通常講義の枠が与えられる可能性は低い。とすれば、学修プログラムは事例や実習ベースであるべきである。そのようなカリキュラムや授業を設計するためには、臨床家との連携が不可欠であり、またいわゆる学術的教科書ではなく事例集的なテキストが求められる。加えて全国どの地域の人類学者(ほとんどが医療人類学を専門としない)が医学部から講師依頼されても対応できるようにするためには、このアプローチにもとづく授業実践の研修が必要となる。コア・カリキュラム改訂後に文化人類学会に設けられた「医療者向け教育連携委員会委員会」では、これまでそのような事例集の準備やシンポジウム・研修等の開催を重ねてきたので、そのことについても併せて報告する。


医学教育に資する社会学とは

産業医科大学 種田 博之

1 目的
医療には不確実性がともなう。周知の通り、医師や医学生が直面する医療の不確実性について明らかにしたのは、医療社会学者のR.C.フォックスである。本報告はフォックスに依拠し、医療の不確実性を、とくに「医学知識そのものにもなお多くの空白が存在し、医学的な理解や有効性に限界がある」の意味で用いることにする。医学教育はモデル・コア・カリキュラム(コアカリ)に沿って設定され、実施されている。そのコアカリにおいて、医療の不確実性にかんする記述は一切ない。コアカリに載っていないのだから、教えなくてもよいというわけではないだろう。逆に、医療の不確実性は臨床において必ず出会うことである(この点から、医療の不確実性についてまったく触れられていないわけではないとも思われる)。つまり、医師ないし医学生が知っておくべき必須のこととして、医療の不確実性はある(だからこそ、フォックスはよく参照されるのである)。そこで、本報告者は、「医療社会学」という科目において、医療の不確実性について医学生に伝えている。すなわち、不確実性への向き合い方、ならびに不確実性によって起こってしまったことへの向き合い方について、「薬害エイズ」を事例にして、示している。本報告の目的は、その内容(の一部)を紹介することにある。

2 考察
薬害エイズとは、1980年代前半に起った汚染された血液凝固因子製剤の使用によるHIV感染問題である。感染被害を主として受けたのは、当該製剤を治療薬としていた血友病患者であった。HIVを不活化した製剤に切り替えられるまでの間に、血友病患者の約3割(1,500人を超える)が感染した事案である。
1980年代前半、HIV/AIDSは不確実であり、正確な知識を欠いていた。HIVはAIDSの原因の一つでしかなかったし、HIVのリスクは当然まだ確定していなかった。それに対して、HIV/AIDSが話題となった前後に、血友病治療は軌道にのろうとしていた。例えば高性能の血液凝固因子製剤が1978年に承認された。また、患者ないし家族による当該製剤の輸注が可能となる自己注射療法も1983年に承認された。そうした治療により、血友病のリスクはコントロール可能となった。しかし、治療しなければ、血友病のリスクが現実化する恐れがあった。血友病治療に携わっていた医師にとって、血友病のリスクは既知でありリアルであった。HIV/AIDSのリスクと血友病のそれは、不確実ながら、既存の血友病治療を維持しようとすると、トレード・オフの関係にあった。そのような状況に、医師は置かれたのである。医療社会学の講義では、当時、医師がどのような思いをもって血友病治療をおこなっていたのか、HIV/AIDSの不確実性をどのように捉えたのか、そしていかにして失敗にいたってしまったのかを、詳らかにしている。
HIV/AIDSの不確実性によって、医師は血友病患者をHIV感染させてしまった。しかし、そのことへの向き合い方が、その後の医師の評価に大きな影響をあたえることを、血友病HIV感染者の語りを紹介するかたちで、伝えてもいる。すなわち、患者に向き合い続けたことで、信頼が維持された医師もいれば、患者からすれば逃げたように見える医師は非難され続けているという例をあげ、医師の資質とは何かと学生に問いかけてもいる。
参考文献 種田博之、2019、『パラドクスとして薬害エイズ――医師のエートスと医療進歩の呪縛――』、新曜社


日中ジョイントセッション


テーマセッション(3)


アート作品の社会学的調査はいかにして可能か?

京都産業大学 金光 淳

【1.目的】 筆者はネットワーク分析の研究者であるが、ANTや現代アートに興味を持ち、ここ数年瀬戸内国際芸術祭の社会学的調査を行っているほか、前衛芸術集団Fluxusの塩見允枝子と交流を持ち彼女の作品を調査している。芸術祭のアート作品にはパフォーマンスや、画像、映像、音のインスタレーション作品が多く、アートベース・リサーチの実験場ともなっている。それは社会の複数の過去/現在/未来の表象が「衝突する場」を提供するとされるが(Latour, 2005 ; Bishop, 2014)、それでは現代アート作品は鑑賞者にどのような衝撃を与えるのだろうか?この発表の目的は現地調査に基づいてこの問題に対して回答を与えることである。
【2.方法】 2019年瀬戸内国際芸術祭が開催された豊島と大島のフェリーに船上で質問票による調査を行った。豊島調査では居住地やアート観に関する調査に加え、写真誘導法調査で豊島展示の全アート作品の公式写真一覧から「産廃問題」を連想させる作品を選ばせた。また大島に関する調査は、高松港において青松園訪問前に質問用紙を渡し、アート作品鑑賞者のサイト訪問前後の「ハンセン病」と「大島青松園」から連想する概念の連想ネットワークを記入してもらい返却させた。つまり現地の社会問題である「産業廃棄物の不法投棄」、「ハンセン病と隔離」がどのようにアート作品に反映されているか、いないのか、アート作品がどのような衝撃を観賞者に与えているかを探った。
【3.結果】 豊島調査(回答160)では、明確にその意図を表明している塩田千春の作品を上回る数の回答者が新作品である「コロガル公園」という作品を選んだ。理由の集計から「コロガル公園」の形状と「土の質感」が産廃施設を連想させたことが分かった。ここにはOwens(1980)の「アレゴリー的衝撃」が見出せる。子供のマルチメディア体験場として山口情報芸術センターの屋内施設を野外に作成したものであり、今回の「調査質問者の介入」によって、アプロプリエーション/サイト・スペシフィシティ/非永続性/集積/異種混淆化といった手法でアレゴリー効果を鑑賞者に起こさせているのである。また大島でのハンセン病と青松園に関する連想ネットワークでは回答人数は18であった。ネットワークは、訪問前のエッジ数は251、ノード数は198、訪問後のエッジ数は315、ノード数は234であり訪問前後でイメージは膨らんでいた。内容を詳細にみると、訪問前後とも「隔離」や「差別」の連想が強く、「ハンセン病―隔離―差別」のネガティブな「トライアングル」が核を形成しているが、訪問後では訪問前にはなかったような「安心」や「安全」、「未来」といったプラスの言葉が出現していた。また「伝染」や「感染」の言葉が訪問前より訪問後では減り、訪問後は「今は治せる病気」や「うつるといわれていたがうつりづらい」といった希望表現も出現していた。これはハンセン病への理解が具体的に深まったことを裏付けており、ある程度の認知構造の劇的変化、「衝撃」が見出せた。
【4.結論】  今回の結果は、アート作品の効果を作品レベルで、また内容的に評価する上で重要な知見を与えるものである。大島の結果は、過少サンプル数の問題があり「参考記録」にとどまるものの、貴重なアート効果の観察結果だと言える。サンプル数を上げた調査が待たれる。


アーティストがフィールドに入るとき

早稲田大学 周藤 真也

1.目的  本報告は、若手アーティストが特定地域において芸術活動を行う場合を例にとり、その行為ないし活動を社会学者や文化人類学者が行うフィールドワークと見立てることを通して、社会調査論を展開することを目的とする。
2.概要  近年、各地で開催されてきたアートプロジェクトにおいて、アートによる地域貢献や地域活性化が謳われることが一般的である。しかし、若手アーティストに対して、そうした地域への貢献を求めることは、過大な要求ではないのか。というのも、若手アーティストはいわば「修行中」の身であり、地域への貢献以前に、制作する作品が評価され、アーティストとして認められることに重きをおくことも多いからだ。そして、若手アーティストのそうした志向はアート界においても、ある程度、許容されていると思われる。現に若手アーティストの「登竜門」として知られるあるアートプロジェクトでは、アーティスト・イン・レジデンスに参加する若手アーティストに対し、地域への貢献を考える必要はないという指導がされると言う。  アーティストが「フィールド」に入る――それは、若手アーティストが教育期間を終え、芸術活動を続けていく上で、必然的に起こる現象である。若手アーティストたちは、そうしたやり方を、教育期間の終わりのほうで何らかのきっかけで知り、実践していく。  報告者は、数年来とある北関東の衰退した産業の街でフィールドワークを行ってきた。アーティストたちは、その活動拠点を求める際、衰退した産業のある地域に根付くことがしばしばある。アートプロジェクトが、そうした地域で行われることも多い。しかし、作品を鑑賞する立場から言えば、そうしたアートプロジェクトにおいて、特に現代アートのプロジェクトにおいては、作品を鑑賞することよりも、作品の鑑賞を媒介として、それが行われている地域を知り、地域を見ることに強く関心が惹かれてしまう。別の言い方をすれば、そうした「不真面目」な欲望を喚起させられることが、アートプロジェクトの魅力であるのである。
3.結語  本報告では、北関東のある地域で手作りで行われてきたとあるアートプロジェクトを題材に、アーティストたちがどのようにして「フィールド」に入り、作品を発表する場を作ってきたのかを明らかにする。本報告が注目するのは、そうしたアーティストたちの実践が、否応なく地域との関わりをもち、地域との関係を築いていくことである。本報告では、最後に、そうしたアーティストたちの実践を、社会学者や文化人類学者が行うフィールドワークと比定することを通して、社会調査論へのインプリケーションを得ることを試みる。なお、本報告における「フィールド」という用語は、アーティストたちの実践における用語を基にしている。
4.文献 周藤 真也,2007,「フィールドワークの知/反フィールドワークの知」,『年報筑波社会学』,第II期第2号,1~15頁.


日本におけるABR分析手法に関する考察

東京大学大学院 林 忠賢

1目的 重層化された社会についての認識を補完しようとするものである質的研究の台頭が謳われるなか、アートベースリサーチ(以下ABR)は社会調査や研究において新たな知の探求の手法として期待される方法の一つである。日本においても多様な視点でアート実践を探求過程に取り入れた研究がなされており、例えば「アートベース社会学」、そしてABRから派生した「芸術的省察」(小松佳代子,2018)がある。 社会調査においてアートの特性を生かして新たな知を開示することができるという可能性を見せてくれたことが明らかになった一方で、ABRについての共通認識が未だに形成されていないため、各自のアプローチからABR理論の解釈と実践の試みが散見される。このように派生・解釈されることによりABRが本来持つ意味を狭めることを危惧する声も少なくない。また、アメリカ発の理論であるABRをそのまま日本の文脈に安易に導入することに対して反対の意見も見られる。 アカデミックの枠組みのあり方を問い直す際には、アートをベースにした手法に関する根底にある理論の不備をはじめ実践とアート理論を接合させる研究が充実しているとはいえない現状に置かれる日本の文脈から検討する必要があるのではないだろうか。本報告では日本の事例に焦点を当てた分析を通じて、海外のABR研究との相違を明らかにすると共に、今後の展開につながる議論を提示することを目的とする。
2方法 本稿で日本におけるABRを用いた研究事例に着目し、系譜的に概観し整理する。そしてABRに関する思考を本研究のスタンスとして事例解釈のプロセスに焦点を当てその相違を提示することによってABRの本質に接近する。最後に上述した知見を踏まえて日本におけるABRの展開の可能性を提示する。
3結果 ABRの特性の一つである研究者の内的省察は、読み手への誘いとしてアートを追体験させ、アートを介して再生成するという芸術を生かすとも言える。しかしながら、多くの場合はABRを狭義的に捉えており、また、アートの形式を媒体として研究の手段に従属せるものである。事例分析においてABRに対する認識の相違を明らかにした上でABR理論の拡張につながる議論を提示する。また、こうしたことによってABRに関する研究はより幅広い方面から展開の可能性が見出された。
4結論 本報告ではABRを用いて事象を探求する研究の意義を探り、芸術が本来有している多面性を目に向けて解釈を試みた。これは、ABRについて系譜的に捉える議論が十分ではない現状に対して本発表では芸術実践に基づく研究の理論化する試みである。なお、Eisner(2016)が提示したように、ABRの展開についての議論は活発な議論・解釈を通じて研究の場に開かれることが望まれている。ABRの性格を受け入れられるようになる研究の場が増え、さらに理論研究の充実につながることが期待される。
参考文献 Elliot Eisner, 2006, Does Arts-Based Research Have a Future?, Studies in Art Education, 48:1, 9-18, DOI: 10.1080/00393541.2006.11650496 小松佳代子, 2018, 美術教育の可能性:作品制作と芸術的省察, 勁草書房


