X
MENU
未分類

第94回日本社会学会大会 ポスターセッション報告要旨

報告番号325

ロシア武術のオートエスノグラフィー――型のないワークの意識と無意識の間
福岡大学 樋口 あゆみ

【1.目的】  本研究はロシア武術のひとつであるシステマでの実技(ワーク)において生じる自己と他者の身体に対する認知的境界の揺れや,型がないとされる技法について,オートエスノグラフィーを通じて描こうとする試みである。身体をめぐるエスノグラフィーは,たとえばシカゴ学派の研究を受け継いだヴァカン(2013)にみられるように,階層や文化集団と身体との関係性として描かれてきた。あるいは介護や看護といった領域では現象学的立場から知覚と身体,そして病を巡る人々の現象が描き出される潮流がある(西村 2001など)。そうした研究を引き継ぎつつも,本研究はワーク中の身体動作によって起きる変化を,認知的変容と人と人との関係性とを関連付けて描くことに重きを置いている。これは他者との接触によって起こる身体的・認知的変化を,文化や慣習の違いとして理解するのではなく,それ自体として描こうとする試みである。たとえば倉島(2001)は,モースやブルデューのハビトゥス概念が身体技法を心身二元論的図式に接近させてしまうとして批判している。 【2.方法】  発表者はシステマを約3年間続けており,その体験をもとに記述を行う。フィールドは基本的に発表者が滞在した練習グループだが,コロナ禍以降にはシステマの創始者によるモスクワ本部によるZoomクラスも行われており,その経験も反映される。方法としてオートエスノグラフィーを採用したのは,システマがいくつかの原則を持つだけで「型」もなく,それゆえに本人の感覚や心理的側面もワークの成否に大きく関わるからである。なお他者を観察した日本でのシステマ研究として,吉田らによる研究がある(吉田,江南 2017)。 【3.結果】  実際のワークで体感したいくつかのエピソードと,それがどのようにインストラクターや創始者によって語られたかを通じて,身体を介した他者とのコミュニケーションが自己―他者関係にどのように作用するのかを記述する。たとえば他者とすれ違うことで自らのパーソナルスペースの変容を確認したり,他者と「コネクトする(=つながる)」ことで自らの身体の弛緩を相手に伝え,相手の体勢を崩すといったワークがある。こうした実践する人の自他境界の感覚の変化が物理的な変化をも起こす事例は,たとえば言語をその分析の中心としてきたコミュニケーション研究にも示唆を与える。 【4.結論】  システマは創始者が存命で,その内実は変化しつづけている。そうした型も試合もない武術の全体(≒或るまとまり)を描くのは無謀であり,本研究はあくまで諸々のワークから垣間見える身体と人と人との関係性に着目し,言語化を試みるという限定的なものである。 参考文献 Loïc Wacquant,2004,Body & soul,New York: Oxford University Press.( 田中研之輔, 倉島哲, 石岡丈昇訳, 2013『ボディ&ソウル: ある社会学者のボクシング・エスノグラフィー』新曜社.) 吉田梨乃, 江南健志,2017「身体化認知から見たシステマ親子クラスの『よい動きのストック』に関する研究」『千里金蘭大学紀要』(14): 37–46. 西村ユミ,2001『語りかける身体: 看護ケアの現象学』ゆみる出版. 倉島哲,2001「武術教室における言語と実践:型稽古の記述のこころみ」『スポーツ社会学研究』 9: 71–82.

