X
MENU
未分類

第98回日本社会学会大会 11月16日日曜日 ポスターセッション報告要旨

報告番号491

ポピュリズムの定義を見直す――事例研究を通じた動機論的アプローチの検証
広島大学大学院 城代麗花

研究目的 本研究の目的は、ポピュリズムに明瞭な定義を与えることである。 現在世界各地でポピュリズムは一般的に認知されるようになっているが、その定義はいまだ明確に定まっておらず、先行研究においてもポピュリズムの定義や本質に関する議論は定期的に浮上している(Weyland 2001; Mudde 2004; Hawkins 2009; Laclau 2019)。定義の曖昧さは、ポピュリストとされる対象の拡大を招き、誤ってポピュリズムと認定してしまう偽陽性を伴う恐れがある。 そのため本研究では、先行研究においていまだ定義の明瞭化が進んでいない原因を特定・克服し検証することで、ポピュリズムに明瞭で包括性のある定義を与えることを目的とする。 研究方法 本研究では、ポピュリズムに関する先行研究のうち、古典的ポピュリズム、ネオポピュリズムなど複数のポピュリズム類型出現以降になる2000年代以降に限定する。 ポピュリズムの定義設定を主題とする研究に加え、ポピュリストの言動分析を主題としたポピュリズム研究における定義設定の在り方も対象に、批判的検討を行うことでポピュリズムを再定義する。また、事例の検証を通じて定義の妥当性を確認する。 研究結果 先行研究におけるポピュリズムの定義は、多くの場合、政治戦略に基づいて構築されている。例えば、「二項対立軸の設定(例:人民とエリート)」「人民との一体化」「国民からの直接支持の獲得」などが定義の構成要素として頻繁に言及される。これらはいずれも“ポピュリスティックな手段”と呼べるが、これらを用いることが必ずしも“ポピュリズムである”ことをを意味するわけではない。しかし多くの先行研究では、これらの政治戦略を軸に定義設定がなされ、ポピュリスティックな手法をとる者=ポピュリズムであると決定づけられている。 そこで本研究では上記のような方法論に加えて、それら手法が選択された動機に着目する「動機論的アプローチ」を行った。すなわち、「なぜその方法をとるにいたったか?」という問いをたて、その答えに基づいてポピュリズムの本質を再検討する。最も根本的な動機は権力の獲得であると考えられるが、それはポピュリストに限定された話ではないため、「権力獲得のために何をすべきか?」という問いでポピュリストと非ポピュリストに分岐が生じると考えた。 本研究では既存定義への批判的検討と以上のような問い立てとそれに伴う分析を通じて、ポピュリズムの定義は「政治から疎外されていると感じている人々の動員を目的に、一体化を通じて人々の意見を政治に表出する政治活動」となると予想する。 結論 ポピュリズムの定義が不明瞭であることは、先行研究において個別事例ごとに最も解釈が合致しやすい定義を当てはめているという状況を生んできた。このような研究は、ポピュリズムの定義の不明瞭さを継続させるだけであり、概念の説明力が弱いままポピュリズムという政治現象の認知が広がっていくことは学術的な損失を招く恐れがある。 本研究では、先行研究における方法論への批判的検討に加え、手法選択の動機にまで遡り再定義することで、個別事例に依存しない、より包括的なポピュリズムの定義を構築することを目指した。提示する定義は、今後のポピュリズム研究における分析枠組みの構築の一助になりえるものと考えられる。

報告番号492

インターセクショナリティと「生」の実践――台湾における身障同志の経験を中心に
立命館大学大学院 欧陽珊珊

【1.目的】 本研究は、台湾における障害のある性的少数者(身障同志)の生活経験、コミュニティの形成、社会運動への参加を通じて、複数のマイノリティ性を生きる実践を明らかにすることを目的とする。特に、インターセクショナルなアクティビズムの意義と、インターセクショナルなリレーションシップの変容可能性に注目する。これまでのインターセクショナリティ研究では、複合的差別の可視化に貢献してきた一方で、加算的に不利益を受ける構図が強調されがちであった(Choo & Ferree 2010)。しかし社会運動の現場では、交差的抑圧が独自の関係性や実践を生み出す可能性がある(Terriquez 2015)。本研究は、当事者が複数の差異といかに関わり直し、新たな関係性や主体性を築いているのかを、動態的かつ実践的側面から捉える。 【2.方法】 本研究は2019年―2025年の間で、台湾において身障同志のアクティビストにインタビューを実施し、身障同志の社会運動への参加と活動の状況について部分参与観察を行っていた。 【3.結果】 本研究では、A:インターセクショナルなアクティビズム、B:インターセクショナルなリレーションシップの二つの主題に分けて考察した。 Aに関しては、台湾における身障同志による運動およびコミュニティの実践を通じて、インターセクショナルなアクティビズムの展開を明らかにした。台湾の身障同志による運動は、単に複数のアイデンティティを表現するにとどまらず、異性愛中心と能力主義という二重の排除構造に抗する、新たな運動空間の創出を実現していた。とりわけ、性的マイノリティ運動から得た「可視化」の経験を障害者運動へ応用するプロセスや、セクシュアリティに関するタブーへの挑戦は、運動間の「運動の相互浸透(social movement spillover)」を示す顕著な実践である。こうした身障同志による交差的実践は、既存の社会運動の枠組みを再構築し、「インクルーシブな共闘」のモデルを提示している。 Bに関しては、3人の身障同志アクティビストのイフストーリーを通じて、差異が非線形的に関係し合い、特定の文脈で新たな力や知を生む過程を分析した。3人はいずれも障害者として、同性愛者としての差別を経験してきたが、セクシュアリティの解放、性的マイノリティ運動のコミュニティとの関わりを通じて、主体性を再構築し、関係性の転換を実践していた。その中には、華人文化に特有の「カミングホーム」戦略、「ケアされる存在」から「ケアし合う存在」への移行、既存の親密性や依存観の再定義などが含まれ、障害とセクシュアリティの交差がもたらす新たな倫理と関係性の可能性が示唆された。 【4.結論】 本研究は、交差するマイノリティ性を生きることが、抑圧の蓄積や差別は単純に加算的に複合化するだけでなく、国や社会、文化の文脈に応じて多様なかたちを取りうること、そしてそれが当事者自身の主体的な試みとなり、関係性を再構築する創造的な契機となりうることを示している。インターセクショナリティを捉えるにあたっては、構造的抑圧の分析に加え、マイノリティ性を固定的に捉えたい視点から、豊かたの生のあり方を提示するような実践的側面への注目が不可欠である。