趣味活動により形成される実践コミュニティの持続性と展開

〇甲南女子大学 山下 香
兵庫県立大学 安枝 英俊

【1.目的】  婦人が日常生活の合間に制作する手芸作品は、「おかんアート」と呼ばれ、関心が注がれてきた。 筆者は、2005年に「下町レトロに首っ丈の会」という任意団体を結成し、2009年より現在に至るまで「おかんアート展」と呼ばれる手芸展を計11回開催してきた。 開催当初は、筆者が手芸展の企画・準備・実施を行い、手芸作品を制作する婦人らは作品提供を行った。手芸展の回数を重ねる中で、展示方法を工夫する、会場で手芸を教える、月1回企画会議に参加する、というように、手芸作品を制作する婦人らが企画や準備に関わるようになった。 さらに、手芸作品に面白さを見出した手芸展の来訪者がスタッフとして参画するようになった。 実践コミュニティとは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意を共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」(Wenger 1988)を指し、一般的に職能の習得のための徒弟制度や語学を習得できるサークルのように、構成員は技能の習得を目的として参画するが、本報告の対象となる実践コミュニティは、「おかんアート展」の企画・準備・運営に関わる中で形成された手芸を制作する婦人と、手芸作品を制作しないが手芸作品に関心を持つスタッフという、趣味に関する技能の習得を目的とする主体と、技能の習得を目的としない主体により構成される。 本報告では、実践コミュニティの形成プロセスを分析することにより、技能の習得を目的としない主体の参画が実践コミュニティの継続性や展開において果たす役割について明らかにすることを目的とする。
【2.方法】 本報告では、以下の二点を実施する。 1) 趣味活動により形成された実践コミュニティの形成プロセスの分析 具体的には、実践コミュニティの構成員が手芸展の企画・準備・実施に参画するようになったプロセスと役割の変化を時系列により整理の上、モデルを用いて表記し分析する。 2) 技能の習得を目的としない主体が実践コミュニティの継続性や活動の展開に果たす役割の検討 実践コミュニティの構成員である手芸を制作する婦人9名、手芸作品を制作しないが手芸作品に関心を持つスタッフ10名を対象として、実践コミュニティへの参加経緯や当初の参加目的、実践コミュニティに参加して得た関心や気づきについてインタビュー調査を行い、参加前後の比較、属性によって得られた回答の共通点や相違点について検証する。
【3.結果】 手芸作品そのものを楽しむ、手芸作品が持つ面白さをに発信する、手芸を制作する婦人らの面白さを伝えるといったスタッフの活動が、手芸を制作する婦人が自身の活動や手芸作品が持つ価値に気づく要因となったことがわかった。
【4.結論】 本報告で分析した実践コミュニティでは、技能の習得を目的としない主体の存在が、技能の習得を目的とする主体が自らが持つ価値に気づく要因となり、技能の習得を目的とする主体が手芸展の企画・準備・実施をはじめ、実践コミュニティが展開する地域での手芸サロンなど多様な活動への主体的な取り組みがみられるようになった。 以上から、技能の習得を目的としない主体の存在は、技能の習得を目的としない主体に対して自身の価値への気づきや主体性の育成を促し、実践コミュニティにおける継続性や展開に資すると考えられる。


企業風土改革にむけた演奏芸術の導入

株式会社博報堂 森 泰規

1 目的 この報告の目的は、勤務先でクライアント企業の組織開発を通じ、経営課題解決に資するサービスに従事している実践者としての筆者が2017年の初回報告以降実践してきた室内楽を基軸とする演奏芸術(18世紀以降の西洋音楽)を用いた活動の過程とその影響評価を報告することである。
2 方法 方法選択の経緯:「クリエイティブな活動は、不調和なものを組み合わせることだ」とアリエティは述べた(Arieti 1976=1980)。たしかに、近著で奥村(庄司編2020)が述べたようにM.ウェーバーが「資本主義の/精神」「宗教的な/精神主義」と構造化したことは、「不調和なものを結び付け新しい認識を創造する」ものであった。 筆者の実施している「(演奏)芸術による/企業組織の開発」も同様の構造を擁していて、題材が不調和なもの同士であるだけに、これらがどのようなものかは実践例を説明したうえで、かつ実際にどのような効果を持ちうるのかはある程度客観化される必要がある。 方法選択時の仮説・具体手法:ハビトゥス概念(Bourdieu 1980=1988)は、特定の趣向や行動様式は個々人でなく集団として共有され、その方向性を描くものとする。筆者は個々人の意識変革を通じて、企業の変革を企図して活動しているが、個別クライアントの事例を紹介することは極めて難しいため、個々の企業での影響ではなくハビトゥスとその影響を検証するものとし、定量調査を選択する。そこで2020年3月にインターネット調査(日本全国の勤労者3000名 20代から69歳まで)を実施した。
3 結果  勤労者に対するインターネット調査は「自組織は美しい自然や芸術作品に触れることの価値を理解し・実践している」(=自組織のクリエイティビティ評価)と回答した方ほど、業務評価実感が高い(「自分はクオリティの高い仕事ができている」)こと(χ二乗検定1%水準で有意)が判明した。また、自組織のクリエイティビティ評価が高い方の行動様式 ―― ハビトゥスと呼んでよいだろう ―― として「サングラスを2本以上持っている」「過去1年以内にクラシック音楽に触れている」傾向があることも確認できた(p < .01)。 4 結論  調査結果は、企業組織において、ある種の芸術に触れる機会が多かったり、ユニークなファッションセンスを有したりする「ハビトゥス」を持つ成員は業務成果が高いことを示し、これらは企業社会で演奏芸術に触れる活動を進める筆者の活動は、当該組織の業務パフォーマンスを押し上げていく効果があることを示す傍証として、今後の活動における参照点となった。 文献 庄司興吉編著『主権者と歴史認識の社会学へ』(2020)新曜社 収録 奥村隆「不調和からの創造性」 Arieti, S. (1976). Creativity: The magic synthesis. 『創造力ー原書からの統合』(加藤正明・清水博之訳)新曜社(1980) Bourdieu, Pierre. 1980. Le Sens Pratique. Paris: Editions de Minuit, 今村仁司、港道隆『実践感覚』(1988)


都市のすき間で交差するアートと社会学

〇文京学院大学 岩舘 豊
文京学院大学 菖蒲澤 侑

1 目的・方法  2019年4月に発足した文京学院大学まちづくり研究センター(まちラボふじみ野)では、学生・教職員・地域住民、また地域企業や行政らが共同するかたちで、埼玉県ふじみ野市にある商店街の空き店舗を活用するプロジェクトに着手した。2019年夏より、廃業した青果店の店舗を借り受け、その場所を駄菓子屋空間へと変容させていく実践が進行中である。本報告の目的は、上記の地域プロジェクトを事例として、首都圏郊外・商店街の空き店舗空間という都市のすき間で生じている、アート実践と社会学実践の交差・相互浸透について考察することにある。  上記の目的を達成するため、本報告では主として以下2つの局面に焦点をあてる。第1に、社会学を専攻する学生によるアート実践である。学部生による駄菓子屋実践において、ロゴ・シンボルマーク製作、リヤカーを改造した屋台製作、店舗の改装など、アートの側面を含む実践を行った。このプロセスをフィールドデータにもとづいて記述・考察する。第2に、研究者間の相互作用である。プロジェクトの過程を通じて、都市社会学・質的調査法(岩舘)と教育学・美術教育(菖蒲澤)をそれぞれ専門とする研究者間で生じた相互作用、及び社会学実践にアート分野の専門家を招聘することによる相互作用について、反省的に記述し考察していく。
2 結論・考察  現時点での結論は、大きく以下2点である。第1に、社会学専攻の学生によるアート実践においては、データ収集にとどまらず、店舗やリヤカーといったモノに触れ、汗まみれになり、五感で介入していくことによって、フィールドワークの身体性がより賦活されていった。またアート実践では利便性や合理性とは異なる指標で判断し行動することとなり、個人や集団が「どうしたいか」「どうしていきたいか」を問われ続ける実践となった。そこには、アートを介した社会学教育の手がかりがある。第2に、研究者間の相互作用については、それぞれの「守備範囲」を明確にするのではなく、空き店舗という「空間」を一つの触媒とすることによって、その進行が促進されていったことを指摘したい。ここでは、アートのための社会学実践でも、社会学教育のためのアートでもない相互作用が生成・進行して、地域社会を記述・分析するだけでなく、空間自体を構築し、表現していく可能性を見出せるだろう。またここから得られる知見は、1つ目の結論である「アートを介した社会学教育の手がかり」とも連動し、より有機的な社会学-アート実践とそこで生まれる教育及び研究の構造、方法を得ることにもつながると考える。  社会学実践が、その志向や営為をより広く、より豊かに、地域のなかで伝達・共有しようとする時、その様態はおのずからコンヴェンショナルな境界をはみだし、アート実践へと近接し生成変化していくのではないだろうか。アート実践もまた社会や地域へのコミットメントを志向しようとすれば、社会学的実践へと近づいていく。「対象」へと真摯に向かう動きのなかで、その「あわい」に生じるものに創造性の核心部分がある。こうした点を、具体的な事例をもとに考え、議論してみたい。


テーマセッション(6)


経験の観念化と社会学

追手門学院大学 森 真一

【1.目的】  経験の観念化が進む状況を分析し、その状況への社会学の関連を考察することで、「文化社会学の感性論的展開」という大きなテーマに貢献することを目的としている。
【2.方法】  日常の具体的な経験の分析、および文献の分析を方法とする。
【3.結果】  宮原浩二郎・藤阪新吾『社会美学への招待』(ミネルヴァ書房、2012、第10章)では、社会美的・感性的な快の経験を、生理的な快の経験や観念的な快の経験から区別することのむずかしさが指摘されている。とりわけ、社会美的・感性的快の経験と観念的快の経験をわけることには、一定の困難があるようだ。その困難の理由として、本報告は、われわれの経験が観念化しているという社会的状況と、それへの社会学の関連性、を指摘する。  たとえば飲食店で食事する場合、ある客は料理だけでなく従業員や他の客のふるまいを含めた店全体の雰囲気を肌で感じ、楽しむ(感性的快の経験)。一方、SNSで話題になっている店に行列を作り、最初からSNSへの投稿を意図して消費する客は「この商品はこういうふうに撮影したら『いいね』がたくさんもらえるだろう」とか「みんなが支持する商品、みんながほしがる商品を自分も消費できる」といったことに関心を集中する。その時その場の雰囲気を身体的・感性的に味わうことなく、イメージや観念のうえで「いい経験をした」と満足する(観念的な快の経験)。  観念的快の経験を重視する客が目指すのは、「私を認めてくれ」という欲求の充足、つまり承認欲求の充足だ。関心の焦点は、他者の目に映ると想像される自己のイメージにある。「いいね」の数のランキングや勝ち負け、他者に与える自分の影響力から自己のイメージを読みとり、他者への嫉妬や羨望、優越感や劣等感をもつ。経験の観念化は結果として、人びとのあいだの競争、相互不信、権威との同一化や権威主義的心性、自己の優位性を確認するためのいじめなどをもたらす。  感性的な快の経験では、むしろいい雰囲気を味わわせてくれた店やそこで働く人びと、つまり他者をこそ認めてあげたい、この店の雰囲気を身近な他者にも味わってほしいと願う。この場合、他者が中心であり主役なのだ。このような「自己の脱中心化」自体も心地よい経験となり、他者とのあいだに「われわれ」感覚が生まれる。  観念的な快の経験ばかり求め、承認欲求の充足を求めることを「あたりまえ」とみなす人びとの態度に、社会学も無関係ではない。とりわけ社会学の自己論では、「鏡としての他者」から承認されることしか求めないような人間像が自明視されている。そこには、自己の存在は他者からの承認によってのみ可能となるといった前提がある。しかし、自分の経験を振り返ればわかることだが、それは半面の真理でしかない。われわれはなにかを経験しているときには、つねにすでに自己を感受しているからである。けれども、社会学は、この、経験における自己感受という、感性的経験を考慮に入れてこなかった。代わりに、「鏡に映る自己」という自己の観念的経験を自明視してきた。この社会学的自己観と、経験が観念化する状況や、SNSで「いいね」をほしがる人びとの自己観とが、合致しているのである。
【4.結論】  「文化社会学の感性論的転回」には、経験の観念化を相対化し、経験の偏ったあり方や捉え方にバランスをもたらす可能性があるだろう。


