指針の目的
日本社会学会は、2005年10月に「日本社会学会倫理綱領」を定めました。本指針は、同綱領にもとづいて、日本社会学会会員が普段の研究・教育・学会活動および社会活動に際して尊重すべき基本的姿勢、心がけるべきことを具体的に例示したものです。
現在、科学研究全般において、社会との関係が厳しく問われるようになっています。とりわけ、対象がまさに社会や人間そのものである社会学という学問領域では、倫理的妥当性の高い研究を行うことが一層求められます。しかし同時に社会学研究は対象や方法がきわめて多岐にわたるだけに、一律の基準を課すことは困難です。また倫理綱領や指針に求められる内容も、時代と社会的要請によって変化し、研究目的や具体的な状況によっても解釈・適用が左右されます。
したがってこの指針は、社会学研究の全体を統制しようとするものでも、社会学研究の自由と可能性を束縛しようとするものでもありません。むしろ教育・研究のレベルを高め、社会の信頼に応え、さまざまな圧力や誘惑から社会学研究を守っていくために、倫理綱領および本指針を策定しました。倫理綱領および本指針の規定と精神をふまえて、会員が主体的・自律的に研究・教育をすすめていくことを期待します。
なお、この指針は、すべての会員の研究・教育等の活動の指針として作成されていますが、とりわけ、経験の乏しい会員が調査研究を行う場合、および会員が学生や大学院生の教育指導にあたる場面に重点をおいています。会員が本指針を熟読し、研究・教育などに活用されることを願ってやみません。
1.研究と調査における基本的配慮事項
社会学の研究や調査は,さまざまな方法を用いて実施されています。特に調査は、通常、量的調査と質的調査にわけられます。どのような方法を採用するにしても、社会学研究者として遵守すべき事柄や、遵守することが望ましい事柄があります。以下ではまず基本的に配慮すべき点を指摘し、さらに特に配慮することが望ましい点について述べます。
(1)研究・調査における社会正義と人権の尊重
研究を企画する際には、その研究の目的・過程および結果が、社会正義に反することがないか、もしくは個人の人権を侵害する恐れがないか、慎重に検討してください。とりわけ、個人や団体、組織等の名誉を毀損したり、無用に個人情報を開示したりすることがないか、などについて十分注意することが必要です。
(2)研究・調査に関する知識の確実な修得と正確な理解
研究対象の特質、問題関心、テーマや人的物的資源に照らして、どの方法が適切か、的確に判断するためには、調査方法の基礎を十分理解しておかなければなりません。自分がどのような情報を求めているのかを自覚するとともに、調査の意図やねらいを対象者に明確に伝えるためにも、先行研究など社会学的研究の蓄積をふまえることが必要です。このような知識を確実に修得し、理解していることが、専門家としての、また研究者としての責任であることを認識しておきましょう。
(3)社会調査を実施する必要性についての自覚
社会調査はどのような方法であれ、対象者に負担をかけるものです。多かれ少なかれ調査対象者の思想・心情や生活、社会関係等に影響を与え、またプライバシー侵害や個人情報の漏洩の危険を含んでいます。そもそもその調査が必要なのか、調査設計の段階で先行研究を十分精査しておきましょう。また研究計画について指導教員や先輩・同輩、当該分野の専門家などから助言を求めるようにしましょう。新たに調査を実施しなければ知ることのできない事柄であるかどうか、また明らかにすることにどの程度学術的・社会的意義があるかどうか、慎重に検討してください。その上で調査にのぞむことが、対象者の理解を得るためにも、有意義な研究を導くためにも重要です。
(4)二次分析データの積極的活用とデータアーカイブへの寄託
回収率の低下など、調査環境が悪化する中で、質の高いデータを集めることは必ずしも容易ではなくなってきています。また、特定の対象に多くの研究者の関心が寄せられることによって、同じ対象者が繰り返し類似した調査に回答することを求められるような事態も生じえます。こうした状況に対する一つの解決策として、質的データも含め調査データを社会学全体の資源としてとらえ、アーカイブ化する取り組みが進んでいます。さらに、国勢調査など、公的統計の個票データについても、利用可能性が開かれつつあります。貴重な資源を最大限活用するため、二次分析可能なデータを積極的に活用すること、また調査に使用したデータを他の研究者が二次分析に活用できるよう、データアーカイブに寄託することを検討してください。