報告番号493

アルコホリズムの自己物語と変容――ひとりのアルコホーリクの事例と聞き手に関する考察
富山大学 伊藤智樹

本報告は、ひとりのアルコホリズムの自己物語が長い時を経てどのように変容するのか、またそれに伴う物語の聞き手は、どのような性質によって適している(あるいは、適していないのか)を分析する事例研究である。 研究協力者のKさんは、かつて拙著『セルフヘルプ・グループの自己物語論――アルコホリズムと死別体験を例に』(ハーベスト社、2009年)において、アルコホリズムのセルフヘルプ・グループの参加者の一例として登場した人である。そこでの分析は、もう一人の参加者と対比させながら、セルフヘルプ・グループを好まない語り手、具体的には、セルフヘルプ・グループが、(断酒する生き方への)変化を遂げる<途上>というよりも、むしろその後でいわば<成果を提示する相手>として彼にとらえられていることを分析した。  拙著の準備をめぐるやりとりの後、約16年半の時を経て、Kさんは再度報告者にコンタクトをとってきた。母親の死を直接のきっかけとして、「自分の身に起きたことを再構成し直し(中略)残った時間の心の糧にしようとしているのだ」だと思う、と彼は言う。こうして、私たちのやりとりは再開された。Kさんが語る自己物語は、当時と一貫しているのか、それとも異なっているのか、後者の場合どのような変容を遂げているのか。また、今なぜ私が聞き手として指名されたのだろうか。 調査と分析は、Kさんが作成した文書資料とインタヴューとを組み合わせる形で行った。その結果、彼の自己物語は、あくまでも飲酒を軸とするプロットをもつものから、家族との関係をどう意味づけるかをテーマとするものへと変容していることがわかった。それとともに、セルフヘルプ・グループは、自己物語の聞き手としては適さない存在となっていったこと、しかし彼の中でその重要性がなくなったとはいえないことも明らかになった。  他方で、かつて『セルフヘルプ・グループの自己物語論』で報告者が行った分析と記述が、Kさんをアルコホーリクの物語の語り手として特徴づけるという関心のもとで、どのように彼の自己物語を編集していったのかという点についても、遡及的に浮かび上がってきた。この点に鑑みると、報告者はKさんにとって、自分が語ろうとしている自己物語を特定の型にはめ込んでしまうかもしれない窮屈な聞き手ではないだろうか。その点について、セルフヘルプ・グループを含めた他の聞き手が機能しづらかったことが考えられる。しかしそれだけでなく、拙著以前に行われたインタヴューにおいては、その後の変容につながる要素も含まれており、それらを語ること自体は阻害されなかった、つまり、体験を自由に語るタイプのインタヴューの場合は、自己物語を変化させるに際して一種の許容性を備えた聞き手と観念される可能性も考えられる。  このように本研究は、アルコホーリクの自己物語が長い年月とともに変容する希少な事例を提供するとともに、その形態的な変化だけでなく、聞き手の特質に対する考察を深めることに資する。また、セルフヘルプ・グループ研究の文脈においては、行動制御という点で強い一貫性が求められるアルコホリズムの物語においても、再飲酒以外の理由でセルフヘルプ・グル―プを離れるケースもありうること、またそのような場合でもセルフヘルプ・グループの重要性が語り手に保持される場合があることが示唆される。

報告番号494

インターネットの利用と排外意識の計量分析
東北大学大学院 劉崢

本研究は、インターネット利用と排外意識の因果関係を明らかにすることを目的とする。近年、オンライン空間において外国人に対する否定的な言説が目立つ中、こうした言説がネット利用の結果として拡大しているのか、あるいはもともと排外意識が強い人が特定の情報を選択的に摂取しているのかという因果方向の問題は、社会的にも学術的にも極めて重要である。  既存研究の多くは横断的データに基づいており、インターネット利用と排外意識の間に見られる相関が、果たして因果的なものか、またその方向性がどちらにあるかについては十分な検討がなされていない。たとえば、辻(2018)の研究では、双方向因果モデルを用いてネット利用が排外意識と反排外意識の両方を強化する可能性が示唆されたが、時間的な因果順序や個人の固定的特性を考慮する分析枠組みは不十分である。  本研究はこの問題に対し、2つの方法的アプローチを組み合わせて取り組む。第一に、日本版総合的社会調査(JGSS)の2021年および2022年データを用いた操作変数法により、ネット利用が排外意識に与える一方向の因果効果を検証する。この方法により、ネット利用の影響を受けることで排外意識がどのように変化するかを統計的に推定できる。  第二に、2007年から2020年にかけて実施された「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査(JLPS-Y/M)」のパネルデータを用い、交差遅延固定効果モデル(Cross-Lagged Panel Model with Fixed Effects, CLPM-FE)を実施する。このモデルは、ネット利用と排外意識の双方向的因果性(ネット利用 → 排外意識、排外意識 → ネット利用)を同時に分析することを可能にし、加えて個人ごとに不変な特性(政治的傾向、教育歴、性格傾向など)を統制することで、時間的変化に伴う純粋な因果関係を抽出することができる。これにより、単なる相関ではなく、態度形成におけるネット利用の動的影響や、逆に排外的態度を持つ人々がネット情報をどのように選択するかといった複雑な関係を明らかにする。  このように本研究は、横断分析にとどまらず、縦断的視点と厳密な計量手法を導入することで、インターネットと排外意識の間にある時間的・因果的関係性を解明しようとする点に大きな特徴がある。特に、CLPM-FEの導入により、これまで見落とされがちであった双方向的影響や固定特性の影響を実証的に把握することが可能になる。さらに、操作変数法と組み合わせることで、頑健性の高い因果推定が実現され、結果の信頼性が大きく高まると期待される。

報告番号495

「令和6年能登半島地震」被災地の復興イベントによる復興を目指して――復興イベント「一本杉復興マルシェ」の来場者アンケート調査と参与観察に基づく考察
大妻女子大学 干川剛史