精神科病院<造形教室>における「感情」のコミュニケーション

京都芸術大学 藤澤 三佳

報告者は、精神科病院の造形活動に関して研究を続けてきた。(藤澤、2014)芸術系やアートが好きな人からは、今注目されている「アールブリュット」の観点から「作品」のすばらしさについての感想を受け取ることが多かった。また社会学方面からは、「記述が多く、もっと社会学的法則の解明を」といわれることがあった。したがって、例えば、造形教室の場、そのなかで語り合う時間、当事者や作品展の場を訪れた人が「あの何とも言えない雰囲気」と言う重要な部分に関して、報告者自身も、それは「社会学の遡上にのらない」と記述を最小限にとどめていた。  しかし、宮原・藤阪(2011)は、現象学者G.ベーメ(1995)が「人と人との間のコミュニケーションにおける雰囲気」の考察を援用しながら、人々の交わりの場が醸し出す雰囲気に対して感性を働かすことに関する感性的探究の重要を提唱している。  本報告では、H精神科病院内で50年以上続けられている<造形教室>(安彦講平氏主宰)への、参与観察・調査、共に展覧会を開催するなかで、「コミュニケーションの雰囲気」を記述する方法をとる。例えば、そのメンバーAさんは、人からすすめられて訪れた<造形教室>の展覧会場のなかで、「一瞬で展覧会場の入り口で吼えたということですね、自分が犬だとすれば。あっ、ここで息ができるっていう感じだったんですね。絵は後でした、絵を描かなきゃいけないと後から思いました。全部見てない段階で安彦先生にここに入りたいと言ったんで。あの場の雰囲気というか空気というか」と語る。この「雰囲気」は、他のメンバーも同様に「息ができる雰囲気」と語るように、絵を描く以前の、また絵を描くことを可能とする意味でも非常に重要な部分であると考えられる。そしてまた、<造形教室>の中の他のメンバーCさんとのかかわりが「自分の生きる呼吸をくれる」と語るが、それは泣きながら語られるほど重要なコミュニケーションである。同じような苦しい経験をもつAさんは、他のメンバーCさんの作品に感情が揺さぶられ涙し、そのことでCさんは「僕の絵に命が宿る」と感じており、二人の間に感想や詩のコミュニケーションが生じている。   次にT精神科病院の患者Bさんをとりあげるが、Bさんは病院の待合室に飾られた自らの絵を通して、それを見に来る他の患者とコミュニケーションをとることを生きがいとしており、待合室の小さなコミュニケーションについても示す。宮原、藤岡(上述書)にある「人々の交わりの場の感性的探求」「知的な理解だけではなく感性の働きの重視」や、感性的快は私をこえて他者へとあふれ出していくという「共的」でもあること、共に社会をつくりあげていく歓びを味わうことで、社会における苦痛や貧しさの問題を照らし出すこともできるという指摘の重要性を上記のなかで示したい。 <参考文献> G.ベーメ著『雰囲気の美学~新しい現象学の挑戦』梶谷、斉藤、野村訳、晃洋書房、2006。J.デューイ.J,Art as Experience,2005(1934),Penguin Books. 宮原浩二郎・藤岡新吾『社会美学への招待~感性による社会探求』ミネルヴァ書房、2012。藤澤三佳『生きづらさの自己表現~アートによってよみがえる「生」』晃洋書房、2014。


郷土の芸術家たちの記憶とたたずまいの模倣

鳥取短期大学 渡邊 太

【1.目的】  本研究は、地域の芸術活動の記憶を掘り起こす現代美術作家のプロジェクトについて、社会を感性的に味わい、感性を通して社会を探究する社会美学の観点から記述を試みる。  現代美術作家の久保田沙耶は、鳥取県倉吉市のアーティスト・イン・レジデンス事業「明倫AIR」の招聘作家として2017年度から毎年倉吉に一定期間滞在し、地域芸術史の調査と作品制作に取り組む。久保田は、倉吉で小学校教員として勤めながら民藝運動に参加した板画家・長谷川富三郎(1910-2004)、シベリア抑留経験のある写真家・高木啓太郎(1916-1997)、敗戦直後に同人誌『意匠』を発行した画家・徳吉英雄(1921-1958)など、過去に地域で相互に交流しながら活動した芸術家たちに注目し、その足跡を辿るリサーチを重ねている。  地域の芸術活動をめぐる記憶と表現の連関を記述し考察することで、社会美学の蓄積に貢献したい。
【2.方法】  「明倫AIR」2017~2020年度における久保田沙耶のプロジェクトを事例として、郷土の芸術の記憶を辿る表現活動について社会美学の観点から記述する。調査方法は、郷土の芸術活動に関する地域資料調査と関係者への聞き取り調査及びイベントへの参与観察による。
【3.結果】  倉吉では、郷土の作家たちの作品はよく知られ、市中でも親しまれている。街中の方ぼうに飾られる作品の所有者からは、作家たちのエピソードを聞くことができる。他方で、作家たちと直接交流した世代がしだいに鬼籍に入られるにつれて、記憶の継承という課題に直面しつつある。  現代美術作家の久保田沙耶は、先人たちの作品を文字通り模写することから始めて、場や関係性の模倣的再構築に向かった。久保田が自身の作品を言い値で販売する「コレデ堂」は、過去に長谷川が作品を言い値で売ったことがあるというエピソードから着想を得ている。また、長谷川や高木らと交遊した写真家・植田正治の制作過程を探る「奥を見る会」は、ジャンルを超えて技法を共有していた過去の作家たちの芸術談義のいわば模倣であり再構築である。これらの企画では、戸惑いやぎこちなさのうちに快が伴うコミュニケーションが観察された。  久保田は、かつて倉吉で活躍した郷土の芸術家たちのたたずまいや表現に向かう姿勢に魅力を感じ、自身の表現を模索してきた。伝え聞くエピソードから窺えるのは、鳥取県中部の芸術活動に特徴的ともいえる分野を超えた作家たちの交流であり、技法の共有だった。そこに現代の作家が社会美を見出し、表現の契機となった。
【4.結論】  本研究では、過去の芸術家たちの交わりを調査し、作品制作を通じて表現する現代美術作家のプロジェクトを事例として、社会美学的記述を試みた。過去の芸術家たちの交わりのうちに見出された社会美は、現代の作家の表現を媒介として変換された上で再構築される。再構築された場は過去の記憶と共振し、過去の時間との連続性を実感させる。  再構築された関係性に宿る社会美は、過去に感じられていたはずの社会美と同一ではない。現代美術作家の実践は、過去に探り出した社会美を文化資源として活用することで、新奇でありながら親しめる関係性の創造を試みた。その営みは、結果として記憶の継承にも資する。


「愛好家」としての社会学者

関西学院大学 吹上 裕樹

A.エニョン(1952年〜)はフランスの社会学者であり、P. ブルデューらの「批判社会学(critical sociology)」に対抗する近年の文化社会学の一潮流である「ポスト批判的(post-critical)」アプローチを代表する論者のひとりである。ブルデューをはじめとする既存の文化社会学は、文化・芸術にかかわる人々の経験、行為、そして文化的対象それ自身の働きを社会的構築物として扱う。これに対しエニョンは、一般の愛好家の経験を重視し、その活動の内部に入り込むことで、文化・芸術に対する人々の価値や感情をすくい上げようとする。本報告では、このエニョンの文化社会学に着目し、その視点と方法の理解を通じて、文化・芸術を主題とする既存の社会学的アプローチの限界をこえる、新たなアプローチを提示する。 本報告ではまず、エニョンの一連の著作を参照し、彼がいかに愛好家の経験に迫ろうとしているかを明らかにする。エニョンのいう愛好家とは、その道の専門家ではないが、特定の文化的活動に対して自分なりのやり方を発展させている一般の行為者を指す。愛好家たちは、それぞれに独自の身振り、言語、装置を用い、また愛好家仲間とともに、自らの趣味を深めている。エニョンはこうした愛好家の活動を把握するためには、社会学者自身がひとりの「愛好家」となり、それぞれの趣味世界に入り込む必要があるとする。本報告では、このエニョンのアプローチを応用し、報告者自らの文楽(人形浄瑠璃)愛好経験をもとに、江戸期からつづく日本の伝統芸能とされるこの舞台芸術に特有の趣味世界を描出することを試みる。これにより、エニョンのアプローチの有効性を確かめる。 社会学者が「愛好家」となり、特定の趣味世界に接近するというエニョンのアプローチは、これまでの文化・芸術の社会学にみられる、社会的背景に還元する説明とは異なる趣味世界の記述を可能にする。文楽の場合には、人(演者や観客)とモノ(人形やその他の舞台装置)が、そのときその場の状況において互いに影響され合うなかで生み出す、特有の時間と空間の記述となる。そうした記述はまた、従来の美学・芸術批評の既存の語彙を用いた記述とも異なるものである。 エニョンのアプローチは、今後の文化・芸術の社会学のあり方について、数々の問いを提起する。主要な問いのひとつは、社会学と美学・芸術学との断絶をいかに乗り越えうるかという問いである。既存の文化・芸術の社会学は美学・芸術学に対して、おおむね批判的な立場をとる。一方、エニョンのアプローチは両者の境界を横断するアプローチを示している。現在の美学・芸術学が(社会学を含む)さまざまな批判的思考を受け入れつつ発展してきているなか、社会学がどのようなスタンスから文化・芸術にアプローチすべきなのか。時間に余裕があれば、こうしたことも議論したい。


物のリアリティとその周囲

一橋大学大学院 早川 黎

【1. 目的】  ゲルノート・ベーメは情感づけられた空間、すなわち雰囲気を捉えるために、伝統的存在論とそれに立脚した美学の主観主義から距離をとり、物にかんする独自の存在論を提唱する(Böhme 1995=2006)。その存在論において物は、実体物の属性をその実体物へと内属させる発想——自己閉鎖的な存在者として物を扱う——ではなく、物みずからがその様態を呈示し、空間の感覚的な質を形成するという発想のもと扱われる。物の在りさまが自らを超え出て空間へと広がっていくこと、つまり「脱自」という視点は、従来「客観」や「客体」とみなされていた事物の閉鎖性を解除し、主客の分節に先行している知覚経験を記述することを可能にするとされる。しかしながら、「物がその様態を自己呈示する」ということが一体どのような事態なのかは判然としていない。  そこで本報告では、1960年代後半に起こった芸術運動である「もの派」の制作スタイル、とりわけ物質・状況・場に対する考え方に注目しながら、モノの脱自的なあり方を捉え返し、雰囲気を具体的に記述するための視点を立ち上げることを試みる。そしてそのうえで、人びとの交わりの美しさである「社会美」(宮原・藤阪 2012)とモノの脱自の関係を検討し、社会現象としての雰囲気を精緻化していく。
【2. 方法】  本報告では菅木志雄を中心に、「もの派」にカテゴライズされる代表的なアーティストの小論、エッセイ、インタビュー記事を検討していく。
【3. 結果】  通底していたのは、人間中心主義の徹底的な相対化にあった。今ここにある、他ならぬその物がいかにしてありうるのかを感知するためには、イメージを排しながら、総体としての物とそれを支える周囲の連なりに敏感になる必要がある。商品や道具など、人間の生活を豊かにし人間に使役させられるために存在するとされる物であっても、そうした人間のパースペクティヴとは無関係にそれらの物が存在してしまっている事実や物の具体性へ積極的に目を向けていくことが雰囲気の感知における要点であることが示された。
【4. 結論】  社会通念やブランドによって価値づけられた「良さ」ではなく、人びとの交わりの質感を味わい、社会現象から美を観照することが社会美学において重視されているのと同様に、事物に付着する既存の意味や表象を取り払い、物の実在性へと肉薄していくことが、雰囲気による情感づけを記述うえでも重要になってくると考えられる。
文献 菅木志雄, 2016, 『世界を<放置>する——ものと場の思考集成』ぷねうま舎. 宮原浩二郎・藤阪新吾, 2012,『社会美学への招待——感性による社会探究』ミネルヴァ書房. Böhme, Gernot, 1995, “Das Ding und seine Ekstasen: Ontologie und Ästhetik der Dinghaftigkeit,”(=2006, 梶谷真司・  斉藤渉・野村文宏編訳「物とその脱自——物であることの存在論と美学」『雰囲気の美学——新しい現象学の挑戦』昇洋書房.)