(5)倫理審査についての考え方
最近では研究者が所属する機関や調査対象者の側の組織等に倫理審査委員会等が設けられる場合が増えてきました。こうした組織がある場合には、そこが定める手続きを確認した上で調査を行うことが必要です。また、学術雑誌の査読過程において、編集委員会から論文投稿者に対して、事前に倫理審査を受けたかどうかが確認される場合もあります。
ただし、倫理審査委員会は研究・調査対象者の保護のために主に医学・生命科学分野で発展してきた仕組みであり、社会学分野での調査・研究に対する有用性についての見解は定まっていません。とりわけ、委員会運営に十分なリソースが割かれていなかったり、委員会委員に社会調査の専門家が含まれていなかったりする場合には、的外れな評価を受けたり、意味のない手続きを課されたりすることもあり得ます。そうした場合には、本研究指針が倫理審査を必須とはしていないことを踏まえて、所属研究機関と研究管理のあり方について話し合うことも考えられます。
いずれにしても、重要なことは調査開始に先立って、第三者的な視点から研究計画の妥当性を評価してもらうことにあり、それは所属研究機関が倫理審査を求めるかどうかとはかかわりなく重要なことです。
(6)調査対象者の保護
対象者の保護に関しては次のことに留意してください。
a. 調査対象者への説明と同意
対象者から直接データ・情報を得る場合、収集方法がいかなるものであろうと、対象者に対し、原則として事前の説明を書面または口頭で行い、同意を得る必要があります。(a)研究・調査の目的、(b)助成や委託を受けている場合には助成や委託している団体、(c)データ・情報のまとめ方や結果の利用方法、(d)公開の仕方、(e)得られた個人情報の管理の仕方や範囲などについてあらかじめ説明しましょう。とりわけ、なぜ対象者から話を聴くのか、対象者から得た情報をどのように利用し、またどのように個人情報を保護するのか、などの点について、わかりやすく丁寧な説明をこころがけましょう。特にデータ・情報の管理については、具体的に保護策を講じ、それを説明する必要があります。また同意については、調査の性質に応じて調査対象者から同意書に署名をもらうことの必要性についても検討しておきましょう。
なお、過去データの利用など本人から同意を得ることが困難な場合もあります。こうした場合には、研究成果の公表に伴う不利益を十分に考慮したうえで、調査の透明性確保に努めましょう。その際、新たに利用目的についての周知・広報を行うことが有効な場合もあります。
b. 調査への協力を拒否する自由
調査対象者に対して、協力してもらえるよう誠意をもって説明することは重要ですが、同時に対象者には、原則としていつでも調査への協力を拒否する権利があることも伝えておかなくてはなりません。
研究者は、対象者には調査を拒否する権利があることを明確に自覚していなければなりません。
c. 調査対象者への誠実な対応
いかなる場合にも、対象者に対する真摯な関心と敬意を欠いた研究・調査をしてはならないということに留意してください。
特に調査対象者から当該調査について疑問を出されたり、批判を受けた場合は、真摯にその声に耳を傾け、対象者の納得が得られるよう努力してください。行った調査の成果を守ろうと防衛的になるあまり、不誠実な対応になることは許されません。
(7)結果の公表
a. 調査対象者への配慮
調査結果の公表の際には、それによって調査対象者が多大かつ回復不可能な損害を被ることがないか、十分検討しましょう。
とりわけ社会調査は,調査の企画にはじまり、結果のまとめと公表に至る全過程から成り立つものであり、実査や集計・分析だけにとどまるものではありません。調査対象者には研究結果を知る権利があります。調査結果の公表は、研究者の社会的責任という点からも、適切になされる必要があります。
b. 事前了解・結果公表等の配慮
公表予定の内容が調査対象者に不利益をもたらす可能性がある場合など、必要に応じて骨子やデータ、原稿などを事前に示し、調査対象者の了解を得ることを心がけましょう。また対象者から研究・調査結果を知りたいと要望があった場合には、少なくとも要点を知らせるよう最大限努力するとともに、調査対象者が公表された研究結果にアクセスできるよう誠実に対応しましょう。
c. 対象とした集団や地域に影響を及ぼす可能性についての自覚