報告番号326

公務非正規労働従事者に関する当事者実態アンケート調査報告
明治大学 兼任講師(他) 瀬山 紀子

1)目的 コロナ禍が継続する中で、保健や医療、生活/労働相談、保育、学校教育、社会教育などの公務領域は、人々の生活を支えるエッセンシャルワークの領域として光が当たった。しかし、そうした公務領域を支える担い手の半数近くは、1年毎といった短期契約で、低い待遇で働く非正規公務員が占め、かつその担い手の8割は女性だという実態がある。報告では、こうした公務現場に広がる非正規労働の実態と、その担い手たちの置かれている現状を、2021年春に行った当事者実態調査から明らかにする。そのうえで、ポストコロナ時代において重要な役割を担いうる公務領域と、住民生活にとっての意味を再考し、主に、その担い手の労働の側面から、公共のあり方についての問題を提起する。 2)方法 本報告は、2021年4月30日から6月4日まで、報告者が関わり実施した「公務非正規労働従事者への緊急Webアンケート」(実施主体・公務非正規女性全国ネットワーク)を元に行う。調査は、主に、国・地方自治体及びその関係機関で、2019年4月から2021年4月の間に在職していた/している人を対象に、インターネットで周知し、グーグルフォームを通じて回収を行った。なお、調査実施及びデータの分析に際しては、調査実施団体の倫理規定に従い、データを扱っている。 3)結果 有効回答数は 1252件(回答数 1305件)。対象者の性別は、女性 1161人(92.7%)、男性 84人(6.7%)その他7人(0.6%)。回答は、全都道府県からあった。職種は、幅広く、一般事務、事務補助、学校事務、学校図書館司書、図書館員、女性関連施設職員(男女共同参画センターなど)、スクールソーシャルワーカー、博物館・美術館学芸員、公民館等社会教育施設職員、婦人相談員、保育士、教員、ハローワーク相談員など。調査では、その職務形態、収入、勤続年数、コロナ以降の職務対応等を明らかにすると同時に、健康状態や職務遂行の中で感じることを明らかにした。 4)結論 調査から、非正規公務が、幅広い職種にまたがって存在していることが明らかになった。また、「公務員の働き方改革」の一環として、2020年度から地方自治体に導入された地方公務員法上の制度である「会計年度任用職員制度」が、実態として、公務現場で働く人たちに、将来への不安の増幅や、メンタル面での不調など、多くの課題をもたらしていること、それによって、公務現場に大きな疲弊がもたらされていることが明らかになった。公務非正規労働の現場では、職務は継続することが前提となっているにも関わらず、1年毎の雇用期間が主となっており、構造的に、経験やスキルの蓄積ができない環境にある。加えて、調査では、職種によらず、全体の5割が年収200万円未満となっていること、担い手の4割以上が、特に、メンタル面での不調を抱えていること、さらに、9割以上が将来の不安を感じていることがわかった。 報告では、住民生活にとって重要な役割を担いうる公務領域の役割を再度確認すると同時に、当事者アンケート調査から見えてきた課題を踏まえ、公務サービスの担い手の労働の安定化に向けた提案を提示する。