音楽における連鎖体験

神戸学院大学 岡崎 宏樹

社会‐文化現象において経験される生命感をどのように理解すればよいだろうか。それは個人心理にも集団心理にも還元できない経験であり、それゆえ、主客二元論や個人‐社会の二元論ではうまくとらえることができない経験であるように思われる。そこで、本報告は、作田啓一の溶解体験、拡大体験に加えて、連鎖体験という概念を構成し、これらによって生命感の経験を考察することを試みる。  本報告は、まず、作田啓一によるラカン解釈を参考に、〈リアル〉‐〈シンボル〉‐〈イメージ〉という三次元のパースペクティブを立てる。〈リアル〉は根源的な存在の様態である。〈シンボル〉はシンボル(言語・記号)の連鎖によって形成される秩序である。〈イメージ〉はイメージ(表象)によって形成される秩序である。人間の経験は〈リアル〉‐〈シンボル〉‐〈イメージ〉の三次元で構成される。〈シンボル〉と〈イメージ〉の結合によって時空間にシンボリックな意味秩序が構築されるが、つねに洩れ落ちが生じる。洩れ落ちた残余が〈リアル〉である。強烈な生命感の源泉は〈リアル〉にある。  作田啓一によれば、個人が自分の枠を超えてゆく方向は二つある。自我境界の溶解の方向と、自我境界の拡大の方向である。三次元のパースペクティブによって位置づけるならば、溶解は〈リアル〉次元に身を置く体験であり、拡大は〈イメージ〉次元に〈リアル〉の幻想を描き出す体験である。だとすれば、〈シンボル〉次元に〈リアル〉を表現する体験というものもあるはずだ。  デュルケームは、超興奮状態の「知的な諸力」――極度に活性化した「集合的思考」――が、表象どうしを分離したり、結合したりしながら「あらゆる種類の総合」を自律的に形成すると論じた。私たちは次のように考えることができる。シンボルは自律的に意味の連鎖を形成する。自律的なシンボルの連鎖運動に身を置くならば、自我は溶解とも拡大とも異なるかたちで変容する。このとき自我はその構成を変化させるのである。自我の構成――自我境界を含む自我の諸部分の編成――がシンボルの自律的連鎖に応じて流動する、そのような体験を連鎖体験と呼ぶことにしよう。  連鎖体験において、ひとは、個人でも集団でもなく、匿名の不定形の運動体として存在する。例えば、バンドが即興演奏するとき、各パートの要素が絡まり合いながら、音楽は自律的に展開する。サッカーチームが流れるような連携によって予期しないかたちでゴールを決めるとき、グラウンドの環境や風の強さや各プレーはひとつの運動体のように動的に連鎖する。こうした創造的な場面において、各個人の意識と感性は、動的に変化する諸対象と同期し、自我の構成はシンボルの連鎖とともに流動する。  以上は理論的な考察であるが、本報告は、さらに、ミュージシャンの語りを分析することを通じて、音楽で経験される生命感が、溶解体験、拡大体験、連鎖体験として把握できること、また、それらの体験から独特の共同性イメージが創出されうることを論じる。
【参考文献】 デュルケーム, 1985,「個人表象と集合表象」『社会学と哲学』佐々木交賢訳, 恒星社厚生閣 作田啓一, 1995,『三次元の人間――生成の思想を語る』行路社 作田啓一, 2012,『現実界の探偵――文学と犯罪』白水社 岡崎宏樹, 2020,『バタイユからの社会学――至高性、交流、剝き出しの生』関西学院大学出版会(近刊)


精神分析理論から見た、文化社会学の感性論的側面

愛知大学 樫村 愛子

本報告は二点の観点から行う。一点は、精神分析理論による、文化社会学の感性論的側面の理論的提示である。もう一点は、現在の社会と文化の関係の特異性、特に感性の再編成について精神分析理論の観点から分析することである。  まず第一点である。精神分析理論(特にラカン)は、カルチュラル・スタディーズやフェミニズム、映画分析等文化分析に用いられてきた。精神分析の扱う欲望概念等が、構築主義の言説中心主義では分析できない理論装置を提供してきたからである。 感性論的側面という点では、主体の欲望が規範のみに向かわず、規範のみで統制されるのではなく(これまでの社会学の中核思想。さらには交換理論のような経済学的モデルは、部分的には有効でも論外である)、他者に対する欲望によって、愛情等の感性論的側面と強い関係を持つことが提示できる。 また、主体のあり方に身体が関与することを理論化しており、「欲動」と呼ばれる、身体のエネルギーの放出や心的力動と他者がかかわる側面を記述できる。 また、隠喩等の概念によって、言語が詩的な機能を持つこと、その背景として、人間が言語と認知、感覚を通して言語と結合していることを示唆しうる。人間の感性論的側面は、言語による分節抜きにはありえず、特にフロイト理論を練り上げたラカン理論では、言語機能の重要性も指摘している。 これらの知見から、文化社会学理論にどのような理論的示唆を与えるか提示する。 第二点については、現在、ソーシャリーエンゲージド・アートのようなアートの政治化・社会化やアートと政治・社会の境界のゆらぎ(これらの背景の社会の問題)、障がい者アートにおけるアートの生活化、アテンションエコノミーに見られるような経済におけるアートの重要性、生活のアート化、社会の文化化が進行しつつある。また昨今、ポスト人間・ポスト社会の文脈と「自閉症学的転回」やAIを含めた主体のあり方の変容(性的マイノリティや精神障害者・自閉症者の理解・受容の広がりなども含め)において、芸術や文化のあり方や人々の感性が拡張、変化しつつある。 人間にとって感覚は、生物のように本能に埋め込まれてはおらず、言語による分節と社会との関係の影響を受けている。社会との関係については、他者との関係や自然との関係他も含んでいく。 第一点と第二点は、第二点における、現代における新しい人間のあり方とそこでの人間の身体や他者との関係について、第一点の原理的構造に立ち返って確認するという点でつながっており、理論的確認とともに、現代社会における文化社会学の分析も伴う報告を企図している。
目的 文化社会学の理論的補強および理論的刷新とりわけ、感性論的側面について、現代の事象を分析するには、他学問領域と比較しても遅れている。
方法 精神分析理論による理論的アプローチと現代社会・文化分析
結果 文化にかかわる社会のさまざまな現象についてより効果的な分析の可能性を与える。
結論 文化社会学における精神分析理論の有効性


原っぱの社会学は可能か?

早稲田大学 長谷 正人

社会学は統計化し、一般化し、平均化することから分析を始める。社会秩序や人間の行動のなかに統計的な法則性を見出し、平均値から代表的な人間像を仮定する。『自殺論』は、カトリック教徒よりプロテスタントの方が自殺率が高いという統計的な数値によって私たちを説得し、『プロ倫』は、プロテスタントの企業家たちの行動に禁欲的な傾向があると一般化したうえで議論を展開する。そうした「一般化」が、社会の科学的な認識を高めてくれることに間違いはない。 しかし他方で、そうした「一般化」では割り切れない現実があることも私たちは良く知っている。カトリック教徒の中にも孤独な性格の人間はいるし、プロテスタントでも禁欲的でない企業家もいる。そうした個々の固有の人生のなかに、人間が生きることの苦しさや喜びは宿っている。評伝や小説は、そうした個々の人生の独特のありようを教えてくれる。マックス・ウェーバーの評伝に、科学的ではない彼特有の人生の面白さを読者は感じる。私はかつて『コミュニケーションの社会学』という奥村隆との編著(有斐閣)のなかで、そうした個々の固有の人生のありようを社会学が捉えるために、「単独性」という概念を提起したことがある。本報告でも私は「単独性」を捉えるような社会学は可能なのか、改めて考えたい。 私たちは常識的に、「一般化」によって社会の公正化は可能になると考える。公正な福祉にとって統計は必須である。だが、それとは異なった可能性を感じることもある。私は小学生のころ、毎日自分の家の前の原っぱで野球をして遊んでいた。少ない人数で行うので二塁はなかったし、打順は何度も回ってきた。場所も狭く、ときに一塁側へのファールフライは近所の家の窓ガラスを直撃してしまうので、そうしないように注意して打たなければならなかった。使うのは硬球ではなくソフトボールだった。だから私たちは一般的な意味での野球を、実力を十全に発揮して楽しんだわけでは決してない。しかし私たちはそのローカル・ルールに充ちた「野球のようなもの」を「野球」として楽しんだ。いや日本全国で、そうしたローカルな「野球のようなもの」が個々に楽しまれたのが「野球」文化なのではないか。果たして充分に広い野球場と用具が与えられたとして、私たちはそれほど楽しかっただろうか。むしろ十全でない場所で工夫することが楽しかったのではないか。 その地域固有の野球で、ある日幼稚園の女の子が参加してきた。どうしようか悩んだ果てに、その女児が打つときに、投手は前の方に出て行って、彼女が打ちやすいような山なりの球を投げることにした。決して弱者に配慮した公正な秩序を実現するためではない。速い球を投げて三振を簡単に取ってもゲームとして面白くないからである。にもかかわらず、それは一般的な意味以上の公正さを実現してもいたと思う。ハンデとはそういう意味なのかと得心した。公正さを探究する科学の真面目さはどこか胡散臭い。そうした草野球の面白さを帯びたような社会学は可能ではないのか。そんなことを考えたい。


テーマセッション(9)


環境変化への対処としてのマネジメントと労働者生活

長野大学 松永 伸太朗

1.目的  産業・労働社会学において企業や職場等で行われるマネジメントは、いわゆる「労務管理」と同一視され、労働者の主体性を抑圧し、熟練を解体するといった労働疎外の源泉として批判的に把握されてきた。しかしこうした議論では実際にマネジメントを遂行している行為者が何を行っているかが限定的に描かれており、結果として労働疎外を指摘することがいかなる批判的含意を持ちうるのかも不明確になっている。一方、経営学の一部にはマネジャーの行動の詳細を捉える研究が存在しており、そこから社会学的含意を見出すことが可能である。本報告ではマネジャー研究が有する社会学的な示唆を析出することによって、社会学におけるマネジメント研究の方法と意義を示すことを試みる。  
2.方法 経営学におけるマネジャー研究の嚆矢であり、かつ現場のマネジャーの行動観察をベースに管理者の行動をまとめられた著書であるヘンリー・ミンツバーグによる『マネジャーの仕事』(邦訳1993年)を中心に、マネジャー研究のレビューを行う。そのうえで、雇用労働に限られない多様な就業形態における労働の広がりも視野にいれつつ、マネジャー研究が有する社会学的意義の再検討を行う。
3.結果  マネジャーの仕事には、膨大な仕事を間断なくこなすことや、組織成員との情報伝達など、いわゆる労務管理のカテゴリーに含まれない職務が数多く含まれていた。さらに、組織内外で発生する状況の変化に伴って、活動内容も短時間かつ断片的に変化し、それに対処していく必要があることが指摘されていた。このようにして、マネジャーの仕事はその都度の環境に対処して多様な活動を遂行するという特徴があることが見出された。
4.結論 マネジャーの仕事で議論されてきたマネジメントの多様性を踏まえると、「労務管理」としてのみマネジメントを捉える視点は、社会生活の一環として営まれる労働の経験を、職場における管理-被管理の社会関係のもと解釈する形で矮小化してしまっている可能性がある。実際には、マネジャー研究の知見は労働現場内外の生活における時間的問題への対処などを扱った社会学的研究(Hochshild 2001=2012)とも接続しうる。さらに、マネジャーの仕事に見出される特徴は、管理を行う主体が不明確であるフリーランサーの仕事や生活においても確認しうる。このようにして行為としてマネジメントを捉え返すことは、労働疎外的な視点にとらわれずに労働者生活のあり方を多様な仕方で記述するうえで、有効な視座を与えるうるのである。
文献 Hochshild, A.,2001, The time bind : when work becomes home and home becomes work, Metropolitan Books(=2012,坂口緑, 中野聡子, 両角道代訳,『タイム・バインド : 時間の板挟み状態・働く母親のワークライフバランス・仕事・家庭・子どもをめぐる真実』明石書店) Mintzberg, H., 1973, The Nature of Managerial Work, Harper Collins, NewYork.(=1993,奥村哲史・須貝栄訳『マネジャーの仕事』白桃書房)