特定の集団や地域等を対象とした研究では、研究目的、調査内容、分析的記述が対象に有害な影響を及ぼす可能性があります。調査の計画から結果の公表に至る全過程で、特定の集団や地域に対する偏見・差別・スティグマを生み出したり助長したりしないか慎重に検討しましょう。
(8)データの扱い方
a. 捏造・改ざんの禁止
調査によって得られたデータは公正に取り扱わねばなりません。捏造・改ざんなどは固く禁じられています。データの捏造は、それを行った者の研究者生命にかかわる問題であり、調査対象者や共同研究者に対する背信行為です。何よりも不正のあった研究成果が公表されることにより、後続の研究に不当な影響を与えるだけではなく、場合によっては誤った社会的判断を招くことに留意しなければなりません。
データの修正や編集が必要な場合には、求められたら修正・編集のプロセスを開示できるように、記録し保管しておきましょう。また報告書などで、その旨明記し読者の注意を喚起しなければなりません。
b. データの管理
調査で得られたデータは、対象者リストも含め、調査中も調査後も厳正な管理が必要です。回収票や電子データの保存・管理には、十分に注意しなければなりません。データの管理を適切に行うことは、対象者のプライバシーや個人情報の保護のみならず、調査結果の再現性の確認、捏造・改ざんの検証など、実施された調査の信頼性の確保のためにも重要なことです。
(9)教員による指導の徹底
a. 研究倫理の指導
学生・院生が研究・調査を行う場合、指導にあたる教員は、事前に学生・院生が研究倫理を学ぶことができるよう配慮し、研究・調査の全過程で研究倫理から逸脱することがないように指導監督しなければなりません。
b. 調査実習の水準の確保
社会調査士の資格認定制度ができ、さまざまな大学で認定のための科目が開講されていますが、とくに「社会調査実習」の内容や水準のばらつきが問題となっています。現地に行って漫然と話を聴いてくる程度にとどまることのないよう、「実習」にふさわしい教育的達成水準の確保に努める必要があります。
(10)謝礼の扱い方
調査にあたって調査対象者から常識を越える金銭や物品の供与を受け取ったり、あるいは逆に調査対象者に過大な金銭・物品等を提供してはいけません。適切なデータを得るために妥当な経費について慎重に考慮してください。
2.量的調査における配慮事項
統計的標本調査に関する倫理的問題の多くは,調査対象者のプライバシー保護も含め、基本的には、調査方法、遵守すべき事項、細部にわたる手順、統計的検定などの統計的調査に関する知識を十分修得しているかどうかに密接にかかわっています。統計的調査では、研究者の側に、確かな専門知識があるかどうか、それに裏打ちされたモラルと責任感が問われます。
(1)サンプリングの重要性
統計的標本調査では、母集団からの標本抽出が重要な作業となります。無作為抽出による調査を実施することで、社会の縮図となるような標本を得ることができます。しかし、近年では回収率が低下しつつあり、無作為抽出をするだけで代表性の高いデータが得られるとは限らなくなっています。そのため、回収率が低くなることが予想される層に対してオーバーサンプリングをする、予備サンプルを抽出しておくなどの工夫も重要です。
一方、有意抽出による調査や調査会社のモニターを対象としたオンライン調査は、対象者の代表性という点では十分とはいえませんが、従来の社会調査では対象としにくい出現確率の低い対象者に焦点をあてた量的調査を実施する場合や、実験的手法を取り入れることで因果関係の検証を行う場合など、有用な場合もあります。それぞれの方法のメリット・デメリットをよく検討したうえで、調査の目的にとって最適な方法を選択することが重要です。
(2)メーキングの防止
個別面接調査法をとる場合、最も警戒を要するのは、調査員によって調査票に虚偽の情報が記入されることです。調査員が対象者宅を確実に訪問したかどうかのチェックが必要ですが、基本的には調査員のモラルを高めるよう、事前の説明で留意するとともに、調査中もつねに調査員のモラルの維持を心がける必要があります。学生・院生が調査員である時には、学生・院生との信頼関係の構築がきわめて重要です。
(3)データの保護――対象者特定の防止
対象者から収集したデータは、調査中も、分析中も、報告書作成後も、他に漏れることがあってはなりません。厳重な管理が必要です。得た情報を外に漏らさないよう調査員にも指導を徹底することが求められます。また第三者によって、調査票の個番と対象者リストが照合され対象者が特定されることのないよう、調査票、個番、対象者リストを別々に保管するなどの対策を講じることが望まれます。