「令和6年能登半島地震」被災地の復興イベントによる復興を目指して  復興イベント「一本杉復興マルシェ」の来場者アンケート調査と参与観察に基づく考察  大妻女子大学 干川剛史 【1.目的】この報告の目的は,「令和6年能登半島地震」被災地である七尾市の復興の実態と課題を復興イベントのアンケート調査と参与観察によって明らかにし,報告者が独自に構築した「デジタル・ネットワーキング論」の観点から効果的な復興の方策を導き出すことである. 【2.方法】 具体的な研究方法は,以下の通りである. 1.七尾市内で大きな被害を受けた「一本杉通り商店街」が主催する復興イベント「一本杉復興マルシェ」の来場者アンケート調査と物品販売活動への参加等による参与観察を実施し, 2.調査結果を分析・考察して来場者の実態を把握した上で情報発信力・集客力と支援力の強化という観点から七尾市の復興の現状と課題を明らかにする. そして,  3.調査結果の分析・考察から得た知見について,主催者や支援者と意見交換を行い、情報発信力・集客力の強化と支援者の発掘・拡大・増強を目的に「一本杉復興マルシェ」の運営方法を改善して実施し、その効果を検証する。 【3.結果】「一本杉復興マルシェ」の来場者アンケート調査と参与観察の結果から,復興イベントによる七尾市の復興に向けての課題は, 「一本杉通り商店街」周辺の道路と駐車場の整備,芸能人の協力による各種メディアを活用した情報発信力と集客力の強化,支援者の拡大・増強である. そこで,主催者と復興に取り組む諸団体や人びととの間に構築された相互協力信頼関係を基盤として,芸能人や地域おこし等の専門家及び七尾市内外の経済団体や地方自治体からの継続的な協力も得て、各種メディアの活用によって情報発信力と集客力を高めながら,「一本杉復興マルシェ」を継続して支援者の発掘・拡大・増強に取り組み復興を推し進めていくことが、今後の長期的な課題であることが明らかになった. 【4.結論】以上の調査研究を通じて,「令和6年能登半島地震」の被災地である七尾市の復興イベントによる復興の現状と課題を情報発信力・集客力と支援力の強化という観点から把握した上で,被災地復興に関わる諸主体間の相互協力信頼関係に基づく関係構造を「デジタル・ネットワーキング・モデル」によって可視化することで復興イベントによる復興の可能性と課題を解明することができた. さらに,報告者は,調査研究を通じて被災地内外で復興に取り組む人びととの間で長年にわたって形成された相互協力信頼関係を維持しながら,「一本杉復興マルシェ」や「一本杉通り商店街」での来場者アンケート調査を継続し,調査研究から得られた知見を被災地内外で復興に取り組む人びとや諸団体に提供し意見交換を行いながら,七尾市内外の被災地の復興状況を長期にわたって把握しつつ,さらに確実で効果的な復興のための方策を明らかにしていきたい. 文献 ・干川剛史,2024,『デジタル・メディアとネットワーキング』晃洋書房 ・干川剛史,2025,「一本杉復興マルシェ 8回の調査結果の主な項目の比較・考察」大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会学専攻,『「社会調査及び演習」報告書 2024年度 南三陸町「さんさん商店街」 来場者調査結果』(担当教員:干川剛史)(別紙)

報告番号496

原子力政策における拮抗構造の形成と言説の再編――福島第一原発事故前後の言説ネットワーク分析からの考察
筑波大学大学院 苗詩媛
筑波大学 山本英弘

2011年の福島第一原発事故は、日本の原子力政策に大きな転機をもたらした。しかし事故後には「原子力からの脱却」を訴える脱原発派と、「再稼働・現状回復」を目指す推進派のいずれも、政策として主導権を確立するには至っていない。本研究は、このような拮抗状態がいかにして形成されたのかを、社会的・政治的アクター間の言説的対立構造の可視化を通じて考察する。  原子力政策過程に関する先行研究は、アクターの関係や政策サブシステムの構造に注目してきた。特に、推進派の政治アクターが構成する閉鎖的な政策コミュニティが指摘されてきた。しかしこうしたアプローチは、アクターの関係性を安定的な利益に基づいて捉える傾向があり、原発事故のような外的ショックがもたらす即時的な構造変化を捉えるには限界がある。また、市民社会の活性化により、立場の異なるアクターが政策過程に関与する状況が広がる中で、対立構造や連携の再編過程を動態的に可視化することが求められている。  本研究は、構成主義的視角に基づき、言説の役割に注目する。特に、言説構造の変容、言説再編のプロセス、言説戦略という三層的視角から、拮抗構造の形成メカニズムを分析することを目的とする。  方法として、事故前後10年間(2006〜2016年)を対象に、四期に区分した主要アクターの政策発言を収集し、言説ネットワーク分析手法を用いて可視化を行った。さらに、社会運動論における「フレーム調整」に依拠して、言説の再編過程と戦略的機能を検討した。  分析の結果、事故前には推進派と脱原発派の明確な二極構造が存在したが、脱原発派の制度的影響力は限定的で、主に立地・周辺地域の住民・訴訟団体にとどまっていた。一方、推進派は主要政策アクターを含み、ネットワーク内の一致性も高く、言説的優位性を有していた。事故直後には再稼働に慎重な地方自治体の合流により、脱原発派は「脱原発・慎重派」として再編され、ネットワークが拡大した。大飯原発をめぐる反対運動とともに、その結束が強まった。推進派は一時的に縮小したが、利益団体の活動再開や政権交代に伴う首相発言の中心性向上により勢力を回復し、言説構造は再び二極化した。ただし、第一期のような一方的優位ではなく、両派が拮抗する構造が形成された。  言説の再編において、事故前の脱原発派は「原発は危ない」といったフレーミングを中心にリスクの可視化を図っていた。推進派は「環境対策」「地域振興」「余剰プルトニウム対策」といったフレーミングを展開し、「規制の虜」的な制度構造の下で、原発政策の正当性を地球温暖化対策の文脈で再構成し、事故リスクや制度的課題を隠蔽・相対化する戦略が確認された。事故後には、脱原発派は「危険性」の増幅に加えて「再生可能エネルギーへの転換」「世代間不公平」などの論点を拡張し、構造批判的な再定義が進んだ。他方、推進派は「環境」「地方振興」から「安定供給」「雇用維持」などにを移し、「安全保障」を基軸とする言説戦略を展開した。  本報告では、事故前後10年間にわたる言説ネットワークの可視化を通じて、社会的・政治的アクター間の言説的連関の変容と拮抗構造の形成過程を提示する。政策過程を「正当性をめぐる言説構造の再編」として捉える構成主義的アプローチの有効性を示し、制度論的研究への実証的・方法論的補完を試みる。