不妊治療へのアクセスと女性の労働環境

東京大学大学院 寺澤 さやか

1、目的  現在、日本の少子化対策において、不妊治療と仕事の両立が着目されている。2020年5月に閣議決定された少子化社会対策大綱では、「妊娠前からの支援」の具体的な施策の一つとして、「不妊治療と仕事の両立のための職場環境の整備」が掲げられている。しかしながら、不妊治療と仕事の両立には、どのような環境整備が必要であるかは十分に明らかになっていない。そこで本研究では、不妊治療と仕事の両立について、雇用形態や労働時間などに着目しながら、実証的な知見を示すことを目的とする。
2、データと方法  本研究で使用するデータは、2020年3月に実施した「就労と妊娠の両立に関するアンケート」である。対象は、株式会社マクロミルのモニタ会員で、不妊治療や妊活について考えたことのある30代・既婚・子なしの女性である。主な調査項目は、不妊治療の主な治療段階(検査、タイミング法、人工授精、体外受精、顕微授精)の経験の有無などの不妊治療に関する項目、雇用形態や労働時間などの労働環境に関する項目、夫婦それぞれの年収や学歴などの社会経済的な階層に関する項目である。サンプル数は1034で、本報告ではこのうち就労している女性(688サンプル)を対象に分析を行う。分析は、不妊治療の主な治療段階の経験の有無を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。
3、結果  上記の分析から、不妊治療や妊活を考えたことがある就労女性の不妊治療へのアクセスについて、以下の2点が明かとなった。①労働時間と不妊治療へのアクセスとの関連: 世帯年収や雇用形態を統制しても、労働時間が長いと、一部の不妊治療にアクセスしない傾向にある。②不妊治療を支援する制度の影響: 不妊治療を受ける従業員をサポートする制度は、必ずしも不妊治療へのアクセスに有意な影響を与えていない。
4、結論  不妊治療と仕事の両立ができない状態は、(1)仕事が原因で不妊治療を始めない、あるいは途中でやめる、(2)不妊治療が原因で仕事を辞めるという二つのベクトルに大別される。本研究では、(1)のベクトルに焦点を当て、不妊治療へのアクセスに女性の就労状況がどのような影響を与えるかを検討した。 本研究の結果からは、不妊治療と仕事の両立のためには、両立支援制度の導入のみならず、長時間労働の解消が必要であることが示唆される。また、女性の身体のサイクルに合わせた通院が必要な不妊治療という治療の特性を踏まえ、従来のワークライフバランス施策とは異なる観点からのマネジメントについて検討を重ねる必要がある。
[注]本研究は、JSPS特別研究員奨励費19J14335(研究課題:不妊治療と仕事の両立に関する実証研究―両立の規定要因と支援制度に着目して)による研究成果の一部である。


プラットフォーム経済下における労働者の「自由」

東京大学大学院 林 凌

【1.目的】 近年、いわゆるプラットフォーム経済が話題となっているが、プラットフォーム下での労働の特徴として、その雇用形態の特異性がある。すなわち、一般的な会社組織での雇用契約と異なり、こうしたプラットフォーム運営企業は、従事者を多くの場合個人事業主と取り扱うのである。それゆえ彼らは労働法上の庇護を受けることが困難であることが近年問題化されてきた(浜村 2018)。特に、飲食物配達サービスであるUberEatsは、近年従事者によって結成された組合の活動などを通じて、労働者保護の意識が欠如していると指摘されている。 しかし一方でUberEatsでの労働従事者は増加傾向に有り、減少を見せる兆しはない。なぜ一般的な労働者よりも弱い立場に置かれるプラットフォーム下での労働に、従事する人は後をたたないのか。その労働の魅力とはなにか。本研究はこの点を明らかにするものである。
【2.方法】 労働者の意識を聴取するために一般に用いられるのは、インタビューや参与観察といった手法である。しかし、本研究においては、以下の点からこれらの調査手法は望ましくない。①コロナウイルスの影響により、対面での調査が困難である。②UberEats従事者は、前述の通り個人事業主である以上、調査依頼を行う宛先が存在しない。 一方、UberEatsでの労働が注目を浴びるようになったことによって、UberEats従事者による、動画共有サイトを通じた体験談やノウハウの共有が、近年盛んに行われている。特にYouTubeは、多くの視聴回数を集めた動画に対し一定の広告収入が支払われるため、多くの従事者が動画を投稿している。これらの動画は、UberEatsでの労働に対する体験や所感を言語化しており、そのメリット・デメリットについて説明を行っている。よって、これら動画における従事者の語りを分析することで、プラットフォーム経済下における労働の独自性と、従事者の感じる魅力を理解することが可能となる。
【3.結果】 UberEats従事者のアップロードした動画を分析した結果、以下のことが明らかになった。①UberEats従事者の多くは、UberEatsを介して働くことの魅力として、「自由」であることを挙げる傾向にある。②魅力としての「自由」は多くの場合、一般的なフルタイム勤務との比較を通じて理解可能となっている。すなわち、働く時間を自由に決められることや、月収といったような形で賃金が規定されていない点が、その魅力の例として挙げられる。③こうした魅力と対となるUberEatsでの労働に関する問題点については、従事者の多くが認識している。しかしそれを踏まえてもなお、「自由」であることの魅力が優越すると、多くの従事者は語る。
【4.結論】 UberEats従事者は、客観的に見ればその処遇は良いとは言えない。しかし彼らはその労働の「自由」性を、その処遇の対価としてみなし、比較的肯定的に受け入れる傾向にある。 しかし、そもそも彼らが語る「不自由」とは、よくよく考えてみれば歴史的に労働運動が勝ち得てきたものに他ならない。であるのならば現代社会における労働をめぐる価値観の変容を「自由」という観点から考察することが、労働社会学の見地からも重要であると考えることが出来る。
参考文献 浜村彰, 2018,「プラットフォームエコノミーと労働法上の課題――プラットフォームエコノミーで働く就労者の労働者性について」『労働調査』(8),4-12.


自律的な労働環境における建築系フリーランサーのセルフマネジメント

関西学院大学 松村 淳

【目的】 本報告の目的は、建築家や大工といったフリーランスの建設系労働者(建築系フリーランサー)がフラットなネットワーク型勤労体系を構築し、搾取されない働き方を達成している、ある建設プロジェクトをとりあげ、彼らのセルフマネジメントの内実とその役割について検討することである。 建築系フリーランサーは従来、一人親方と称され、建設産業における階層構造の最底辺に位置づけられ、過酷な労働環境を甘受してきた。報告者の調査現場では30代を中心とする建築系フリーランサーが「元請け」として施主から仕事を請け、分業・協業しながら現場の施工を行っており、「フラット」で「フェア」な職場環境が達成されている。そこには構造的な搾取も過重労働も存在せず、フリーランサーの「理想的な働き方」として注目に値する事例であると考えられる。本現場には、工程を管理し秩序を統括する「現場監督」が居ない代わりに、職人たちのフラットな関係性によって、それが代替されている。彼らはプライベートでも友人関係を結んでいる者同士が多く、友人と同僚という二重の関係性が生じている。この二重の関係性は、フラットでフェアな職場環境の達成に資するものであるが、同時に、言葉遣いや連絡の頻度をめぐる些細な思い違いが関係性の破綻を引き起こしかねない懸念と背中合わせでもある。
【方法】 本報告では2020年4月から7月にかけて、三ヶ月間の建設現場における参与観察と建築系フリーランサー(建築家1名、大工2名、左官1名、家具職人1名、電気工事1名)と施主に対するインタビューを実施した。参与観察では主として職人同士の現場でのコミュニケーションに着目し、命令・指示をめぐる言葉遣いに着目した。また、インタビュー調査では、セルフマネジメント全般についての関心や実施状況について聞き取りを行った。
【結果】 建築系フリーランサーの自律的な働きが達成されている本現場において、そのフラットな状況を成り立たせている要因は、職人同士の自律性を認め合うことであり、それは現場における作業の指示や依頼の場面における言葉遣いに現れていることが確認できた。また、現場のフリーランサーは、互いに友人(もしくはそれに近い存在である)という親密な関係性に裏付けられており、それが仕事上の不満を共有できない要因でもあることが聞き取り調査から明らかになった。また、職人同士は頻繁に「飲み会」を開催するが、それは職人同士の良好な関係を維持や、次のクライアントと出会うための機能を有する。しかし、個々の労働力の再生産という点から鑑みれば頻繁な飲み会の開催は好ましいことではない。こうしたアンビバレントな状況下で最適な選択を行っていくための指針は存在していない。本現場は、搾取の対象になりがちな建築系フリーランサーたちによって、自律的で搾取されない働き方を達成した「好例」であると言える。しかし、こうした業態の持続可能性を高めていくためには、ワーク・ライフバランス、人間関係、感情等を対象としたセルフマネジメントに加えて、現場全体を統括するマネジメントが必要である。「現場監督」が存在しない現場において、誰が、どのように現場を統括し、現場全体をマネジメントするのか、施主の関与の度合いも含めて、この観点からの研究を今後の課題としたい。


テーマセッション(12)


同化論の批判的再検討

熊本保健科学大学 伊吹 唯

1 目的  1970年代以降,多文化主義が移民の社会統合のあり方として台頭した一方,社会統合論においては,国民国家は理念や血統などを共有する同質的な国民を求めるといわれてきた(Brubaker 1992など).このことは,国民国家による移民の受け入れのあり方は,多文化主義の論理と同質性を求める論理の双方の視点から検討する必要があることを示している.  翻って,日本の移民研究においては,文化やアイデンティティなどの同質性をもとめること,つまり同化は,植民地主義政策を想起させることや「多文化共生」という理想との相違性が批判され,十分な分析がされてこなかった.また,同化の議論のなかでは,移民のエージェンシーが,特に後景化されてきた.  以上のような問題意識から,本研究では,移民による同化の位置づけを切り口とし,現在の日本社会で起きている同化を分析することにより,日本社会における移民の統合について新たな知見を提供したい.本報告では,その一環として,同化の分析枠組みを構築することを目的とし,既存の同化論の再検討を行う.
2 方法  1985年以降,アメリカにおいて発展した移民を主体として位置づけた同化論(Brubaker 2001)を検討し,日本における移民による同化の選択を分析する枠組みを構築する.
3 結果  アメリカの同化論(Portes et al. 2001,Alba et al. 2003,García 2014など)からは,(i) 移民による戦略的同化,(ii) 同化と多様性保持の非ゼロサム関係,(iii) 移民とホスト社会の相互作用が,視点として提供される.
4 結論  (i) と (ii) からは,移民がホスト社会において社会経済的同化(=平等)を求めて,戦略的に言語や振る舞いなどを同化させており,文化,アイデンティティ,価値観などそれぞれの点について,移民にとっての同化と多様性保持の位置づけを検討する必要性が指摘できる.さらに, (iii) は,移民による同化の選択もホスト社会との関係によるものであることを示している.また,移民によってホスト社会も変化することは,移民が同化する対象が固定的ではないことを意味している.すなわち,移民がホスト社会からどのような影響を受け,何を対象として同化を試みるのかの検討も必要となる.生存戦略のなかでの同化の位置づけと同化の対象を組み合わせることで,既存の同化批判が見ていたのとは異なる側面に焦点をあて,現代日本の移民受け入れにおいて同化が持つ意味を検討できると考える.
参考文献 Alba, R. et al. 2003, Remaking the American Mainstream: Assimilation and Contemporary Immigration, Harvard University Press. Brubaker, R., 1992, Citizenship and Nationhood in France and Germany, Harvard University Press. Brubaker, R., 2001, “The return of assimilation? Changing perspectives on immigration and its sequels in France, Germany, and the United States,” Ethnic and Racial Studies, 24 (4): 531–548. García, S. A., 2014, “Hidden in Plain Sight: How Unauthorised Migrants Strategically Assimilate in Restrictive Localities in California,” Journal of Ethnic and Migration Studies, 40 (12): 1895–1914. Portes, A. et al. 2001, Legacies: The Stories of the Immigrant Second Generation, University of California Press.