報告番号327

災害時における被災自治体への情報通信支援活動の実態と課題 ――令和2年7月豪雨災害を事例として
大妻女子大学 干川 剛史

【1.目的】この報告の目的は,令和2(2020)年7月に発生した「令和2年7月豪雨災害」において,総務省信越・東海・九州の各総合通信局と連携して報告者が総務省「地域情報化アドバイザー」の自主的支援活動として実施した,被災自治体に対するWi-Fiルーターや携帯電話・タブレット端末等の情報通信機器の無償貸与の仲介や「被災者支援システム」の導入支援の実態と課題を明らかにした上で,同災害の被災自治体の聞き取り調査に基づいて,災害時における被災自治体への効果的な情報通信支援のあり方を考察することである. 【2.方法】 具体的な研究方法は,以下の通りである. 1.令和2年7月豪雨災害において,報告者が総務省信越・東海・九州の各総合通信局と連携して実施した被災自治体への支援活動の実態と課題を明らかにした上で, 2.報告者が九州総合通信局と連携して2020年9月14~16日に実施した同災害の熊本県・鹿児島県・福岡県の被災自治体(熊本県:津奈木町・人吉市・球磨村・芦北町/鹿児島県:鹿屋市/福岡県:久留米市・大牟田市)への聞き取り調査から明らかになった課題を示し, 4.今後の大規模災害での効果的な被災自治体への情報通信支援のあり方を考察する. 【3.結果】報告者が実施した令和2年7月豪雨災害における被災自治体への支援活動から明らかになったのは,被災自治体の大半が災害対応のために使用する情報通信機器の緊急確保ルートが未確立であり,また,罹災証明発行等の被災者支援のための情報システムが未整備であることである. また,上記の被災自治体(7市町村)への聞き取り調査から明らかになったのは,令和2年6月に発足した総務省の「MIC-TEAM( 災害時テレコム支援チーム)」に対して,被災自治体支援の実績豊富な国土交通省の「TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)」や気象庁の「JETT(気象庁防災対応支援チーム)」と同等の迅速かつ確実で地域密着型のきめ細かい支援を被災自治体が求めていることである. 以上のことが本調査研究から明らかになった. 【4.結論】以上の調査研究から総務省の「MIC-TEAM」への被災自治体の期待が高いことが明らかになった.そこで,総務省の本省と各総合通信局では, 現時点において大規模災害時に被災自治体の支援に対応できる人員は限られているが,今後,本省や全国の総合通信局及び情報通信を活用した災害対応の実績がある自治体(常総市等)から応援の人員を派遣することによって対応経験を積むことができれば,国交省のTEC-FORCEや気象庁のJETTと同等の支援をおこなうことが可能となる. それを実現するために,報告者を含めた災害対応経験豊かな総務省の防災分野の地域情報化アドバイザーとMIC-TEAMを所管する総務省の部局の担当者等が連携して,「地域情報化アドバイザー全体会議」等で被災自治体に対する効果的な情報通信支援のあり方を検討することが今後の課題となる. 文献 干川剛史,2021,「災害対応におけるICT利用の実態と課題―山形県沖地震・鹿児島豪雨・台風19号と令和2年7月豪雨を事例として―」,「人間関係学研究」No.22(2021),大妻女子大学人間関係学部

報告番号328

トランジション経験の地域特性を描く――「戦後日本型循環システム」の問い直しに向けて
広島大学 尾川 満宏

【1.研究の目的】 本研究は、愛媛県新居浜市およびその周辺地域での調査をもとに、地域の人々に経験された学校から社会へ、子どもから大人への移行(トランジション)の実態を明らかにする。とくに、調査地に固有の地域構造や文化と人々の生き方・働き方の関連に注目し、トランジション経験における地域特性をとらえる視角を提案する。 【2.研究の背景】1990年代以降の日本社会は「グローバリズム」「脱工業化」の進展、「サービス産業」「非正規雇用」の拡大、産業・雇用・家族・教育の諸領域からなる「戦後日本型循環システム」の崩壊などで特徴づけられてきた(本田由紀『社会を結びなおす』筑摩書房、2014)。そうした説明の仕方は、トランジションをめぐる若者の困難を構造的な問題あるいは教育・労働・家族等の領域間の問題として示すことに貢献した。しかし、他方で、マクロな社会構造による説明には、各地の若者が経験するキャリア形成や社会参画の諸問題をかなりの程度単純化してしまう側面もある。グローバリズムや脱工業化によるサービス業・非正規雇用の拡大は、地域に応じてその進度や程度がまったく異なる。にもかかわらず、戦後日本型循環システムは大都市・大企業・近代家族モデルを前提に概念化されている。そうしたモデルが規範や理念としてみなされるとしても、単一のモデルで各地の人々の生き方・働き方を説明することはできない(小熊英二『日本社会のしくみ』講談社、2019)。つまり、各地の人々の生き方・働き方を説明するには、個人による領域間のトランジションのみならず、地域固有の歴史や特質のもとで人々のトランジション経験を理解していく必要がある。 【3.研究の方法】 本研究では、調査地域の人々の生き方・働き方とその変化を、教育・労働・家族・文化等の複数領域の地域的特質と関連づけて明らかにする。本報告では、そのための理論的な基盤を検討し、パイロット調査による暫定的な分析結果を示す。本研究の調査地域は、愛媛県新居浜市地域である。新居浜は住友グループ発祥の地であり、企業城下町として鉱業や製造業を基幹産業として瀬戸内工業地域の一翼を担うとともに、江戸時代から続く「新居浜太鼓祭り」で広く知られている。脱工業化の時代においてもなお製造業が地域を支えていることや、少なくない人が祭りを仕事や生活の枠組みとしていること、さらには地元高校生の卒業後進路が全国等と比して異なる傾向にあるなど、地域構造や地域文化の特徴が明瞭である。この地域で資料収集や多世代に聞き取り調査を行い、各種統計資料等も検討することで、地域の特質と人々の生き方・働き方とを関連づけ、トランジションの実態や変容を描き出す。 【4.分析と考察】 分析を通じて、調査地域の人々にとってのトランジションの過程と意味、あるいは人々の生き方・働き方の地域的な特質を描き出し、マクロな図式や単一モデルでは説明が難しい日本社会の一側面を明らかにする。この作業が単に日本社会の多様性を描くことにとどまらず、「戦後日本型循環システム」による説明や、その「成立」「破綻」といった既存の議論に照らしていかなる意義を持ちうるのか、理論的に考察したい。