報告番号497

中山間地域における基幹産業の盛衰と農村家族・地域の長期的変化
和洋女子大学 佐藤宏子
和洋女子大学 工藤由貴子

【1.目的】 本研究では、日本有数の高品質茶の生産地である静岡県藤枝市岡部町朝比奈地域において、1982年から2014年まで有配偶女性に対する訪問面接調査を実施し、有配偶女性239人の世帯形成と世代更新の変化、農村女性のライフコース等に関する4時点パネルデータ(1982・1993・2005・2014年)を完成した(第94回日本社会学会自由報告)。今回の報告ではパネル調査以後に実施した半構造化インタビュー調査の分析結果を明らかにし、パネル調査結果と繋ぐことによって、地域の基幹産業の盛衰と農村家族・地域の長期的変化を俯瞰することを目的としている。 【2.方法】 2015年にはパネル調査の「MC2」(1955~64年に結婚)12名、2023~25年には「MC3」(1965~79年に結婚)8名に対する半構造化インタビューを実施した。また、パネル調査結果に2015年以降の質的分析結果を繋ぎ、地域の基幹産業の盛衰と家族・地域の変容を考察した。 【3.結果】 (1)90年代後半から農業者の高齢化、後継者不在、後継者の結婚難が深刻化し、傾斜地での農作業による身体的負担と危険性が高まっていることが明らかになった。 (2)隣接する青羽根と日向の集落では、70・80代の熟練茶生産者が2000年に「茶工房たくみ組合」を結成、県の補助金により最新鋭の製茶工場「たくみ工場」を建設し、高品質の「青羽根ブランド茶」を集落全体で共同生産するシステムをつくった。毎年の新茶単価額という「評価」が、生産者の生産意欲とプライドを掻き立てた。彼らは世帯間の労働力格差を補うために集落の連帯や協働による茶生産の互助システムを機能させ、「青羽根ブランド茶」の収量を増やした。 (3)茶生産者たちは卓越した技術を発揮して所得を獲得する「達成感」、「青羽根ブランド茶」の生産者であるという「誇り」と「生きがい」を得た。本システムは地域を活性化し、中山間集落におけるAging in Placeを実現した。しかし、熟練茶生産者たちの怪我・病気・死去によって「たくみ工場」で製茶する世帯は2012年の22世帯から2024年の2世帯まで減少した。 (4) 2023~25年の対象者8人は70代で、結婚当時(1965~79年)は拡大家族世帯であったが、現在は「親と本人夫婦」2人、「本人夫婦のみ」5人、「本人夫婦と長男夫婦と未婚子」1人である。また現在の職業は、夫婦で農業継続が6人、農業廃業が1人、養鶏業から他事業への転業が1人である。農業就業中の6人は、高品質の玉露や煎茶の生産農家、農林水産大臣賞受賞のミカン農家であるが、農業後継者はおらず、「人間(夫か自分の健康状態)が駄目になった時が区切りになる」と話している。 【4.結論】 1980年前半、茶葉は茶刈り鎌で刈り、収穫した大量の茶葉を背中の大きな籠に詰めて細く険しい山道を何度も運んでいた。この時「嫁っこ」だった対象者たちは、玉露やミカン栽培に関する知識や職人技を極め、土壌や気象条件を熟知し、高品質の玉露やみかんの生産を実現した。しかし、農業収益では経済生活が困難となり子世代の農業後継者はいない。長年「嫁」として舅・姑に仕え、親世代との緊張や葛藤に苦しんだ対象者たちは、世代間関係の日常的な調整を必要としない子世代との全面的分離の生活スタイルを選択した。そして、一人暮らし高齢者と空き家の増加、婦人会や老人クラブの解散、災害対策、鳥獣被害が、今日の対象者と地域コミュニティの共通課題となっている。

報告番号498

2000年代以降の変容するマンガ経験――メディア経験に関するライフストーリーインタビューの分析から
拓殖大学 池上賢

【1.背景】筆者は、これまで日本の娯楽メディアの1つであるマンガを、人々がどのように経験しているのか、あるいはその経験が人々にとってどのような意味を持っているのか分析してきた。具体的には、2005年から2009年にかけて、24名の男女を対象としたライフストーリーインタビュー調査(第1次調査)を行い、マンガ経験とアイデンティティの関係性などについて明らかにした(池上 2019など)。現在は、特にマンガをめぐる状況が大きく変化した2000年代以降(池上 2022)にもたらされた、人々の経験の変容などについて、調査を継続している。2022年には、WEBモニターを対象とした自由記述式のアンケート調査を行い、電子媒体への移行やライフステージに伴うマンガとの接触頻度の変化が見られることを示した(池上 2025)【2.目的】以上の背景を踏まえて、本研究では筆者が2024年より行っている、第2次ライフストーリーインタビュー調査の内容を分析し、2000年代以降のマンガ経験の変容について、より詳細に明らかにすることを目指す。【3.方法】第2次ライフストーリーインタビュー調査では、1975年~1985年に生まれた人々を主な対象としている。当該の世代を対象とする理由は、この世代の人々が、マンガにおける紙媒体の最盛期(90年代半ばごろまで)と、電子媒体の普及期(2000年代後半以降)を両方とも、主要な読者層として経験していると推測されるからである。【4.考察】インタビュー調査では、アンケート調査で得られた知見と同じく、電子媒体への移行やライフステージの変化に伴うマンガ接触の変化について言及が見られた。たとえば、男性の協力者4名にたいしてグループ・インタビュー形式で行った際には、2000年代前半までは1990年代から継続して、紙媒体を中心的に読んでいたが、2010年代以降電子媒体も併用されることが示された。ただし、今回の調査対象者は比較的熱心なマンガ読者が含まれていたため、電子版は無料公開時などにしか利用しないという傾向も見られた。また、メディアミックスとの関連では、第1次調査の協力者でもある会社員女性に対するインタビューでは、「気になる作品について、原作となるWEB小説を確認して結末だけチェックしてしまう」といった受容の在り方が示された。以上のことから、本研究では、マンガに関わる経験は2000年代以降、人々のライフステージなどとも関連し、より多様で複雑なものに変容している可能性が示された。【文献】池上賢,2019, 『“彼ら”がマンガを語るとき、 ―─メディア経験とアイデンティティの社会学』ハーベスト社./池上賢,2022,「マンガ経験のさらなる探求に向けて――読者・読書論を超えて」小山昌宏 ・玉川博章・小池隆太編著『マンガ探求13講』水声社./池上賢,2025,「2000年代/2010年代の変容するメディア環境下のマンガ経験――自由記述式WEBアンケート調査にみるその概観と様相」『マンガ研究』31,日本マンガ学会.