移民第二世代の「成功のフレーム」の形成

一橋大学大学院 山野上 麻衣

1. 目的  「貧困の文化」論など過去の論争の経緯も踏まえ、文化を説明変数として議論することは、人種主義や人種差別に容易につながるものとして忌避されてきた(Skrentny 2008)。この状況下で、アメリカにおけるアジア系移民第二世代の例外的な達成を文化的な観点から検討したのが、Jennifer LeeとMin ZhouによるThe Asian American Achievement Paradox(以下、AAAPと記述)である。アメリカの移民第二世代研究の基礎となってきたポルテスらの分節的同化理論においては、文化変容が上昇移動の成否を左右するひとつの鍵概念として組み込まれている。他方でその枠組みにおいては教育達成や地位達成などが成功の指標として当然視されている。現実には移民にとって成功の指標は多様であることが指摘されてきた。LeeとZhouはAAAPにおいて、儒教的な価値が教育達成をもたらすというような文化本質主義とは距離をとりつつ、「文化的なフレーム」、具体的には「成功のフレーム」がどのように形成・強化され、当事者の規範や行為に影響を及ぼすかを議論している。本報告においては、このような議論の流れを整理・確認するとともに、日本の移民第二世代への適用可能性について検討を行う。
2. 方法  文化概念を達成や社会上昇の文脈に再導入したAAAPは、刊行翌年の2016年にはEthnic and Racial Studiesでシンポジウムをもとにした特集が組まれるなど注目を集め、現在も議論が続いている。本報告においては、まずはこのAAAPをめぐる議論において、何が論点となっているのか、さらに、それが移民第二世代の文化やエイジェンシーの議論とどのような関係にあるのかを整理する。そのうえで、日本の移民第二世代の分析への適用可能性について検討する。
3. 結果  AAAPの場合は上昇集団を対象とするため、アメリカ社会において主流とされる規範と齟齬の少ない「成功のフレーム」の形成を論じていると言え、エイジェンシーを語ることの困難が首尾よく回避されているとも読み取れる。それでもなお書評等において、達成と文化の関係を議論することは、必然的に人種主義を呼び込むのではないかとの懸念も提示されている。このような批判は、AAAPとは異なり上昇しない集団を対象とした場合には、否定的なステレオタイプを増強し自己責任論を強化するものとして、さらに先鋭化すると考えられる。同時に、AAAPは、移民法やエスニックコミュニティの歴史、アメリカの教育制度など、アメリカ固有の文脈を前提とした議論となっており、日本の文脈に適用する際には、これらの条件の異なりを踏まえた議論が必要となる。
4. 結論  日本社会においては、そもそもアメリカほどに社会が分節化されているとは言えず、分節的同化理論が適用されづらいとの議論がある。この点を敷衍するならば、第二世代の「成功のフレーム」の形成に際しても、平等主義的とされる日本の学校教育制度の作用や、近年指摘されるようになった、階層による教育期待の差異も考慮に入れて検討していく必要があるだろう。
参考文献 Lee, Jennifer and Zhou, Min, 2015, The Asian American Achievement Paradox, New York: Russell Sage Foundation. Skrentny, John, D., 2008, Culture and Race/Ethnicity: Bolder, Deeper, and Broader, The Annals of the American Academy of Political and Social Science, 619(1):59-77.


公共社会学的課題としての「統合」

東京大学大学院 柴田 温比古

【目的】:本報告の目的は、移民の社会的統合を捉える概念が持つ規範的な含意を公共社会学的な観点から検討することである。移民の社会的統合を対象とする実証研究においては、「統合」や「同化」など様々な分析概念が並立し、その内実をめぐる方法論的な反省も繰り返されてきたが、その背景においては同化主義的含意に対する懸念が底流をなしている。本報告では、実証研究の方法論的な反省の次元においてこの問題の解消を目指すのではなく、むしろ認識が帯びる規範的含意という知識社会学的な文脈から捉え直し、概念の作動の規範性を捉える枠組みを提示する。
【方法】:移民の社会的統合をめぐる分析概念をめぐり、その規範的側面に関する考察を行なっている諸文献を検討する。特に統合概念の抑圧性に対するラディカルな批判を展開しているW. Schinkelの議論を中心的に理論的に検討し、論理的な再構成を行うことで、統合概念の作動の規範性に関するより一般的な枠組みへと発展させる。
【結果】:Schinkelは現代オランダにおける多文化主義批判やシティズンシップテスト等の実践を念頭に、統合概念に基づく観察が「統合されていない/されている」「統合が問題とされている/されていない」という二つの区別の水準を随伴すること指摘し、特に後者の水準において、統合が問題とされる「移民」と、すでに統合が完了している健康な「社会」という非対称な関係が創出される点を批判する。さらに、移民の社会的統合に関する実証研究が政策と共犯関係を持ち、「植民地主義的な知の生産」に加担していると鋭く批判する。本報告では統合概念の抑圧性に対するSchinkelのこの批判の重要性を踏まえつつ、その議論が現代西欧社会における特定の作動の仕方を一般化している点を批判し、個々の統合概念の作動の規範的評価は原理的な水準ではなく経験的な水準で行われるべきであることを論じる。その上で、そのための枠組みをSchinkelの議論を拡張しつつ規範理論等の知見を援用することで素描する。
【結論】:本研究が提示する統合概念の作動の枠組みは二重の含意を有する。第一に、社会的統合の実証研究に対しては、方法論的な反省が操作化の次元のみならず、概念がコミットする規範的立場にも向けられるべきであることを示唆する。第二に、統合概念を用いる諸言説(学術のみならず政策・政治・マスメディア等)を対象とした知識社会学・言説分析の分析枠組みとして活用することもできる。この側面においては特に、言説が政策や制度に与える因果的効果の分析のみならず、それ自体の規範性に関する分析もまた公共社会学的な課題として位置づけられることを含意する。
【文献】 Schinkel, W. (2017) Imagined Societies. A Critique of Immigrant Integration in Western Europe, Cambridge: Cambridge University Press. Klarenbeek, Lea M. (2019a) “Reconceptualising ‘integration as a two-way process’,” Migration Studies.


移民の帰属にかんする理論

大阪大学 髙谷 幸

【1. 目的と方法】  本報告の目的は、移民の帰属をめぐる先行研究を整理し、日本における移民の社会編入の分析枠組みとしての適用可能性を考察することである。  先進社会で広がる排外主義の現象や、移民の定住化や重国籍の拡大とその政治化にみられるように、現代社会において移民の帰属は、学術的にも日常的にも「問い」として浮上している。一方、日本における移民研究では、彼らの帰属については十分な焦点が当てられてこなかった。帰属をめぐる研究視角には、個人の帰属意識に焦点を当てるものと、社会的/空間的な排除/包摂とそれをめぐる政治に焦点をあてるものがあるが(Yuval-Davis 2006; Antonsich 2010)、日本では主に、前者はアイデンティティ論として、後者はシティズンシップ論として展開されてきた。しかし帰属をめぐる問いは、必ずしもこの二つの議論に還元できるわけではない。
【2. 結果】  まず帰属という概念は、場所と結びついているため、身体的存在としての移民が移動先社会のなかでどのように地歩を築き、社会に編入されるのか(あるいはされないのか)を明らかにすることができる独自の視角をもつ。またこの概念は、個人のアイデンティティや意識と法制度的な地位の問題を統一的に理解することを可能にする。特に帰属は、動詞的な概念であるため、アイデンティティや地位を静的なものとして捉えるよりも、同一化/カテゴリー化や地位達成の過程として分析するのに適している。その意味で帰属という視角は、認知的視座(Brubaker 2004=2016)からのエスニシティ研究とも親和的である。さらに、帰属という概念は、メンバーシップの問題を意識や法的制度的な地位としてのみならず、社会/共同体の価値と結びつけ、「誰が、いかなる条件によってメンバーと見なされるのか」という問いを提起する(Croucher 2018)。それゆえ帰属をめぐる問いは、当該社会の境界を問う試みでもある。
【3. 結論】  以上の観点から本報告では、移民の帰属をめぐる議論を整理し、移民研究の分析枠組みとして用いる可能性を検討する。特に、社会/共同体の価値が帰属を条件づける点について理論的探求を行う。
【文献】 Antonsich, Marco, 2010, “Searching for Belonging: An Analytical Framework,” Geography Compass, 4/6: 644-659. ブルベイカー,ロジャース,2016,「認知としてのエスニシティ」佐藤成基ほか訳『グローバル化する世界と「帰属の政治」:移民・シティズンシップ・国民国家』明石書店,pp. 235-287. Croucher, Sheila, 2004, Globalization and Belonging: The Politics of Identity in a Changing World 2nd edition, Boulder: Rowman &Littlefield. Yuval-Davis, Nira, 2006, “Belonging and the politics of belonging,” Patterns of Prejudice, 40(3): 197-214.


移動と移民

早稲田大学大学院 董 鎧源

1、目的  本報告の目的は、移民研究をめぐり、ジョン・アーリのいう「モビリティーズ・パラダイム」の可能性と限界について検討することである。
2、概要  国際移民研究をめぐる理論は新古典派理論、二重(分割)労働市場論、労働移民の経済学、世界システム論、移住システム論(移民ネットワーク論)などが知られている(Castles & Miller 2009=2011:34,39)。1990年代、移民研究ではグローバリゼーション理論とトランスナショナル理論が登場した。移民理論は、アーリのいう「定住主義」の視点を離れはじめたがまだ十分ではない。  アーリは、自らの主張する「移動論的転回」を「あらゆる社会的実体が数々の形態から成る現実の運動と潜在的な運動に基づいていることを強調するものである」(Urry 2007=2015:16)という。アーリは、「モビリティーズ・パラダイム」を確立するため、複雑性、定住主義、流動性とノマド、移動する物質、移民とディアスポラ、動くことの快感、社会的ネットワーク分析、可動性などの理論的資源に革新の必要性を主張した(Urry 2007=2015:68)。アーリは現在の世界には主に十二のかたちの人の移動があることを示している(Urry 2007=2015:22)。その中には、「移民」のカテゴリーにおいて、移民研究が扱うべき対象が含まれてはいないだろうか。たとえば留学など「海外経験」を目的とした若者の渡航や、退職後の海外への移住は、従来の研究では十分に扱ってはこなかった代表的な移動のタイプであると考えられる。  従来の移民研究でも、こうしたことは問題となっていた。ほかのタイプの移民、たとえば、数カ月から数年にわたって受入国に滞在した後に本国に帰るとされた循環移民、高等教育を受けた若者が先進国に移動する頭脳流出または頭脳循環は、「定住主義」において定住(移民)か否かという二分法には収まりきらない移動現象の多様性を示していた。  報告者は、経済成長を遂げた現代中国における、中間層出身の若者の海外留学のその後を研究対象としている。そこには、母国への帰国を含めた選択肢の中で、母国以外に定着する可能性を保持したままでいる元留学生たちの姿がある。そうした人々を研究するためには、実際に移動している人々に対する観察とインタビューなどに基づいた確実な研究とその蓄積が必要である。
3、結論  アーリの議論が魅力的なのは、国内/国際や短期/長期を問わず、階級や階層に関わる社会移動に至るまで、ありとあらゆる移動を取り扱うことができるからだ。しかしながら、人間はおろか、理念、物、情報の移動までも「移動の社会学」に包摂しようとするアーリには、方法論はあっても理論というべきものは見受けられない。アーリの「移動の社会学」は、従来の移民研究を相対化し、あらゆる移動を受け入れるその豊かさの中に、可能性を見出すべきであるだろう。
文献 Urry, John,2007,Mobilities,Polity.(吉原直樹・伊藤義高 訳,2015,『モビリティーズ――移動の社会学』,作品社.) Castles, Stephen, & Mark J. Miller, 2009, The Age of Migration: International Population Movements in the Modern World, 4th Edition, The Guilford Press.(関根政美・関根薫 監訳,2011,『国際移民の時代(第4版)』,名古屋大学出版会.)


エージェンシー理論の唯物論的再検討

上智大学 稲葉 奈々子

【1.目的】 本報告は、移民女性の「女の仕事」への従事を切り口とし、女性の主体性に注目して国際移動を分析する「エージェンシー理論」を批判的に検討する。アイデンティティ問題(承認問題)にシフトしがちなエージェンシー理論に、移民労働の重要な動機である経済的観点(分配問題)を組み込むことを試みる。
【2.方法】 介護、育児・家事、セックス・ワークは移民女性が従事する職種の典型である。精密機械の組み立てや縫製業など「手先が器用だから」と女性労働者が多い工場労働も含められる。こうした労働に従事するプロセスを分析するにあたって、移民女性はマクロな構造においては搾取的な国際移動の「被害者」として位置付けられる。おもに女性の主体性よりも人身売買組織などブローカーに着目した研究がこれにあたる(Kempadoo et al 2005)。ミクロな個人に焦点をあてると、たとえ搾取的な移動であっても自己の決断による主体的な移動であることが強調される(Parreñas 2008)。いずれも、なぜ移民女性にはもっぱら「女の仕事」に従事する選択肢しかないのかという問いに答えていない。「女性だから」という前提を所与のものとしてきた。
【3. 結果】 エージェンシー理論は、ポスト構造主義の産物でありバトラーが理論的に確立させた。主体が言葉や言説の作用として構築されるという考え方であり、ジェンダー研究に大きな影響を与えた。結果として、資本制と家父長制という社会構造よりも、ジェンダー研究の中心はアイデンティティの問題にシフトしていった。そのため移民女性がみずからの労働を商品として売る主体たることを阻む社会構造が十分に明らかにされてこなかった。移民女性が主体的に「女の仕事」を選択するプロセスを描くだけでは、女性を自律的な存在として析出しようとする研究者の理想が投影されるにすぎず、上述の問いに答えることはできない。
【4.結論】 女性の主体性に着目することは、移民女性が単なる「被害者」ではなく、構造を変革しうる行為者として描こうとするもので、この観点の重要性は疑いようもない。しかし「女の仕事」を検討すると、いまだ女性は労働市場でみずからの労働を売る主体として成立していないことがわかる。女性そのものが市場で交換される「モノ」として扱われている。移民女性を権利主体としての「労働者」と想定しえない場合のエージェンシー理論の検討が必要である。
文献 Butler, Judith, 1990, Gender Trouble: Feminism and the subversion of ldentity, Routledge.(ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』竹村和子訳、青土社、1999年) Kamala, Kempadoo et al., 2005, Trafficking and Prostitution Reconsidered: New Perspectives on Migration, Sex Work, and Human Rights, Paradigm Publishers. Parreñas, Rhacel Salazar, 2008, The Force of Domesticity: Filipina Migrants and Globalization, NYU Press.