(4)エラーチェック、母集団と回収票の比較
近年、回収率の低下が大きな問題となっています。回収率を上げるための努力や工夫が必要であることは言うまでもありません。また回収票の分布と母集団の分布を比較し、回収票の分布にどのようなゆがみがあるのかを正確に捉えておくことも欠かすことのできない作業です。また集計・分析に入る前に、記入ミスやコーディングのエラー、論理エラーのチェックなど、データのエラーをチェックし、必要な訂正をしておかなくてはなりません。
(5)統計的分析の実施・結果の公表の際の留意点
近年、情報機器の発達にともない、データ入力後、集計結果が容易に算出できるようになりましたが、何のために分析をするのかを事前によく考えたうえで、適切な方法で分析や結果の公表を行う必要があります。研究目的によっては、ある変数の分布や変数同士の関連を把握するための探索的な分析がふさわしい場合もあります。しかし、「統計的に有意」な結果を求めて分析を繰り返すことは、たまたま得られた結果を頑健なものとして発表してしまうことにつながります。建設的な議論を行うためにも、分析が探索的に実施されたものなのか、仮説検証のために実施されたものなのかを明示し、分析過程の透明性を高めるようにしましょう。
3.質的調査における配慮事項
事例調査などの質的研究法にも、量的調査について述べてきた原則が当てはまります。確かな専門知識、それに裏打ちされたモラルと責任感が問われるのは、質的研究法においても同様です。事例調査ではとりわけ、対象者の生活世界を詳細に記述しなければならないことがあるため、対象者のプライバシーの保護や記述の信頼性などに、一層配慮する必要が高まります。特に調査の目的と方法、公表のしかたについて対象者に事前に説明し、了解を得ておくことが不可欠です。
(1)事例調査や参与観察における調査者の立場および調査目的の開示の仕方の工夫
フィールドワークのなかには、研究者としてのアイデンティティをいったん措いて対象の世界にとけこむことをもっとも重視するという手法があります。このような手法をとる場合、「調査対象者に事前に調査の目的を説明し同意を得ておく」ことが、対象者との自然な関係の構築を妨げることにならないかという懸念が生じることがあります。このように事前に同意を得ることが困難な手法をとらざるをえない場合には、調査結果の公表前に、調査対象者に対して調査を行っていたことを謝罪し、研究目的について丁寧に説明したうえで、公表に関する同意を得ることが原則です。なお、事後的に同意を得ることが困難な場合には、調査対象者の匿名性を高める等の工夫を試みましょう。
(2)匿名性への配慮
プライバシー保護のために、個人名や地域名を仮名化する必要がある場合があります。ただし、仮名にしても容易に特定される場合もあります。他方、対象者の側が実名で記述されることを望む場合もあります。報告でどのような表記を用いるのか、対象者と十分話し合い、いかなる表記をすべきかについて了解を得ておくことが大切です。
また、SNSでのコメントなど、誰でも見られる形で公表されている資料についても、取り上げ方によっては本人に不利益を与えたり、著作権の問題が生じることがありえます。個別のコメントなどを取り上げる場合、起こりえる問題について事前に十分な検討を行うことが必要です。
(3)対象者の心身への影響に対する配慮
調査の内容、研究者の関わり方、調査のまとめ方が、対象者を傷つけたり負担を与えたりすることがあります。対象者への身体的・心理的な影響がとくに懸念される場合には、当事者団体や関連する支援団体等に調査開始前に相談し、必要な対応について十分に検討しておきましょう。調査の際には、想定される影響について対象者に十分説明するとともに、必要に応じて支援が受けられる相談窓口などについても併せて情報提供することを考えましょう。
4.論文執筆など研究結果の公表にあたって
研究成果を公表する際に下記のような配慮をすることは、研究の質の向上につながるだけでなく、自身の研究者としての評価をも左右します。
(1)他者のオリジナリティの尊重
研究結果の公開にあたって、他の研究者や原著者のオリジナリティはもっとも尊重されるべきであり、他の研究者の著作者としての権利を侵害してはなりません。また盗用は、学問上の自殺行為と言えるものです。