報告番号499

地方議員の支持基盤と政治活動――全国市区町村議会議員調査の分析
筑波大学 山本英弘

地方議員は、身近な政治代表として、住民の声やニーズを汲み上げ、政策に反映させる役割を担っている。しかし、地方政治研究では首長を中心とした行政府に焦点が合わせることが多く、地方議員の行動や支持基盤に関する体系的な分析は十分とはいえない。定点観測的な調査は一部存在するものの、過去20年の実態や変容に関する網羅的な知見は乏しい。従来、地方議員は地域社会に根ざし、地域的な支持に依拠して活動してきた。他方で、政党化は限定的ながら、社会の多元化に伴い、地域から自立し、政治団体やアソシエーションとの関係も多様化しつつある。それでは現在、地方議員はどのような基盤に依拠し、どのような政策領域に注力しているのだろうか。  本報告では、2024年1月から3月に実施した全国市区町村議員への質問紙調査に基づき、地方議員の支持基盤と政策活動の実態を分析する。調査は、全国の市区町村議会を系統抽出し、各議会から無作為に議員を抽出した。配布数は4,860名、回収数は2,932名、回収率は60.3%である。  まず、政党所属の状況をみると、無所属議員が42.0%と最も多く、次いで自民党29.8%、公明党10.5%、共産党7.7%の順である。依然として無所属議員の比率が高い。  支持基盤について、最も重要な団体や関係として認識されているものをみると、「出身の地区・集落」が40.6%(上位3位以内で62.3%)と最も高く、「町内会・自治会」が18.6%(同64.8%)と続く。多くの議員が地域コミュニティに依拠している。一方、「政治団体・後援会」は13.4%(同33.8%)、「労働組合」は3.0%(同7.8%)と比較的低水準であるが、「個人的なつながりのある団体」が8.2%(同47.8%)と、パーソナルなネットワークも一定程度みられる。クラスター分析の結果、議員の支持基盤は、①地域コミュニティ型、②個人ネットワーク型、③アソシエーション型(政治団体・労組等)の3類型に分類された。  次に、過去4年間で議会において取り上げた政策課題(3件まで選択)をみると、「学校教育・子育て」が62.4%と最多であり、次いで「行政一般」(40.2%)、「少子高齢化」(35.1%)、「医療・福祉・社会保障」(35.0%)が多く挙げられた。  さらに、都市規模を統制したうえで、支持基盤のタイプと議会活動の関連性を検討すると、地域コミュニティに依拠する議員は、「土木・建築」「地域活性化」「農林水産業」など、地元の利益に直接結びつく政策領域を多く取り上げている一方で、「医療・福祉・社会保障」「ジェンダー」「教育・子育て」「差別・人権」「平和・反核」などには比較的関与が少ない傾向がみられた。これに対し、アソシエーション型の議員は、「環境・公害」「雇用・労働」といった市民的・社会的課題への関心が高く、「行政一般」「文化・スポーツ」には関与が薄い。  以上の分析から、地方議員の支持基盤は、彼らが議会で取り上げる政策課題の選定に大きな影響を及ぼしていることが明らかとなった。すなわち、地域コミュニティに根ざし、地元の物理的・経済的利益の実現を重視する「地域開発型」の議員と、特定の政治団体やアソシエーションに依拠し、多様な市民の利益や社会的公正を重視する「市民アジェンダ型」の議員とに分岐する傾向がある。このような支持基盤と政策活動の連関性を捉えることは、地方政治の構造とその変容を理解するうえで重要である。

報告番号500

地域住民による「ありあわせ」の実践と技法――被災者支援から平常時の地域活動へ
大阪公立大学 王文潔

【目的】 本研究の目的は地域住民が自ら実施した災害支援活動を、平常時の社会貢献活動・地域福祉活動に移行する過程で模索された「ありあわせ」の技法を明らかにすることである。調査対象者である地域住民は、既存の支援システムから疎外されたみなし仮設被災者や在宅被災者のために支援活動を組織化したのち、自らの活動を平常時の福祉制度やボランティア活動へと接続し、その後の活動を継続していた。その中で、調査対象者が寄せ集められた者・モノを創意工夫して活用し、活動を継続させるための資源動員戦略を確立していた。こうした「ありあわせ」の実践と技法を通じて、地域社会における分断と既存システムの隙間を埋め続けるアクションの担い手が育まれていくと考えられる。 【調査方法】 下記調査対象者A、Bの活動について、2018年10月~2024年12月に計20回の参与観察および、関係者への複数回のインタビューを実施し、支援活動の発想から継続的な運営までのプロセスを分析した。調査対象A:熊本地震被災地の保育サービス事業者。当初被災者支援のために地域食堂を立ち上げたのち、食堂の対象者を被災者から地域の乳幼児と母親へとシフトし、現在も支援活動を継続している。調査対象B:岡山県の元飲食店経営者。西日本豪雨後、被災者向けの食堂を運営したのち、現在は地域の障害者就労支援を行っている。 【結果】 調査対象者が災害時から平常時へと活動を創出・継続した過程についてブリコラージュの理論を用いて捉えた。はじめにブリコラージュの理論にならい、調査対象者がもつ「手元にある資源――利用可能なリソースによるレパートリー」の視点から、調査対象者2名の経歴、流動的な実践コミュニティでの学習・体験を整理し、「相手に届く」ことを意識する活動スタンスを捉えた。また、「新しい目的のための資源のやりくり――レパートリーの編集・拡張作業」の視点から、調査対象者の「ありあわせ」の実践における「物的リソースの有用性の再発見」と「関係性の変化による人的リソース有用性の再発見」、さらに両者の延長線上の「リソースの追加」作業を確認できた。調査対象者の実践において、誤解や批判を受けつつも信念にもとづいて活動を継続する姿勢がみられ、地域社会の信頼を獲得し、多様なセクターの住民を巻き込み、徐々に地域に根づく活動となっていったプロセスが見出された。 【結論】 本研究は地域住民が自らの手元にある寄せ集められた資源を再解釈・再編集しながら災害支援活動、平常時の地域活動を構築していくプロセスを「ブリコラージュ」として捉えることで、新規参入者が既存システムの狭間にいる当事者への対応の可能性を示した。新規参入者の個性的な支援創出過程で活用された資源の意外性や資源獲得ルートの偶然性は、被災者支援や平常時の地域活動の「ほかでありえた可能性」を示唆している。こうした「ありあわせ」の実践は、災害時における個人の社会的役割の再発見やコミュニティ再構築のプロセスでもあることが確認された。 参考文献 王文潔,2021,「ブリコラージュ概念からみる被災地の地域食堂の実践」『共生学ジャーナル』,5:76-106.

報告番号501

駐在・研究留学に帯同する配偶者のキャリア意識とジェンダー観――アメリカ合衆国ロサンゼルス市における日本人一時滞在者の事例から
中京大学 三浦綾希子

【1.目的】本報告の目的は、駐在や研究留学に帯同する配偶者のキャリア意識とジェンダー観について明らかにすることである。海外に暮らす日本人家族についてはその子どもの教育や日本人同士でつくられるコミュニティについて研究が積み重ねられてきた(例えば、永田 2011, 額賀 2013, 芝野 2022)。また、駐在員に帯同する妻たちに関しては、山田(2004)が1990年代前半と2000年代前半に調査を行っている。そこでは、90年代においては彼女たちのジェンダー観が日本在住女性よりも伝統的なものであったこと、2000年代においては10年前と比べ、駐在員の妻たちが将来的な自立をより志向するようになったことが明らかにされている。山田の調査から20年以上が経過した現在においては、人の移動はより活発になっており、女性の就業率も上昇している。近年では、妻の海外駐在に帯同する夫たちの存在も指摘されている。しかしながら、こうした動向を踏まえた研究は管見の限り多くない。そこで本報告では、日本人在住者が最も多いロサンゼルス市で行った調査をもとに、駐在や研究留学に帯同する配偶者のキャリア意識とジェンダー観に関する分析を行う。 【2.方法】2024年10月~2025年2月の間にアメリカ合衆国ロサンゼルス市で日本人13名(女性10名、男性3名)に実施した半構造化インタビューのデータを用いる。対象者のうち駐在に帯同している者は7名、研究留学に帯同している者は6名で、年齢は20代後半から50代であり、インタビュー時点でのアメリカ滞在期間は半年~3年である。 【3.結果】分析の結果、配偶者のキャリアについては、日本での仕事を辞職して帯同しているパターン(8名)と、配偶者同行休業制度や育児休業制度などを利用し、一時的に仕事を休業しているパターン(5名)がみられた。後者に該当する者たちは配偶者の海外滞在任期が決まっている者たちであり、帰国後は以前と同じ会社でキャリアを継続することを望んでいた。また、日本での仕事を辞職したパターンに該当する対象者のなかにも労働許可を得てアメリカで自らの専門性を活かした職業に再就職している者や、ボランティアとして日本での仕事を活かす活動をしている者もおり、キャリアの継続を志向する傾向が確認された。強い葛藤がみられたのは、配偶者の海外駐在が今後も続く見込みであるため、日本での仕事を辞めて帯同することになった者たちである。このパターンに該当する者たちは、国を問わず働ける資格の取得を通じて、職業的な自立を模索していた。ジェンダー観については、夫婦間で有償労働と家庭内労働を平等に分担することを志向する者が多かったが、アメリカにおいては自身が就労していない、あるいは就労していても限定的であることを理由に家事や育児を積極的に引き受ける傾向にあった。これは男女問わずみられる傾向であったが、男性の対象者についてはこうした役割分担は一時的なものであることを強調する者もいた。 【備考】本研究は2024年度中京大学内外研究員制度(在外研究員)の助成を受けたものである。