報告番号329

東アジアと南欧における福祉レジーム論の受容と応答
京都大学大学院 大木 香菜江

[背景] G. Esping-Andersenが1990年に福祉レジーム論を提唱して以降、30年以上が経過した。福祉レジーム論をめぐる議論は活発化し、今日にいたってもグローバルに展開している。なかでも南欧や東アジア地域は、福祉レジームの自由主義、保守主義、社会民主主義の三類型とは異なる第四のレジームを構成するという主張が、両地域の研究者等によってなされてきた。 [目的] 1990年代に開始された第四のレジーム論は、2021年となる現在までにどのように展開してきたのだろうか。1990年代のEsping-Andersenの福祉レジーム論に応答する形で出現した南欧や東アジア地域の第四のレジーム論を生成する根拠には、両地域の家族主義の強さや、カトリックや儒教といった文化的背景に求められていた。しかし、両地域は90年代以降、経済成長や度重なる経済危機といった社会変動を経験し、Esping-Andersenの福祉レジーム論の受容や応答の仕方も変容しつつある。そこで、本研究では1990年代から近年までの南欧や東アジア地域におけるEsping-Andersenの福祉レジーム論の受容と応答過程を明らかにする。 [対象・方法] 本研究では、Esping-Andersenの三つの著作が、南欧や東アジア諸国の研究動向のなかでどのように論じられているのかを確認する。三つの著作の一つ目は、福祉レジーム論が最初に紹介された1990年の『福祉資本主義の三つの世界: 比較福祉国家の理論と動態』である。続く二作目は、1990年の著作に対する批判に応答する目的で執筆された、1999年の『ポスト工業経済の社会的基礎: 市場・福祉国家・家族の政治経済学』である。三作目は、2000年代以降の社会情勢を鑑みて2009年に発表された福祉国家と女性の役割について社会的投資の側面から言及した『平等と効率の福祉革命: 新しい女性の役割』である。これら三著作は、南欧や東アジア地域で翻訳書が出版されたほか、多くの周辺研究で引用されるなど、両地域での学術的な関心が高いといえる。本研究ではイタリア、韓国、日本で出版された三著作の翻訳版を収集し、Esping-Andersen自身が執筆した各国版序文から彼自身のその国に対する見解を読み取るほか、翻訳版の訳者のあとがきからEsping-Andersenの著作への評価を読み解いていく。また、これら三著作が引用される1990年代以降の南欧や東アジア地域の主要な福祉研究をピックアップし、地域別の研究動向を読み解いていく。 [分析・結論]  1990年代以降の第四のレジーム論以降の議論動向を観察すると、以下のことが判明した。まず、南欧や東アジア地域で顕著であるのが、福祉レジーム論のなかに示される両地域の家族主義的性質を問題視し、その克服を目指す議論動向が観察される。南欧においては、家族政策比較研究においてこの傾向が顕著である。東アジアでも脱家族化をめぐる理論・実証研究に近年注目が集まっている。また、家族主義的性質という共通項を通して南欧と東アジア諸国の福祉国家比較研究も2010年代の後半より開始されている。次に、カトリックや儒教といった文化的思想様式についての言及も近年においても継続している。しかし、家族主義的性質の原因を端にこれらに起因させるのではなく、こうした姿勢に反省的な態度を示したうえで、新たな比較枠組みを提示するような研究に発展しているといえる。  付記 本研究はJSPS、日本学術振興会の科学研究費助成を受けている(課題番号20J15102)。