今日では、インターネットなどを通じて、電子情報のコピーやペーストが容易にできるようになってきました。このようなメディア環境だからこそ、自分のオリジナルとそれ以外とを明確に区別し、他から得た情報は情報源を明記するという原則を厳守することが一層重要です。学生・院生に対しても、この原則を徹底するよう指導しなければなりません。
研究会などディスカッションの場で表明された他者のアイデアを断りなく自分のものにすることも避けなければなりません。とくにアイデアの発展にとって有益なコメントを得た場合には、研究会への謝意や、相手方や日付を特定できる場合には「この点については、○○研究会(○○年○月○日)での××氏のコメントに示唆を得た」「この点については、○○研究会(○○年○月○日)での討論に示唆を得た」などのように注や付記などで明記すべきです。
(2)先行研究の尊重
学術論文を執筆する際には、先行研究を適切にふまえ、しかもそのことを論文の中で明示する必要があります。先行研究やその問題点をどのように理解しているかを示すことは、自分の問題意識や問題提起のオリジナリティやその学問的意義を他者に明確に伝えるうえでも不可欠です。
重要な先行研究に言及しないことは勉強不足を露呈することにもなりかねませんし、フェアな態度とは言えません。
親しい研究仲間の論文に片寄った言及が散見されることがありますが、公正さを欠くものであり、慎しむべきことです。
(3)引用の基本原則
他者の著作からの引用は、公表されたものからしかできません。研究会でのレジュメや私信など、公開されていないものから引用する場合には、引用される側の許可が必要です。
公表された著作から引用する場合は、著作権法第32条の引用に関する規定にもとづいて許可なく引用することができます。引用に際しては、(a)引用が必要不可欠である、(b)引用箇所は必要最小限の分量にとどめる、(c)引用文と地の文を明確に区別する、(d)原則として原文どおりに引用する、(e)著作者名と著作物の表題、引用頁数など出典を明示する、という基本原則を遵守しなければなりません。
(4)図表などの「使用」
オリジナリティの高い図表や写真・絵画・歌詞などを使用する場合は、法律用語としては「引用」ではなく、他者の著作物の「使用」にあたります。その場合には、当該図表・写真・絵画・歌詞などの著作権者から使用の許諾を受けなければなりません。
(5)投稿規定・執筆要項の遵守
論文を雑誌に投稿する際は、各雑誌ごとに、投稿規定・執筆要項を定めていますから、執筆に先立って熟読し、細部まで遵守しなければなりません。日本社会学会は『社会学評論スタイルガイド』を定めています。日頃から、このスタイルガイドに依拠して論文を執筆するよう心がけましょう。 とくに大学院生など発表経験の乏しい会員の場合には、投稿に先立って、指導教員や先輩・同輩の院生などに目をとおしてもらい、批評を仰ぐことが重要です。誤字脱字が多い、日本語として意味が通りにくい、文献や注が不備であるなど、不注意な論文が散見されますが、そのような論文を投稿することは、投稿者自身にとって不利なばかりでなく、編集委員会や査読者に無用な負担をかけることになります。
(6)「二重投稿」の禁止
同一あるいはほとんど同一内容の論文を、同時に別々の雑誌に投稿することは「二重投稿」として禁じられています。学術雑誌の場合には、投稿論文は未発表のものに限られます。どの範囲までを既発表とし、どこからを未発表とするのか、その具体的な線引きは、必ずしも容易ではありません。投稿しようとする雑誌ごとにどのようなガイドラインになっているか、確認しておきましょう。
またアイデアを小出しにして、発表論文数を増やそうとするような態度は慎むべきです。
(7)査読手続きの尊重
査読は、独立した専門家からの評価を受けることで、自分では気づいていなかった論文の問題点に気づき、論文の質を高めることができる機会です。また、社会に対しても一定の質を保った研究が公刊されるための仕組みがあることを示すことにより、学術活動に対する社会的信頼を高めることにもつながります。
そのため、査読者に訂正等の指示を受けた場合には、その指摘に対しては誠実に対処しましょう。査読者が「誤解」したと考えられる場合もありえますが、なぜ誤解を招いたのか、誤解を防ぐにはどのように記述を改善すればよいのか、という点から、投稿者自身が検討することが大切です。ただし、納得のいかない修正コメントに対しては、論拠を示して編集委員会に意見を述べることができます。
(8)著作者の権利