「アサイラム」概念の再検討

東京大学 安齋 耀太

1.目的 本報告の目的は、「難民の社会学」という構想のもとで、学術において支配的な言説を形成してきた難民法学を相対化することである。
2.方法 本報告では、「アサイラム」という観点から、難民の定義づけに着目する。
3.結果 難民法学は、難民条約及び難民議定書、あるいはこれらに関連して策定されたUNHCRのガイドライン等に依拠して、「難民」を定義してきた。そこでは、難民はおおよそ、迫害などを理由に自国を離れざるを得なかった人を指す。この定義に従うと、難民は、主に経済的な理由で祖国を離れた「移民」や、迫害などを理由に自国内の他の場所へ逃れた「国内避難民」から区別される。 他方で、「アサイラム」という概念に着目すると、もう1つの難民の定義が見えてくる。すなわち、難民という語は、(上述の定義に該当する難民のうちで、)ある国家が既に難民として認定して「アサイラム」を与えた人を指す場合もある。UNHCRが統計上「難民」という概念を扱う際には、この定義が用いられる。この場合の難民は、迫害などを理由に自国を離れ他国に保護を求めているが、未だに与えられていない、「アサイラム・シーカー」と区別される。 難民法学はこの2つの定義の問題を、「国家による認定の宣言的効果説」によって解決する。すなわち、難民は国家による認定によって国家になるのではなく(第2の定義の否定)、国家による認定以前に難民としての条件を満たしているが故に難民なのであり(第1の定義の認容)、国家による認定はそれを宣言するにすぎない(第2の定義の位置づけ)、という解釈を行う。 難民法学のこの解釈の背景には、難民を救済するという政治的な意図が存在する。難民法学はこの意図によって国家の意義を矮小化する傾向にある。これによって、難民政策を巡る議論において難民法学的な主張と政治的な主張が全くかみ合わないという現象が生じている。 他方で、社会学はアサイラムを「国家による統治の技術」を見なすことで、その意義を強調してきた (Morris 2010)。この統治の技術の行使は、第一には国境や国内における人民の管理技術として現れる。しかし、この行使は同時に、政策的な意図に基づいて難民というカテゴリーを構築するという実践をも含意する (Stepputat & Sørensen 2014)。こうして、難民法学とは異なり実定法に(少なくとも完全には)依拠しないかたちでの難民が定義されるようになる。
4.結論 以上の通り、アサイラム概念を社会学的に検討することによって、難民法学による難民の規定を超えて、「難民とは何か?」という問題に取り組むことができる。
Morris, Lydia (2010) Asylum, Welfare and the Cosmopolitan Ideal: A Sociology of Rights, Routledge, New York. Stepputat, Finn & Sørensen, Ninna Nyberg (2014) “Sociology and Forced Migration” in: Fiddian-Qasmiyeh, Elena et al. (edited) The Oxford Handbook of Refugee and Forced Migration Studies.


移民の社会統合理論を「ベストプラクティス」から逆照射する

一橋大学大学院 上野 貴彦

1. 目的  本報告の目的は、移民の社会統合理念として注目される間文化主義の理論化をめぐる諸問題の整理を通じて、理論的アプローチと記述的アプローチの架橋可能性を探ることである。移民研究、とりわけ社会統合をめぐる研究においては、規範的研究、政策研究、社会的現実から出発する記述的研究の区別が不十分である。このことは、社会統合の方向性を探る理論的アプローチと、移民排斥や差別の問題などを析出して統合政策の欠如や欠陥を指摘・考察する記述的アプローチの乖離を招いてきた。そこで本発表では、ケベックや中南米など複数の理論的源流を有し、「多文化主義批判」後に欧州で注目されながらも、規範的議論と政策論、そして政策に対する批判的検討を主とする記述的研究が十分に接続されずにきた間文化主義を例に、総合的な分析の可能性を模索する。  
2. 方法  上記の問題に取り組むため、まず先行研究をアプローチごとに整理したうえで射程と限界を明らかにし、とりわけ理論的研究における間文化主義理解をめぐる論点の布置連関を検討する。その上で、それらを「間文化主義」という政策フレームの中のサブフレームと捉え、間文化主義を積極的に受容する欧州諸都市の政策文書や実践において、どのフレームが優位なのかを分析する。具体的には、移民の社会統合をめぐる人口学的・空間的文脈や政策的な経路依存性において顕著に異なる、スペイン(バルセロナ、ビルバオ、マドリード、セビージャ)、イタリア(ミラノ、トリノ)、スウェーデン(ボーチルカ)という複数都市における政策文書の分析に加え、間文化主義理念や政策パッケージを象徴する実践として対象都市全てが採用している「反うわさ戦略」という「ベストプラクティス」の位置づけについて政策担当者やNGO等関係者、そして現地の研究者に対する聴き取り調査を行った。
3. 結果  理論的研究に関する分析から、「(社会的安定や伝統を重視する)同化主義と多文化主義の折衷」、「コミュニティへの参加を重視した多文化主義の発展型」、「多様性の利点を最大化する政策」というサブフレームが析出され、またそれらは各都市の政策文書においては、ほぼ偏りなく受容されていた。ところが、「反うわさ戦略」に関する内在的分析からは、各都市の文脈に応じた特定のサブフレームの優位が見られただけでなく、研究者や都市間会議の影響によってサブフレーム間のバランスが再修正される過程も観察された。
4. 結論  以上にもとづき、具体的政策・実践に関する内在的分析の、理論的・記述的アプローチ双方における不足とそのあり方を指摘する。そして両アプローチの接続に向け、一方では移民の社会統合をめぐる規範を「体現」したものとして、他方では移民をめぐる社会的現実の変革に積極的あるいは消極的に寄与する政策の「一例」として、いずれにせよ例示や記述的紹介の対象にとどまってきた「ベストプラクティス」に注目し、それを分析の起点とする研究の可能性を提示する。
文献 Duyvendak, J.W., P. Scholten. 2012. “Deconstructing the Dutch multicultural model: A frame perspective on Dutch immigrant integration policymaking,” Comparative European Politics 10(3): 266–282. 上野貴彦, 2020, 「スペイン間文化主義の分権的形成における制度的同型化とその「裏舞台」」『AGLOS』9: 65-89.


地域社会・地域問題


居住機能を有する施設へのコンフリクトの実態

大阪市立大学大学院 野村 恭代

【1 目的】  本研究の目的は,居住機能を有する施設へのコンフリクトの実態を明らかにすることである.そのために,A市における全ての障害者グループホームを対象とした調査を実施し,まずはコンフリクトの実態を把握する.
【2 方法】  本調査は,A市のすべての障害者グループホームを対象にアンケートにより実施した.自記式回答用紙を郵送にて配布し,返送による回収を行った.質問項目は,1.施設・事業所等の概要,2. 施設・事業所等立地地域の概況,3. 地域との関係性,4. 施設側の施設と地域との関係に対する意識,の4つの大項目により構成した.調査時期は,2020年1月である.
【3 倫理的配慮】  本研究調査の回答結果については,個人名や施設・機関名,特定の地域情報が明らかにならないように配慮し,プライバシー保護のため匿名で調査を実施した.回収データについては,統計的に処理を行い,本研究の目的にのみ使用した.また,調査の実施にあたっては,研究内容及び個人情報等の取り扱いに関する説明文書を同封し,同意の得られた調査対象者にのみ回答を依頼した.
【4 結果】 1)施設・事業所等の概要  調査票発送数225票,回収68票,有効回答数68票,有効回収率30.2%であった.施設・事業所の設置主体については,社会福祉法人23.5%,医療法人5.9%,NPO法人32.4%,株式会社25.0%,その他11.8%であった. 2)施設・事業所等立地地域の概況  用地の取得方法については,「公有地」10.3%,「民有地の購入」20.6%,「民有地の借り上げ」32.4%,「設立者の保有地」8.8%,「その他」17.6%であり,「公有地の払い下げ」及び「民有地の寄付」により取得した法人はみられなかった.建物(複数回答可)については,「新規に建設」33.8%,「既存の建物を転用」5.9%,「既存の建物を改築」5.9%,「賃貸」63.2%,「その他」1.5%であった.施設・事業所等周辺の地域特性(複数回答可)については,「繁華街」13.2%,「古くからの住宅街」72.1%,「工場などが多い地域」1.5%,「農地が多く残っている地域」2.9%,「その他」4.4%であり,古くからの住宅街にあるものが全体の7割を占めている.現在の場所に施設・事業所を設置した理由(複数回答可)は,「土地の取得がしやすいから」19.1%,「住民から建物の活用の理解が得やすい場所だから」14.7%,「人との交流がしやすい(交流の機会が得られやすい)場所だから」16.2%,「交通の便がよいから」52.9%,「地域のなかに関連施設や社会資源があるから」25.0%,「その他」22.1%であった. 【5 結論】  施設・事業所等の規模(利用者の定員数)も見ると,20人未満が70.6%と全体の7割を占めており,グループホームの特性上,比較的小規模な事業所が多いことが伺える.なお,41人以上と回答した施設・事業所も8.8%みられ,家庭的な環境を提供する規模として適切な規模と言えるのかについては課題が残る結果となった.


近代日本社会における観光とは

九州産業大学 菅沼 明正

1.目的と方法  本報告は、近代日本における観光の特徴を、市場社会の形成との関係から問い直す社会史的研究である。現段階ではラフスケッチであるが、近代以前の旅・旅行と近代以降の観光との相違を、カール・ポラニーが『大転換』で提示した市場経済と社会との関係を参考に検討することを目標としている。  報告者はこれまで「通過儀礼」としての修学旅行の成立や、戦前における鉄道会社の動向と「皇国の聖地」観光について歴史社会学研究を行い、歴史研究としても成果を公表してきた。そして、近代以降の大衆旅行(団体旅行)を研究するなかで、ラッシュ&アーリが提示する資本主義の発展段階とツーリズムの図式が日本社会を上手く説明するものでないと考えるに至った。  他方で、現代の日本では観光による地域振興が「注目」され、地域社会学・観光社会学領域において、地域社会と観光の関係の議論が避けては通れないテーマとなりつつある。公共事業による地域振興の行き詰まりを背景とする、観光振興の推奨・観光関連学部・学科の設置推進と、ここには昨今の政府方針も強く影響しているが、非都市部の地域社会が高齢化率の上昇や人口減少という問題を抱えていることに変わりはない(山下2011)。そして、ここでは「地域社会とは何か」「どうあるべきなのか」という深い問いとともに、「観光とは何か」「何ができるのか」という根本的ともいえる問いが生じているのである(越智2019)。  観光を資本主義の発生と結びつけ、大衆観光・大衆性をその特徴と説明することにも一定の意義はある(東2017)。しかし、(少なくとも)日本の近代以前の旅・旅行の再編を説明していないことも事実である(たとえば、歴史学方面から寄せられる質問は、近世の伊勢参詣は大衆旅行ではないのか、というものである)。地域社会と観光について議論する上で、土台が必要であることは強調するまでもないだろう。
2.暫定的な結論  本報告は、現段階ではラフスケッチである。近世の旅・旅行研究や近代以降の伊勢参詣研究の研究成果を踏まえつつ、カール・ポラニーを参考に、広域輸送網の誕生が旅・旅行のあり方を再編し、以前では異なる社寺参詣が「同質の観光」となる経緯を提示したい。
参考文献 東浩紀、2017、『ゲンロン0 観光客の哲学』株式会社ゲンロン. カール・ポラニー、2019、『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社. スコット・ラッシュ、ジョン・アーリ、2018、『フローと再帰性の社会学 記号と空間の経済学』晃洋書房. 越智正樹、2019、「解題─観光の社会的効果というテーマ─」『西日本社会学会年報』17:1-6. 手島廉幸,2008,「マスツーリズムの歴史的変遷と今後の行方」『日本国際観光学論文集』Vol.15. 山下祐介、2011、『限界集落の真実』ちくま新書.