報告番号502

家事の外部化が夫婦関係満足度に及ぼす影響についての日韓比較研究
桜美林大学 裵智恵

【目的】近年日本においては、外食や持ち帰り、衣類のクリーニング、家事代行サービスなど、家事の外部化と関連する選択肢が増加・多様化しており、実際に一定のニーズがある(内閣府 2023)。同様に韓国でも、家事の外部化に対する関心とニーズは高く、家事サービス市場が急速に成長していると報告されている(韓国科学技術通信部 2022)。家事の外部化をめぐるこうした状況にもかかわらず、日韓ともに家事の外部化をテーマとする社会学的な研究は少ない。その背景には、家事を一種の「閉じたシステム」とみなす、暗黙の前提がある(平尾 2021)。その結果、家族以外の他人が家事をすること、すなわち家事の外部化についてはあまり注目されてこなかったのである。そこで本研究では、日本と韓国における家事の外部化について、家族生活に与える影響を中心に検討することを目的とする。具体的には、①夕食のテイクアウトやデリバリー、外食の利用、②家事代行やベビーシッターの利用、③親族からの家事・育児支援のような、家事の外部委託程度が、夫婦関係満足度に及ぼす影響を分析する。 【方法】「仕事と生活研究会」が2022年9月に実施した「新型コロナウイルス状況下の仕事と生活に関する国際比較調査」を使用する。この調査は、日本、韓国、台湾、シンガポールの満30歳から44歳までの男女個人を対象に行われたWEB調査である。そのうち、本研究では韓国と日本の有配偶男女525人(日本240人、韓国285人)を分析対象とする。 【結果と考察】夫婦関係満足度を従属変数とする回帰分析の結果、第一に、家事の外部化は、①夕食のテイクアウトやデリバリー、外食の利用以外には、日韓両国ともあまり普及していなかった。家事の外部化に対するニーズや関心が高くなったとはいえ、両国ともに、家事労働を愛情の表現とみなし、家庭に他者が入り込んで家事を行うことに対する心理的抵抗(山本 2012)が強いことが窺がえる。第二に、家事の外部化が夫婦関係満足度に及ぼす影響は、日韓で異なっていた。日本では、家事の外部化は夫婦関係満足度に有意な影響を及ぼさなかったが、韓国では、負の影響を及ぼしていた。家事を外部に委託しているほど、夫婦関係満足度が低くなっており、その傾向は、特に女性で顕著であった。このような結果は、韓国女性が日本の男性と女性、そして韓国男性より革新的な性別役割分業意識を持っていることとも関連があると思われる。すなわち、家事労働に、愛情の表現という、情緒的な意味を付与する一方で、韓国女性は革新的な性別役割分業意識を持っている、言い換えれば夫の家族役割参加への期待が高い分、家事の外部化に対する抵抗が夫への不満、そして夫婦関係満足度への低下につながったのかもしれない。ただし、本研究は、コロナ禍という、調査が実際された時期の特殊性や小規模の横断調査データの使用といった点から、解釈の一般化には注意が必要である。また、夕食時の家事以外の外部化、特に家事代行サービスやベビーシッターに関しては、利用頻度が極めて低かった点を考慮すれば、家事の外部化が夫婦関係の質を含む、家族生活に及ぼす影響については、既にこうしたサービスを利用している層に焦点を当てた、より詳細な分析が必要となる。 【附記】 本研究は、JSPS科研費22H00917の助成を受けたものである。

報告番号503

Rethinking Civic Engagement: Participatory Budgeting as a Bottom-Up Response to Climate Inaction in Polish Cities
Poznan University of Life Sciences Department of Landscape Architecture Adam Chorynski
Poznan University of Life Sciences Iwona Pinskwar
Poznan University of Life Sciences Michal Krzyzaniak
Poznan University of Life Sciences Patryk Antoszewski

“In recent years, the urgency of adapting to climate change has grown significantly, particularly at the urban scale, where the consequences of extreme weather events are most visible. Although national frameworks usually define the direction of adaptation policy, the local level is still very important for good execution. This paper looks at how Polish residents are using participatory budgeting (PB), a mechanism meant to increase democratic involvement, to solve local climate adaptation gaps. Specifically, we investigate whether, in terms of climate resilience, PB mechanisms inadvertently help to transfer responsibility from city governments to individuals.

Using five of Poland’s biggest cities—Warsaw, Kraków, Wrocław, Łódź, and Poznań—we performed a content analysis of participatory budgeting proposals sent between 2019 and 2023 to evaluate PB’s contribution to urban adaptation. The population size, geographic distribution, and established PB systems of these cities helped to determine their selection. Over 2,000 project proposals make up the dataset, which was arranged based on their thematic focus with special regard to those pertaining to green infrastructure, water retention, urban heat mitigating strategies, and other adaptation-related actions. Simultaneously, we examined municipal adaptation plans and local climate policies to evaluate whether these citizen-led ideas matched, enhanced, or replaced official initiatives.

Our findings reveal a growing number of climate-related proposals submitted by residents, particularly in the domains of small-scale greening, tree planting, rain gardens, and shading infrastructure. In some cities, a significant number of all PB projects focused on environmental resilience, even though these themes were present in official urban policy agendas but left without any real action. This discrepancy suggests that residents are not merely responding to opportunities for funding but are actively filling a perceived policy void. But municipal authorities sometimes view these bottom-up efforts as separate projects rather than including them into a larger adaptive governance system. Sometimes local officials cite the visibility of citizen-led projects as a justification for postponing or underfunding more comprehensive adaptation initiatives.