著作者であることによって、大別して、経済的利益の保護を目的とした財産権である著作権と、人格的利益の保護を目的とした著作者人格権の二つの権利が派生します。著作者としての自分の権利を守り、また、他者の権利を侵害しないように留意しましょう。近年、著作権を発行元に譲渡する場合が増えていますが、著作者人格権は、あくまでも著者自身にあります。
自らの著作を、別の書籍や雑誌に再録したり、あるいはホームページなどに転載する際は、著作権の帰属に気をつけ、発行元および著作権者から許可を得ることが必要です。
(9)共同研究のルール
共同研究の開始に先立って、あるいは研究の初期段階で、研究チーム内のルールについて十分に話し合い、合意しておきましょう。とくに役割分担や協力の内容や成果の発表の仕方について、発表の時期や内容、媒体などについて、合意内容を研究チーム内で確認し、それを遵守しなくてはなりません。なお、こうしたルールは研究の進捗に応じて適宜見直され、再検討される場合がありますが、その際にも十分な話し合いを経ることが大切です。
適切なオーサーシップ(著者性)の確保については留意しましょう。そのためには、誰が著者に含まれるべきか、著者順はどうあるべきかについて予め研究チーム内で十分に話し合っておくことが重要です。特に学際的な研究を行う場合には、研究分野によってオーサーシップの考え方が大きく違うことを知っておく必要があります。研究成果に対する貢献のあり方を明確化することは、研究に対する責任を明確化することにもつながります。
また共同研究が終了したのちも、その研究で得られたオリジナルなデータの取扱いについては、共同研究者の合意を得るなど、慎重な取扱いが必要です。
5.研究資金の取扱いと委託研究への対応
研究助成金などの外部資金を得て調査・研究する場合が増えていますが、資金の扱いには慎重さと透明性の確保が求められています。社会正義にもとるような資金や研究の公正な遂行を妨げる恐れのある資金を得ることは避けるべきです。調査対象者に出所を説明できないような調査資金は用いるべきではありません。
(1)研究資金の適切な支出と透明性の確保
研究資金は調査に必要な項目以外には支出すべきではありません。支出の適正さを証明するために、支出内容や支出先を明確に記録し、領収証等を保存しておくべきです。
研究助成金の使いにくさを理由とした、いわゆる「裏金」などの不正操作も許されません。研究費の使い方に関しては、科学研究費補助金の場合には文部科学省の『科研費ハンドブック(研究者用)』を参考に、その他の助成金については各助成団体の規定等を遵守して、適切に運用してください。
なお、研究に特に企業からの助成金などの外部資金を用いた場合には、内容の適切性の判断材料ともなるよう、論文等の公表の際に明記しましょう。その他に報告先の学会や学術雑誌が利益相反に関する手続きを求めている場合には、定められている手続きに従い対応しましょう。
(2)委託研究への対応
委託研究の場合には、委託料、調査データの帰属、発表のしかたなどについて、事前に委託主との間で契約書などを取り交わし、双方の合意内容を明確にしておくべきです。その際、調査データや記録類の取扱い、報告書の内容などに関して、委託を受けた研究者の主体性が極力守られるように留意しましょう。
6.教育・研究におけるセクシュアル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント等の問題
セクシュアル・ハラスメントやアカデミック・ハラスメントなどは、教育・研究の場における基本的な人権にかかわる重大な問題です。研究室や所属機関、学会などが、ハラスメントのない、風通しのいい教育・研究の場となるよう留意しましょう。
(1)ハラスメントをしないために
ハラスメントのひとつの温床は権力関係にあります。「教える者」と「教えられる者」は権力的関係であることを、教える立場にある者は常に自覚し、指導に私的な感情を持ち込むことを慎むべきです。大学院生が先輩などとして「教える側」にまわる場合にも、自分で思う以上に相手に対して圧力を感じさせることがあることを認識しておきましょう。相手が初学者であっても、自分の考えを押し付けたりすることがあってはなりません。
また、指導教員が学生からの指導の求めに一切返事をしないなど、長期間十分な研究指導をしないことや、指導内容を無責任に頻繁に変更して学生を翻弄し、その結果、学位が取得できなくなったりするようなことも、学生の人生に大きな損害を与えてしまう場合があります。