「新大久保」の維持・管理の企図から見る「地域社会」の変容

東京大学 申 惠媛

【1. 目的】  本報告では、移動することや移動しながら関係を結ぶことが前提となってきた今日において特定の地理的範囲を要件とする「地域社会」を捉え直すための視座を模索することを目的に、2010年代初頭以降の「新大久保」の事例を分析する。2000年代以降、第二次韓流ブームとともに一大観光地化を遂げた「新大久保」は、2010年・2011年をピークに、その後一度衰退(主要な観光資源となっていた韓国系店舗の大幅な減少)したが、2016年前後から再び観光地として活性化した。本報告では、このような再活性化を可能にした新大久保エリアの状況を、第三次韓流ブームという機会構造の変化に限定することなく、地域を拠点とするビジネス経営者の実践に着目して探ることで、2010年代初頭以降に当該エリアにおいて生じた社会関係の形成・変容を明らかにする。
【2. 方法】  新大久保エリア周辺を主な拠点とするビジネス経営者らによって構成される、①新宿韓国商人連合会(2014年結成)、②インターナショナル事業者交流会(2017年発足)を対象に実施した参与観察、両団体の関係者を含む当該エリアのビジネス経営者を中心に実施したインタビュー調査に基づき、2010年代初頭以降にエスニックな観光地「新大久保」の衰退と再活性化をめぐって取り組まれてきた諸実践を、その環境条件や中心となるアクターの特徴に注目しながら分析した。
【3. 結果】  分析の結果、エスニックな観光地「新大久保」の衰退と再活性化をめぐっては、①観光資源を媒介とする社会関係を維持・促進するための実践(背景:新業種の展開、韓国系ビジネス経営者の「企業」化、市場の安定化(飽和)等による基盤強化)、②居住・生活を軸とする社会関係と観光資源を媒介とする社会関係の「間」に生じる葛藤を調停するための実践(背景:韓国系人口の減少、マルチエスニック化の進展、地域課題・ビジョンの共有)が取り組まれてきたことが明らかになった。これらは、同一の空間的範域において重層的に展開された社会関係の「間」を橋渡しすることで重層構造の安定化を図る動きであったと見ることができる。この過程で、中心的なアクターとなった「地域を拠点とするビジネス経営者」らは従来一括りにされてきた「居住・生活者」から分化され、エスニック集団内部およびエスニシティ横断的な連帯の強化が促された。③このうち後者においては超域的ネットワークを前提とするマルチエスニックな地域コミュニティの再編が企図されてもいたことから、これらの実践は当該エリアにおける居住者間の社会関係にも影響を与えるものと考えられる。
【4. 結論】  2010年代初頭以降の「新大久保」の衰退と再活性化をめぐる以上のような実践の生成とこれに伴う社会関係の形成・変容は、エスニシティの異なる居住者、ビジネス経営者、観光客など、移動する/移動しながら関係を結ぶことのできる多様なアクターが、特定の地理的範域において共在することで相互作用に織り込まれたことを契機としていた。ここからは、共在に着目することで、居住(定住)を条件としてきた従来の「地域社会」を、移動性を組み込む形で捉え直す可能性が見出された。


オーラリティに基づく都市祭礼の継承とその困難

法政大学 武田 俊輔

1.目的 本報告では滋賀県長浜市の長浜曳山祭を事例として、都市祭礼の継承とそれによる町内社会の再生産を可能とするしくみについて、その困難と変容を論じる。かつて松平誠は近世都市の生活共同に基づく伝統的都市祝祭は純粋な類型としてはほとんど残っていないとして合衆的祝祭に研究対象を移し(松平1990)、都市祝祭研究の流れを主導していく。しかしその後も町内社会は縮小・再編しつつも祭礼を継承し続けており、また家を単位とした町内社会のあり方は存続し続けてきた。 本報告においては祭礼継承の困難として、祭礼をめぐる歴史的な経験・記憶や知識の共有・継承に焦点を当て、それらを持たない人々が新たに担い手に参入していく中での祭礼の変容について明らかにする。その際に重要なポイントになるのは、そうした経験・記憶・知識の継承のしくみの口承性と、それが可能にする伝統の柔軟性である(武田2019)。それについての担い手間の拮抗と新たな継承の模索から、町内社会の現在について分析する。
2.方法 滋賀県長浜市の長浜曳山祭を事例とし、2012年〜15年においてある町内で報告者が祭礼の若衆を務めた際に経験した様々な行事や囃子の稽古、若衆間の飲み会、そして他の町内で2010年12月〜2018年4月にかけて断続的に行ったインタビューや参与観察のデータに基づき分析する。また保存会に当たる団体が主催する若衆向け学習会に報告者が講師やオブザーバーとして参加した際のデータも参照する。
3.結果、4.結論 この祭礼では家同士や世代間における名誉・威信の配分をめぐるコンフリクトとそれが生み出す興趣が重要である。それぞれが正しい「伝統」をめぐって主張し合うことで各担い手が威信を顕示すると共に、それによるコンフリクトの記憶は興趣を伴いつつ伝えられる。その記憶を通じて祭礼の様々なルール・知識が継承される。さらに祭礼は「本来あるべき姿」のような統一的な真正性を持つものでなく、祭りをとりまく環境をふまえつつ異なる世代間があるべき「伝統」をめぐってせめぎあう中で「伝統」は柔軟に更新される(武田2019)。 しかしこうした継承が成立するためには、口頭での伝承が維持されなければならない。文書化された形で真正性を持つ「伝統」を定められてしまえば、コンフリクトを通じた祭礼の活力はそぎ落とされる。そして町内の飲み会などを通じて過去のコンフリクトの話を楽しむ機会が頻繁にあり、行事の意味や発生しうるコンフリクトの可能性、コンフリクトの興趣、またコンフリクトを適度に収めて祭りを無事に行うための呼吸を知り、祭りをめぐる知識やその裏付けとなる経験・記憶が継承されることが重要だ。しかし日常の付き合いが十分になければこうした伝承は不可能であり、テナントや日常あまり顔を合わせない若衆たちも含めて祭礼を無事に進めるためにその文書化・マニュアル化を進める動きが進行しつつある。また町内の枠組みを超えた保存会組織による若衆世代への組織的な伝承へのとりくみや、山組と呼ばれる町内組織の一般社団法人化による加入自由化も一部で行われた。こうしたなかでの町内社会の変容を論じていく。
文献 松平誠,1990,『都市祝祭の社会学』有斐閣. 武田俊輔,2019,『コモンズとしての都市祭礼:長浜曳山祭の都市社会学』新曜社.


成年後見制度における宗教的寄付行為の扱いについて

広島文教大学 深水 顕真

【1.目的】 本発表の目的は、法律に基づく成年後見制度が「宗教的寄付」にどのような影響を与えるかを、インタビュー等を通して分析するものである。
【2.方法】 民法に規定された成年後見制度は、認知症や精神障害で「事理を弁識する能力を欠く常況にある」人物に対して、親族等の申し出により、家庭裁判所が選任した成年後見人が付与された代理権、取消権を適切に行使することで、その人物の財産や法的な権利を保護しようとする仕組みである。 令和元年現在、こうした後見制度の利用者は、成年後見およびそれより軽度の保佐、補助、および自身で将来の後見人を選ぶ任意後見制度を合わせて、22万人となっている。世話を行う後見人等は、親族が21%、親族以外が78%となっておりその多くが弁護士、司法書士、社会福祉士などである。(裁判所「成年後見関係事件の概要」平成31年1月から令和元年12月まで https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/kouken/index.html 2002/6/13取得) 最も重症度の高い成年後見の審判を受けたものは、法的な行為能力、契約や預金の管理が自分で行えない。そして後見人は本人の意思を尊重しながら通帳と印鑑を管理し、身上を監護する義務が生じる。つまり、後見人は本人の財産を預かり、何が必要なのかを適切に判断しながら契約し金銭を支払うこととなる。 本発表のテーマは、この後見人の判断が「宗教的寄付」にどのような影響を与えるかを分析するものである。通常は、社交的儀礼としての香典等は許容されると考えられ、また菩提寺に対しての布施や墓地管理費なども許容されると考えられている。(p.113 p.368 新井誠等 『成年後見制度―法の理論と実務』有斐閣2006) 問題は、この「社交的儀礼」や「布施」「墓地管理費」などの基準である。これらは地域的な格差が大きく、一律に定義することは難しい。さらに、宗教や宗派においてもその基準は様々である。そのうえ、宗教的な信仰や世代が違う弁護士や司法書士が、後見人としてどこまで本人の宗教心を汲むことができるか疑問が生じる。これらをインタビューなどから整理していく。
【3.結果】【4.結論】 本発表で予定する結論は2点ある。まず、日常的な布施の範囲を超えた特別な寄付に、成年後見制度はどこまで対応することができるかである。多くの寺院や神社では十数年単位で、境内の整備などの特別な寄付を募る場合がある。こうした通例を超えた寄付へ後見制度はどのように対応するのか。 そして、「カルト」などの反社会的な宗教団体との関係をどこまで維持するかである。後見人の第三者としての視点からは常識を逸脱した反社会的寄付行為であっても、本人の意志や信仰がそこにある場合がある。後見制度がどこまでそれを制限するのかを論じたい。 従来、「篤信」と呼ばれる信者は、他の一般的信者の基準を大きく逸脱した寄付を行ってきた。そして、その財施は宗教の大きな基盤となってきた。この仕組みが後見制度でどのように変化するかを論じる。


米国における授業料無償化奨学金の地域社会に及ぼす影響

嘉悦大学 経営経済研究所 宇田川 拓雄

1. 目的  本報告では米国で急速に普及しつつあるプロミスプログラムと呼ばれる高学歴(高卒レベルを超える学歴)人材養成をめざす大学授業料無償化奨学金の特徴を分析し、それが地域社会に及ぼす影響を考察する。プロミスプログラムは1つの制度ではなく様々な市、郡、州、財団がそれぞれの方針で運営している。基本的に地域在住の州立高校卒業生で州立コミュニティカレッジへの進学者全員に授業料と納入経費の全額を給付する。学業成績や経済的困窮度で受給者を決める従来型奨学金とは異なり家族年収や成績は考慮せず、地域居住者であれば全員が有資格者となる地域ベース奨学金である。コミュニティかレジの授業料は安いが全員分を無償にすれば多額の費用がかかる。コミュニティカレッジには学力が十分でない学生が多く、入学者の3/4が中退してしまう。費用対効果の悪い大学の授業料無償化奨学金がなぜ評価されているのだろうか。
2. 方法   本研究では文献研究により、プロミスプログラムについて「何がどうなっているか」「何が問題か」「この新しい社会事象を説明するにはどのような理論が適切か」といった探索的研究を行い状況の記述と説明を試みる。
3. 分析結果  学生に広い教養と高度な学問を学ばせることがプロミスプログラムの主要目的ではない。高度な知識と技能が必要な職業をめざすエリート学生支援は他の奨学金に任せ、プロミスプログラムは卒業後、地域社会を生活と労働の場として定住し地域活性化に寄与するミドルクラス人材育成を目的としている。地域内に高学歴者が増えれば高学歴を条件とする採用が増え失業者が減り失業給付や社会福祉費も減る。高収入の労働者が増えれば州の税収増も期待できる。個人の生活水準が上がれば地域経済が活性化する。有能な人材が増えれば州内の企業の経済活動も活発になるだろうし他の州や国外から企業が移転して来る可能性もある(*1)。プロミスプログラム設置者はこのような効果を期待し、実際に成果が上がり市民の評判も良い。2005年に始まったカラマズープロミス以降、次々に類似奨学金が作られ、2020年2月現在で425、50州中24州で州のプログラムが実施されている(*2)。
4. 結論  冷戦終結後、世界のグローバル化が進展し、その波にうまく乗った企業や地域は経済成長を遂げてきた。他方、製鉄業、自動車工業、製造業などの工場が海外移転してしまった地域は高齢化、失業者増加、人口減、経済停滞に悩んでいる。米国でも多くの地域がグローバル化と産業の高度化競争に遅れをとり活力を失ったセクターを抱えている。プロミスプログラムは地域の高等教育に資金を投入して衰退化した地域を再活性化させようとする反グローバル化政策と考えられる。最新の研究では当該地域への企業や家族の転入と定着が増え、地域が住民、特に子どもを持つ家族にとって魅力ある場所になりつつある(*3)。プロミスプログラムは地域再活性化戦略として有効なのではないだろうか。
文献 1. 宇田川拓雄(2019)、アメリカの授業料無料化政策と高等教育の大衆化、『高等教育ジャーナル』、北海道大学、 26: 25-33 2. PENN Graduate School of Education(2020), A comprehensive catalog of College Promise programs in the United States, Promise Program Database 3.Davis, E.(2020), Tuition-Free College Programs Gain Momentum, U.S.News, Feb. 28, 2020


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