報告番号330

薬害における「加害」の射程――保健医療社会学者・飯島伸子の経験から
桃山学院大学 本郷 正武

【1.目的】 本報告は、保健医療社会学者の飯島伸子らによる薬害スモン調査研究を紐解き、飯島がどのような問題意識の下に「薬害被害」を証したかを示した上で、「加害(者)」をどのようにとらえようとしていたのかを明らかにする。 飯島伸子(1938-2001)は福武直門下で社会学を修め、東京大学文学部修士課程を経て、福武の紹介で1968年4月に同大医学部保健学科保健社会学教室の助手となった。助手時代の経験は、日本の公害研究の礎石を鍛えるための重要な期間であった。飯島は「保健医療社会学研究会」(1974年、1989年から学会登録)の創設者に名を連ねており、日本の保健医療社会学の先駆者にふさわしい存在である。 【2.方法】 生前最期の赴任先となった常葉大学(旧・富士常葉大学、静岡県)付属図書館にある「飯島伸子文庫」には、飯島を慕う環境社会学者らの手により、後述する薬害スモン調査をはじめ、生前の調査研究資料が整然と収められている。本報告は、公刊された薬害スモン調査報告書のみならず、文庫に収められた調査原票や関係者とのあいだの私信、さらに関係者へのインタビューから、保健医療社会学者・飯島伸子がどのように「被害」および「加害」を考え、証しようとしていたのかを検討する。 【3.結果】 保健医療社会学者としての飯島の主要な調査研究に、薬害スモン調査がある。スモンとは、アメーバ赤痢の治療薬として戦前から使用されていたキノホルム剤の適応拡大にともなう過剰投与により生じた神経症状である。1969年には旧厚生省がスモン調査研究協議会を設置し、1970年にはスモン調査研究協議会疫学班内に保健社会学部会が発足し、飯島は加入している。フィールドの中で、とりわけ岡山県井原市は、スモンウイルス説が医師らにより流布されており、伝染病から連想される偏見や差別の問題が被害者に上乗せされていた。飯島らはこれまでおこなわれてこなかった患者本人へのインタビュー調査から、薬害スモンが単なるキノホルム剤による健康被害の次元を超えて、仕事や家族を含めた人間関係にまで影響を及ぼしていることを目の当たりにする。この調査研究の経験が、「被害」を個別事例の原因の差異を超えて普遍的に捉える分析視角を提供する、のちの「被害構造論」へと結実する。 一人一人の被害者に寄り添い、多元的な被害の様相を定義した一方で、飯島は薬害スモンの加害者に医師を含めている。キノホルム剤を過剰投与した医師の責任追求や運動方針など意見の相違から薬害スモン訴訟は三派に分裂しており、飯島の加害論はそれに対応している。これは、薬害スモンが「人災」であるという、こんにちの薬害定義や理解では等閑視されている点でもあった。 【4.結論】 被害構造論はたびたび引証され、後年の環境問題や薬害問題にともなう不可視化された被害を浮かび上がらせることに寄与している。他方で、医薬品の使用により引き起こされた、いわば河川の「下流」で生じた加害から遡り、「上流」のより包括的な社会問題や人災として加害を捉える視点が、飯島の公害問題と薬害スモンの調査研究との経験から産出されている。このことは、薬害問題が陸続と発生しているこんにち、「医薬品等による健康被害」にまで共通項を切り詰めた定義が、かえって薬害が胚胎する社会的要因や薬害を生み出した社会構造上の問題を覆い隠すことの問題を指摘しているとも言える。

Back >>