大学や研究を取りまく環境が変化する中で、性や世代、文化的背景、経験等の違いによって、指導方法や言葉遣いに関する「常識」にずれが生じることは珍しくありません。指導する者の何気ない発言や態度も、学生・院生の心を傷つけ、ハラスメントと受けとられることがあります。指導する側は、指導の仕方に十分配慮しなければなりません。
(2)ハラスメントを受けた場合
ハラスメントを受けたと感じたときは、自分独りで抱え込まず、周囲の人や所属機関等の相談窓口に相談することを考慮しましょう。
(3)ハラスメントを目撃した場合
可能な場合には、「それはハラスメントであり、許されない」として加害者に伝えたり、その言動を制止したりすることが重要です。また、被害に遭った人を孤立させず、声をかけ、被害からの回避や救済のために周囲の人たちも動くことも大切です。被害者に落ち度がないかと詮索したり、被害者を責めたり、逆に被害者の意向に反して申し立てを強要したり、周囲に噂話を広めるなどの二次被害をもたらさないようにしましょう。
(4)相談窓口としての日本社会学会倫理委員会
日本社会学会は、倫理問題に関する相談窓口として「日本社会学会倫理委員会」を設置しています。学会大会の場や学会誌への論文掲載に関してなど、学会活動に関連して会員からハラスメントを受けた場合には、所定の項目(項目については学会事務局にお問い合わせ下さい)を記入した文書を学会事務局に送付することによって日本社会学会倫理委員会に相談してください。
倫理委員会は、受け付けた相談に関しては、関係者のプライバシー及び相談者の意思を尊重して理事会及び関係各委員会との連携のもとに、問題に対する学会としての対応について協議します。
7.学会活動
(1)会員としての積極的な活動
会員は教員・研究者・院生の立場にかかわらず学会活動に積極的に参加してください。学会誌への投稿や大会での参加・報告、役員の選挙ほか、学会にかかわる事柄はニューズレターや学会ホームページで広報していますので、情報を確認してください。
(2)学会誌への投稿や学会報告に関する注意
投稿や学会報告に際しては、事前に研究者仲間からのピアレビューや指導教員の指導を受けることで、研究の水準を高めることができます。
学会報告を直前にキャンセルすることは避けてください。無責任であるだけでなく、研究計画やその進行予測の不十分さを露呈することになります。
(3)査読やコメントをする際の留意点
論文査読や学会報告にコメントをする際には、執筆者・報告者の研究内容を一段と高める観点から行うべきです。自説にこだわった排他的なコメントや執筆者・報告者の人格を傷つけるようなコメントは避けるべきです。また、投稿者とどのような間柄であっても公平・公正な査読をすべきです。
なお、投稿者との間に直接の利害関係があり公正な評価ができない場合には、査読は引き受けるべきではありません。いったん引き受けた査読については締切を遵守し、査読期間中も、また査読が終わった後も、その内容を第三者に漏らしてはいけません。また、査読者が投稿論文からアイデアを盗用することがあってはなりません。
(4)学会活動に関する守秘義務
会長その他の役員や各種委員会委員として学会活動に参加することにより、役職に伴い様々な機密情報に触れる機会が増大します。これら業務に基づいて知り得た機密情報を第三者に伝えることは慎みましょう。これは任期を終えた後も同様です。
8.社会での活動
研究者の社会参加がますます求められ、行政機関や各種業界、マスメディア、市民運動・NPOなど多様な分野において、研究者・専門家として活動する機会が増えています。
社会学研究者として社会的に発言する場合には、それが学問的批判に耐えうるものであるのかを自省するだけでなく、事実や解釈の妥当性に関する批判に誠実に対応しようとする心構えが重要です。
特に近年ではSNSを用いた情報発信が盛んに行われていますが、不特定多数が目にする媒体での限られた情報量での発信であることを踏まえ、社会学の研究者・専門家に対する社会的な信頼を損なうような投稿は慎みましょう。特に特定個人に関する誹謗中傷を含む情報発信は、本人に不利益を与え、法的責任が発生することもあります。
付則
-
- 本指針は2023年9月1日より施行する。
- 本指針の変更・改訂は、日本社会学会理事会の議を経ることを要する。
2006年10月28日
2023年3月改訂
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日本社会学会研究指針(2023年3月改正)新旧対照表]