The changing terrain of participatory budgeting in Poland exposes both the advantages and drawbacks of civic involvement under institutional inertia. Although citizens show a readiness to act on climate hazards, either purposefully or accidentally, depending mostly on PB as a means of adaptation could mistakenly free towns of their obligations. This phenomenon raises important questions about the redistribution of governance burdens and the role of procedural democracy in times of environmental crisis. Our study calls for a rethinking of how PB mechanisms are structured and how they intersect with long-term urban resilience planning.

Acknowledgements: This research has been funded by the National Science Center under the grant number: 2022/47/D/HS4/01313.”


報告番号504

地方移住とダウンシフト
大正大学 畑山直子

1.研究背景と目的  本報告の目的は、現代日本における地方移住と「ダウンシフト」の関係を明らかにすることである。地方移住はこれまで、田舎暮らしやIターンとして論じられてきた。これらの移住は、所得水準の向上よりも、生活環境の改善や自己実現を求める人たちによる階層の下降移動として捉えられる傾向にあった。地方へ移住することが階層を「下降する」こととして理解されたのは、階層の上昇移動としての都市移住と常に対比されてきたからである。  このような「階層の下降移動としての地方移住」は、「ダウンシフト」という社会的な潮流から捉え直すことができる。ジュリエット B. ショアは、競争的な階層社会の中で長時間労働をしてきた人びとが、「働きすぎと浪費の悪循環」に対する不満感から「変速ギアを切り替え」て生活を減速し始めることを、「ダウンシフター(減速生活者)」と呼んだ(Schor 1998=2000)。このようなダウンシフトが、現代のライフスタイル移住に当てはまることを、ブライアン A.ホーイ(Hoey 2014)や石川菜央(石川 2018)は指摘している。移住によって生活をダウンシフトすることで、移住者が求めるワークライフバランスがとれるようになり、生活の質の向上につながるというのである。  では、このようなダウンシフトという視角から現代日本における地方移住を捉え直してみると、移住者のライフスタイルの転換をいかに理解することができるのか。本報告では、地方移住者の移住前と移住後のライフスタイルに焦点を当て、現代日本の地方移住におけるダウンシフトの様相を明らかにする。 2.方法とデータ  本報告では、報告者が埼玉県秩父地域への移住者を対象に行った生活史調査(2012年~)のインタビュー・データを用いて、移住前と移住後のライフスタイルに関する語りを分析し、移住によって働き方や生活時間がどのように変化したのかを分析する。 3.考察と結論  秩父地域への移住者の生活史を分析すると、①移住前からある程度働き方や働くペースをコントロールしていたこと、②移住後に新たなに事業を始めたり、兼業をしたりする中で、「自分サイズの服」(“My size fits me”)(Pink 1998= 2014)を着るように仕事ができるようになっていたことが明らかになった。しかしこれは、ショアの定義のようなダウンシフトをすることとは必ずしも一致しないと言える。なぜなら、①のように、移住者は移住前から自分の働き方をある程度コントロールしていたのであり、移住によって過剰な働き方を断ち切るわけではなかったからである。また、②のように、移住者は「自分サイズの服」を着るように仕事ができているが、移住後のほうが仕事の時間がタイトになっていく移住者もおり、移住者にとって最適なライフスタイルを実践することは、それまでの生活を減速させることとは限らないといえるからである。むしろ移住者にとって重要なことは、働き方や生活時間について、常に「変速ギア」を自分で握り、コントロールできるということであると結論づけることができる。

報告番号505

SNSフェミニズムは「運動」と呼べるのか?――日本と中国におけるフェミニズム言説と受容態度の比較研究
山口大学大学院 屈融

1問題の所在: 近年、SNSを通じたフェミニズム的言説の発信が国際的に活発化している。特に2017年に米国で始まった「#MeToo」運動は、個人の被害経験の語りを起点に性暴力の構造的可視化を可能とし、世界各地で波紋を呼んだ。日本では#KuToo、中国では#米兔といったオンライン運動が展開され、ジェンダーをめぐる社会的議論がSNS空間を舞台に急速に広がっている。 こうした現象は、従来のような政党・労働組合による階層的・集団的な抗議活動とは異なり、「個人による語りと共感」が核となって広がる点で、新しい社会運動のあり方を示しているといえる。本研究は、こうしたSNSフェミニズムを「新しい社会運動」として捉えることが可能か、また、それが社会においてどのように受容/拒否されているかを、日中比較の視点から明らかにすることを目的とする。 2方法:本研究は、以下の課題を明らかにしようとしている。 ① SNS上で発信されるフェミニズム言説はどのような形式・類型に分類できるのか。 ② SNSの利用はフェミニズム的態度形成にどのような影響を与えるのか。 ③ フェミニズムへの支持派・反対派・無関心層・未接触層はそれぞれどのようなデモクラティック変数の特徴を持つか。 ④ SNS上の発信行為と現実世界の社会運動との間にはどのようなギャップがあるのか。 SNSフェミニズムに対する人々の態度が単に「賛成/反対」に分かれるのではなく、「共感しているが発言しない」「内容は理解できるがラベルに抵抗がある」といった複雑な受容パターンを含んでいる点である。さらに、こうした言説の背後にあるフェミニズム理論との関係性や、それぞれの文化・社会的文脈における構造的制約(検閲、沈黙文化)との関係性を着目して日中ネットユーザーを対象としたWEB調査を設計した。 3.分析 制度改革や平等な機会の獲得を目指すリベラル・フェミニズム、性暴力や身体の支配といった構造的男性支配への根源的批判をしたラディカル・フェミニズム、ポスト・フェミニズム/ネオリベラル・フェミニズム等の理論の枠組みは、SNS上に見られる様々なフェミニズム言説を分類し、言説がなぜ共感を得るのか/反発を受けるのかを理解する上で有用である。 SNSフェミニズムに見られる言説をそうした学術理論的なフェミニズム的視点と照合して、SNSフェミニズム代表例としての#MeTooが示したことは、セックスハラスメントや性暴力というジェンダー差別を未だに存在しておる。こうした不平等をSNSの場で再提起して、新しいフェミニズム運動の動向を生み出した。 そこで、SNSフェミニズムはMelucci(1989)の「新しい社会運動」枠組みに位置づけることができるではないだろう。個人のアイデンティティ、文化的価値、ライフスタイルをめぐる非制度的・非物質的な要求に注目した。つまり、SNS上での「私は傷ついた」「私も同じ経験をした」といった語りは、単なる発言ではなく、構造的ジェンダー不平等に対する文化的・象徴的な抵抗として機能している。 引用文献:Melucci, A. (1985). “The Symbolic Challenge of Contemporary Movements.” Social Research 52(4): 789–816.

報告番号506

Feasibility of “Diversification” of School Lunch in Japanese Public Schools: A case study of Kurds living in Warabi City, Saitama Prefecture
東京学芸大学附属世田谷小学校 今里衣

“[Objective] The number of foreign residents in Japan is increasing year by year. The Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology’s Central Council for Education has set understanding and support for children with different cultures as a priority item in the “”Reiwa Japanese-style education””. In this study, we consider the provision of halal food in school lunches, which are part of Japanese education, and the survey subjects are the school lunches of Kurds living in Warabi City, Saitama Prefecture.

[Method] I conducted a previous study by Yamanouchi and Shikata et al. on “”Food Minorities and Diversity”” and other literature surveys. We conducted interviews with Ms. A and Ms. F, Kurds living in Japan. I explained the purpose of the study to the research collaborators and obtained their consent. I also took care not to identify their personal information.

[Results] In the family of Mr. A who was interviewed, the Muslim Kurdish children ate non-halal school lunch menus at school outside of the home, just like Japanese children.

[Discussion] For Kurdish people, adapting to life in Japan is the top priority.

[Conclusion] Japan’s current school lunch system is a system that brings about a time of “”diversification”” where people from multicultural backgrounds spend time together.”


報告番号507

オートエスノグラフィーの履歴と「語れなさ」が「語らない」になること
慶應義塾大学 山口舞桜

“本発表では、発表者がこれまで行ってきたオートエスノグラフィーによる発表を振り返り、発表時の私と今の私で、それぞれの経験が異なるものとして感じられていることについて考察する。私はこれまで、オートエスノグラフィーでの学会発表を繰り返し行ってきた。そして、それらはどれも「語れなさ」に着目したものであった。私は、「語れなさ」に向かっていく語り、つまり出来事の核心の周囲を縁取るような語り、また詩や朗読で行われる語りをつづけた。そして、それらは、オーディエンス(参加者でもある)にとってのなんらかの核心的な出来事を喚起させることに繫がったり、発表者である私自身を守りながら、「語れなさ」を語ることに繫がったりした。こうした経験を積む中で、周縁化されやすい経験を抱え、それが上手く語れず、語りたくもない(未処理である)、脆弱な主体としてあったわたしが、むしろあえて、主体性をもって、語りたくないことを「語らない」ことを選択していけるようになった。
 しかしこれは一方で、学術の分野では成果を出せないことと一致する。口と身体がその場にある発表は行うことが出来、その場限りの括りでオーディエンスと経験を共有し、それはよいのだが、書けない。私の場合、「語れなさ」を語らなくともよくなった場合、圧倒的に語りたくない。これは、私のしてきた語りたくない経験が、社会的にスティグマ化されやすかったり、SNS上でヘイト発言が吹き荒れていることと大きく関係し、私はそれらを少しでもましにするために学術の文脈で自身の抱えた経験を解きほぐそうとしたわけであるが、結局、書けない。論文化できなければ、学術の文脈での業績は積み重ねたことにならない。
 本発表では、このようなオートエスノグラフィー実践によって、「語れなさ」が語れるようにはなったことによる、その先の困難について検討する。これは、なんらかの経験のサバイバーなどの、周縁化されやすい経験が世の中で表立って共有されにくい現実や、それにより先人のサバイバーはいるはずであるのに、そこにアクセスし難かったり、出来なかったりすることと同じ地平を有していると考える。本発表により、この地平のその先を展望したい。

アダニーヤ・シブリー著、山本薫訳『とるに足りない細部』河出書房新社、2024年
上岡陽江・大嶋栄子著『その後の不自由:「嵐」のあとを生きる人たち』医学書院、2010年
小松原織香『当事者は嘘をつく』筑摩書房、2022年
サラ・アーメッド著、竹内要江・飯田麻結『苦情はいつも聴かれない』筑摩書房、2024年”


報告番号508

中国人と日本人との対人関係
岡山大学大学院 鄧娟

“現在、日本社会では少子高齢化が進展する中、在日外国人は358万8,956人であり、前年末と比べ、5.2%を増加している(出入国在留管理庁,2024)。特に、在日中国人は844,187人であり、日本における一番大きな外国人コミュニティとなっている。実際の交流の場面になると、陸慶和によれば中国人の対話は親密型であり、交流の過程で関係が密接になるにつれて近距離から無距離になる。日本人の対話は表敬型であり、交際のはじめから相手に一定の距離をおき、次第に親しくなり、なれなれしくなる(陸 2001:132)。そのような距離の違いにより、日本人と親密な関係性を築きにくいとの困難があるとされる。しかし、その距離の中にどのような要素が包括されているのか、在日中国人はどのようにその距離を認識し、対応しているのかに関して議論を行う必要がある。本稿では、在日中国人の永住者を対象に、日本人との親密な対人関係をどのように捉えているのかを探求する。そして、その背景にある中国人が持つ親密化した対人関係観を把握し、その認識と影響を軸に、対人関係の成立過程を探ることを目的とする。
本研究の対象者である元留学生または日本人の配偶者を持つ在日中国出身の日本永住者女性5名に対して、半構造化面接を実施した。分析には、修正版グランデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA) を用いた。分析のテーマは「中国出身の日本永住者と日本人の親密化プロセス」とし、分析焦点者を「中国出身の日本永住者」とした。縁故法で協力者を募集し、研究の目的と研究倫理について説明した後に、協力を承諾した人を対象として、1時間程度の半構造化面接インタビューを行った。対話は日本語で行った。主な質問は「日本人との交流全般の様子」、「大事にしている特定の日本人との間の関係性」、「自分の交友に関して、来日後に変わったことと変わらなかったこと」とし、日本人との親密な関係の有無とそれらができた、あるいはできなかった経緯について聞き取った。
その結果、中国出身の日本永住者が7年から20年という長期間日本で生活する中で、日本人の友人や家族との親密な関係を築くことに対する期待を持っている一方で、その関係作りに置かれる場面の違いによって振る舞い方が異なってくるような明確な境界が測れるようになった。その明確な境界にはプライベートと仕事、2人の時と公共の場、縦の関係性、物や事の所属がある。それに対して、中国出身の日本永住者は仕事のミスを指摘されたときに、仕事への厳しさはその本人に対する嫌みであると関連づけたり、家族同士でも自分のことは自分でやるのは冷たいと捉えたりする。つまり、中国人の良い関係性の中には、理や法より情の方が上回るとの認識が見出した。中国人がそれらの境界を曖昧にすることによって親密な関係性を持続的に保つことのに対して、親しい友人同士や家族でも明確な境界がある日本人の人間関係に矛盾がある。しかし、日本人には明確な境界があることによって、近寄りづらいとの中国人の認識は日本社会に溶け込めないから、完全に捨てるべきなのか?その交流する相手である日本人は自分の明確な境界に対する考えの中に、調整する余地があるのかをさらに検討を行う必要がある。

引用文献
出入国在留管理庁,2024.在留外国人統計(旧登録外国人統計)2024年6月末.
陸慶和,2001.『こんな中国人こんな日本人:ひとりの中国人教師から見た中国と日本』沢谷敏行編、春木紳輔・切通しのぶ訳、関西学院大学出版会”